第34話 危機的状況:オカネナシ


リュウセイが夕闇咲ライラに挑戦する資格があるのかを問うイベント。


【極天至道:シュラノミチ】


そのイベント内容を確認した彼は怯むどころか戦意を滾らせた。

むしろ望むところだ、と。


彼は横紙破りをしている自覚はあるので、若干それを引け目に感じていた。

だが、このイベントを乗り越えれば、気兼ねなく堂々と頂点に挑戦が出来る。

憂い無く試合に臨めるのなら歓迎だ、と彼はこのイベントに意欲的だ。


負けて挑戦権を失うかもしれない。

しかし、ここで負けるようならそもそも彼女に勝てるわけがない。

イベントの文章に記されていた通り、挑戦する資格がないのだ。


それなら、その資格を勝ち取って見せる。

そう彼は決意を固めた。

そして、それを実現させるために行動を起こす。


戦いの準備を整えるのにメリーの経営する【レコードブック】に向かう。

限界まで自分の分身アバターを強化を施すために。

だが、入店して電子マネーの残高を確認して気づく――――



「金がないッ!?」



リュウセイの極天ライラへの挑戦に至る道は一歩目からつまづきかけていた。





「エト、どうする!?このままじゃあ未強化のまま、イベントに出ることになるぞ!?」


『どうしましょう!?――――あっ!マナおばあちゃんにお小遣いの前借りを頼んでみてはいかがでしょうか!』


「それは無理ッ!ばあちゃん、金のことに関しては厳しいから、そんな提案をした時点で一時間の説教コースだ!無駄遣いすんなって!いまは時間が惜しい!」


『では、エトが路上パフォーマンスで稼いみましょう!大丈夫なのです!マスターはエトが養ってあげるのです!』


「なんか、それ、オレがエトのヒモ男みたいで嫌なんだが…………」


『む~!あれもダメ、これもダメ!じゃあ、どうするのですか!』


リュウセイとエトが言い合っているのを横目に、【レコードブック】の店主・常盤命理トキワメイリ――――通称、メリーは告知されたイベント内容を確認しながら笑っていた。

ちなみに、店内は彼らしかお客がおらず騒いでも迷惑にはなっていない。


「あっはっはっ――――はぁ~、本当に君たちはスゴイわ。一体なにをどうやったら、この街に来て二日目でここまでの騒動を起こせるのかしら。大企業のX・Roadまで動かして」


