第38話 君ら本当に初心者?


 会員制eスポーツ施設の一画。

 XRゲーム対応の対戦個室【バトルルーム】。


 それはオンライン対戦専用の部屋であり、最新の設備が整った場所だ。

 始めに入り口付近の台座にゲーム専用デバイスをセット。

 そうすると室内のどこにでもアバターを出現させることが出来る。

 そのアバターは、室内に映し出された部屋以上の広さがある空間拡張領域――――【仮想領域ヴァーチャル・フィールド】内で自由に動かせる。


仮想領域ヴァーチャル・フィールド】は様々な場所を創造することが可能だ。

 たとえば――――


 蒼海の中。泳ぐことも出来る。

 天空に浮かぶ戦場。落下しないように注意が必要。

 他にも神秘的な光景や現実の街を丸ごと創り出すことも可能だ。

 

 そのリアルに創られたフィールド内は、五感を同調したアバターで活動するプレイヤーにとって【もうひとつの現実】であり、【もうひとつの世界】である。



 そんな拡張された世界でふたりの人物とふたつの【影】が、 古代の闘技場を模した場所で相対していた。



 片や、近未来的な黒衣、顔の上半分を仮面で隠した少年。


 名を、一条リュウセイ。プレイヤーネームを【リュート】。


 付き従う【影】アバターは、近未来感のある重厚な銀外装、頭部はバイザー付きのフルフェイス。その奥から鋭い眼光のような青白い光が漏れている。

 手には二丁のエネルギー弾を撃ちだすSF拳銃。追加パーツで銃身に短剣がつけられている。


 片や、群青と黒のサイバーパンクなジャケット・ショートパンツ。和風な仮面をつけた小柄な少女。

 

 名を、如月水月キサラギミズキ。プレイヤーネームを【スイゲツ】。


 付き従う【影】アバターは、あるじと同色の前を開いたロングコートを肩を出すように着用している。髪には蛍光色の差し色がある女性型アバターだ。

 片手には機械めいた柄の長刀が握られている。


 ミズキはニコニコした笑顔でリュウセイに話しかける。

 彼はその笑顔の裏に隠された怒りを予想して冷汗が止まらない。

 いまはイベント中だが、両者が準備完了の選択を選ばない限り試合が始まらない。



『どう?この格好とアバター。かわいいデショ。だいぶ前からこつこつと仮想映像のメイキングしてたんだよネ~』


「へ、へ~。それを自作で作れるなんてミズキは凄いな!」



 少しでも怒りを和らげようと、全力でヨイショする。


『うんうん。そうでショ。わたしの自信作だヨ』


 むふーっと機嫌よく自慢するミズキ。

 これは許されたか!――――とリュウセイが思ったのも束の間。

 笑顔は口元だけで目が笑っていない彼女を見てしまった。


『わたしは、その自信作と一緒に遊ぶのを楽しみにしてたんだよネ』


「ほ、ほう?」


『でも、ひとりじゃつまんないから、やっぱり誰かとやりたいよネ?』


「……ソウダナー」


『だよネ♪だから、ゲームをダウンロードしたら一緒に遊ぼうって、約束した親友が居たんだけど。わたしそっちのけで、NO1プレイヤーの夕闇咲サンに挑戦状を叩きつけたり、いつのまにか【極天至道:シュラノミチ】とかいうイベントの中心人物になってたりしてるんだヨ。不思議だネ?』


「……フシギナコトモアルナー」


『しかも、わたしがそのことを知ったのは親友の口からじゃなく、ネットニュースなんだヨネ。そんな大事おおごとになってるなら少しは相談してくれてもいいと思わなイ?さらには、こっちがメッセージや電話をしても繋がらないし』


