第30話 キリお姉さま



【キリお姉さま】


 その名は、エトの身の回りでたびたび話題に出てくるものだ。

 最初は、エトの初配信前に彼女の存在を公表する許可を貰ったとき。

 次は、初配信のモデレーターの中にそれらしき人物の名前が出ていた。


 リュウセイはエトに『X・Roadの偉い人なのか?』と聞いたが、秘密らしく教えることが出来ないという。

 その秘密らしき人物がエトに電話をかけてきた。


 なぜか?


 彼には心当たりがあった。

 それは――――



「これって、やばくないか?のことじゃないか…………?」


『ハッ!そういえば、あのあとお兄さまとお姉さまたちに報告してなかったのです!?勝手にアメノハラ・ネットワークを使ったことを!?』


「深く考えるのが怖くて聞けなかったが、勝手に使ってたのか」


『まっずいのです。これは叱られる案件なのです!?』


「むしろ叱られるくらいで済むのか」


『あわわ…………どうしましょう?キリお姉さまは怒ったら怖いのです。エトは怒られたことないですけど、怒られてる人を見たことがあるのです!叱られて、大の大人が子供のように泣いてたのをエトは目撃しました!』


「なにそれ怖い――――ていうか、そんな怖い人の電話でなくていいのか!?」


『大丈夫なのです。ちゃんとバックグラウンドで話していますから!』


 こうやって話してる間も、エトは意識を分け電話の応対をしている。

 彼女はポンコツな面の印象が強いが、その性能は一級品だ。


 リュウセイと話す裏で電話の応対をするエト。

 だが、その顔は徐々にしかめたモノになっていく。

 不穏な様子を感じ取った彼は、エトに尋ねた。


「エト、大丈夫か?」


『――――あのー、その、マスター?え~とですね…………』


「なんだ?もしかしてまずいことになってるのか?」


 歯切れのない発言をするエト。

 そんな様子の彼女を見てリュウセイは悪い想像が浮かんでくる。

 だけど、すぐさまエトが否定をする。


『いえ、そうでじゃないのです。そうではなくて――――』


「そうではなくて?」



『キリお姉さまがマスターにお話があるらしいのです。X・Road本社で…………』



「……………………」


『……………………』


 若干の沈黙が流れ。



『……………………ミズキ…………今ごろゲームのダウンロードしてる頃だろうなー』



 大企業からの呼び出し。

 あまりの出来事にリュウセイは少しの間、現実逃避をした。



 ◆



【X・Road】の本社。

 それはアメノハラ市の中央にそびえ建つデザイン性のある大きな近未来的なビルだ。

 外観と内装には仮想映像が使用されている。

【拡張現実】で作られた空中に映し出されている案内板。

【複合現実】で作られた装飾などの3Dオブジェクトが至る所に配置されている。


 来客は多く。

 正面にあるセキュリティゲートを通って応接室に入る。

 入るのだが、リュウセイたちは裏口から入るように指示された。

 ちなみに、エトは姿を見られると騒がれる可能性があるので、リュウセのみに見える機能を使い他人からは見えなくなっている。

 そして――――



「なあ、エト」


『はいなのです』


「このエレベーターはなんで上じゃなくて下にりてるんだろうな」


『キリお姉さまのオフィスがそこにあるからなのです』


「この階数の表示。地下二階を示すB2から動いてないな」


『それより下は関係者以外立ち入り禁止なので存在が隠されてるのです』


「オレその立ち入り禁止のとこに向かってるんだけど、大丈夫だよな?創作物に出てくるような【大企業の闇】が待ってたりしないよな?」


『マスターは漫画やアニメの見すぎなのですよ。そんなの現実にあるわけないじゃないですか。こんな場所にオフィスを作ったのはお兄さまやお姉さまたちの趣味なのです』


「趣味って…………それこそ漫画やアニメでありそうだが…………お、やっと着いた。――――って、なんだここ…………」


 エレベーターが開いた先の光景を見て、リュウセイは絶句する。

 そこは、巨木が立ち並ぶ神秘的な森林の中だった。

 木の影からは見たこともない小動物が見え隠れしている。

 小鳥のさえずりがどこからともなく聞こえ。

 どこか癒されるような空間であった。


「ビルの地下に森?――――いや、仮想映像…………だよな?」


 言葉の最後が疑問になるくらい、その光景はリアルに見えた。


『仮想映像であってるのですよ。キリお姉さま―。マスターと一緒にエトが来たのですよー。姿を消してないで、マスターにも見えるようになってください』


