第19話 悪夢の国のアリスレイタ


 ★今回は、苦手な人はかなり苦手な表現が含まれています。

  ヤバいと思ったら流し見でお願いします。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 高い天井。バスケットコート二面分は軽く入る広いフロア。そして、壁や天井に専門的な機械が設置されている大型のレンタルスタジオの隅で、イツワは不機嫌さを隠さずに壁に寄りかかっていた。


 スタジオの中ではこれから行われる【クロスライブ】の配信準備が進められていた。

 アリスレイタがスタジオを管理するAIのホログラムに指示を出しながら細部を詰めている。どうすればなるのかと。

 それを見てさらに顔をしかめる。


「クソが……」


 思わず悪態が口から漏れてしまう。


【アリスレイタch】の企画に参加してほしい。半ば脅しに近い頼みに弱みを握られたイツワは従うしかなかった。

 だが、通常こういった脅迫は人気商売の配信者にとってはリスナーにバレたら炎上必至の悪手な行動なのだが、アリスレイタにはそれが適用されない。


 なぜなら、常日頃から悪役プレイで悪行を繰り返すアリスレイタならやりかねない。と、そういった負の信頼感がある。その上で、このチャンネルはアンチや批判を抱えながらも一部でかなりの人気があり、アリスレイタの悪行を楽しむ過激なリスナーが多い。


 もちろん、脅すだけなら訴えられる可能性がある。だから、【アメ】も準備する。

 その人物が望む褒美を事前にリサーチして、与えた【課題】をクリア出来たら報酬として渡すことを約束する。参加者が自分の意思で参加したくなるように。

 それは、金銭であったり、レアなアイテムであったり、


「姐さん…………」


 アリスレイタは今回の企画を一番にクリアすれば、チャンネルで正式にメリィの店に謝罪することを約束した。

 イツワはその約束が守られる保証はあるのか疑ったが、いつも飄々としているアリスレイタが自分で決めたルールは必ず守る。という真剣な表情を見せて宣言した為、そこだけは信じることにした。


「…………ぜってぇ勝ち取る――――にしても、遅せぇな。おい、アリスレイタ!いつになったら始まんだッ!」


 怒声がスタジオに響くがアリスレイタは気にしない。

 それより気になることがあるからだ。


「なんで…………が消されてるの?…………うまく…………はずなのに。だれかが……を漏らした?いや…………ない。まあいいわ…………があるから。ん?な~に?」


 ぼそぼそとなにかを呟いている。

 そばにいた管理AIに促されてアリスレイタはイツワのほうを向く。


「あ~……ちょっと待ってね~。なんか~いま話題を集めてる子が配信してて~人が流れてるの~。だから、こっちが配信しても人が集まらないのよ~。さっき終了の挨拶してたから、もうすぐでその子の配信が終わると思うから~少し待ってて~」


 その話題の子とはエトで、配信初日からえぐい同時接続数をたたき出していた。

 そのあまりの多さに、同じ時間で他の配信をしているところは軒並み同時接続数が下がっている。


「あっ。終わったみたい~じゃあ、配信の枠を立てるよ~」


 口元を隠すように手を当てた。

 その邪悪な笑いを見せないように。



「みんなお待ちかねの楽しい、楽しいの始まりだよ~♪」



 悪夢の宴がいま始まる。



 ◆



「【迷宮構築開始】」


 アリスレイタの合図で大型のレンタルスタジオ内に、身の丈の倍はある薄汚れたボロボロの隔壁が仮想映像でいたるところに展開された。

 それは参加者たちを連携させないように分断する迷宮の壁だ。

 天井は塞がれ閉塞感がある。


 参加者は、顔バレを防ぐためにアリスレイタ提供の、ハロウィンで使うような顔下半分を隠すマスクと仮想映像で作られた中世の古めかしい服を纏っていた。

 その様子をドローンが映し始める。ちゃんと不安そうな参加者が映っていることを確認したアリスレイタは配信を開始した。


「こんばんは~。騙すより騙されるほうが悪いがモットーのアリスレイタ・チャンネルが始まるよ~」


 :こん~

 :相変わらずひでえモットー

 :ヒャッハー!新鮮なアリスレイタだぜー!