 チラッと横目で部屋の隅を見るリュウセイ。

 そこには巻き込まれないよう避難しているエトが居た。

 エトは頭上に手を上げカンペのようなものを持っていた。

『ごめんなさいなのです!重要な話をしてたので通知の音を切っていました!』と書かれている。


 おそらく、【X・Road】でサキリと話をしていた時に通知を切ったのだろう。

 色々と理由はある。だとしても全面的に悪いのはリュウセイなので素直に謝る。



「ごめんミズキ。オレが全部悪かった」



 腰を折って謝罪するリュウセイ。

 その姿をジーーっとしばらく見ていたミズキはハァ~っと息を吐いて、頭を上げるようにリュウセイに言う。


『ほら、頭上げテ。もういいカラ。音声は流れてないけど姿はイベント項目から生中継されてるんだカラ。情けない姿を見せなイ!』


「マジごめん」


『いいヨ。どうせやつデショ?りゅーはすぐに騒動を起こすんだカラ。師匠が心配になるのも無理ないヨ』


「ん?ばあちゃんがなんか言ってたのか?」


 リュウセイは朝に電話を掛けたが、マナは特に気になることは言ってなかった。


『馬鹿孫をよろしくって言われた。無自覚で大事を起こすから見張っといてくれって』


 目を逸らすリュウセイ。

 現状を見たら反論できる要素がない。


『お二方ー。観戦してるプレイヤーがしびれを切らせてるのでそろそろ始めるのですよー』


 ネットのイベントに対する反応を観察していたエトが試合を急かす。


『おっと。長く話しすぎちゃったネ』


「そうだな。――――にしても、ミズキとこうやって向かい合うの久しぶりだな」


『ここ最近は引っ越しの準備とかで稽古の相手も出来なかったもんネ』


「じゃあ、やるか」


『うん。やろう』


 ふたりは準備完了の選択を選び――――試合のスタンバイフェイズに入る。

 思考は切り替え、先ほどまでの友人に対する雰囲気は消えていた。

 緊迫した空気が流れ、リュウセイが先に口を開く。



「当たり前だけど、手加減はしないからな」


『当たり前だけど、手加減したら怒るからネ』



 ふたりの口角が上がり試合開始の合図を告げる音が鳴った。



 ◆



 開始の合図と共に、互いの間にある十五メートルの距離を潰すため、ミズキの黒群青アバターが姿勢を低く駆け出す。被弾面積を減らす体勢だ。


「近寄らせねえよッ!」


 それをリュウセイがただ見守るはずがなく、銀装アバターが退きながら標的に向けて引き金を引く。両手の持つ銃から連続した銃声が鳴り、銃弾が黒群青アバターに襲い掛かる。


『フッ!』


 ミズキは息を止め集中する。

 銃弾がその顔の直前まで迫った時――――全身が白く光る。スキル発動の光だ。


 回避スキル【瞬身】。


 そのスキル発動で黒群青アバターは残像を残し横にずれ、銃弾は後方に流れていく。

 その後も、二発、三発、四発と次々に躱す。


 リュウセイも使用するそのスキルは、攻撃が直前まで迫らないと回避が成功しない、失敗すれば代償に硬直した無防備な体を晒す上級者向けスキル。

 それを難なくミズキは成功させた。

 無敵に思えるスキルだが弱点もある。


【アシスト機能】ではタイミングがシビアなこのスキルに対応できない。

 マニュアル操作必須のスキルだ。

 連続使用出来るのは五回まで、それ以降はクールタイムが十秒かかる。


 五発目を躱した黒群青アバターと銀装アバターとの間には距離があり、手に持つ長刀はまだ届かない。


 六発目の銃弾が迫った時――――今度は黒いスキルの光が出る。


 防御スキル【パリィ】。


 手に持つ長刀で銃弾を、キィンっと音を立て切り払っていく。

【瞬身】と同系統の上級者向けスキル。

 仕様も似た性能だ。


 リュウセイたちには見えないだろうが、この試合を見てる観戦者たちは驚きに包まれている。【リュート】の相手をしている初心者は誰だ、と。

 イベントの最初の対戦相手はレートの低い初心者だと観戦者たちは知っている。

 だから、混乱する。そのアバター操作技術に。


『初心者がその動きを出来るのはおかしいだろッ!』と。


 なぜ、アバターの操作がうまくできるのかミズキ自身にも分からない。

