第20話 超神星祭


 悪役プレイで有名な【アリスレイタ・チャンネル】と初配信が終わって間もない話題沸騰中の【エト・チャンネル】の緊急コラボ。


 その情報はまたたく間に広まり。

 アリスレイタのチャンネルに人が続々と集まってくる。

 今はこれからおこなわれる配信の条件を話し合いで決めている最中だ。

 配信画面には準備中の札を持ったデフォルメ・アリスレイタが映っているだけ。

 それでも、待機人数は先ほどまで配信していた同時接続数の五倍はある。


 コメント欄には、本当にエトちゃんは来るのか?

 話題作りのガセじゃないか?という半信半疑なリスナーが多かった。

 けど、【エト・チャンネル】でもコラボの告知を出して情報が確信に変わる。

 そして、さらに待機人数は増えていく。


 その状況を見たチャンネルのあるじアリスレイタは喜んで――はいない。

 むしろ、慎重な行動を心がける必要があるので胃に負担がかかるほどだ。

 エトになにか悪さをすれば、集まったリスナー全員をアンチに回す恐れがある。

 気分的には、エトという松明を掲げて火薬庫を歩くようなものだ。

 多少の炎上なら耐性のあるアリスレイタでも、この人数から集中砲火をくらえばチャンネルが消し飛びかねない。

 かなりのリスクがある。

 それでも、リターンは莫大でこれを乗り切れば大いに躍進するだろう。

 目標に向けて。


 アリスレイタには目標がある。


 それはに招待されることだ。

 招待されるには人気か実力どちらかが必要だ。

 その人気を得るためにアリスレイタは配信活動をしている。

 もし、ここで結果を残せばその目標にかなり近づけるかもしれない。

 だから、ここが人生の分水嶺と定め。

 覚悟を決めてエト――――いや、そのマスターの少年。

 一条リュウセイとの話し合いに臨んだ。


 ――――臨んだのだが、リュウセイのあまりの無謀さにアリスレイタは眩暈がした。


「――――え~と?つまり、企画に参加するのはエトちゃんの~マスターの一条くんで~、その一条くんは~今日ゲームを始めたばかりの【ルーキー】?……あははははははは…………はぁ?ナメてんの?」


 こっちは危ない橋を渡ってるのに相手方のあまりのふざけた条件。

 思わず間延び口調が崩れるアレスレイタ。

 ちなみに、コラボの邪魔になるイツワを含め他の参加者は帰している。


「いや、別にナメてないよ。なあエト?」


『ですです。飛び込み参加歓迎って言ってたのはそちらなのです』


 だが、リュウセイたちは気にしない。


「ふっざけんじゃないわよ~?いくら初心者歓迎企画って言っても限度があるわ~?今日が初日?アバター操作も覚束ないに決まっているでしょ~。そんな初心者をこんな大勢の前に出すって放送事故になるわ~。もしかして、エトちゃんを奪おうとしたことを根に持っているのかな~?だから、私のチャンネルを潰そうと――――」


 口調はなんとか取り繕ったが、表情は口だけが笑って目が全く笑っていない。

 こめかみもピクピク動いて、怒りを隠せていない。

 アリスレイタの心から余裕が失われていく。


「アンタのことは嫌いだけど、そんなしょうもねえことはしねーよ」


『ですです。しかも、その方法だとマスターが恥をかくじゃないですか』


「じゃあ、どういうつもりなのかな~?」


「普通にクリアするつもりだけど?」


「だ・か・ら、そんな簡単にいくわけないよね~?そもそも、なんでそんな無謀なことしようと思ったの~?君らにメリットはないよね~?」


そうメリットはない。

降ってわいたチャンスを逃がさないためにこの時まで口に出さなかった。

でも、行動原理が不可解過ぎて疑問が口から出てしまう


「この企画ってクリアしたら参加者が望むもの貰えんだろ?じゃあ、もしオレがクリアしたら武藤さんに約束していた【報酬】を武藤さんに渡してくれ」


「は?」


「あれは武藤さんの勝ちだった。【報酬】を受け取れないのはおかしいだろ」


 まさかイツワの知り合いだったことに驚くアリスレイタ。

 だが、それ以上に自分のためではなく他人のためにこんな大事おおごとを起こしたことに驚愕する


「え、待って?君ってイツワくんの知り合い?もしかして、それだけのことのために、エトちゃんを使ってこんなお祭り騒ぎを引き起こしたの?こんな無謀なことをしにきたの?」


