第21話 推定【魔王】級


 個人配信者【アリスレイタ】――――本名を穂群ホムラ 尾花オバナ


 二年前まで彼女は、現在いまみたいな派手な格好はしておらず。

 友人と遊び、学校の勉強に悩み、将来のことは漠然と考えるだけ。

 そんなどこにでもいる平凡な女の子だった。

 あの光景にあこがれるまでは――――


 記念すべき第一回【神星領域:ロスト・フォークロア】の大規模イベント。


【超神星祭『S・NOVA』】。


 友人たちと楽しんだそのイベントで彼女は出会う。

 将来を決めるきっかけを作ったあこがれの人に。


 最終日に開催されたアバター同士の試合。

 星のように輝く存在に目を奪われた。

 スポンサーロゴの入った赤いファンタジー風ドレスを纏ったとても綺麗な女性が、同じ色をした赤い甲冑の女性型アバターで並み居る強者を薙ぎ払っていく。

 その言動と戦闘は荒々しかったが、ふと見せる真剣な表情に胸が高鳴った。


 イベントは楽しんでもゲームには興味なかった彼女が、一目でその女性のファンになり、その日のうちに友人たちを誘いゲームをダウンロードする。

 当の女性は優勝してすぐに引退を発表してしまい、彼女はしばらく落ち込んだ。

 だけど――――


 あこがれは消えない。

 あこがれたの人が活躍した舞台への憧憬が。


 それから、憧憬の舞台に立つために努力が始まる。

 当初は、穂を表す【Aristaアリスタ】のプレイヤーネームで活動して。

 友人たちもそんな彼女を応援してくれていた。


 夢に向かって進む。

 人生で一番輝いている時間で――――



 ――――そこまでが穂群 尾花の楽しい記憶だった。



「――――なんでこうなっちゃたのかな」



 ある少年の夢に刺激されて蓋をしていた過去を思い出してしまう。

 半ば無意識に手を動かしながら配信の準備を続けるアリスレイタ。

 過去の記憶に対して呟く。

 でも、その疑問に対しての答えは彼女自身がよく理解していた。



「分かってる」



 人に期待されるがままに自分を見失ったことが悪いことも。



「分かってるよッ」



 人に望まれるがままにだれかを傷つけてしまったことも。



「分かってるけどッ…………」



 もう自分の意思では止まれない。

 期待と望みを裏切って見放されることがなによりも怖い。

 創りあげられた【アリスレイタ】という【悪役】から逸脱することが出来ない。



「誰か助けて…………」



 彼女はすでに限界だった。

 表面上は取り繕っても内面はもうボロボロ。

 きっかけひとつで感情があふれ出してしまうほどに。


 その呟いた言葉が聞こえたわけではないだろうが返答があった。



「オレは全力で楽しむぞッ!だから、おまえも全力で楽しめアリスレイタ!!」



 離れてところからリュウセイの声が響いた。



「――――なにが楽しいかなんて、もう分からないよ…………」



 まだ彼女の心にリュウセイの言葉は届かない。



 ◆



 アリスレイタは息を深く吸い込み、吐き出す。

 そして、深く自分の役に入り込むように暗示して目を開く。


「【フィールド構築開始】・【配信スタート】」


 その言葉と同時に大型のレンタルスタジオ内が変化していく。

 今回は迷宮ではなく、ボス部屋を大きくしてような大広間。

 内装は前回と同じ朽ちた薄暗い部屋。

 朽ちた家具や壁・天井などが不気味さをさらに引き上げていた。


「再び、こんばんわ~。本日二回行動のアリスレイタ・チャンネルが始まるよ~。わ~、すごい人が集まってるね~。正直、引くよ」


 最後の部分につい本音が出たアリスレイタ。

 十万以上の同時接続数を叩き出しており、コメントは滝のように流れる。


「個人チャンネルにこれだけ人が集まるのは恐怖でしかないけど~。みんなそれだけ噂の子が気になるんだね~。まあ、あまり話を引っ張ったら炎上しそうだからさっさと紹介するね~」


 スタジオ内のカメラがエトとリュウセイのほうに向く。

 そうすると、アリスレイタの周りにその映像が映し出される。


「今回、私が企画するアリスレイタ・イン・ナイトメアランドに遊びにきてくれたお客様は、突如として【クロスライブ】界に現れた新星、【ETOch.サポートAI―X・Road】のエトちゃんとそのマスターさんです~!エトちゃ~ん自己紹介お願いね~」


