第40話 緋色に輝く獅子



【回想・在りし日の稽古風景】



「――――なあ、ばあちゃん。これって覚える意味あんの?」


「あん?」


模造銃を構えて祖母マナに見せられた映画の格闘術を再現しているリュウセイ。

活用の機会がなさそうな技術に疑問を口にする。

口を動かしながらも動きは止めない。

つたないが、映画に出てきたアクションシーンを一度だけで忠実に再現していた。


「ないぞ」


「ないの!?じゃあ、なんでこんなことやらせてんだよ!?」


まさかの意味なし。

この疑問を口にするまで稽古を始めて一時間。

その間ずっと無駄に練習させられていたのかと思うと不満が顔に出る。


「毎日、同じことやってもつまんねーじゃん?遊び心は大事だろ」


「いや、ばあちゃんが組手の相手が欲しいだけだろ。ひとりじゃあ映画の戦闘シーンを再現できないから、オレに覚えさせて相手役にしたいだけじゃん」


「いいじゃねえか。リュウは一度物は小器用に真似できんだから。ひとつやふたつくらい変な技術覚えたって変わりゃあしねーよ」


「ひとつやふたつじゃあ済まないような…………」


リュウセイがすぐに思い出せるものだけでも両手の指で数えれないほどある。

NINJAの訓練を受けさせられたこともあった。

『忍者』ではなくて外国の『NINJA』である。


「それにな一見無駄なようなもんでも後々に役立つことって、人生に結構あんだぞ?」


「え~。平和なこの国で銃を使う場面なんて思いつかないんだけど」


のちに某仮想都市で撃ちまくるとは彼はまだ知らない。


「どうだろうな。思いもよらないことってあるからな。本当に――――」


なにかを思い出すように遠い目をするマナ。

どこか悲しそうに見える。

だが、すぐに感情を切り替えて話題を別のものにした。


「まっ、そもそも戦闘になった時点で護身の観点から見たらダメダメなんだけどな。危険に近づかないのが最善、危険が近づいてきたら逃げるのが次善、自衛は最終手段。どうしようもねえときの苦肉の策。下策中の下策だな」


「それでもいざというときに身を守れるのは自分自身だけ。その為の手段と鍛錬は怠るな――――何回も聞いて耳タコだよ」


「ああ、何回も言った話だな。なのに、どっかの馬鹿孫は自分からトラブルに首突っ込んでんだよな。なんでだろうな?」


目を逸らすリュウセイ。

心当たりがありすぎた。


「まあ、リュウにもその時々に理由があったんだろうから、なにも言わねーけどよ――――」


「言わないけど?」


「危地に飛び込むんなら力をつけろ。危険を撥ね退けるくらいのヤツを。そして、技術を覚えろ。それがお前を守ってくれる。あたしがリュウにしてやれるのは鍛えてやることぐらいだ。だから、あたしが教えられるもんは覚えれるだけ覚えとけ」