「姿を消す?何を言って――――」



「はっはっはっ!さすがはエッちゃん!ウチの会社が開発した最新の迷彩を一発で見破るとはな!」



 誰もいない場所から声が響き。

 空間の一部が歪み、そこから人のカタチが浮かんでくる。



『エトに通用するわけなのです。それはキリお姉さまが一番知ってるはずなのですよ』



 全体が見えたその姿。

 そこには若い女性が立っていた。

 キリお姉さまと呼ばれたその女性は、一言で言えば【大きい】。


 背が高く身長は二m近く。

 肩にかかるぐらいの外に跳ねた野性味を感じさせる漆黒の髪。

 その目は金色のようにな黄色。

 着用しているビジネススーツの上からでもわかるくらい、鍛え上げられた体の厚みが見える。

 それでいて女性らしさは損なわれておらず。

 出ているところ出ており、引っ込むところは引っ込んでいる。

 無駄なものがなく、鍛え上げられた剣のような印象を与える美しい女性だ。

 誰もが見惚れる容姿である。

 だが――――


 「――――ッ!?!?」 


 その美しい女性を目にしたリュウセイは突如、目の前に凶器を突き付けられた感覚に襲われる。

 祖母に鍛えられた彼の危機察知能力が警報を鳴らしている。

「今すぐ逃げろ」と。


 相手に害意があるわけではない。

 ただ本能が相手を恐怖している。

 危険な雰囲気がその女性から漂っている。

 リュウセイは訳の分からない逃げ出したい欲求を抑え、ふたりの会話を見守ることにした。


「いやあ、おれはエッちゃんのこと意外と知らないことがあるって気づいたんだよ。たとえば――――


『あれはエトも出来るなんて知らなかったのですよ。なんか調子が良くて、なんとなく出来るだろうなーと思ったら出来たのです。エトの知らないうちにエトのアップデートでもしたのですか?』


「そんな予定はないし、――――って思っていたんだがなー」


 そこで女性は初めてリュウセイのほうを向く。

 興味なさげに。


「そっちにいる一般人のおかげか?」


「――――オレはなにもやってない」


「あん?そんなわけねえだろ。ていうなんでお前、ビビってんだ?」


「そんな危険な気配まき散らして何言ってんだよ、あんた」


「へえ…………それが分かんのか、お前。エッちゃんが選んだのは偶然じゃあなかったのかもな」


「なにを――――」



『キリお姉さま!!!マスターをいじめるのはやめてください!!!』



 話の流れをエトの怒声がぶった切る。

 初めて聞くそれに女性は狼狽えた。


「エ、エッちゃん?別にいじめてるわけじゃあ…………」


『そんな【威圧感】を出しといて何を言ってるのですか!マスターを試す真似はやめてください!!いますぐに!!!』


「えっとな、これは大事な――――」


『やめないと、もう二度とキリ姉さまとは口を利かないのです!!!』


「ハイ!すぐやめます!!」


 その返事と共に女性から危険な雰囲気は消えた。

 なにが起きてるのか分からないリュウセイは呆然としている。

 エトと女性の関係が分からない。

 女性はまるで可愛がってる妹の機嫌を取る姉のような態度でエトに接している。


「己が悪かったから、機嫌直してくれよ。エッちゃん。シバちゃんに頼まれたんだよ。調べてくれって」


『キリお姉さまは謝る相手が違うのです!迷惑をかけたのはマスターなのです!』


「え?一般人に謝んの?己が?マジで?」


『キリお姉さま?』


「わかったから睨まないでくれよ!エッちゃんのカワイイ顔が台無しになっちまうよ!」


 女性はそう言うとリュウセイのほうに向きなおる。

 かなり不服そうに一言だけ告げた。


「悪かったな」


「そんな嫌そうな顔して謝れてもな…………あと何が起きたのか分からないし」


『キリお姉さま。まだ、自己紹介もしてないのですよ。あとここに呼んだ目的も』


「うっ!さっきからエッちゃんが冷たい」


『キ・リ・お・ね・え・さ・ま?』


「わかった、わかったよ!」


 女性は一呼吸を置いて、自己紹介を始める。



「この会社で、名前は【サキリ】。苗字は天野だ。ここに呼んだ目的は――――アメノハラネットワークを乗っ取った落とし前をつけてもらう」



「落とし前?」




「ああ。プレイヤー【リュート】にはこちらが用意したイベントに出てもらう。言っとくが拒否権はねえぞ?」




 リュウセイは【魔王】に挑戦する前に片付けねばならない問題が出来た。


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