幕間
閑話 アリスレイタってなに?
アリスレイタ――――
「オバナちゃん。じゃあ、接客の練習してみようか」
「ひゃい!」
「固い、固い。ほら、リラックスして。深呼吸ー」
「ヒーー、フーー。ヒーー、フーー」
「なんか死にかけのオークみたいな顔になってるけど、大丈夫?」
「だりゅじょぶっ…………んんッ!大丈夫です!」
なんでこんなことになったのだろう?と。
「バイト初日だから緊張するのも仕方ないわよね。でも、ウチはお客様が少ないからもっとのんびりに構えていいのよ?」
「なんでそんな状態でバイト雇うんですか。姐さん…………」
それはそうだ!と、オバナは内心でイツワに同意した。
オバナがいる場所は、裏路地の目立たない場所で経営する【レコードブック】。
その一階でメリーから、開店する前にバイト研修を受けている。
あとはオバナの事情を知ってるイツワしかいない。
なぜこんなことになったかというと――――
「だって、オバナちゃんがどうしても罪滅ぼしをしたいって言うから、人手の少ないウチで働いてもらおうと思ったのよ」
「今までは問題なかったんじゃねぇですか?AIが接客したり、機械が商品運んでくれたりって聞いてましたけど?」
「今まではね?これからは分からないもの。ね、オバナちゃん?」
「うっ……はい…………」
心当たりがあるオバナは、顔を俯かせ赤面する。
あの配信をしたことに後悔はない、と彼女は思う。
けど、自分の本音を赤裸々に話過ぎたとも思っている。
彼女は、長い間苦しめられていた問題から解放されて心が軽くなった。
ついでに口も軽くなってしまった。
その時のことを思い出して、顔が沸騰しそうなぐらい赤くなっている。
「――――にしても、あのアリスレイタがこんなにしおらしくなるなんてなぁ?」
「そうね。トレードマークのゲーミングカラーの髪も茶色になっているから、一目でアリスレイタちゃんって分からないもの」
「すみません。地味で…………あれは、仮想映像を被せただけなんです。配信者として目立とうと思ったら、あれくらいのインパクトが必要なので…………」
「卑下することないのに。オバナちゃんはかわいいわよ。ただ、ギャップがあってビックリしてるだけだから」
「そうだなぁ。最初会ったころは――――」
「あっ――――」
この話の流れはヤバい、とオバナは悟った。
話を変えなくては!と思うものの、出来るのはあたふたするだけ。
【アリスレイタ】の仮面を被っていない彼女はひかえめな性格をしているのだ。
なので、これからくる黒歴史の衝撃に耐えることにした。
「俺を見て、『なんで~このお店にはモンスターが出現してるのかな~?なにかのイベント~?』とか、ふざけたことを平気で口にしてたなぁ。いま思うとあれも悪役作りの一環だったんだろうな」
「ぐふっ」
過去の自分の失礼な行いがボディブローのように効く。
『ごめんなさい!悪役関係なく素で間違えました!』とオバナは内心で謝る。
「そういえば、あれが騒動のきっかけだったわね」
「あ……あの…………もうそのくらいで――――」
「お店を紹介したいってオバナちゃんが店にきて。嬉しくて配信の許可したらイツワくんへの失礼な発言。で、私がキレちゃって。言い合いになったアリスレイタちゃんを出禁にしたら、それが配信されていて、リスナーからの嫌がらせが始まった」
「がはっ!」
過去の自分の馬鹿な行いがラッシュのように効いてくる。
オバナは、あこがれの【MRY】の経営してる店舗を見つけて舞い上がっていた。
そのせいで不用意な発言をしてしまう。
リスナーを気にして後に引けなくなった過去の自分を呪い殺してやりたいと、オバナは切に願った。
ちなみに、キレたメリーはすごく怖かったらしい。
「あの時は頭に血が上ってたから分からなかったけど、今思い出すとオバナちゃんの顔が、泣きそうに歪んでたのよねえ。早く気づいてあげればよかった」
「あの時、無理に笑顔を作ろうとしたせいか、俺には邪悪な笑顔に見えてたなぁ」
「あの時は誠に申し訳ございませんでした!!!」
腰を九〇度に折り曲げてキレイな謝罪をするオバナ。
申し訳ない気持ちもあるのだが、この話を打ち切りたい思いでいっぱいだ。
オバナのHPはもうレッドゾーンである。
「あっ、ごめんなさい。別にオバナちゃんを責めてるわけじゃないのよ」
「そうだ、誰もお前を責めねぇよ。お前はもう配信で謝ったんだからな」
だが、ふたりはオバナの内心を知らず。
さらに追い打ちをかけていく。
「――――ただ、内容が謝罪三十分。その後の姐さんの称賛が二時間ってどういう時間配分してんだ?」
「あ~……あの配信ね~…………まあ、昔の活躍を褒めてくれるのは嬉しいけど、あそこまで言われると照れちゃうわね」
「あの…………もう本当にやめ――――」
「どうせ過去の人だろって、失礼なコメントするリスナーにブチ切れて、語りが始まったんだよなぁ」
「あ……あにょ…………」
「『お前、始めたばかりか?にわかがッ!!』とか『これからMRY様の秘蔵の動画上げるから百万回見てこい!』とか言って、実際に動画上げるし、そのあとの姐さんを褒めちぎる話で古参プレイヤーのリスナーと盛り上がるしで、謝罪配信なのに俺はずっと笑って見てたぞ」
「わーーーーーーーーーー!?!?」
羞恥心が限界突破したオバナ。
顔を手で隠し座り込んでしまう。
配信のときは気にならなかったのに今になって効いてきた。
色々と想いのままに口走りすぎたことを恥じている。
メリーたちが観てることを失念していたのだ。
「おっと。わりぃ、穂群。てっきり、ふっ切れてるもんだと思ってた」
「うぅ……いえ、私がわるいんです。ノリと勢いでやっちゃう癖があるので」
