第31話 覚悟を問う
【アメノハラネットワークを乗っ取った落とし前をつけてもらう】
X・Roadの相談役、天野サキリと名乗った人物はそう言った。
その言葉にエトが反応する。
『キリお姉さま!?あれはエトがやった事でマスターは関係ないのですよ!』
「エッちゃん、悪りぃがその理屈は通らねえよ。エッちゃんのやったことは所有者の責任だ。だろ?そこの一般人?」
「――――否定はしねえよ。あと、人を一般人呼ばわりってアンタ何様だ」
『マスター!?キリお姉さまが失礼なことするから、マスターがケンカ腰になってるじゃないですか!?』
「必要だったんだよ、エッちゃん。一応そこの一般人の名前もシバちゃんから聞いてはいるんだけどな~――――」
『聞いてはいるけど?』
「己、興味のねえことは覚えられねえんだわ。だから、一般人でいいだろ」
『いいわけないのです!マスターに対する失礼な行為はエトが許さないのです!』
「…………エッちゃん、本当に変わったな。こんなにイキイキして」
サキリはエトに怒られてるにもかかわらず感動した面持ちになっている。
過去に彼女たちの間に何があったのかリュウセイは知らない。
それでも、ここに来た理由を聞かなければならない。
「それで、責任取るためにイベントに出ろってことだが、なんでそうなるんだ?因果関係が分かんねえんだけど」
「あん?説明がめんどくせえな……エッちゃん、データ送るから説明頼む」
『エトが説明するのですか…………そういえば、なんでキリお姉さまが説明の場にいるのです?こういう時、シバお姉さまが担当するはずですが、どこにいるのです?』
「エッちゃんが一時的にアメノハラ・ネットワークを乗っ取ったから、隠ぺいするのに社内と社外の情報操作してる。徹夜で」
『エトが説明させていただくのです!』
「シバさんっていう人には、いつか謝らないとな…………」
まだ会ったことのない人物に謝罪の思いを抱くリュウセイ。
申し訳ない気持ちでいっぱいのエトが説明をすることになった。
その説明では――――
・今、ネットではエトの宣戦布告が個人で行われたものと思われず、X・Roadがおこなったものと思われている。
・これは、【神星領域:ロスト・フォークロア】の運営であるX・Roadじゃないと、全プレイヤーにメッセージが送ることが出来ないからである。
・X・Road側は大企業のメンツがあるので、自社のネットワークを乗っ取られた、と正直に言えない。信頼が失墜してしまう。
・だから、X・Roadが考えたイベントとして処理しようとしている。
そのイベントとは――――
『――――エイプリルフールの前日に行われたことを利用して、あの宣戦布告はウソイベントということにする。そのための映像をこれから撮って、正午に発表――――ですか…………これは本気で言ってるのです?』
「…………ッ」
リュウセイとエトの想いを踏みにじるような決定。
だが、サキリは気にせず当然のように告げる。
「あとのことは心配しなくていいぞ。プレイヤーのヘイトがそっちの一般人に向かわねえように調整するって、シバちゃんが言ってたからよ。だから、さっさと映像撮っちまおうぜ」
『キリお姉さま!これはあまりにもひどい――――』
「エト、待て。――――悪いのはこっちだ」
『マスターッ!?』
「それが賢い選択だと思うぜ、一般人。――――つまんねえ選択だがな」
ゲームをこれからも遊びたいならここで反抗するのは愚かな選択だ。
運営に逆らっていいことなどなにもない。
素直に提案を受けて、波風立てないのが賢い選択だ。
だが――――
「勝手にネットワークを使ったの悪かった。ごめんなさい。だけど――――」
リュウセイはその提案を呑み込めるほど賢くない。
「【魔王】――――現・トップの夕闇咲ライラへの挑戦をウソにするのだけはやめてほしい」
それだけは譲りたくない、とその目が語っていた。
その言葉に、その態度に、サキリからまた危険な雰囲気が出てくる。
「あ?てめぇ、そんなこと――――」
