第39話 鏡に映る花、水面に映る月影


【レコードブック・一階・液晶ディスプレイ前】


 イベント【極天至道:シュラノミチ】が始まり、リュウセイの活躍が気になった店の店主である常盤命理トキワメイリと配信者アリスレイタこと穂群尾花ホムラオバナは、店の液晶ディスプレイにイベントの試合を映して観戦していた。

 ちなみに店内は客がおらず閑散としている。


 画面では、挑戦者【スイゲツ】が【伝承顕現】スキル【鏡界:夢幻回廊】を発動したところだ。



「あわわ……メイリさん、これまずいですよ!?【瞬身】や【パリィ】殺しの【伝承顕現】を使われました!一条くんが対処法を知らなければ一方的に嬲り殺しにされます!」


「確かにこれはまずい状況ね…………。【瞬身】を失敗ファンブルしたら硬直のデメリットをくらうから、アバターが隙だらけになるわ。かといって、回避スキルなしでこの状況をリュウセイ君が切り抜けられるか微妙なところね」


「なんで初心者レートにこんなな【伝承顕現】を使うプレイヤーがいるの!?」


「一般的な初心者は【瞬身】や【パリィ】を使わないから、目くらましにしかならない。始めたばかりの人には不人気な【伝承顕現】だもんね。一般的な初心者は派手なスキルを選びがちだけど、リュウセイ君といい、この【スイゲツ】って子といいスキルのチョイスが渋いわねぇ」



【鏡界:夢幻回廊】――――それは、初心者に不人気で、一部の上級者がたまに使う程度の【伝承顕現】スキルだ。


 上のランクに上がっていくほど、【瞬身】や【パリィ】などを多用するプレイヤーが増えて、それをいかに失敗させるかの技術が必要になってくる。

 このスキルを発動時は失敗を誘発させやすくなる為、PVP――――プレイヤー対プレイヤーが好きな人に好まれている。


 しかし、対エネミー戦には効果が薄く、上位帯にはもっといいスキルがあるため、こういったスキルを制限された戦いにしか出番がない。


 だとしても、初心者が選ぶようなものでもないし、使いこなせるものでもない。

 使い方に工夫が必要なを【スイゲツ】がどう扱うのかメリーは興味深そうに見ていた。


「【幻身ミラージュ】で初撃を避けて【伝承顕現】に繋げるなんて、かなり手慣れてるわ。一本目は様子見だったというところかしら?」


幻身ミラージュ】は一定時間その場にアバターの映像を残す虚像スキル。

 本体はその間、透明になり移動が出来る。

 リュウセイのアバターが放った銃弾がすり抜けたのはそういったカラクリだ。


「まさか、別のゲームから移ってきた熟練者ですか!?さっきの銃弾を避けて防いだ動きからプロ選手の可能性があるかも!?もしそうなら、いくら一条くんでもきついんじゃあッ…………!」


