第23話 絶望を生む災禍
大型レンタルスタジオの外。
エトとのコラボのためにアリスレイタに追い出されたイツワ。
知り合いに危害が加えられないか心配で【クロスライブ】の配信を見ていた。
いつでも通報出来るように準備していたのだが――――
「杞憂だったなぁ…………」
「なにが杞憂だったのイツワくん?」
「うわおぅッ!!??」
イツワは配信に気を取られ、いつの間にか居たメリーに声を掛けられ驚く。
「あ、姐さん!?いつの間に!?」
「アリスレイタちゃんがゲームが好きだッ!って言ってる辺りでイツワくんが涙ぐんでた時からかな?」
「結構前から!?気づけよ、俺!ていうか泣いてませんからね!」
「恥ずかしがらなくてもいいのに。私もあれとエトちゃんの演説には感動したから」
そう語るメリィの目元は赤く、涙が流れた跡があった。
思い返されるのは十万を超えるリスナーに対して堂々と語り尽くしたエトの姿。
擁護と非難が半々だったリスナーの大半を擁護派に変えた語り口。
映像効果・音響効果・演出、それらを即興で作り上げた規格外の性能。
そして、まるで本当に【心】を持っているかのような誰かを気遣う慈愛の表情。
その全てが詰まった演説にメリィたちは心を動かされた。
「確かに。引き込まれるような語りでした。でも――――」
「ええ。あの子はアリスレイタちゃんを守るためとはいえ、一部のリスナーを非難した。それは通常のAIならありえないし、ありえちゃいけない」
いま流通しているAIには絶対に犯してはならないルールがいくつかある。
そのひとつが【いかなる場合であっても人と社会に危害を加えてはならない】。
もし現在の高度化したAIが人類に牙をむいたら恐ろしい脅威となってしまう。
だから、幾重にも重ねたセーフティで行動を縛っている。
なのにエトはそのルールに縛られていない。
非難とは攻撃のひとつだと認識されてるはずなのに。
最新のAIという言葉では片づけられないその疑問にメリィは呟く。
「本当にあの子はAIなのかしらね?」
答えの出ない問いが夜の闇へと消えていく――――
◆
本当にAIか?という存在の疑惑をかけられている当のエトは――――
『どうです?ねえねえ、どうでしたか?エトはすごかったでしょう?マスターがそう言ってたのは聞こえてたのですよ?遠慮なさらず、もっと褒めてくれてもいいのですよ?』
まるで褒めて!褒めて!とシッポを振る犬のようにリュウセイの周りを回っていた。
「よーし。休憩も終わったことだし、再開しようかー」
『無視はひどいのですよ!?』
「だって褒めたら調子乗りそうだし」
『そんなことないのです!だから、どんどん褒めてくれていいのです!』
「え~」
『むーッ!なんですか。そのめんどくさそうな顔は!!』
褒めろと言われると褒めたくなくなる天邪鬼なリュウセイ。
意地でも褒めてもらいたくて子犬みたいにじゃれつくエト。
「……スン…………というかまだ企画を続けるのね……スン……」
赤くなった目元に鼻をすすりながらアリスレイタが尋ねる。
てっきり本日はこれで終わりにするのかと彼女は思っていた。
「そりゃそうだろ。気兼ねなくゲームを楽しむのに雑事を済ませたばかりだろ?」
「……スン、人の人生転機を雑事扱いしないでもらえる?それに――」
「それに?」
「最後に出そうと思ったヤツ、もう【第三波】で出しちゃったから…………」
ちょっと気まずそうに目を逸らすアリスレイタ。
どうやら本気でヤる気だったらしい。
アリスレイタ的にはもう出せるものがないと意味で告げたのだが、リュウセイは不思議そうな顔で首をかしげる。
「じゃあ、他のヤツ出せばいいんじゃないか?」
「いや、だからもう――――」
「アリスレイタのランクならあるだろ?スキルとか切り札が」
「――――あるけど、出さないよ…………」
「なんでだよ?」
「なんでって――――そもそも勝負にならないから。あんなものだしたら非難の嵐よ。せっかく悪役から抜け出せたのに元に戻っちゃうじゃない」
「じゃあ、非難されなきゃいいんだな?――――エト、頼む」
「え?なにを――――」
『わかったのです!では、アンケート集計開始なのです!ちなみに、エトはマスターの活躍を見たいなー。と思っているのです!』
言葉にしなくてもリュウセイの意図を汲む。
配信権限をまだ持っているエトが配信機能のひとつ【アンケート集計】を始めた。
内容は――――
・このまま終了にするのです!
・企画を続けて、マスターの活躍を見るのです!