 :サムネ見たけど、アレやるのマジ?

 :ヒャッハー!久しぶりにやるんだな!?今ここで!

 :ヒャッハー!阿鼻叫喚の始まりだぜー!

 :相変わらずモヒカンが多いコメント欄だな


 開幕の挨拶に反応は上々だ。

 同接数も個人勢の配信者にしては多い。


「はい~本日は久しぶりにを開こうと思います~。参加する人たちは~どんな悲鳴で鳴いてくれるかな~。楽しみですね~。ワクワクしますね~。それでは~企画内容はいつもと同じだけど、改めて説明するね~――――」


 企画内容はシンプル。【神星領域:ロスト・フォークロア】でランクE相当のプレイヤー十人が迷宮の仮想フィールドをアバターといっしょに踏破して、最奥のボス部屋にいるランクEのアリスレイタのアバターを最初に討ち取った人に、事前に調べた参加者が望むものをクリア報酬として渡す。



 アイテムの使用不可。

 広範囲殲滅魔法使用不可。


 特殊ルールは三つ

 ①迷宮の壁抜けペナルティ。

 :アバター・プレイヤーが壁抜けした際に十パーセントのスリップダメージ

  

 ②プレイヤーとアバターの操作範囲制限

 :アバターの操作範囲を半径二メートル以内に制限。ボス部屋では解除


 ③アリスレイタ・アバターのSP消費量0

  :【伝承顕現】以外のスキルにSPは消費しない。スキルのクールタイムはあり


 参加者は一般人なので顔を隠して、名前は一~十の番号で呼ぶこと。

 これから起こる事には同意済み。


「――――説明は以上~」


 アリスレイタは両腕を広げ。

 最大限、邪悪に見える笑みを浮かべ宣言した。

 これから起こる惨劇開始の合図を。


「それでは――――【アリスレイタ・イン・ナイトメアランド】開園~」



 ◆



 開始の合図とともにイツワは罠を警戒して、仮想の壁で仕切られた薄暗いせまい通路をゆっくりと進んでいた。

 明かりはほとんどなく、ボロボロの薄汚れた壁にはカビのようなものが生え。空調が効いている室内のはずなのにジメジメとした湿気を感じてしまう。

 ともに歩く緑肌アバターはF級で調整していたリュウセイとの練習試合とは違い、E級の装備で固めているためかなり立派だ。

 額から流れる汗を拭こうと腕を持ち上げようとしたとき。悲鳴が響き渡る――――


「イヤアアアアアアアアアアッ!!!???」

「ウ、ア……く、るなッ!くるなッ!!くるなあああああッ!!!」

「ヤメテヤメテ来ないでヤメテヤメテヤメテッ」

「ここから出してえええええええぇぇぇぇぇ……………………」


 最後の人物はアバターへのスリップダメージを気にせずに仮想の壁をすり抜け、イツワの目の前を尋常じゃない形相で過ぎていった。


「なんかやべぇな…………」


 それに気を取られてしまい警戒を怠って、通路の曲がり角から地を這う存在たちを察知するのが遅れてしまった。

 カサカサと足を動かすその存在は草鞋わらじほどの大きさはあり。複数の影は背中のはねを広げ、そして――――


「うおおおおおおおおおッ!!??」


 ――――緑肌アバターの顔に目掛けて飛んできた。

 考えるより先にアバター操作してをその影たちを手に持つ鋼鉄の剣で叩き落す。

 その影は煙のように消えてしまったが、見てしまった。

 アバターと視界共有をしているイツワには、鮮明で洗練された最先端技術の無駄遣いともいえる仮想映像。触覚を生やしたその【蟲】の顔をドアップで見てしまった。


「きもちわりぃ。このゲームの映像クオリティを初めて呪ったぞ…………この【蟲】たちは召喚系のスキルか?だとしたらマジィな…………あっちはSP制限がねぇから出し放題だ。時間がかかった分だけこっちが不利だぞ」


