第18話 祈りと呪い


 ★今回の話はリュウセイとエトはお休みです。


 ―――――――――――――――――――――――――――――


【アリスレイタch】とイツワ。

 まったく接点がないと思われた両者がなぜ同じ配信に映っているのか。

 それは、リュウセイが【レコードブック】を退店したところまで時間はさかのぼる。



 ◆



「――――にしても、ゲーム初日にあんなにうまくアバターを操れるヤツっているんですねぇ。そういうのは漫画やアニメだけだと思ってましたよ」


 リュウセイを見送ったイツワが感心したようにつぶやく。


「私は初日からうまい子を知ってるけどね」


「え?あんな規格外がまだいるんです?」


「イツワ君もよく知ってるでしょ。というかこのゲームをやってて知らない人はいないわよ」


「…………まさか【魔王】さんのことですか?」


思い浮かべるのは【神星領域:ロスト・フォークロア】のプレイヤーで一番の有名人だ。色んな意味で…………


「そんなかわいくない異名で呼ぶのはやめなさい。本人は気にしてるのだから」


「スミマセン……でも俺、本名知らないんですよねぇ。異名のイメージが強すぎて――――」


ちゃんよ。私はあの子がいたから安心してプロを辞めることができた。私がいなくてもこのゲームを盛り上げてくれるってね。まあ、盛り上がりすぎて行く先々で阿鼻叫喚してるみたいだけど…………」


「それ盛り上がってんですか?しかし、一条の比較対象がまお……じゃない、ライラさんですか…………の」


 リュウセイの比較にトップ・プロが出たことに驚きはなかった。

 トップ・プロたちはみんなそのゲームプレイで観客を魅入らせる。

 イツワは実際にリュウセイとやり合いそのアバター操作技術に魅せられて、トップ・プロと同じものを感じていた


「さすがに比較は今のライラちゃんじゃなくて、二年前のライラちゃんだけどね。でも、もしかしたらリュウセイ君もいつか異名がつくのかしら?有名な子はみんなついてるから可能性がありそうね」


「【魔王】が異名のライラさんの比較ですから、さしずめ【勇者】ですか?うーん……一条には似合わないですねぇ。【魔王軍幹部】とかのほうが似合いそうです」


「あら、意外といいじゃない【勇者】。ほら、【魔王】と【勇者】が付き合う物語もあるからいけると思うのよ。ふたりとも気が合いそうだし」


「なにがいけるですか。勝手にくっつけないであげてください。一条がライラさんのファンに狙われ――――ん?気が合う?」


「ええ、ふたりとも戦闘狂だからね」


 その言葉に、納得する。

 伝え聞くライラの噂とリュウセイには似ているところがある。

 どちらも負けず嫌いで、戦いになると熱くなるタイプだ。


「でも、ふたりに接点がないから気の合いようもねぇじゃないですか。まあ、一条だったらすぐにプロになれそうですけど」


「プロ……プロね~…………ねえ、イツワ君。もしリュウセイ君がプロを目指しても、期待してる!とか、こんな活躍をして欲しい!って言っちゃダメよ。それは――――」


 祈りと同時に呪いになるから。とプロの経験があるメリーが語る。

 プロ選手の輝かしい活躍にあこがれてその道を選ぶ人はたくさんいる。

 しかし、すべての人がプロになれるわけではない。

 なれない人のほうが多い。

 実力や人気が足りないなら仕方ない。

 けど、実力と人気があってもなれない人がいた。

 その人たちのほとんどが周囲のからのプレッシャーで潰れてしまう。


 無邪気な期待の言葉ほど残酷なものはない。

 なぜなら、期待されるということは、それに応えなければ落胆されということだ。


 期待は重圧になり。

 無理してでもそれに応えようとしてしまう。

 応えてもなお求められてしまう。

 この人ならできると悪意もなしに。

 

 メリーはそうして抱えすぎたに押しつぶされ、そのまま消えてしまう人たちを見送ってきた。


「――――大好きだったゲームを恨みながら辞めて、最後は「こんなのやらなければよかった」、「時間の無駄だった」って聞くのはつらいのよね…………」


「そうですね。注意されなかったら言ってたかもしれません…………」


「――――って、ゴメンね。暗い話をしちゃって。遊びの場でする話じゃなかったわ。まあ、要は過度な期待と望みは厳禁ってことね!ゲームは楽しくするのが一番なんだから!」