 オバナは相手を別ゲームのプロ選手と仮定しているが、【スイゲツ】がガチの初心者だとは気付けない。

 気付けるはずもない。

 それだけ【スイゲツ】のアバター操作は巧みだった。

 プロ選手の動きを長く見続けてきたオバナですら見間違えるほどに。



「リュウセイ君……君はこの苦境をどう切り抜ける?の装備をアリスレイタちゃんから受け取った君なら面白いものを見せてくれるのかな?」



 メリーは、ディスプレイに映るリュウセイに期待の眼差しを向けながら、そう呟いた。



 ◆



【eスポーツ施設・バトルルーム内】


 一メートル先も見えない濃霧の中。

 リュウセイは油断なく周囲を警戒していた。

 とりあえず短機関銃タイプの装備に切り替え、前方に銃弾をばらまく。

 ダララララっと銃声が轟いてくが――――


「反応なしか」


 ダメージエフェクトも散らず、仮想世界の壁に当たる音が連続する。


『ふふーん。そんないい加減な狙いじゃあ当たらないヨ』


「フッ!」


 リュウセイは声がしたほうに狙いを合わせ引き金を引いた。

 再び連続した銃声が轟く。

 しかし、またもや直撃の反応なし。


『無駄、無駄ぁ。この【鏡界:夢幻回廊】の中は音すら迷う超常の迷宮。声のした方向にわたしがいるとは限らないヨ』


「ハッ!わざわざそれを教えてくれるのか?いつからそんなに優しくなったんだよミズキ」


『あー。それってわたしが普段は優しくないってコト?傷つくな――――っと!』


「よっ――――いままでやってきた自分の行いを振り返ってみ――――ッろ!」


 霧の中からいきなり現れた黒群青アバターが機械めいた長刀を横薙ぎに振るう。

 それを銀装アバターは屈んで躱し、返す刀で胴体を狙い引き金を引く。

 銃弾は胴体の芯を捉え、その体に吸い込まれていき――――霧散した。


「ッ!?」


 霧状になった黒群青アバターに驚き、すぐに能力の把握をしようとするがそんな暇はミズキは与えない。


 屈んだ銀装アバターの背後に現れた黒群青アバターが追撃の長刀が振り下ろす。

 足音もなく近づいた死角からの一撃。

 それは決まるかのように思われた――――が、全力で横に飛んだ銀装アバターに躱される。


 ミズキならここで追撃してくるとリュウセイは予想したから。

 しかし、追撃はまだ終わっていない。

 長刀が地面に触れる寸前に軌道が変わり、銀装アバターを追う。


 体勢を崩した銀装アバターにこれを躱すすべはひとつしかない。

 長刀が眼前に迫り、リュウセイはひとつのスキルを発動する。


 回避スキル【瞬身】。


 白いエフェクトがアバターを包み――――弾けた。

 スキルが失敗ファンブルしたときの現象だ。

 目を剝くリュウセイの視界には、霧となった長刀・黒群青アバター。

 そして、逆側から大きく振りかぶる本体。



『ようこそ!これでチェックメイトだヨ!』


「ヤベッ!?」


 リュウセイはアバターを動かそうとするが、失敗の代償を負った銀装アバターは硬直して動かない。


 振りかぶった長刀が紫のエフェクトを帯びて――――振り抜いた。

 強烈な痛打。本日初めてのダメージが銀装アバターに入る。

 HPは半分に減るがまだ戦闘は可能。チェックメイトというには程遠い。


 それもそのはず。彼女の策はまだ終わっていない。

 吹き飛んだ銀装アバターの先には、地面から見える密集した圧力式重火薬地雷。


 名称を【キャット・パウ】。


 その形がネコの肉球に見えるのが由来だ。

 威力は名前のようにかわいいものではない。

 ひとつでも銀装アバターのHPを半分吹き飛ばす威力がある。

 それがいくつもあり、着地点に待ち構えていた。


 これをスキル【罠設置★1】で準備するために最初に会話をして時間を稼いでいた。

 全ては描いた計画通り。

 最後は爆音と爆風・アバターが散った時の光の粒子で締め括り――――のはずだった。


 直撃を当ててから時間が経つのに、一向に爆発が起きない。

 それどころかミズキは見てしまった。

 濃霧が立ち込める【鏡界:夢幻回廊】の中でも使用者にはすべてが見える。

 銀装アバターが空中で操作権を取り戻し、地雷の隙間を縫って手をつき、その向こう側へと跳んでいったのを。

 予想外のことにミズキは疑問を口にする。



『――――失敗ファンブルの硬直はもっと続くはずなんだけド…………どんなトリックを使ったノ?りゅー』



 その返答は――――



「ヤッバかったーーーーッ!?なんでオレ吹き飛んでないの!?」



 本人にも分かっていなかった。


 このピンチを切り抜けたのは【絶望に抗う者・アルヴィオ】の【不撓不屈】の効果。


 デメリット効果の軽減。


 残りHP量で効果が決まるそれは、半分まで体力が減ったことでスキル失敗による代償も半分まで減らしていた。

 これはHPが満タンの時はほとんど効果なく。

 リュウセイもデメリットを負うような行動をしてなかったので、その存在を完全に頭から抜け落ちていた。


 理由はともあれ、危機を脱したリュウセイは濃霧の中、構えを取る。

 黒群青アバターの姿を再び見失い、地雷の存在からうかつに動くことも出来ない。

 さらには――――



『決めきれなかったのは惜しいけど、次善策は取ってあるヨ』


「鈍足のバッドステータス――――徹底してんなぁ。性格がわりぃ」



 銀装アバターは紫のエフェクトを纏い、わずかに動きが鈍い。

 彼に与えた一撃はスキル【ストライク:スロウ★1】。

 痛打とともに、しばらくの間アバターの動作が鈍くなる効果だ。


『人聞きが悪いこと言わないでヨ。相手が嫌がることは徹底してやれっていう師匠の教えだからネ。逆の立場ならりゅーもやるデショ』


「やるなぁ…………」


『だよネ♪』


 動きが鈍ったアバターではさっきまでの回避動作は難しいだろう。

 霧の中から現れる神出鬼没な黒群青アバターに対応は仕切れないはずだ。



『じゃあ、このラウンドはもらうネ』



 霧の中から、複数の影が浮かび上がる。その数、十。

 それらは実体を持た無いが、まるで本物ようにそこに在る。


 それは鏡に映る花のように。

 それは水面に映る月影のように。

 そこに在りて、そこに無し。


 鏡映しの虚像が並ぶ夢幻の迷宮――――【鏡界:夢幻回廊】で水月ミズキは笑う。

 勝利を確信して。


 対して、窮地に立たされたリュウセイ――――



「ハッ!なにもう勝った気なってんだよ。ミズキ」



 ――――も不敵に笑う。



『――――悪あがきは見苦しいヨ。りゅー』



 ミズキはその言葉とは裏腹に、リュウセイのそのセリフに、その態度に警戒する。

 古い付き合いだ。

 彼が予想のつかない事をしでかすのは知っていた。

 警戒している間にもリュウセイは言葉を続ける。



「ばあちゃんが、オレらに稽古をつけるとき長所を伸ばして短所を補うように鍛えてくれたよな」


『いったい、なにを――――』


「体格には恵まれないけど、頭のいいお前には環境や道具を利用した技術を」



 いまの霧や地雷といった戦い方も、根底にはマナの教えが根付いている。



「そして――――平凡でも、【視れば】ある程度の技術を再現できるオレには、どんな環境にも適応できるよう幅広い技術を!」



 彼の扱える武器は銃だけではない。

 それは彼の技術の一端にしか過ぎない。

 マナの趣味を含めた架空の戦闘技術ですら彼は修めてきた。

 でも、それは現実の身体能力が枷になり再現できなかった。

 しかし、再現はできなくても一度【視た】ものは忘れない。

 思い通りに動く仮想の体を手に入れた彼に枷はもうない。


 これから見せるはその技術のひとつ。

 幼馴染すら知らない、彼の才能。



「さあいこうかッ!スキル【アームド・チェンジ】ッ!」



 スキルを高らかに叫ぶその顔は、初めてためこころみに心躍っているようだった。

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