第15話 はじめての探索
「マスターに迷惑はかけさせません!」
ふんす!とやる気をみなぎらせるエト。
「そうと決まったら早速行動するのです!」
「待て、待てエト。SNSっていろいろあるけど、どれを使うつもりなんだ?」
『なるべく情報を広く伝えたいので、一番人気のある【クロスライブ】を考えているのです!』
【クロスライブ】――全世界でたくさんの人が利用する大手の動画共有サービスだ。
XR(クロスリアリティ)に対応しており、【ニューロアーク】による拡張現実や複合現実を使用して動画視聴が利用可能なSNSとなっている。
『その【クロスライブ】に、エトが顔出し配信者として情報を伝えていこうと思うのです!エトの情報を出すことで別の問題が発生するかもしれませんが、そちらは心配いりません!なぜなら――――』
エト曰く、いまSNSのアカウントを開設すればそれなりの導線で人を引っ張ってこれる。その人たちに情報を与え、満足してもらい、拡散をストップしてもらう。それで事態が沈静化すればいいのだが不安要素もあるという。
それは、エト自身の希少性だ。
エトは、たった一機の現在稼働する【スターロードシリーズ】のサポートAIだ。
その情報を隠しても、エトの特異性を考えればすぐにバレてしまうだろう。
どんな手を使ってでも奪おうとする者が出てきても不思議ではない。
Xroad製の盗難防止機能がエトのドローンには装備されているとはいえ、少人数ならともかく、大勢でこられると対処が難しくなるのだという。
それならば、その人数を削ればいい。とエトは言い放つ。
要は、エトを手に入れるメリットよりもデメリットを大きくすればいいのだ。
エトは、自分のバックにはXroadがいるのだとアピールして牽制するのです!と堂々と虎の威を借る宣言をした。
大企業であるXroadの名前を出せば、リスク勘定ができる大抵の相手は手を出さなくなり、それでも手を出そうとする少数はエトが適切に対処するらしい。
この作戦はSNSで話題になっている今だからこそできる芸当であり、他の方法も検討したがこれしかないと判断したらしい。
しかし、リュウセイはそもそもの問題点を指摘する。それは――――
「――――ていうか、そもそもエトに配信者なんて出来ないだろ」
『なにを言うのです。エトの性能を持ってすれば配信だろうが動画投稿だろうが楽勝なのです!それに、かわいいAIが配信するだけで話題性は抜群なのです!』
「いや、ちが――――」
『見てください!この愛くるしさ、いじらしさ、庇護欲をそそりまくる仕草!どうです?エトは完璧で究極のAIなのです!』
エトはあざといポーズを次々に決めていく。両手を頬に当てて照れたり、ウィンクしたり、見せつけた後はドヤ顔浮かべ胸を張っていた。
「いや、そうじゃなくて。お前って社外秘の塊だろ?大っぴらに公表したらまずいんじゃないか?」
当然の疑問だった。が、エトは初めて気づいたという顔だ。
有能そうでどこか抜けているエトをリュウセイはジト目で見る。
「お前……今気づいて――――」
『そ、そ、そ、そんなこと、あ、あるわけないじゃないですか!エトは完璧で究極のAIなのです。今から許可を取ろうと思っていたのですよ。本当なのです!じゃあ、お兄さまとお姉さまたちに許可をもらってくるのです!』
「え?」
お兄さまと――お姉さまたち……エトが最初のころにその単語を零してた記憶がある。その言葉からリュウセイはエトの同系統のAIだと思っていたが、どうやら違うらしい。許可を出すということは通常のAIにはできないはずだ。それじゃあ、いったい――――リュウセイが考えている間に、エトはどこかに連絡を取り話を進めていた。
『はい――はいなのです――ありがとう!キリお姉さま大好きなのです!』
エトは通話を切り、満面の笑みを向ける。
『マスター、お兄さまとお姉さまたちからの許可をもらったのです!しゃべっちゃいけないところはコッチで禁則指定するから、自由にしていいって!』
「え?いま、話してたのってXRoadのお偉いさん?エトはそんな人に直通で繋げられるのか?」
『う~ん?XRoadのお偉いさんとは少しちがうのです。お兄さまやお姉さまたちは――≪禁止事項に抵触します≫――あ、しゃべっちゃいけないみたいなのです。秘密なのです!』