「ですね。――――あっ!もうこんな時間か。俺たちも帰りますね」


「そうね。じゃあ、またのご来店お待ちしております♪」


「はい。またきます」




 別れの挨拶をすませて店を出るイツワたち。

 店の外はすっかり暗くなっていた。

 帰り道が逆方向の友人ふたりとは途中で分かれてひとりで路地を歩いている。

 イツワは面白いヤツに出会えたことで機嫌がよく、軽快な足取りだ。


 だが、その機嫌を急転直下させる人物が暗い路地の影から出てきた。


 辺りは真っ暗。

 大通りから届く街灯の光でなんとか道が見える程度だ。

 それでもはっきりとその人物の顔が見えた。

 【ニューロアーク】の機能に『視覚の拡張』というものがある。

 これは視力の向上のほかに『暗視』という効果がついている。

 限度はあるが暗い場所でも行動することが可能だ。

 その機能をONにしていたから顔が判別できた。


 その顔を確認して顔をしかめる。

 その人物は悪名が高いからだ。

 その人物の本名は知らない。

 だが、何て呼ばれているかは知っている。

 イツワはが大嫌いだ。

 のせいでメリィの店にいわれもない悪評が立ったのだ。


『暗視』が見せるモノクロの世界でも、その派手な髪の色は想像できる。

 以前、少し話をした程度だが、嫌いになるには十分な時間だった。

 最大限の嫌悪をこめて、その人物のプレイヤーネームを呼ぶ。


「どのツラ下げて姐さんの店に近づいてんだァ。――――【アリスレイタ】」


アリスレイタと呼ばれた人物は嫌悪を向けられても貼り付けられたような笑顔を崩さず、気軽に挨拶で返した。



「こんばんわ~、イツワくん。星がきれいな夜ね~」



 雲で覆われた空に星は見えなかった。



 ◆



 プレイヤーネーム【アリスレイタ】。


【クロスライブ】で【ロスト・フォークロア】を中心に配信や動画を投稿して活動する企業に所属していない個人配信者である。


 年齢は二十歳前後。

 派手なゲーミングカラーのセミロングの髪が特徴的。

 間延びしたしゃべり方にいつもニコニコした笑顔。

 一見すればかわいらしい女性に見えるだろう。


 


 イツワはアリスレイタが起こしてきた数々の問題行動を知っている。

 だから、警戒をする。

 今度はどんな問題を起こしに来たのかと。


「テメェ…………また姐さんに迷惑をかけるつもりか」


「え~なんのこと~?もしかして、のこと言ってるの~?私はなにもやってないよ?リスナーさんが勝手にやったことだし~」

 

 神経を逆なでるような間延びしたしゃべり方をするアリスレイタ。

 そのとぼけた態度がイツワを激昂させる。


「ふざけんなッ!テメェは、そいつらが何をやってるのか知ったうえで止めなかっただろうがッ!!どうせお前が――――」


 指示したんじゃないか。

 その言葉を声に出す前に、アリスレイタに遮られる。


「まあまあ~落ち着いて~。今日はM――――命理メイリさんに用事じゃなくて。君に用事があるの~」


「はぁ?」


「本当は他のふたりも居たらよかったけど、いないから君だけに頼み事~」


「知るかッ!!用件がそれだけならは俺は帰る!」


 イツワはアリスレイタに怒りを隠さずに横を通り過ぎていく。

 その背中にぽつりと言葉を漏らす。


「男三人に襲われた女の子」


 ピタッと歩みが止まった。


「たまたま私のチャンネルに情報提供があってね~。なんか今日このあたりでコワイ顔をした男三人に女の子が絡まれたんだって~。こわいね~。イツワくんなにか知らない~?」


「…………」


「無視はひどいな~。まあ、続けるね~。それで以前、私が揉めた店と場所が近いからなにか関係あるんじゃないかってことになって、私に話が来たの~。ねえ、イツワくん?もしリスナーさんがこのことを知ったらどうするのかな~?また同じ――――」


「あっちが勝手に驚いただけだ!俺たちは何もやってないッ!」


 イツワは自分の無実を訴えた。

 だが、それを知ったうえで話を続ける。


「うんうん。それは知ってるよ~。女の子から聞いたからね~。――――でもね?私のリスナーにとっては真実なんてどうでもいいの。本物なんていらないの。自分が信じたいことだけがすべてなの。騒げればそれでいい――――な~んてね」


 間延びした口調から一転して、雰囲気が変わったアリスレイタ。

 最期はおどけた口調になったが、間に漏れたのは本音かもしれない。


「このままいけば前回の繰り返しじゃない?でも、イツワくんが頼みごとを聞いてくれたら~、この情報は私のところで握りつぶすよ?まだほかの誰にも知られてないし~女の子にはこっちで話を止めるよう説得するよ?」


「――――そこまでして、こっちになにをやらせてぇんだ」


 企みが思い通りにいったことを確信したアリスレイタはニヤリと笑った。




「私の――――【アリスレイタch】の企画に参加して欲しいの~」


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