第22話 超高性能な最新型のサポートAIなのです!


【第一波】低級蟲の群れはリュウセイの宣言通り見せ場もなく掃討された。

 その後の少し気合を入れた、【第二波】黒い影の群れも難なく突破され。

 いま挑戦しているのは、完全指揮下に置かれた【第三波】毒を持つ多脚蟲の群れだ。


【毒】や【麻痺】の状態異常を持つF級スキルの毒蟲召喚は、対応を間違えれば致命傷を負う厄介なものだ。知識が乏しい初心者には対処が難しい。


 ――――難しいのだが、今回のリュウセイには関係なかった。

 なぜならリュウセイのそばにはエトが居る。


『――――マスター。前方のムカデみたいなのは【F級:千足の恐怖・ロックセンチピード】。強力なアゴによる噛みつきとキバに含まれる【毒】に注意です。甲殻が固いので体節を狙ってください。マーカーで表示します――――できました。次にクモみたいな――――』


 知識不足はサポートAIのエトが補う。

 召喚された蟲の特性と弱点を的確に伝える。


「おう、サンキュッ!」


 リュウセイはその情報に応えるように蟲を正確に処理していく。

 エトがマーカーで示した場所を、時には遠距離で、時には近距離で、観客リスナーに魅せつけるようにアクション映画のように撃ち抜いていく。

 仮想映像で創られた世界を銀装のアバターが縦横無尽に駆けていき。

 そして、しばらくして【第三波】多脚蟲の群れの殲滅を終了した。


「たしか、予定じゃあここで休憩が入るんだよな?」


 銀装のアバターを操作して、空中に投げたふたつの弾倉をガンスピンで弾倉が抜いてある両手の銃に入れるという曲芸をしながら、休憩の確認をした。


「――――え、ええ、準備に少し……時間がかかるから十分……くらい休憩ね~」


 さっきまでの戦闘の衝撃が抜けないまま放心していたアリスレイタ。

 なんとか声を絞り出しながらリュウセイに答える。

【第三波】は手を抜いたわけではないのに軽々とクリアされてしまった。

 その事実にアリスレイタは動揺してしまう。


(私……こんなに弱かったの?……それともリュウセイ君が特別なの?)


【才能】――――その言葉がアリスレイタの頭によぎる。

 それは彼女がなによりも欲しかったもの。

 どれだけ欲しても得られなかったもの。

 考えれば考えるだけネガティブな感情があふれてくる。


 なにかで気を逸らさないと不安定な心は壊れてしまいそうで、空中に映したコメントの文字を目を移して――――――――後悔した。


 ▼


 :すげえ!すげえよ!!なにあのアバター操作!!!

 :キモ蟲の存在を忘れるぐらいのすげえ動き!

 :エトちゃんのマスターさんマジで何者なんだ!?

 :やっぱりXroadのエージェントっていう噂は本当なのか?

 :いや、別企業のプロ選手って話もあるぞ!

 :でも、エトちゃんが基本的なこと教えてるからやはり初心者では?

 :フェイクじゃない?正確な情報を掴ませないように

 :どっちにしてもプロ級にうまいよな


 どれもリュウセイに関する話題でチャンネル主のアリスレイタの名前はない。

 いや、あった。それは――――


 :ていうかアリスレイタって下手じゃね?


 中にはアリスレイタを応援するコメントもあったが、その言葉だけがアリスレイタの目に留まってしまった。


「あ、あぁぁ――――」


「アリスレイタ!」


「ッ!?…………なに?」


 感情が抑えられなくなりそうだったアリスレイタは、リュウセイの声でなんとか踏みとどまれた。


「リスナーは休憩の時間ヒマになるから、エトに場を繋いでもらっていいか?」


「――――いいよ……なにをするの?」


『そこはエトにお任せください!あらゆる手段で盛り上げて見せるのです!なので派手さんはチャンネルの配信権限を少しエトに貸してほしいのです!』


「ああ、エトなら。だから頼む」


「……………………」


 アリスレイタは無言で権限を委譲して壁の隅に移動して座り込んだ。

 カメラとマイクに映像と音が入らない場所を選んで。

 顔は俯いてエトがなにを始めたのかは見えない。

 そばに誰か近づいてくる気配がある。

 