「エトがオレに出来ると言ったんだ。現・トップを倒す可能性があるって。なら、それに応えたい。応えなきゃいけない」
リュウセイはそれに怯まず、言葉を続ける。
これだけは譲れないと。
なぜなら――――
「それに応えないと、オレはエトのマスターとして胸を張って隣に立てない。いまのオレは、すごいエトの付属品でしかない」
それはリュウセイの心の奥で思っていたこと。
どれだけアバターを上手く操っても、どれだけ強大な相手を倒しても。
エトに比べれば霞むと。
彼女は片手間でおこなった初配信で人々を熱狂させ。
アリスレイタの時は十万を超えるリスナーを前に臆せず立ち向かい。
謎の性能でアメノハラ・ネットワークに干渉できる力を持っている。
もうリュウセイはエトをただのAIとは思っていない。
彼女は特別な存在なのだろう。
対する、リュウセイは自分のことをアバター操作が少しうまいくらいの学生としか思っていない。
エトと並び立つには【格】が不足していると、そう思っている。
少し前なら、頂点のプレイヤーに挑戦できるだけで満足したかもしれない。
だけど、今ではそれでは足りない。
このままではいられない。
だから、欲する。
エトの相棒を名乗るのにふさわしい【格】を。
一緒に頂点を目指す。そう言えるだけの【資格】を。
「オレはエトと並び立ちたい。すごいエトの隣にいても見劣りしないようになりたい。そのための方法はエトが用意してくれた」
エトは勝つための策をいくつも考えてくれた。
だったら、リュウセイのやるべきことはひとつ。
「最強の【魔王】夕闇咲ライラを倒す」
彼は覚悟を持ってその言葉を口にした。
「それが出来た時、オレは自信を持ってエトのマスターって名乗れる。だから、挑戦をウソにするのはやめてほしい。お願いだ」
『マスター…………!』
エトは泣きそうな面持ちで、サキリに頭を下げ懇願するリュウセイを見る。
そんな事をしなくてもエトのマスターは貴方しかいない。
そうエトは伝えたそうにしている。
その様子を黙って見ていたサキリが口を開く。
「――――初心者があいつに勝つなんて普通なら笑い飛ばしてるが、エッちゃんがいるなら話が変わるな…………」
『キリお姉さま?』
「おい、一般人。お前、名前は?」
「リュウセイ。一条リュウセイだ」
「じゃあ、一条リュウセイ。お前に聞く」
「なんだ?」
サキリが腕を組み真面目な顔でリュウセイの名前を呼び、問う。
その覚悟を確かめるために。
「お前は夕闇咲ライラに勝てると思ってるのか?」
「ああ。やる前から負けることなんて考えねえよ」
「トップ・プロのプレイヤーに勝つ。その意味を理解してるか?」
「たくさんいる熱心なファンのヘイトを買うかもな」
「企業にもな、お前がやろうとしてることは大事な広告塔に傷をつけるようなもんだ。勝っても、夕闇咲ライラが所属するプロチームには入れんだろう」
「夕闇咲ライラが所属するプロチームに入りたいから挑むわけじゃないから、別にいい」
「最後に――――お前はエトと並び立てると本当に思っているのか?」
「もちろんだ」
サキリはリュウセイの目をジッと見て問う。
虚偽は許さないと言わんばかりに。
リュウセイも目を逸らさずに答える。
噓をつくつもりはないと言わんばかりに。
しばらく沈黙が流れ。
サキリの口元に笑みが浮かぶ。
そして――――
「――――ヨシ!わかった。ウソイベントの話はなしだ。己が別のイベントに変えといてやるよ」
『キリお姉さま!それって――――』
「ああ。夕闇咲ライラに挑むのをもう止めたりしない。むしろ、アシストしてやるよ。あいつの所属する企業と話つけて試合の準備もこっちでやってやる」
「それは嬉しいんだがいいのか?問題にならないのか?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと後のことは考えてある。あとは…………そうだな、イベントの詳細を詰めんのに情報が必要だな。エッちゃんがどうやって夕闇咲ライラを倒すつもりなのか聞かせてくれ」