マナは真剣な顔でそう語る。

彼女に心配をかけた自覚のあるリュウセイは素直に頷いた


「わかったよ。もう文句はいわない。でも、ちゃんとした技術も教えてくれよ?」


「おう。今回のを覚えたら正統派の剣術でも教えてやるよ。あのへんの体捌きは面白いもんが結構あるからな!」


「剣術も現代じゃあ使う機会がないんじゃあ…………」


その呟きにマナは答えることなく、笑いながら稽古を再開した。

ちなみに、彼女がどんな技術でも教えられることにリュウセイは疑問を持たない。

幼いころからそれが当たり前だったから。


これはリュウセイにとってはなんてことない日常。

無意味に思えた戦闘技術の数々。

だけど、その日々は決して無駄ではなかった。


それは全て未来に繋がっているのだから――――




【現在・バトルルーム内】



祖母マナの言った通り無駄なものなどなかった。

いまこうして役に立つのだから。

在りし日の事を思い出し、自然と笑みが浮かぶ。

そして、スキル名を叫ぶ。

身につけた技術を開放するために。



「さあいこうかッ!スキル【アームド・チェンジ】ッ!」



その言葉とともに銀装アバターに変化が訪れる。

武装は中・遠距離用のSF銃から、近距離用の近未来的な刀剣に変わり。

その大小の刀が体中のいたる所に差してある。その数、五。

その内、二本を両手にそれぞれ持っている。


先ほどまでの形態と差別化を図るために、追加パーツが随所に施されている。

緋色に染まった金属パーツをつけたその姿は変身ヒーローのようだった。

そのパーツはアバターを飾るアイテムであり、それ自体に装甲としての意味はない。

アリスレイタこと穂群尾花に、見た目の重要性を説かれて取り付けたものだ。

変身することに一家言ある彼女のいうことは説得力があった。



先ほどまでの形態を、全距離対応の射撃スタイル。

名を――――【銀装:サジタリウス】


いまの形態を、近距離特化の斬撃スタイル。

名を――――【緋装:レオ】



これらは星座の名を冠したものになっている。

ちなみに、リュウセイとオバナがノリノリで考えたものだ。


銀装改め、緋装アバターが先の見えない霧の中で全周警戒の構えを取る。

それを虚像の群れが囲む。


いきなりの武装変更にミズキは警戒しながらも優位は変わらないと思っていた。

リュウセイのアバターは鈍足スロウの状態異常のままだ。



『へー、かっこいいネ。だけど、装備を変えたところでバッドステータスが治ったわけじゃなイ。次はもう躱せないヨ。回避スキルも使いにくいよネ』



わずかに鈍くなったアバターではさっきまでの紙一重の回避は出来ない。

かといって、失敗したばかりのスキルは使いにくいだろう。というのがミズキの見識だ。


「ハッ!試してみろよ」


『…………ん?』


「回避できないか。失敗したスキルは使いにくいか。試してみろよ!」


挑戦的な笑みを浮かべ、ミズキを煽る。



『面白いネ!りゅーがどう対処するか見してヨ!』



分かり切った挑発にわざと乗り、ミズキは虚像たちに号令を出す。



『いけ!夢幻の住人たち!』



動きだす虚像たち。本体もそれに紛れて隙を狙う。



「どっからでもこいッ!」



リュウセイ操る緋装アバターも迎え撃つ態勢を取る。

リュウセイは視界に入った虚像たちをせわしなく視線を動かし、一体一体確認していく。

そうしている間にも本物にしか見えない黒群青アバターがリュウセイの元に辿り着き、長刀を振りかぶり――――振り下ろした。


それを緋装アバターは避けなかった。


振り下ろした長刀は緋装アバターに当たり、霧散した。

攻撃した黒群青アバターは幻影だ。

リュウセイはその後も、視線を巡らして偽物を見極めていく。


次々と叩き込まれる虚像たちの猛攻。

それは当たると霧に還っていく。

緋装アバターは不動で構え、迫る虚像と判断した一撃を受け――――ない。


虚像の胴体から長刀による最速の突きが生えた。


緋装アバターは半身に構え、刀身で滑らすように受け流す。最小限の動きで。

金属が擦れるような音が響き、虚像が散り、本体の姿があらわになる。

武器同士を互いに押し合うかたちになり、至近距離でふたりは会話をする。



『聞いてもイイ?もしかして?』


。ミズキ、焦ってイベントに参加しただろ?お前がこんなあからさまな欠点を直さないはずがないもんな。