「なに?敗者を笑いに来たの?リュウセイくん」


「そんな性格の悪いことしねーよ。ていうかまだ終わってないだろ」


「終わったようなものじゃん。もうここで終わらせたい。初心者にここまでやられて――――それに報酬が手に入るならそっちのほうがいいでしょ?」


「報酬?――――ああ、あったな!すっかり忘れてた。そういや武藤さんの報酬ってなに?」


 この企画に乗り込んできた目的をすっかり忘れているリュウセイ。

 アリスレイタは落ち込んでいたことも、キャラを被ることも忘れジト目で見る


「君ねー、そのために来たんでしょ?ふつう忘れる?まあ、いいけど。イツワくんの報酬は私が命理さん――――いえMRY様に謝ること。…………それは私がやりたいことでもある」


 詳細は省かれたが、アリスレイタの不用意な発言のせいでリスナーたちが暴走してメリィの店に迷惑をかけたらしい。

 それで、アリスレイタはチャンネルで正式に謝るきっかけを作ろうとしていた。

 イツワとの配信も彼に有利になるように仕向けていたのだが、もうひとりの参加者がイツワ本人に妨害をするとは思わなかった。と語る。


「いや、きっかけなんてなくても謝ればいいだろ」


「…………素直に謝るなんて【悪役わたし】のキャラじゃない」


「はあ?」


 アリスレイタは語る。

 プロ選手を目指していたが実力不足で挫折したこと。

 配信で頑張ってみようとしたが伸び悩んでいたこと。

 冗談で始めた【アリスレイタ】という悪役を演じてみたら思いのほか好感触で辞められなくなったこと。

悪役を演じるのはストレスが多く、元に戻ることばかり考えてた。

 けど――――


「期待されてるのは【悪役わたし】で、望まれているのは【悪役わたし】。【本物わたし】なんて誰も見向きもしない。だったら【悪役わたし】を演じるしかないじゃない…………」


 増えていく同時接続数、登録者。

 それと共に増えていくアリスレイタへの期待。

 期待を裏切る事の恐怖で悪役を辞められなくなったという。

 そう語るアリスレイタの顔は今にも泣きそうであった。


「そんな、つらそうな顔するくらいなら、ゲーム自体やめればいいだろ?」


「出来ないよ。だって、――――が――――だから」


「聞こえねえ。なんて?」



「だって、このゲームが好きだからッ!」



 抑えていた感情が爆発する。



「はじめてMRY様を見た時にあこがれたッ!はじめてゲームを起動したときに心が震えたッ!はじめての戦闘はワクワクしたッ!はじめて友だちと行った探索が楽しかったッ!…………こんな【悪役わたし】になってみんな離れていったけど…………ゲームを始めてからつらいことが多かったけど…………それでもッ」