 そうしている間にも通路の奥からは【蟲】の存在感が増していき。アバターだけ先行させようとしたが操作範囲制限で二メートルより先に行かない。


「アイツ!この為の操作範囲制限かッ!プレイヤーも【蟲】に近づけとッ!」


 進まなければいけないがあの【蟲】を見た後では腰が引けてしまう。だけど、こうしている間にも誰かがアリスレイタを討ち取るかもしれない。


 迷いは一瞬。

 行動は即座に。


「【来やがれ、オイラの影どもッ!!【伝承顕現ッ!!】】」


 唱えるは必殺スキル。


「【ゴブリン・レイジッ!!!】すべて蹴散らせッ!!!」



 影から生まれた狂騒のゴブリンたちが、いま迷宮に解き放たれた。



 ◆



 Eランクの【蟲使い】アリスレイタはボス部屋ともいえる、朽ちて不気味な部屋を模した広い空間でプレイヤーたちの悲鳴をBGMにして到着を待っていた。

【蟲】たちを呼び出しながら。


 朽ち果てたドレス鎧を纏い、艶のないぼさぼさの黒髪で顔を隠した幽鬼のようなアバター。その足元から沼のような影が広がり、そこから【蟲】が這い出ていた。

【蟲】たちは呼び出されたそばから、天井から、壁の穴から這って外に出ていく。

 クールタイムが明けるたびに生み出されるそれは、先ほどまで悲鳴をあげるプレイヤーを笑って見ていたリスナーたちをドン引きせていた。


 :異世界Gに蜘蛛にムカデ……うわぁ

 :アリスレイタのアバターもこえー。幽霊かよ。

 :ヒャッハー……Gだけは無理ムリ

 :ヒャッハー……無駄に映像のクオリティがやべえ

 :モヒカンどもの勢いがねえw

 :さすがアリスレイタ!やることがエグイ!

 :キモ……見る分にはいいけど、絶対に参加したくねえ


「気持ち悪いからこそみんなの嫌がる顔が見れるからね~。あっ!このまま誰もクリア出来なかったら冷めるので~Eランク以下の飛び込み参加歓迎~ウェルカム~もう8人がリタイヤしてるからね~。根性ないな~」


 空中に映し出しているコメントに目を通す。 

 コメント欄は拒否、だれが行くか!の文字で埋め尽くされた。


「つまらないね~(…………ほんとうにつまらない。ボソッ)うん?なにか音が聞こえな――――」


 ――――バッガアアアアアアアアーーーン!!!


 大音響を響かせボス部屋の扉が打ち破られた。

 わらい顔をつくるアリスレイタ。

 雪崩れ込むゴブリンの群れ。

【蟲】たちが迎え撃つ。


「一番乗りはイ――――五番くん!でも、私の【蟲】たちに勝てるかな~?」


 数の暴力VS数の暴力。

 数こそ【蟲】たちより少ないが、勢いと個の力が勝っているゴブリン。

 勢いと個の力は劣っているがそれを補って余りある数で圧倒する【蟲】。

 互いが互いを喰らい合い、その戦闘は拮抗していた。


「この手の召喚スキルは使用者に行動制限がかかるのがネックよね~。でも~、5番くんはいつまでそのスキルを出していられるかな~?こっちのSPは無限だよ?ほら追加~」


【蟲】の追加投入により徐々にゴブリン側が押され始めてじりじり後退している。

 勝負の天秤はアリスレイタ側に傾いていた。


「ほらほら~。押されてきているよ~。このままじゃ負けちゃう――――え?」


 突如として消失するゴブリンの群れ。

 目の前の相手が急にいなくって前のめりに倒れていく【蟲】たち。

 そして、最初に打ち破った扉からイツワとアバターが勢いよく飛び出してきた。


「――――ッ!?やるね!!」


【蟲】たちを戻そうとしても間に合わない。

 扉から離れすぎている――――誘導されたのだ。ゴブリンたちに。

 ゴブリンたちは後退していたのではない。この状況を狙っていたのだ。


「もらったッ!!スキル【剛剣★2】発動ッ!」


 スキルの効果圏内にたどり着いたイツワのアバターは、ためらいもなくその汎用スキルを発動させた。


 一撃で仕留めるために狙うはクリティカル部位――――首だ。

 相手はおそらく後衛ビルドのアバター。

 DEF値は高くない!いけるはず!