『はいなのです。はじめましての方も、今日二回目の方もよろしくなのです。エトの名前はエト。X・Roadに開発されたマスターをサポートする超高性能な最新型のサポートAIなのです。そして、こちらが――――!』


「あ~、エトのマスターのry――――え、本名は言うな?送ったデータに書いてあった?悪い、見てなかった。あ~…………じゃあ、とりあえずリュートって呼んでくれ。変な格好してるが気にしないでほしい。マジで…………」


 本名を漏らしそうになったリュウセイ。

 アリスレイタは即座に『本名はばらすな』と『送ったデータに書いてあったでしょ!』のメッセージをリスナーに見えないように空中に浮かべる。

 個人情報をばらしかけたリュートと名乗ったリュウセイは、そのことよりも自身の格好を気にしていた。


 その恰好は、リュウセイのアバターと類似性を持たせるためにエトが作成した仮想映像の近未来的な黒い服と、顔の上半分を隠すマスクだ。

 本人の情報を隠すために配信上では絶対に解除されないセキュリティを、エトがそれに組み込んでいる。


 コスプレのような恰好をリュウセイは気にしていた。

 コメント欄はそんなことよりもエトのマスターが出てきたことに驚愕していた。


 :は?エトちゃんのマスター?ナンデ?

 :え?害を加えたら大企業が報復に来るって噂の?

 :オレは声を掛けただけで拉致されるって聞いたぞ

 :エトちゃんだけでもビックリなのにそのマスターまで!?

 :アリスレイタお前どんな弱みを握ったんだよ!?

 :なにやってんだよアリスレイタ!?悪役プレイにも限度があるぞ!!

 :X・Roadを敵に回すなんて命知らずか!?

 :流石、アリスレイタ!そこにシビれる!あこがれるゥ!


 アリスレイタの意図しないとこで悪名に箔がついていく。


「(シャレにならないから)やめてよね~?今回は本当に偶然なんだから~。ねえ、リュートくん?」


「参加募集してたから遊びに来た!始めたばかりの【ルーキー】だけど、今日は全力で楽しむつもりだから、よろしく!」


「え?君そんなキャラだったかな~?打ち合わせの時は、もっと無愛想だったよね~?」


『それはマスターは派手さんを警戒してたからなのですよ。あとゲーム前でテンションが上がっているのです』


「は、派手さん?まあ、派手な自覚はあるけど~、なんか調子がくるわね~――――とりあえず気を取り直して。リュートくんとエトちゃんが挑戦する企画について説明するよ~。リュートくんは最近このゲームを始めたばかりだからルールを変えてやるね~。それは――――」


