第43話 テメェはオレを怒らせた


【イベント二日目・四月二日・バトルルーム内】



「――――それで、エト。イベントの環境設定変更は終わったのか?」


『…………はい。朝早くにキリお姉さまに申請したのが通ったのです。ねえ、マスター。本当にこれでよかったのですか?』


「おう。こっちのワガママに対応してくれた天野さんには感謝だな!」


 イベントを開始して二日目。

 リュウセイは前日と同じようにeスポーツ施設のバトルルームを利用している。

 彼はをエトを通してサキリに提案し、それがイベントに反映されているのか確認していた。


 彼は自分の提案が通ったことに満足そうにしているが、エトは逆に不服そうにしていた。

 それもそのはず。今回の提案はリュウセイに害が及ぶものなのだから。

 エトはその提案に反対だったが、リュウセイからの頼みを断るわけにもいかず。

 不承不承ふしょうぶしょうという態度でサキリに提案内容を伝えていた。

 その内容とは――――



『対戦相手や観戦者の煽り歓迎・野次歓迎。それを公式で許可するなんてマスターが不利になるだけなのです。気が散って試合に集中できないのですよ』


「それが狙いだからな。説明しただろ?たぶんは観客ありでやると思うから、オレが気に食わないヤツからのブーイングは覚悟しないといけない。オレは万全の状態で挑みたいから、いまのうちに本番を想定した状況に慣れておきたいって」



【魔王】夕闇咲ライラの人気は絶大だ。無観客で試合をするなんてありえない。

 特に今回は大企業で運営の【X・Road】が大々的に宣伝している。

 彼女の試合中継には大金が動く。小規模の野良試合になるはずがない。

 最低でもアリーナクラスでやるはずだ。

 それを彼女の過去試合の傾向を調べて予想していた。

 だから、本番に起こりうるだろう観客の反応を考え。

 に慣れるために【煽り】と【野次】を許可して、リュウセイにその声が届くように設定してもらったのだ。


『必要性は理解できるのです。――――ですけど、マスターが悪く言われるのはエトは嫌なのです!』


 不満が表情に出て、頬をふくらませるエト。

 それは拗ねた子どものようだ。


「心配させてわるい。けど、もう決めたんだ。を見せられたあとじゃあ、生半可な練習でってわかったからな。もっと自分を追い込まなくちゃいけないんだ」


 そう語るリュウセイは、を思い出し決意を固めていた。

 その姿にエトは――――



『マスター…………わかりました。エトはマスターの考えがばっちりとわかったのです!』


「わかってくれたか。ありがと――――」


『はい!マスターは肉体的精神的苦痛を喜びに変える『』というやつなのですね!いままで気づかなくてごめんなさいなのです!』


「ぶふぉっ!?」


 キラキラした目で純粋そうに語るエト。

 そこに悪意はなかった。

 エトの口から予想外の言葉が飛び出し、リュウセイはむせる。



「ゴホッ、ゴホッ!?何言ってんだエト!?どこでそんな言葉覚えた!?」


『ちがうのですか?キリお姉さまがマスターの提案を聞いて――――「エッちゃん……一条リュウセイってマゾなのか?変態なのか?マスターを変えるなら相談に乗るぞ?」とか言ってたのですよ。もちろん、エトのマスターはマスターだけなのでキリお姉さまの提案にはNO!って言っておいたのです!』


「それはありがとうなッ!それと、天野さんにはエトに変なことを吹き込むなって伝えといてくれ!」


『わかりました。伝えとくのです。――――あっ!もうひとつキリお姉さまが言ってたことがあるのです』


「――――なんだ?」


 サキリからの伝言という言葉に反応するリュウセイ。

 わずかに緊張した空気が流れる。


『警戒しなくてもいいのですよ。ですから。キリお姉さまはこう言ってたのです。「一条リュウセイは命拾いしたな。最低試合回数の十試合だけで終わらすような腑抜けたことやってたら、一気に難易度を上げてやったのによ」と』


「はぁ~、なんだ。別にそんなことを懸念してやったわけじゃないんだけどな。楽しくてやったわけだし。じゃあ、には気づいてないんだな?」


『エトは大丈夫って何回も言ったじゃないですか。マスターとミズキおねえさんは心配性なのですよ。マスターたちが【適合者アダプター】の記事を見たことはバレてないのです。エトはちゃんと足跡そくせきを残さずにアメノハラ・ネットワークに侵入したので、お兄さまとお姉さまたちにも分からないのです』


「さらっとヤバいこと言わなかったか?」


『気のせいなのです!とにかく恐れる必要はないのです!』


「普通はビビるからな?大企業が隠したがってる情報を見たんだから。【魔王】に挑戦するのとは別種の恐怖があるからな?ミズキはさっさと他人のふりして逃げていったし」


 リュウセイが思い出すのは「【リュ-ト】さん対戦ありがとうございましタ。わたしは急用を思い出したので帰りますネ。【調デス!それでは、では~――――」と誰かに聞かせるように一部の言葉を強調してオンラインの向こう側に消えていくミズキの姿。

