第42話 目が怖い隣人


 ★今回は第三者視点で、閑話のようなものです

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


【四月一日・学生寮・午前】



「うーん……やっぱ、わかんないなぁ……」



 早朝。天木あまぎ学園高等学校の学生寮の自室。

 ひとりの小柄な少年――――多々良コウが唸っていた。

 目の前には【ニューロアーク】を思考操作して様々な画面を映し出している。

 そこにはを話題にしたサイトが並んでいた。

 内容は――――


【謎のAI?美少女ホログラムの情報求ム】

【クロスライブに降臨したAI天使!エトちゃん!】

【悪役系個人配信者アリスレイタの本音。意外と素直】

【エトちゃんのマスター【リュート】が有名配信者に突撃】

【新たな伝説!圧倒的戦力差を覆す新星ニュービー現る】

 そして、最後に――――


【魔王・夕闇咲ライラに宣戦布告!?【リュート】って何者!?】だ。


 コウは昨日のエトの騒動から始まり、それ関連の話題をずっと追っていた。

 最初は、どこか神秘的で幻想的な雰囲気を持つかわいいAIに興味を持っただけだったのだが、情報が追っていくにつれてエトのマスター【リュート】にも興味を持つようになっていた。


 X・Roadが開発した最新型サポートAI【エト】のたったひとりの所有者。

 初心者装備で強大な相手を打ち破った、前人未踏の実力者。

 誰もが見上げる存在、【魔王】夕闇咲ライラに宣戦布告した挑戦者。


 たった一日で世間からの注目を集めた彼ら。

 まるでエンタメ作品にでてくるヒーローのような活躍に、コウも年相応に心を躍らせていた。

 これだけの実力があるなら過去に活躍したプロなのでは?と思い調べてみたが、その存在は謎に包まれている。



「見れば見るほどすごいなぁ。いったい、どんな人なんだろ?」



 素性・年齢不明。分かっているのはリュートというプレイヤーネーム。

 そして、X・Roadと密接な関係があるのかも、と噂されるぐらい。

 少年がどれだけネットで検索してもそれ以上の情報は得られなかった。



「せめて、昨日のプレイヤー全員に届いた宣戦布告メッセージの詳細だけでも知りたかったんだけどなぁ……これは無理っぽいや」



 調べて出てくる情報は噓かマコトか分からないものばかりで、混乱するだけだった。

 気になった点があるとするなら、コメントが目についたくらいだ。


「まあ、続報を待つしかないか――――ん?隣にだれか入居してきた?」


 玄関の扉越しに聞こえる会話の声。

 この建物の部屋を区切る壁の防音性は高いが、玄関の扉はそうではない。

 廊下の漏れ聞こえる声からコウは新しい入居者だと判断した。


 いまはまだ四月のはじめで新入生の入居者はそれほど多くない。

 少年が知っているだけでも両手で数えるくらいだ。

 遠方から来る人ほど早めに入居する傾向にあり彼もそうだった。


「お隣さんはどんな人かな~」


 もしかするとお隣さんはクラスメイトになるかもしれない、と彼は考え。

 空中の映像を消し、玄関の扉を開けて挨拶をしようとし――――



「ん?」



 すごい目つきが悪く、長袖の上からでも鍛えられてることが分かる男――――リュウセイと目が合い。ゆっくり下がり、パタンと扉を閉める。


 少年は内心で「――――やばっ!びっくりしてつい閉めちゃったけど、普通に失礼じゃん!?お隣さんがやばい人だったらどうすんだよ!?目をつけられる!」と戦々恐々して小動物のように震えていた。