 ・参加者は一名だけなので、前回の配信でやった迷宮の廃止。

 ・やる事は大広間のボス部屋でアバターが生み出す【蟲】の討伐。

 ・五回に分けておこなわれるそれを全て討伐すればクリア。

 ・初心者のハンデとしてエトのサポートを受けることができる。

 ・【蟲】の映像が苦手なリスナー向けに映像緩和フィルターの設置。


「――――って感じだから~【蟲】が苦手な新規のリスナーは映像緩和フィルターをレベル最大にしておくことをおすすめするよ~。も・ち・ろ・ん――――」


 アリスレイタは嘲笑するような顔を作りながらリュウセイを挑発する。


「リュートくんが【蟲】はムリ~っていうならリュートくんも映像緩和フィルターを使ってもいいからね~?」


「ん?別に平気だから、いらね」


「そ、そう?」


 アリスレイタなりにキャラを守りながら気遣ったのだが心配無用みたいだ。


「じゃあ、最期に~。言い残すことはあるかな~?」


 まるでチャレンジ失敗が確定したかのようなセリフだがそんなつもりはない。

 むしろクリアしてもらわないと困るので難易度はイージーにするつもりだ。

 だけど、リュウセイは知ったことか!とでも言うように告げる。



「じゃあ――――オレは全力で楽しむから、アリスレイタも全力でこい」



 獰猛に笑うリュウセイにアリスレイタは気圧された。


「――――ッ!?さ、さすがに始めたばかり【ルーキー】の君に【ヒーロー】ランクの私が本気はだせないかな~?ステータス差がありすぎるからね~」


 コメント欄も無謀すぎる、身の程知らずなどのたくさんの書き込みがされている。


「君の言ってることの無謀さがわかるかな~?もしステータス差をひっくり返されるとしたら、それは――――」


 圧倒的なプレイヤースキルの差がある。


 アリスレイタはその言葉を口に出せなかった。

 ありえない出来事というわけではない。

 どれだけステータスを上げても限度はある。

 全くダメージが通らないというのはこのゲームにはない。

 精々、半減だ。


 アバターの素体自体は貧弱。

 当たり所が悪ければ、コロッといく。

 プロの選手はステータス差を技術でひっくり返すことがある。


 口に出せなかったのは、リュウセイと自分に実力差がある可能性を考えたくなかったから。

 ゲームを始めたばかりの少年に負ける可能性を考えたくなかったから。

 だから、自然と口調が冷たくなる。


「――――まあいいよ。せいぜい出来るとこまで頑張ればいいよ」


 アリスレイタはそこで会話を打ち切り、企画の下準備を始めた。


『マスター、あんなこと言って良かったのです?不利にしかならないのですよ?』


「仕方ないだろ。あーでも言わないと、わざと手を抜きそうだし、アイツ」


 『それはダメなのです?』


「不完全燃焼じゃあ楽しくないだろ?だから、まずは楽しむ前に――――」


『前に?』



「アリスレイタを本気にさせないとな」



 ◆



「それでは【アリスレイタ・イン・ナイトメアランド・アナザー】臨時開園~」


 それは今回のためにだけに作られた一夜限りの仮想世界。

 開園の合図と共に、【第一波】の一番低級なスキルで呼び出した三十を超える【蟲】たちが、家具や障害物の下から回り込みリュウセイの元へ忍び寄る。


(当初の予定より三割も増やしたけどいいでしょ。少しくらい痛い目見れば)


 もちろん善戦に見えるようにコントロールするけど。

 そう考えながら【蟲】たちに念話のようなもので指示を出す。


【蟲】たちがリュウセイの元に到達しようというのに、銀装アバターは棒立ちでまだ武器すら抜いてなかった。


(なんで!?自分で全力を出せって言ってた癖に無抵抗でやられる気!?)


 焦りと共に怒りが湧いてくるアリスレイタ。

 そして、わずかに抱いてた希望を裏切られ失望した。

 結局、と。

 それは、心に余裕のないアリスレイタに破滅を判断させるには十分だった。



(もういいッ、配信もッ、その後のことも、なにもかもどうでもいいッ)

「容赦なく喰い殺せッ!!!」



 激情に駆られるままに、その後の自己保身も考えず【蟲】たちに命令を出した。

 十を超える【蟲】たちは一斉に銀装のアバターに跳び掛かり――――



「ハッ!そうだ、それでいいッ!!」



 ――――一瞬で腰から抜き放たれた二丁拳銃で瞬く間に撃ち墜とされた。


 アリスレイタの目にはそれが銀閃のひらめきにしか見えなかった。


「え…………なにが?」


 なにが起きたのかを頭が理解を拒む。

 そんなことはありえない、と。

 だが、現実から逃げても結果は残る。


 十を超える【蟲】たちは一瞬のうちに撃ち払われた。


 滝のように流れていたコメント欄もこの一瞬だけは止まってしまう。

 だれもが理解が追いつかず、ようやく情報を咀嚼できた時――――


 コメント欄の流れが爆発した。


 ▼


 :はあああああああああああ!?!?

 :なんじゃそりゃあああああ!?!?

 :いま腕何本に見えた!?六本なかったか!?!?

 :銃を抜いたとこ見えなかったぞ!?初期値のステータスだよな!?

 :高ランク帯ならありえるけど【ルーキー】だぞ!?初心者だぞ!?

 :出来なくはないけど、プレイヤーの技量が高くないとムリ

  最低でも【魔王】さまレベルじゃないと

 :それは誰も出来ないって言うんだよ!!

 :ここに出来てるやつがいるだろうがッ!!



「え…………【魔王】さまレベル?」


 空中に映されたそのコメントがアリスレイタの目に止まる。

 その異名を知らないプレイヤーなどいないと言われるほどの有名人。

 そして、推定【魔王】級――――現役トップ・プロレベルと呼ばれる技術を披露したリュウセイに絶句する。


「うん、やっぱり。


「は?」


「アリスレイタ――――呆けてる暇はねえよ」


 二丁の銃をスピンさせながら、アリスレイタを煽るようにパフォーマンスを繰り広げる銀装のアバター。

 そのアバターを操るリュウセイは大胆不敵に告げる



「本気で来ないと、配信の見どころが無く終わるぞ?」



 アリスレイタを本気にさせるための闘いの火蓋が切られた。



 ―――――――――――――――――――――――――――――

ランクの説明は第16話 不可侵区域の一番下に載せています。

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