「なんか成り行きで?」


『最初はもっと慎ましくやるつもりだったのです』


「トップ・プロに挑戦状叩きつけといて慎ましく――――ふふふ、本当に君たちは面白いわ~」


メリーは、破天荒なことをするプレイヤーが好きである。

自分の想像をいい意味で裏切ってくれるから。

そういうプレイヤーは、得てして派手なことをしでかすので見ていて飽きがこない。


店の商品を融通してあげたい気持ちはある。

しかし、施しを与えるのは何かちがうと思い、彼女は自重した。


「それで、どうするの?アバターを強化できるだけのお金も時間もないんでしょ?」


「そうなんですよね…………これはもう、ダメ元でばあちゃんに頼んでみるしか――――」


そこで、店内に来店を知らせるチャイム音が響き渡る。

リュウセイたちが入り口に目を向けた。

そこには――――



「あの~……MRYさ――――メイリさん、今夜する謝罪配信の件なんですけど~…………」



オドオドしながら入店してきたアリスレイタ――――穂群尾花ホムラオバナが居た。

彼女は昨日会った時のゲーミングカラーの髪は茶色になっており、服装もおとなしめになっている。

真逆のその恰好に別人と見間違えそうだが、リュウセイは間違えない。


】分かるから。


だから、当たり前のように声をかける。



「オッス。昨日ぶりだなアリスレイタ」



その名前を聞いたときにエトとメリーが一拍おいて反応する。

一瞬、だれ?とふたりは思っていたからだ。

声をかけられたアリスレイタことオバナは、ここで初めてリュウセイがいることに気づいた。

その顔は、一瞬で熟れたリンゴのように赤くなっていく。

そして――――ゆっくり後ろに下がり、入ってきた自動ドアの向こう側へと消えていった。

店内には退店を知らせるチャイムがさびしく鳴り響く。



「――――アイツなにしに来たんだ?」



来店して早々に退店したアリスレイタに首を傾げながら疑問の声をあげる。

その様子を見ていたメリーはニマニマと笑いながらリュウセイに彼女を追うように告げた。


「ほら、リュウセイ君。彼女を連れてきてあげて。きっと、昨日いろいろと恥ずかしい姿を見られたから顔を合わせづらいのよ。たぶん」


「そんなことを気にしてんですか、アイツ。仕方ないなあ――――」


リュウセイはやれやれと首を振りながら外に出ていく。

オバナのあの反応で気づかない自分のマスターに、エトは呆れた目で見送る。


『あれは明らかに、なのですよ。なぜマスターは気づかないのですか?』


「う~ん?いま一番に興味があることが【ロスト・フォークロア】だから、他のことに興味が向かないのかしら?まあ、それでもあの反応を見たら分かりそうだけどね」


『つまりマスターはおニブさんなのです。エトはマスターの将来が心配なのです』


まさかAIに心の機微を心配されてるとはリュウセイは思わないだろう。

しばらくして腕を掴まれたオバナがリュウセイに連れられて帰ってきた。


「ぜえ、ぜえ…………あ、あの……一条くん…………自分で歩くから、逃げないから、この手を放してもらってもいいかな?」


「それは、オレを見た瞬間に全力ダッシュしたヤツのセリフじゃねえよな?」


息を切らしたオバナは少しでもリュウセイから距離を取ろうとしている。

手を離した瞬間、逃げてしまいそうだ。

疲労困憊な彼女とは対照的にリュウセイはケロッとしている。

全力で逃げる彼女と同じ距離を走ったが、彼にとっては準備運動くらいにしかならない。伊達に祖母にしごかれていないのだ。

彼は、初動のわき目も降らない迷い無き逃げ足に呆然としなければ、もっと早く捕まえられた。あれは逃げ慣れた玄人だ、と彼は評価している。


ちなみに、目つきの悪い少年が涙目の女性を追いかけてる図は、疑う余地のない通報案件であり、巡回ドローンは担当地区の管理AIに報告しようとした。

しかし、女性のを見た結果、問題なしと巡回ルートに戻っていく。

無機質な機械だが、人の恋路を邪魔するつもりはないのだ。



「いらっしゃい、アリスレイタちゃん。今日は姿がちがうのね?」


「はい……あの姿は目立つので、普段はこの姿でいるんです」


「髪の色が違ったから驚いたな。一晩で染めたのか?」


「わざわざ染めなくても仮想映像を重ねれば――――ほら、この通り」


【ニューロアーク】の思考操作で、いつもの装いを引っ張り出す。

ゲーミングカラーの派手な髪になったオバナ。ドヤ顔をする。

この状態になった彼女は少し気が大きくなるのだ。

口調も間延びしたものに変わる


「どう~?変身ヒーローみたいでカッコいいでしょ~?」


「はあ~。間近でみるとすげえなあ――――この距離で見ても本物にしか見えねえや」


「あの……近いから……私いま汗かいてるから離れてもらってもいいかな~?あと、そろそろ腕を放してもらえれば~…………」


「おっと、わるい、わるい」


「あっ…………」


パッと手を放して離れるリュウセイ。

それをオバナは一瞬さびしそうな顔を浮かべる。

彼はその顔を見ていなかったが、エトとメリーはバッチリ見ていた。

だが、気づかないふりをして話題をふる。

笑みをこらえながら。


「ふふ――――ところで、今日のご用件はなにかしら、アリスレイタちゃん?」


「あっ!そうでした。今夜、謝罪配信をしようと思うのですが、話しちゃいけないことの確認を――――」


「別になにを話してもいいわよ。そこはアリスレイタちゃんにおまかせするわ」


「へっ?」


「いまのアリスレイタちゃんなら変なことはしないでしょ。だから、全部おまかせします」


「ぐすっ……はい!私はメイリさんの信頼を裏切らないように、ちゃんと謝ってみせます!」


さんざん迷惑をかけたのに信頼してもらったオバナはやる気が上がり、今夜の配信を頑張ろうと心に決めた。

なお、やる気が上がりすぎて暴走するのだが、それはまた別の話。


「そういえばなんだけど、一条くん。なんだか大変なことになってるけど大丈夫?」


「ああ、そうだな。いま大変なことになってる。金がない」


「…………ん?」


『とてつもないピンチなのですよ。派手さんはよく気づきましたね』


「…………んん?私が想像してたピンチな状況とはちがうんだけど…………」


てっきり、オバナはイベントで全プレイヤーの標的にされて困ってると思っていたのだが、ちがうようだ。

詳しく来てみると、装備とスキルを揃えるための資金が足りないらしい。


「ねえ……もし、困っているなら、私が――――」


「言っとくけど、金なら借りないぞ」


「――――なんで?」


リュウセイに恩があるオバナは、それを返したいと思っている。

だけど、彼はそれを拒否した。

その理由を知りたい彼女は、彼に聞いてみる。

その答えは――――



「いや、せっかくできたゲーム仲間に金を要求なんてできねえよ。そんなことしたら今後、申し訳なくて楽しく遊べないだろ」


『金銭関係は気をつけないと人間関係を壊すのです』


「そう」



自分たちが大変な状況でも、彼らは施し受ける気はないらしい。

その芯が通った生き方に、芯がブレて生きてきたオバナには羨ましく映った。

それでも、彼らの役に立ちたいと思った彼女は別の提案をする。


「じゃあ、【】で交換ならどう?」


「【ライブラ】?」


「【ライブラ】は等価値のものを交換するゲームシステム。適当なアイテムを出してくれれば、一条くんが欲しいものを私が出すよ。これでも長いゲーム歴があるから、アイテムは豊富に持ってるんだ」


「それは嬉しいけど、オレは昨日始めたばっかりでアイテムなんてほとんど持ってないぞ」


「ないなら回せばいいじゃない」


「回す?」


当たり前のようにオバナは告げる。

その方法を。



「ガチャをまわせばいいじゃない」



この発言が思いもよらない結果を呼ぶ。

そのことをリュウセイたちはまだ知らない。


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