その問いにエトは答えていく。
その答えを聞いていく内にサキリは楽しそうな笑みを浮かべる。
「ハッ!なるほどな、その方法なら万が一はあるかもな」
「これだけ対策しても万が一なのかよ…………」
「当たり前だ、一条リュウセイ。お前が相手にするのはそれだけの難敵だ。覚悟が揺らいだか?」
「まさか。逆に燃えてきた」
「あいつもそうだが、お前も戦闘狂だな」
「あいつ?」
「夕闇咲ライラだ。有名な話なんだがな――――まあいい。代わりのイベントの準備しねえといけねえから、お前ら帰っていいぞ。イベントの情報やお前がやらなくちゃいけねえことは、追って連絡するわ」
そう言って話を打ち切ろうとするサキリ。
だが、リュウセイは彼女に聞きたいことがある。
「なあ、質問があるんだけど、エトって――――」
「エッちゃんのことなら答えねえぞ」
「――――なんでだよ?」
「うるせえ、うるせえ。さっさと帰れ。こっちはこれから忙しいんだ」
リュウセイたちをエレベーターに押し込むサキリ。
質問に答える気はないみたいだ。
神秘的な森林の仮想映像を映した部屋にひとり残り、ふたりを見送る。
その表情はどこか満足したものだった。
『キリお姉さま、ありがとうございました!色々言っても、キリお姉さまはエトの味方をしてくれるのです!エトはキリお姉さまが大好きなのです!』
「おう。己もエッちゃんが大好きだ」
「――――こっちが悪いうえにわがままを言って、スミマセン。最初の印象は悪かったけど、アンタいい人だな」
「気にすんな。―――あー、そうだ。一条リュウセイ、お前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前は、ウチのゲーム――――【神星領域:ロスト・フォークロア】は好きか?」
それは運営としてユーザーの反応を知りたいという質問に聞こえるだろう。
リュウセイもそういうものだと思っている。
別の意味が含まれてるとは思わずに。
「まだ始めて二日目だけど、かなり楽しいと思っているよ」
「――――そうか。楽しいか」
その回答に満足したようにサキリは頷く。
「これからも、ウチのゲームで遊んでくれ。己たちは楽しませる努力を惜しまねえからよ」
「当然。春休み中は遊びつくす予定だからな」
「そうか。まあ、大変になるだろうが頑張れ」
「ん?どういう意味――――」
「じゃあな。エッちゃん、一条リュウセイ。また、星の巡りが合う日までな」
サキリはそう言うとエレベーターの扉を閉める。
エレベーターの動作音が聞こえ、上に上がっていく。
ひとり部屋に残った彼女は誰もいない空間に目を向け声を掛ける。
「もう行ったから出てきていいぞ、シバちゃん」
「静かに入ってきたつもりでしたが、分かりますか」
シバと呼ばれた人物は巨木の映像の影から浮き出るように現れる。
先ほどまでは姿を消していた。
サキリが登場の時に使った技術とは別の方法で。
「さっきな。エッちゃんが目線をそっちに向けてたから分かった」
「やはり、あの子は欺けませんね」
「そりゃそうだ。――――んで、どこまで聞いてたんだ?」
「予定してたイベントを変えると言ったところからです。声を出さないように我慢するのが大変でしたよ」
「おう。時間がねえから忙しくなるな」
「――――わたくし、先ほど情報操作が終わったばかりなのですよ?わたくしの睡眠は?」
「己ひとりでイベント準備できると思うか?」
「他の皆様は?」
「ガク&イオ
作業が確定した未来にシバと呼ばれる人物は遠い目をした。
せめて早く終わらせるために今後の予定を聞く。
「それで、どのようなイベントに変える気ですか?」
その質問にサキリは獰猛に笑う。
「最強のプレイヤーに挑む資格があるのか。それを問うイベントだ」
この日より、リュウセイの闘いの日々が始まる。
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