【鏡界:夢幻回廊】の欠点は鏡映し虚像による本体との差異。

しかし、これはアバターを左右対称にすることである程度改善できる。

だが、それはアバターをリメイクする時間があればだ。

今日始めたばかりのミズキにそんな時間はなかった。


『しかたないジャン。イベントの存在を知ってすぐにスキルをショップで買ったんだカラ。試す時間なんてなかったヨ。――――ってもう時間切れだネ』


ミズキの呟きとともに霧が晴れていく。

【鏡界:夢幻回廊】の効果時間切れだ。

夢幻の迷宮は解け、元の闘技場が見えるようになった。

ついでに、緋装アバターのバッドステータス:鈍足スロウも解ける。


『どうすル?また、距離を取ればさっきのラウンドみたいに撃ち放題にできるヨ?』


「やらねーよ。せっかく、この【緋装:レオ】の姿に変わったのにまだ活躍してない。それに、武装切り替えの隙を狙ってるやつが目の前にいるからな」


『残念。じゃ、そろそろをつけよか――――』


「そうだな。つけよう――――」



その言葉が合図になり、互いに飛び退き構えを取る。

これから起こる戦いは意地のぶつかり合い、真っ向勝負。

互いに負ける気はないと闘志を燃やす。



緊迫の空気が流れ――――同時に動いた。



「『決着をッ!!!』」



黒群青アバターの長刀の袈裟斬りが緋装アバターを襲うが体捌きだけでそれを躱す。

しかし、まだ攻撃は終わってない。

すかさず手首を返し、Vの字を描き再び長刀が襲い掛かる。



「甘いッ!」



それを刀で弾き、返す刀で今度は緋装アバターが攻勢に出る。

それを長刀で受けようとして――――すり抜けた。



『はあッ!?』



刀は黒群青アバターの腕に傷を負わせ、ダメージエフェクトが散る。

なにが起きたのかミズキは分からないまま追撃が迫る。

謎の一撃の正体を探るべく、もう一度長刀で受ける構えを取る。


そして、また斬撃はすり抜け。胸に真一文字の傷を負う。

傷から光の粒子が漏れる。けど、今度は見逃さなかった。

長刀に刀がぶつかる寸前に、内側に入った後、別の刀に変わったのを。



『クイックチェンジ…………ッ!』



そう、スキル【クイックチェンジ】による高速の出し入れ。

それは刹那の間に行われる超技。

それをリュウセイは実戦で成功させた。



「『不可避の一撃ファントム・ソード』ってところかな?」



その技は祖母まなに見せてもらったエンタメ作品から着想を得たもの。

現実では不可能なことでも仮想ここでは実現できた。



『まだ、まだぁッ!!!』



黒群青アバターは傷を負っても、HP全損には程遠く。

起死回生を狙い、長刀に紫エフェクトを纏わせスキル【ストライク:スロウ】を緋装アバターに向けて放つ。

全霊を込めた一撃が、疾風の如く緋装アバターに迫り――――



回避スキル【瞬身?】。

【我が歩みは流れる星の如く・真伝】の内包スキルを発動。



白のエフェクトに星の輝きを纏ったアバターが、深紫の一撃を避け、相手の懐にもぐり刀を薙ぐ。


ミズキはそれに反応して、【瞬身】を発動し避けよう――――として失敗した。

白いエフェクトが弾けスキル発動が失敗したことを告げる。

ミズキが緋装アバターに目を向けると、薙いだ手には刀は無かった。


【クイックチェンジ】による


それが手品のトリックだ。

それに気付いたときはもう遅く。

黒群青アバターはスキルを失敗した代償で硬直する。



『やられタ…………』


「やっぱ、やられたらやり返さないとな」



最初に【瞬身】を失敗させられたことの仕返し。

それをリュウセイは狙っていた。


再び、刀を手に戻し。

二刀を持ち、力を籠める。

そして――――解き放つ!



「ハアアアアアアアアアッ!!!」



咆哮とともに解き放たれた斬光は嵐のように荒れ狂う。

緋色の獅子は標的を容赦なく刻み、光の粒子が宙へ舞う。

幾重もの剣閃がひらめき――――



『次やるときは負けないカラ』



わずかにHPが残り、よろける足である場所まで行き。倒れる。

――――ミズキが設置した地雷原に。



『フィナーレは派手にいかないとネ』



ミズキはアバターの残り全てを捧げ。

轟く爆音と吹き荒れる爆風・光の粒子を以って、リュウセイの勝利を祝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る