このふたつのどちらかに投票する形式になっている。
なお、エトのファンが多いリスナーたちは、エトの発言でどちらに入れるか決まった。
『集計結果はー!なんと【企画を続けて、マスターの活躍を見るのです!】が80パーセントで企画続行が決まりましたーー!!』
コメントはパチパチパチと拍手で埋め尽くされる。
それを呆れた表情でアリスレイタは見ていた。
「ほとんど八百長じゃない…………」
「民主主義万歳だな。――――まあ、それに目的を達成してないからな。このままじゃあ終われないだろ?」
「目的?」
「最初に言ったろ?オレは全力で楽しむ。だから、おまえも全力で楽しめって」
リュウセイは年相応の顔でニカッと笑った。
「まだ、アリスレイタは楽しんでないからな。だから、今から遊ぼうか」
「本当にそれだけのために…………」
アリスレイタがつまらなさそうだったから。
ただそれだけの理由。
「そのためだけにここまでやるなんて馬鹿げてる」
アリスレイタはそう思いながらも、顔が赤くなっていくのを感じる。
その気持ちを誤魔化すように、アリスレイタは目を逸らして応えた。
「そこまで言うならやるけど、何もできずにやられても恨まないでね」
「おう。まあ負けるつもりはないけどな」
その純粋さにアリスレイタは観念したように笑う。
それは最初にリュウセイと会った時には考えられないほど穏やかな笑みだ。
そして、その顔には朱が浮かんでいた。
『青春というやつなのですかね~?』
エトはふたりの様子を離れたところでリスナーたちと鑑賞していた。
◆
『――――ふむふむ。やはり皆さんもそう思うのですか』
▼
:間違いないね。あれは落ちたね
:というか落ちないほうがおかしい
:追い詰められた女の子を救うって王道展開だしね
:確定演出入りました!
:アリスレイタさん、幸せになってください!
:うん、よかったねアリスレイタ。本当によかった
:俺もかわいい女の子を救ってボーイミーツガールしたい…………
エトはリスナーとアリスレイタは落ちたのか?問題を議論していた。
この議論は企画の再開を準備しているリュウセイたちの目には入っていない。
なお後日、配信を見返したアリスレイタはこれを見て恥ずかしさのあまり絶叫するのだがそれはまた別の話。
「――――じゃあ、これからやる事の都合上【第四波】、【最終第五波】は同時になるけどいい?」
「ああ。そのほうが面白いんだろ?」
「いや……面白いんじゃなくて、難易度が高く――――まあ、君にはそうかもね」
ワクワクとした表情を隠さないリュウセイに、諦めを込めたため息をこぼしながらアリスレイタは準備が整ったことを身振りで告げた。
仮想世界で創られた大広間の中央にはスキルで生み出した三つの黒い卵が鎮座されている。
「発動に条件付きか。そんなスキルもあるんだな」
「等級が高くなるとそんなやつが多くなるの。はいはい、下がって危ないから」
リュウセイを黒い卵から十分に遠ざけアリスレイタは深く息を吸い込み、はいた。
戦闘モードに意識を切り替えた彼女は染みついた習慣で【アリスレイタ】の仮面を被り、大胆不敵に笑う。
「さあ~、始めましょうか~。――――なによ、その目は。仕方ないでしょ。染みついた癖はそう簡単にはなおらないの~」
リュウセイに呆れた目で見られたアリスレイタは弁解する。
ただ、その振る舞いに以前のような演技っぽさも不自然さもない。
悩みを乗り越え、嫌いだった【アリスレイタ】を受け入れた
「もう私は悪役はやらない。でも、それ以外のアリスレイタというキャラは捨てる気はないの~。これからも配信をやるならキャラ付けは必要だしね~」
そう言ってウインクをするアリスレイタ。
リスナーたちはこの時までアリスレイタが引退する可能性を危惧していた。
あれだけつらいことがあったのだ辞めたくなっても仕方ない、と。
だけど、その可能性はいまアリスレイタの口から否定された。
その事実に再び彼女を祝福するためにたくさんの応援のコメントが流れていく。
「わ、わ!?またコメントが!?――――これは……カッコいいとこ見せたいね~」
リスナーからの応援で気合を入れたアリスレイタはその言葉を口にする。
強力無比たるその必殺のスキル名を。
「【産み・増やし・満たせッ!!【伝承顕現】】ッ!!」
用意した黒い卵とアリスレイタの幽鬼アバターが混ざり合い黒玉に変化していく。
これから誕生するは数多の絶望を生む災禍
身に纏った紫電に触れられる者は無し
地上を悪夢に叩き落した蟲達の母
祖は――――
「【
黒玉に罅が入る。
その罅から天井に届かんばかりの細く、長く、硬質な八本の腕が伸びていく。
黒玉がはじけ飛んで、圧倒的な存在感を放つ巨大な厄災の化身が誕生した。
『キィエエエエエエエエエェェッ――――――――!!!』
室内にガラスをひっかくような不快な鳴き声が響き渡る。
「さあ君はこれにどう立ち向かうのかな~?」
こうして最後のステージが始まった。
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