 ――――と考えたイツワはアリスレイタの表情を見て背中に悪寒が走る。


 笑っていた。


 いつもの貼り付けたような笑顔じゃなく、心の底からの笑顔。

 絶体絶命の状況にそれはあまりにも不気味だった。

 刹那の思考で逆転される可能性を考えたが、否定する。

 それに、もう発動したスキルは止まれはしない。


「――――ッいっけえええええ!!!――がっ!!??」


 不安を押し殺すように咆哮を上げる――――

 ――――が、予期せぬ衝撃をイツワが受け、アバターの操作が狂ってしまう。

 スキルはアリスレイタ・アバターの首を少しかすめただけに終わる。

 スキルの技後硬直で隙をつくってしまったイツワのアバターは、【蟲】にたかられそのHPを全損させた。


 これでイツワは退場だ。

 だが、それよりも許せないことがある。

 アバター操作を狂わせた原因。


 イツワのアバター操作を狂わせた衝撃の正体は――――


「なにしやがんだ!!てめぇも参加者だろうが!なんでアリスレイタを助けたッ!」


 ――――同じ参加者が妨害を仕掛けたのだ。



 ◆



 その後、その参加者もアバターのHPを全損させ退場になった。

 彼は数合わせで呼ばれたアリスレイタのリスナーと聞かされ、イツワは激昂する。


「テメェ…………最初からそのつもりだったのかッ。負けそうになったらリスナーを使って妨害をッ…………だれもクリアさせる気はなかったのかッ!!」


「――――――五番くんがなにを言ってるのかわからないな~。私が指示した証拠なんてないでしょ~?」


 明らかにとぼけているアリスレイタ。

 状況は限りなくクロに近いグレーだ。

 だが、どこにも証拠がない。

 妨害したリスナーは追及を逃れるためにもうこの場にはいない。

 イツワは歯を食いしばることしかできなかった。


 ちなみにまだ配信は続いており、この会話も聞かれている。

 一連の流れを知りコメント欄は賛否に分かれる。


 :騙されるほうが悪いんだよwww

 :ヒャッハー!それでこそアリスレイタだぜw

 :いや、さすがにやりすぎじゃない?

 :悪役プレイとはいえ、これはなぁ…………

 :ヒャッハー!いいんだよ。このチャンネルはこれで!

 :アリスレイタちゃんの悪女っぷりを見に来てるからねー

 :コメントが荒れそう…………


 コメント欄が荒れ始めたところで配信終了の挨拶を始める。


「え~。残念なことに誰もクリア出来なかったね~。さびしい結果だけどこれも勝負ってことで~今日はここまで――――え?なに?飛び入りの参加者?まさか冗談で言ったことを本気にした人がいたみたいね~丁重におかえりいただいて――――え?それ本当なの?」


 スタジオの管理AIからアリスレイタに訪問者が来たことを告げられる。

 冗談で言った飛び入りの参加者が来たらしい。

 ただの一般人だったらその場で帰していただろう。

 だが、その参加希望者はただの一般人ではなかった。

 いま一番界隈から注目されているチャンネル。

 そのチャンネルからコラボの打診だ。

 なによりもアリスレイタはこの機を逃さない。

 コラボを確実にするために先に決定事項として告げ逃げ道を塞ぐ。


「リスナーのみんな~。帰るにはちょっとはやいよ~。なんと!このアリスレイタ・チャンネルにコラボしてくれる人?がきたよ~!し・か・も!いま話題沸騰中のチャンネルで~まだ誰もコラボしたことがないから~この配信が初のコラボ配信になるの~!そのチャンネル名は――――――」


 配信を閉じようとしたリスナーたちがその言葉で止まる。

 なにか面白そうなことが起こる気配を感じたからだ。

 幾人は、そんな馬鹿な。と思いつつもそのチャンネル名を予想した。

 この配信が始まる前にそのチャンネルを見ていたリスナーもいる。

 そのチャンネルは――――――



「【ETOch.サポートAI―Xroad】様になるよ~~~!!!みんな拍手~!」



 コメント欄が怒涛のように流れ、本日一番の速さを記録した。

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