 幼いころから父親の仕事の関係でXRに触れる機会が多いのが理由かもしれないが、彼女の古い記憶では最初からうまく扱えた思い出がある。


 だが、そんなことは、いま闘いの場に立つ彼女には関係ない。


 いま集中すべきことは目の前の幼馴染の操るアバターに長刀を届かせること。

 やたらと【眼】が良い親友の、こちらの動きを予測した弾幕を潜り抜けること。

 それだけに全神経を集中して駆けていく。


『はあああぁぁぁぁッ!!!』


 普段の姿からは想像できない裂帛の気合とともに、ミズキは五回目の【パリィ】を成功させた。

 彼我の距離は――――残り三分の一。

【瞬身】も【パリィ】もクールタイムに入った。

 試合が始まって、この間わずか五秒。


 でも、この距離なら被弾覚悟で飛び込める。そう彼女が思った時――――

 楽しそうに笑うリュウセイと、いつの間にかに切り替えた銀装アバターが見えた。



「バトルはやっぱこうでなくっちゃなあッ!そうだろ、ミズキ!」



 退屈な戦闘が続いたリュウセイにとって、ミズキとの戦闘は楽しかった。

 だから、出し惜しみなく新スキルを披露する。


【クイックチェンジ】。


 スキルで両手に持つ拳銃を、近距離用の銃に素早く切り替えた。

 名称を『群蜂ぐんほう・散式』。

 アリスレイタとの交換で手に入れた物のひとつだ。


 ミズキはその長い弾倉がついたそのSFチックな銃を見て、今までの弾幕の比ではないことを予想した。



『ヤッッバイ!!!』



 ミズキの悲鳴のような声をかき消すように、ダラララララっと銃声が轟く。

 黒群青アバターはスキルなしの長刀で叩き落しているが全ては防げない。

 足を止めて、防いでる間にもリュウセイは距離を取り弾をばらまいていく。


 しかし、それだけの連射を続けていればすぐに弾は尽きる。

 ミズキはその隙を狙おうとしたが――――無駄だった。


 撃ちきる前に、また素早く別の銃に切り替える。

 弾幕は途切れない。

 そうしてる間に、ミズキのアバターのHPがレッドゾ-ンに突入して――――



『一本目はあげるヨ。次はこうはいかないからネ』


「おう。次は出し惜しみなしでこい!」



 黒群青アバターは光の粒子へと散った。



 ◆



『くーーーーーーーッ!懐に入れないときついヨーーーーッ!』


「そりゃ、入れさせないようにしてるからな」


 二本先取中一本目をリュウセイが先取した。

 あと、もう一本取れば彼の勝ちが確定する。


『りゅーは性格が悪いヨッ!!!』


「人聞きの悪いことを言うな、相手の嫌がることは徹底してやれって、ばあちゃんの教えだ。逆の立場ならお前もやるだろ」


『やるけどもッ!!!それでもくやしいもんはくやしいノッ!!!』


『お二方ー。二本目の試合はじまるのですよー』


 エトの声で再び臨戦状態に入るふたり。


『今度はトップギアでいくからネ。覚悟しておいテ』


「ふっふっふ。上等。どっからでも来い!」


 ジト目で見るミズキに、笑って返すリュウセイ。

 その姿が消え、開始位置に移動する。


『お二方は本当に仲がいいですねー』


 その場に残されたエトの呟きは誰にも聞かれことはなかった。





 開始位置についたミズキは何かを呟き、長刀を地面に刺して、天を見上げる。

 なにかの準備動作なのだろう。

 それを待つリュウセイではない。


 銀装アバターが放った銃弾が黒群青アバターに目掛け――――通り抜けた。

 その不可思議な現象にリュウセイが驚いている間にも、ミズキの準備は進む。



 彼女がこれから起こす現象は、【ロストフォークロア】で語られる天災。

 一国を呑み込んだ、霧の怪物。

 そのスキルの名は――――


『【そこに在りて、そこに無し、すべては夢幻ゆめまぼろしの世界】』



 その起動詠唱キーとともに辺りは暗くなり、濃い霧が立ち込める。



『【伝承顕現】・【鏡界:夢幻回廊】』



 一メートル先も見えない霧の向こう側からミズキの声だけが響く。



『さあ、自慢の【眼】を封じられたらりゅーはどうするのカナ?』



 切り札を出したミズキとの第二戦目が始まった。


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