 謝ろうと玄関を開けようとすると廊下から声が聞こえてくる。



「いや、にらんでないからな?なんでオレが悪いみたいになってんだよ?」


 誰かと話してるようだ。


「誤解を解く?お前が?やめろ、やめろ。お前が表に出てきたら大事になるだろうが。――――ふくれてもダメだからな?大人しくしとけ」


 しかし、話声は一人分しか聞こえてこない。

 コウは映像通話でもしているのかと思い玄関から顔を出す。

 そこにはもう誰もおらず、もう部屋に入ったようだ。



「顔合わせる機会はまだあるだろうから、そのときに謝ろ」



 彼は問題を先送りにした。



 ◆



【四月一日・午後】



 唐突に告知されたイベント【極天至道:シュラノミチ】。

 そして、頂点に挑戦する資格を得るために始まった【リュート】の試練。

 それを多々良コウは会話アプリで話し、離れた場所の友人たちと観戦していた。


 少年含め、全員が【神星領域:ロスト・フォークロア】のプレイヤーで、話題の人物【リュート】に興味を持っていた。

 いま丁度、十試合目の相手【スイゲツ】という少女に勝ったところだ。

 観戦していた少年たちは試合の内容を語り、盛り上がっていた。



「すっごい、すっごい!さっきのかっこよすぎじゃない!?」


『だな!変身からの逆転劇!展開が熱すぎだろ!』


『【スイゲツ】もすごかったけど、【リュート】の技術がずば抜けてる。【スイゲツ】の【瞬身】を透かした技って上位層必須技アーツのひとつ『虚撃ホロウ』だよな?まさか初心者レートの試合で見れるとは思わなかった』


 アーツとはゲームシステムが用意した誰でも使える【スキル】とは別の、プレイヤーたちが戦いの中で編み出した戦術のひとつである。

 高等な技術がいるそれらは誰もが使えるわけではなく。一部の上位層にしか扱えない。

 それを実戦で使いこなす【リュート】は彼らに相応の力を持つ実力者に見られていた。

 なお、【リュート】はそんな技の存在は知らず、単に面白い技を思いついたとしか思っていない。


 観戦画面は試合が終わってからは待機画面に変わっており、リュウセイたちの会話は映っていない。

 見ちゃいけないものを見て慌てるリュウセイとミズキの姿が。



「イベントは最低十試合らしいから、今日はこれで終わりかな?」


『じゃないか?これ以上やっても【リュート】にメリットはない、ない』


『まあ、【スイゲツ】との勝負は激戦だったから文句言うやつも――――いや、いるみたいだな。匿名掲示板の一部のやつらが騒いでるな』


 友人のひとりが問題の匿名掲示板を画面共有する。

 書いてる内容はひどく。【リュート】に対するいわれなき誹謗中傷ばかりだった。

 いわゆるアンチというやつである。


「これは…………ひどい。どうしてあの試合を見て『下手』とか『勝てたのはルールのおかげ』とか書けるんだろうッ。そんな内容じゃなかったじゃんッ!!」


『こっちは『どうせエトちゃんが裏でサポートしてんだろ』とか『エトちゃんがすごいだけで、そのマスターは二流』とか書いてんな。こいつらリュートのAIがうらやましいだけのやっかみなんじゃないか?コメントからそれが伝わってくるぞ』


『こいつら短絡的としか言いようがないな。イベントの概要から【リュート】と【X・Road】の関係性を記してあったのに、一時的な感情でそれに喧嘩を売ろうなんて。その辺のアンチはすぐに静かになるだろう。だが、まあ――――』


 言いよどむ友人にコウは疑問を口にする。


「ん?なに?なにか懸念があるの?」


『――――ああ。【リュート】が勝ち進んだ先にいるのは【魔王】さまだ』


『あ~…………俺もわかったわ。【魔王】さまのが問題なんだな?大企業がバックについても、気にせず【リュート】の誹謗中傷続けそうだ。あいつらにとって【魔王】さまに宣戦布告っていう不敬を働いた【リュート】は許せねえだろうからな』