「ああ、その癖の結果が【悪役】アリスレイタか……なんていうか…………もう少し考えて行動したほうがいいぞ?」
「はいぃぃ…………それはすごく反省してますぅ」
メリーがふと何かに気づいたようにオバナに質問をする。
「オバナちゃん、そういえばなんだけど――――」
「はい?」
「なんでアリスレイタって名前にしたの?なにか意味が込められているの?」
「ぐはっ!」
無自覚な追撃がオバナを襲う。
「え!?なにその反応!?もしかして聞いちゃいけなかった!?」
「い……いえ、そうではないんですが……えっと~…………」
「元はアリスタって名乗ってたんだよな?穂群の【穂】って意味の。じゃあレイはなんだ?Ray――――光って意味か?」
(レイじゃなく――――です。ボソッ)
「ん?なんて?」
「レイじゃなくてスレイですッ!!Slayッ!!スラングでイケてるとかカッコいいって意味の!!」
やけくそ気味に叫ぶオバナ。
もうどうにでもなれと説明していく。
配信初期。
アリスタという名前は、プロを目指していた時の名前で変えよう考えていたこと。
そう考えていた時に目についたコメントの『slay girl』の文字。
最初は物騒な言葉かと思った。
でも、調べるとイケてるとかカッコいいという応援の言葉。
その言葉は印象に残り、名前に組み込むことに決め。
アリスタ+スレイで――――【アリスレイタ】になったという。
全部を説明したオバナは赤面して目を逸らしていた。
「恥ずかしがることないわよ、オバナちゃん。いい名前じゃない。アリスレイタ」
「――――自分で、カッコいいアリスタとか、イケてるアリスタって名乗ってるようなもんですよ?恥ずかしいですよ…………」
「でも、気に入ってるんでしょ?その名前」
「…………はい。アリスレイタを名乗っていると自信が湧いてくるんです。こう名乗ってから悪いこともあったけど、いいことも多かったから…………」
オバナが思い出すのは配信の日々。
【悪役】の記憶はつらいものだけど、それが全てではなかった。
キャラを変えてアリスレイタと名乗ってから登録者が増えたこと。
その時から楽しい配信だった、とリスナーに言われることが多くなる。
自信を持って行動することで世界が変わった。
そして――――そう名乗ってなかったら出会えなかった少年が思い浮かぶ。
「リュウセイ君とも出会えたしね」
「…………私、声に出してました?」
「出してないわよ。出してないけど、顔を見ればわかるわ」
「そんなに分かりやすいですか…………一応、言っときますけど。そういうのじゃないですからね?絶対に違いますからね?感謝の気持ちですからね?」
「うんうん。わかってる。私にはよーくわかってるから」
「あっ。これ分かってないやつだ…………」
オバナは弁解するのを諦めた。
少年の話題が出たことでイツワが心配の声を出す。
「そういやあ、一条、大丈夫なんかねぇ。半分、賞金首みたいになってるのに」
「あれからウチに来たけど、その時は楽しそうにしてたから大丈夫じゃない?」
「一条くん、イキイキしてたねー…………」
オバナは遠い目をして思い浮かべるのは【魔王】に宣戦布告した少年。
正確には宣戦布告したのは彼のAIだ。
だけど、少年もかなり乗り気だった。
絶望的な状況なのに笑っていた。
「また来た時に武勇伝を聞いてみましょうか。私たちはその前にやることやらないとね」
「やること?」
「開店作業しないとね、お客様が待ってるから」
「あっそうでした!」
「この店に行列ができるなんてなぁ…………まあ、穂群のおかげだな」
【レコードブック】の外には長い行列が出来ている。
これはオバナが謝罪配信で宣伝したからだ。
エトとのコラボ後で注目が集まってる中での宣伝。
当然、たくさんの人が目にする
その結果が外の現在の状態だ。
「ど、ど、ど、どうしましょう。心の準備が、が、が」
「姐さん、これ大丈夫なんですかね?」
「う~ん?――――そうだ!オバナちゃん、今日だけ【アリスレイタ】で接客してもいいわよ」
その言葉にガクブルしていたオバナの震えがピタッと止まる。
「――――いいんですか?」
「いいわよ。店長権限で許可します!」
許可を得たことでオバナは目を閉じ暗示をかける。
並行して、【ニューロアーク】の慣れた思考操作でいつもの装いを引き出す。
オバナの髪がカラフルなゲーミングカラーに変わって、目を開く。
その目には先ほどまでの自信のなさはなく。
余裕が色が浮かんでいた。
そして、自然な微笑みを浮かべて間延びした口調でしゃべる。
彼女にとって【アリスレイタ】とは――――
「さあ~。楽しいお仕事の時間をはじめましょうか~」
自分が出来ないことが出来る、理想の
―――――――――――――――――――――――――――――
ただいま2章の準備を進めています。
ストックを貯めて、精神的余裕をもって始めたいので
もう少しだけお時間がかかります。
なので、少し気長に待って頂ければ幸いです。
ここから下は本編に書ききれなかったプチ情報を書いていきます。
特に重要な情報は書いてないので読み飛ばしてもらってもOKです。
●穂群尾花のアバター
穂群尾花のアバターは幽鬼のような見た目をしています。
けど、昔は普通の女性アバターでした。
若干、メリーの選手時代のアバターを意識した感じになっています。
だけど、プロを諦めた彼女がそのアバターを使うことに耐えれず。
彼女の心情を表した枯れ果てた姿に変えました。
アバターのモチーフになった言葉が――――
【幽霊の正体見たり枯れ尾花】です。
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