「そんなにおかしいことか?」


「おかしいっていうか…………というかイツワくんの【報酬】ってなにか知っているの?」


「知らねえ。なんで武藤さんがアンタの配信に出たのかも知らない。でも、武藤さんにとっては重要なんだろ?じゃなきゃあんなに配信で怒ってねえよ」


 アリスレイタの目の前にいる人物は、事情も知らずに誰かのために動くことを当たり前だと思っている。

 アリスレイタはそんな人物に出会ったことは今までなかった。

 彼女の周りにいたのはいつだって――――


 そこまで考えたところで、あまりの心理的衝撃に自分の口調と笑顔の仮面が崩れていることに気づいた。

 

 急いでいつものキャラづくりを被り直す。

 先ほどからペースを崩されてばかりだ。

 そうアリスレイタは思いながら、リュウセイたちに向き直った。


 リュウセイの条件をのむことにする。

 提示された報酬はアリスレイタにとってもからだ。


「ふぅ~……んっ、いいわ~。その条件でやりましょう~。あと、こちらの条件としてはエトちゃんが画面に映ることが必須条件なんだけど~」


『エトがですか?』


「それはそうよ~いまの待機人数見たかな~?私がやる通常配信の十倍くらいいるから~。あれ、ほとんどエトちゃんを見に来たのよ~出さなかったら大炎上するわ~」


『ふむ?ではマスターのそばでサポートするのです』


「それでいいと思うわ~。でも~それだけで一条くんクリアできるかな~?難易度を最低に下げたとしても~今日が初日じゃあ無理じゃない~?」


 見下すように嘲笑うように挑発をする。

 

 そう自分に言い聞かせるアリスレイタ。


「さっき見た配信と同じ感じなら――――いけると思う」


 しかし、相手は動じず。楽しそうに笑う。

 逆にその鋭い目つきで見返されて怯んでしまう。


「――――ッ!?た、大した自信ね~。そういう根拠のない自信は恥ずかしいよ~?」


「別に根拠がないわけじゃないが…………それに――――」


「それに~?」


「この位乗り越えられないなら。夢の舞台に――このゲームの最大イベントテッペン――――」


 それはプレイヤーなら誰もが自分が立つ姿を夢想するあこがれの舞台。



「【超神星祭】のアバター・バトルに出るなんて夢のまた夢だからな」



「――――それ…………本気で言ってる?」


 アリスレイタはその言動を疑うがそれも無理はない、それだけ無謀すぎる夢だからだ。

 それは【神星領域:ロスト・フォークロア】において最大級のイベント。



【超神星祭『S・NOVA』】



 年に一度、年末におこなわれるイベント。

 その年に【神星領域:ロスト・フォークロア】で活躍した様々な分野の人気プレイヤーを集め。

 広大なドーム・敷地・イベント会場などを利用してアメノハラ市全域で三日間かけて開催される世界最大級イベントだ。

 その内容は――――


 アバターを利用した音楽・演芸・ダンス・などの【幻想パフォーマンス部門】

 仮想食材の味覚疑似再現した。ここだけでしか味わえない【異世界料理部門】

 人気のあるプレイヤーのイベントを集めた【プレイヤーズイベント部門】

 ゲーム内伝承の2次創作やグッズを取り扱う【創造アナザーストーリー部門】

 【探索】で隠されたお宝を探せ。【探検トレジャーハント部門】


 そして、このゲームで花形ともいえる――――【激闘アバター・バトル部門】

 このイベント最大の目玉であり、最終日の三日目に行われる。

 