【魔王】の信者、それは夕闇咲ライラのファンクラブ(非公認)。

 そして、夕闇咲ライラという強烈な光に目を焼かれた者たちだ。

 その人たちは――――


 その強さにあこがれ。

 その容姿に見惚れ。

 その外見とは似つかわない、燃え滾る闘争心のギャップに惹かれ。

 あらゆる行動基準が夕闇咲ライラになっている。


 もちろんすべてのファンがそうじゃないが、一部のファンは狂信者のようだと言われている。

 その人たちを想像してコウは苦い顔になった。



「たしかに、それは厄介かもね…………あの人たちに道理は通じなさそうだ」


『でもよー。したんだ。そうなることは予想の範囲内だろ?どうすんのかわかんねえけど、どうにか対処すんじゃね?』


『そうだな。部外者の僕たちがここでなにを言ってもなにも解決はしない。運営に任せるしかないな』


「そうだねー……。って試合が再開してない?最低試合数クリアしたのに【リュート】まだやるんだ。――――楽しそうにしてるなあ」


 空中に映した画面には新しい挑戦者が現れたところだ。

 それを顔の上半分を隠した【リュート】は口角を上げ笑って迎えていた。

 本当に楽しそうに。


 そのあと、彼は追加で十試合



 ◆



【四月二日・早朝】



 午前五時。寮の自室でコウは目を覚ます。

 二度寝をしようと思ったが、目が冴えて寝付けそうにない。

 部屋でボーっとしていると昨日の楽しそうに遊ぶ【リュート】を思い出し。

 無性に【ロストフォークロア】をやりたくなっていた。


 外はまだ暗いが【探索】に行くくらいなら問題ないだろうと、運動着に着替え外に出る。

 寮の出口を出た先の薄暗い外にはひとつの影がいて、誰かと会話しているようだった。


「――――ト。お前の秘策はけどさ。オレは本番を想定した環境も必要だと思うんだよな。――――反対する気持ちはわかるけど、これを避けてたら、いざっていうときに困りそうなんだよ。だから、いまのうちに野次や煽りに慣れとかない――――ん?誰かいるって?」


 暗さに目が慣れてきたコウが目にした影の正体は昨日入居したばかりの隣人――――リュウセイだった。

 鋭い眼光+薄暗さで怖さは増していたが、コウはなんとか悲鳴を上げるのを抑えてアイサツをすることが出来た。


「お、おはようッ。隣の部屋の多々良コウです!えっと……昨日はゴメン。逃げるように扉閉めちゃって。えーと、あれは~…………」


「おう、おはよう。越してきたばかりの一条リュウセイだ。気にしなくていいぞ?初対面の人に逃げられるのは慣れてるからな」


 そう言って遠い目をするリュウセイ。

 どこか哀愁が漂っていた。


「いや、本当にごめん。――――ところでさっき一条くんは誰かと話してなかった?もしかして、通話中だった?」


 リュウセイの耳元につけた【ニューロアーク】を見ながらコウは言う。


「え。あ~…………うん、そうそう。そんな感じ。あと、同学年なんだからオレのことは一条でいいぞ。こっちも多々良って呼ぶから」


「うん、わかった。それで、一条はこんな朝早くになにやってんの?僕は目が冴えちゃったから、【ロストフォークロア】の【探索】に行こうとしてたんだ」


「ん?こっちは走り込みだ。体を動かさないとなまるからな。にしても、多々良もプレイヤーなのかー。――――いまは忙しいから無理だけど、手が空くようになったら一緒に遊ぼうぜ」


「一条もゲームやってるんだ?。わかった。また今度遊ぼう」


「おう。じゃっ!オレはその辺走ってくるから、またな」


「うん。またね」


 そう言って、ダッシュで駆けていくリュウセイ。

 その速さに目をパチパチさせながらコウは見送る。

 見た目は怖いが気のよさそうな隣人で彼は一安心していた。

 彼も自分の【探索】を始めるべく、準備運動をして――――



『バイバイなのです!お隣さん!』


「え!?」



 コウは、配信で聞いたことのある声に振り向くもそこには誰もいない。

 まだ寝ぼけてるのかと首を傾げ。

 入念に準備運動をした後、仮想の街へと歩いていく。




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