 涙がぽろぽろとこぼれ落ちていく。



「このゲームが好きなのッ!!!」



 アリスレイタの心からの叫びがスタジオ内に響いていく。


「やばっ!声大きすぎ――――」


「心配しなくていいぞ。エトに頼んで最初からこっちの会話は配信に流してるから」




「………………………………ん?」




【最初からこっちの会話は配信に流してる。】

アリスレイタはそのままの言葉の意味を理解するのにたっぷり時間が掛かった。

時間が掛かって――――爆発した。


「はああああああああああ!!!???なにやってくれてんの!!!???」


「いや、こうでもしないと気持ち悪い演技をやめようとしないだろ?」


「き、気持ち悪い!?でも、やり方ってものがあるでしょ!!??もし私が配信で言っちゃいけないこと話したらどうするの!!!それに――――」


 ――――こんな【本物わたし】をリスナーに見せて反応が怖い。

 想像しただけで恐怖で体がこわばってしまう。

 その言葉が口に出せない。


 そんなアリスレイタをリュウセイは安心させるように笑う。


「それはエトがなんとかしてくれる。だから、なにも心配しなくていい」


「で、でも…………」


「大丈夫。なんたって、ウチのエトは――――」


 普段はポンコツだけど、いざというときに頼りになる相棒。

 その相棒を誇るように笑顔で言う。



「――――超高性能な最新型のサポートAIさまだぞ?」



 ◆



 リュウセイがアリスレイタのかたくなな心をほぐしてる一方で、

 その会話を配信に流していたエトは――――


『――――それでは貴方たちは、いまさらアリスレイタさんが【悪役】を辞めるのは虫が良すぎる。自分勝手だ。とそう言うのですね?』


 ――――十万を超えるリスナーのコメントに対して、ひとりで戦いを挑んでいた。


『貴方たちの意見もエトは分かります。ですが――――』


 正確にはコメントの一部。

 アリスレイタを昔から知っている古参。

 その中でも過激なコメントと対峙していた。

 過激なコメントを空中に映し出し、固定して。



『このアリスレイタ悪役さんを創り上げたのは貴方たちなのです。貴方たちの期待が、そうであれと望む声が彼女をアリスレイタ悪役さんにしたのです』



 さらに、そのコメントをしたリスナーの履歴をさかのぼりり、アリスレイタに悪行を求めるコメントを映し出していく。

 そのコメントに新規のリスナーたちは顔をしかめる。



『それを辞めたいというのが、貴方たちは自分勝手と言うのですか?彼女のつらそうな姿を見てなにも思わないのですか?」



 空中に映し出すのは先ほどリュウセイと話していたアリスレイタ。

 バックグラウンドで切り抜き編集したそれには――――

 期待を裏切る事の恐怖で【悪役】を辞められない。

 そう映像で泣きそうに語る彼女にたくさんの同情のコメントが流れる。

 加えて、エトは過去の過激なリスナーのコメントを映し出していく。

 あたかもそれがアリスレイタを追い詰めているように演出して。



『彼女は最初、「みんなが笑顔でいられるような配信をしたい」と楽しそうに語っていました。その願いは残念なことに歪んでしまいましたが。でも――――』



 新しく映し出すのはアリスレイタ――――

 いや、アリスタと呼ばれていた頃の初配信。

 それはアーカイブには残っていない非公開にした配信。

 アリスレイタから委譲されたチャンネルの配信権限で掘り返したものだ。

 いまとはちがう希望に満ちた顔で語っていた。


 リスナーたちはエトの言葉に引き込まれていき――――

 自然と意見がひとつに収束されていく。



『いまからその願いを正しく叶えるのはいけませんか?』



 いけないことじゃないッ!



『これから正しく変わっていくことは悪いことですか?』



 悪いことなんてないッ!



『いつか胸を張って歩けるように、いま正しさを望むのはダメなのですか?』


 

 ダメなもんかッ!



 アリスレイタを擁護・応援するコメントが洪水のように流れていく。

 さすがに少数の否定的な意見はあるが、大半はアリスレイタの味方だ。

 それに満足したようにエトは微笑みながら、ちいさく頷く。


『ありがとうございます。どうか皆さん、アリスレイタさんのこれからを応援してあげてください。――――――で・も、悪いことをしたらちゃんと叱ってあげるのです!エトとの約束なのです!』


最後に真面目モードを解除したいつものエトがおどけるように話を終わらせた。



 ◆



 スタジオ内にはアリスレイタの新たな門出を祝福するように色とりどりのスパチャが乱れ飛んでいた。

 カラフルなコメント、それを祝う演出用のクラッカー音が鳴る。

 不気味な仮想世界を再現した室内なのに今だけは光り輝いて見えた。


「はぁ~きれいだな~。――――アリスレイタも見ないともったいないぞ?」


「…………ぐすっ、ごめ゛ん゛…………いま゛は、ムリぃ……うぅ……」


 アリスレイタは両手で顔を抑えてその顔を見られないようにしていた。

 両手からは受け止めきれなかった涙がこぼれ落ちていく。

 それは、嬉しくて、恥ずかしくて、安心して、感動して。

 様々な感情が入り交じった涙だった。


コメントとの戦いに勝利したエトはリュウセイたちの方を振り返り――――



「な?ウチのエトはすごいだろ?」



 ――――胸を張ってドヤ顔を浮かべ、ピースサインをしていた。



 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 この下から本編に書ききれなかったプチ情報を書いていきます。

 特に重要な情報は書いてないので読み飛ばしてもらってもOKです。


●19話 アリスレイタ 小ネタ


19話のセリフ


「なんで…………が消されてるの?…………うまく…………はずなのに。だれかが……を漏らした?いや…………ない。まあいいわ…………があるから。ん?な~に?」


このセリフの空白に入るのは ――――


「なんで【切り抜き動画】が消されてるの?【見つからないように】うまく【隠した】はずなのに。だれかが【秘密】を漏らした?いや【そんなはずは】ない。まあいいわ【元データ】があるから。ん?な~に?」


――――になります。


これはメリィに見つかると消されるシークレットな動画の話をしています。

メリィの大ファンであるアリスレイタは同士と動画を楽しむために隠してました

ちなみに、これを見つけたのは13話のエトです。

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