 それは、その年にレジェンドランクの大会に優勝者したプレイヤー十二名。

 そして、ゲーム内人気投票で選ばれレジェンドランクプレイヤー十二名。

 総勢二四名のバトルロワイヤル。


 神話級の闘いが繰り広げられ。

 頂点プレイヤーたちの誇りと意地のぶつかり合う。

 そして、激闘を制した最後のひとりだけが栄光を掴むことができる。

 選ばれた者しか上がれない星のように輝かしき舞台。


 それを目指していると言ってるのだ。

 アリスレイタの前にいる少年は。

 誰もが愚かしい夢物語だと言うだろう。


 だったら、アリスレイタのキャラらしく笑い飛ばせばいい。

 馬鹿にして、からかって、夢を見るなと告げればいい。


「あ…………ハ、はハハ――――――――」


 だけど、出たのは乾いた笑いだけだ。

 アリスレイタはその夢だけは笑えなかった。

 かつては彼女も夢に見た場所だから。

 今では自分の心を苛む場所だから。


 だから出てしまう。アリスレイタの口から本音が。



「――――やめたほうがいいよ。その夢だけは…………」



 こんなことを言ってはいけない。

 そう自分に言い聞かせながらも、口から出る言葉は止まりはしない。


「楽しくゲームをしたいなら、夢なんて持たないほうがいい。君は始めたばかりだから、まだ大丈夫。傷は浅くて済む。だから――――」


「だから?自分のやりたいことを妥協して、騙して、楽しめって?それって心から楽しめるのか?」


「だってッ、仕方ないじゃない!!!みんながみんな夢を叶えられるわけじゃないッ!!!そんなに現実は優しくないッ!!!」


 リュウセイの言葉はアリスレイタが隠していた心の傷に触れてしまう。

 予想外の反応にリュウセイは硬直してしまう。

 感情の制御が出来なかった彼女は、ハッと我に返り。顔をそむけて必要事項だけ告げ配信の準備を始めた。


「――――配信の流れはデータを【アーク】に送るから。それ通りにしてくれればいいよ。結末は君が勝つように調整するから。それがリスナーみんなの望むことだろうから…………私はもう行くね――――」


 背中を向け離れていくアリスレイタ。

 リュウセイはその背中に声を投げる。


「アンタ――――アリスレイタはそれで楽しいのか?」



「楽しい?そんなわけない――――」



 声が震えている。



「そんなにゲームがつらいなら無理してやるなよ」



「それが出来たら苦労しないよ…………」



 消えそうな声でそう言い残して去っていく。



 ◆



「――――なあ、エト」


『なんですか?マスター』


つらそうにゲームしてるやつが楽しく遊べるようにするにはどうしたらいいかな…………」

  

『それは――――ごめんなさいです。エトには分かりません。でも――――』」


「でも?」


『でも、もしマスターがその立場だったらどうしてもらいたいですか?』


「そうだな、それは――――そうか。うん、なんとなくやることが分かった」


 うまくいくかは分からないが目指すべき道筋は見えた。

 リュウセイはきっかけをくれた相棒に礼を言う。


「ありがとな、エト」


『いえ、エトはなにもやっていません。マスターが自分で気づいたのです』


 いつもの調子に乗った態度は抑え。

 謙虚に微笑みで返すエト。


「辛気くさい話はもう終わりだ」


 覚悟は決めた。

 失敗すれば笑いものだろう。



「ここからは先は楽しいゲームの時間だッ!」



 だが知ったことか。

 腰に取り付けたアバター用ドローンを取り出す。

 そして、銀色の光沢を放つ重厚な装甲を纏ったアバターを呼び出した。



「お前にゲームは楽しいもんだって思い出させてやるよッ!」



 作戦はシンプル。

 というよりそんな大層なものではない。

 憂いを吹き飛ばすくらい遊びに没頭すればいい。

 余計なことを考える頭なんてからっぽにしろ。



「オレは全力で楽しむぞッ!だから、おまえも全力で楽しめアリスレイタ!!」



 全力で遊び相手になるから、お前も全力でかかってこい。

 そうアリスレイタに告げた。

 

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