【X・Road】に聞かれていた時の言い訳だろう。

「自分だけ逃げやがった!?」と思いながらも、気持ちは分かるので非難は出来ない。


『でも、あとでマスターを心配するようなメッセージを送ってきたので、ミズキおねえさんもマスターの身を案じてるのですよ』


「「わたしが勝つまでいなくならないでネ♪」って内容だったぞ」


『う~ん……きっと照れ隠しなのですよ!たぶん!』


「違うと思うぞ…………まっ、いいけどな。いざってときはミズキは味方になってくれるだろうし」


 それは幼馴染ミズキに対する信頼感。

 たびたび危地に飛び込むリュウセイに文句を言いながらも助けてきた。

 彼女は自分自身を性格がよくないと思っているが、友人を思いやれる心優しい少女だとリュウセイは知っている。


 きっと、裏で色々動いているはずだ。

 それを指摘するとミズキの機嫌が悪くなるのでリュウセイは言わない。

 知っていても知らないふりをするのが吉なのである。


 そこで、ふとリュウセイは疑問を思い出す。

 昨日、ミズキが帰ってうやむやになった疑問を。


「――――なあ、エト。なんで【X・Road】は【適合者アダプター】ってやつの存在を隠そうとするんだろうな?わざわざ記事を削除してまで」


『うーん……わからないのです。なにか【X・Road】に不都合な情報が含まれてたのかもしれないですが、それがどの部分かわかりませんし、お兄さまとお姉さまたちに聞くわけにもいきませんからねー…………』


 ふたりでうんうんと唸っているが答えが出るはずもなく。

 時間が過ぎ、仕方ないから対戦をはじめることにした。


「――――しょうがない。時間がもったいないから対戦始めるか―」


『そうですね。ではいまから環境設定変化の告知しますので、五分後に始めるのです。その間に準備をしましょう』


「おう」


 リュウセイは前日と同じように準備を始めた。

【ニューロアーク】を思考操作して、黒の仮想衣装とマスクを纏う。

 最初は恥ずかしかったが、昨日対戦相手も同じようなファンタジーな格好をした者ばかりだったので、彼も前日の最後あたりでは気にならなくなっていた。

 そうして準備をしてる間に五分が経つ。


「慣れるもんだなー。この格好にも」


『マスター。いつでもいけます!』


「ああ。いこうか」


 対戦募集をかけてるとすぐに相手が見つかり、リュウセイの目の前に投影されていく。

 仮想世界のステージは昨日と同じ闘技場。

 目の前に現れた相手は、一言でいうなら現代風の蛮族。

 悪く言えば三下感が出た小悪党ファションだった。

 仮称:小悪党はニヤニヤした笑みをリュウセイに向けながら言い放つ。


「お、ラッキー!万倍ある倍率に当たるなんて運良すぎだろ。俺!なあ、そこのアンタァ。告知にあった煽り歓迎って本当かぁ?あとで文句言わないよなぁ?」


 見下した目でリュウセイを見る小悪党。

 その風貌はチンピラのそれだった。

 しかし、不快な視線を向けられてもリュウセイは怯まないし、心は動かない。

 その程度でビビるほどヤワな鍛え方を祖母マナにされていないのだ。

 初っ端から元気な奴が来たなー、くらいにしか思っていない。


「ああ、本当だ。文句は言わねえよ」


「マジか!じゃあ遠慮はいらねえなぁ!AIのサポート借りたクソ雑魚が!チートで初心者倒してイキッてたみたいだが、俺がそれをあばいてやんよぉ!」


 まくしたてる小悪党にリュウセイは疑問符を浮かべる。


「チート?なんのことだ?あと、オレは対戦中にエトのサポートは受けてないぞ?」


『というか、【神星領域:ロスト・フォークロア】はチート対策をガチガチにしてますから、不正のしようがないのですよ。それなのになぜかマスターがチートを使用してる論調がネットでは多いのです。不思議ですね?』


「【X・Road】がグルならなんでもできんだろぉ?とぼけんな!」


「いや、とぼけるもなにも――――」


「そこのAIにチート使わせてんだろ!ネットじゃあみんなそう言って――――」


ガラクタAI。

その言葉を耳にした瞬間にリュウセイの態度が豹変する。



「ア?テメェ、いまなんて言った?」



『マ、マスター?エトは気にしてないですから落ち着いてください!』



 リュウセイは自分自身に対する暴言ならなんとも思わないが、エトに向けられると話は変わる。

 ネット住人の大半はエトに好感を抱いているが、すべてがそうじゃない。

 どれだけ人気者であってもアンチは一定数存在する。

 それが目の前の男だった。


 エトに向けられた悪意に怒りが一瞬で沸騰したリュウセイは危険な気配を放つ。

 目に見えない『圧』が高性能な機器を通してオンライン越しの相手に伝わる

 それを向けられた小悪党は息を吞み。冷や汗をかき黙ってしまう。

 その怯んだ様子を見てリュウセイはため息を吐き。心を静める。


「はぁ~…………これで心が乱れるなんてまだまだだな。ばあちゃんに怒られるわ。まあ、だから今のうちに慣れとくんだが――――おい。おまえ」


「――――ヒッ。な、なんだ」


 剣吞な雰囲気が消えないリュウセイに声をかけられ、小悪党はたじろぐ。



「さっさと始めてさっさと終わらせよう。オレが反省する時間が必要だからな」


「は?な、なんだ降参するのか?じゃあ、チート使ってることを認めて――――」


「なに勘違いしてんだ?」



 自分に都合がいい想像をする小悪党。

 その妄想を否定して、荒い口調で現実を叩きつける。



「秒殺してやるから、さっさとステージにあがれ」



 その後、宣言通り秒で終わらせたリュウセイ。

 ステージ上に残った小悪党のアバターは、気合の入った銀装アバターに念入りに破壊されていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る