口の前でバッテンをするエト。いま一番気になる情報が手に入らない。
「すげえ気になるな……まあ、話せないなら仕方ないか――――しかし、許可をもらったのはいいけど、エトだけを矢面に立たせるのは気が引けるんだが…………」
『マスターも配信者になりたいってことですか?』
「ちがう」
即答だ。
だが、エトは気にせず続ける。
『マスターの心意気は買うのですが、ごめんなさいなのです。マスターは目がこわいからリスナーさんが逃げ――――いえ、なんでもありません。ここはエトにお任せください』
「違うからな!その『どうやったら傷つけずに断れるのか』って顔やめろ!」
その後も、無人AIタクシーの中で騒がしいやり取りを交わて、それはミズキの家に着くまで続いた。
◆
「エト……ここで合ってるよな」
『はい、間違いないのです。すごく大きなお家なのです』
無人AIタクシーが高級住宅街にリュウセイたちを降ろして去っていく。
目の前には立派な門構えの家に圧倒される二人。リュウセイは緊張のため息を飲み込む。
「……なんかすごいお金持ちなヤツっぽいなぁ……」
『セキュリティもバッチリそうなのです』
地元にあるミズキの家も大きかったが、これはそれ以上だとリュウセイは感じていた。
<ピコーン>
「ん?」
リュウセイとエトが門構えの前で立ち尽くしていると、メッセージの着信音が響く。【ニューロアーク】を確認するとミズキからだった。
【不審人物を発見した驚くネコ】と【もしもしポリスメン?と連絡するネコ】のスタンプが送られてきた。リュウセイはため息を吐きながら、返信をする。
:見えてるならこの立派な扉を開けてくれ
その返信後、すぐに扉が開いてその先にミズキが待ち構えていた。
「おっそいのデス。もうあたりは真っ暗デスよ」
そう言って、頬を少しふくらませた。ミズキのプチ不機嫌モードだ。
「わるい、わるい。つい楽しくてさ、時間の感覚がなくなってた」
「はぁ~、まあいいデス。別に、トラブルに遭っていたわけではないのデスよね?」
「おう。普通にゲームして遊んでただけだな」
『え?』
リュウセイは裏路地のことや、変な髪の色のヤツのことはトラブルにカウントしていないようだ。
「……エトちゃんの反応で察したデス。まあ、ケガとかないみたいだからいいデスけど……ここで立ち話もなんですから、ウチの中に入るデスよ」
リュウセイとエトは、ミズキの後に続いて家の中へと入っていく。
「いやー、本当にすごいな……さっき庭にあったのはプールか?親父さんかなり頑張ったんだな…………」
「家族にいい暮らしをさせるんだ!って、はりきってた結果デスね。まあ、その分、仕事で苦労してるみたいデスが」
「あー、親父さん家族のためなら無理しそうだもんなー。あれ?そういえば、親父さんとおふくろさんは?」
「なんかお父さんが急に会社に呼び出されたのデス。新型AIに関する緊急対策会議がー、とか言って。今日だけはやめてくれって粘ってたけど、最後は渋々と出かけたのデスよ。お母さんはお父さんを抑えるストッパーとしてついていったのデス」
ちょうど、りゅーとすれ違うように出ていった、とミズキは言う。
タイミング的に【エトのおねがい】と無関係ではないような気がした。
『はあー、ルークおじさん大変なのですねー』
「いや、お前…………」
元凶かもしれない本人は完全に他人事として聞いている。
その後、ミズキは新居のお祝い会をどうするかとリュウセイに聞いたので、一・二時間後に帰ってくるらしいミズキの母と一緒にしようという話になった。
その間、ミズキと別れた後の出来事をエトが誇張を交えながら語っていき、【レコードブック】の話が終わったあたりで、ミズキの機嫌が悪くなる。
なんでも、自分がいないとこで盛り上がったのが面白くないとのこと。
「わたしも一緒に遊びたかったのデスよー!【新領】はわたしも楽しみにしてたのデス。りゅーだけずるいデスよ!」
「あー、成り行きだったからな。明日、一緒にやろうか」
「今日が良かったデスよーー!!」
「えー…………もう遅いし、まだゲームのダウンロードもしてないんだろ?」
「そうデスけど!」
わがままを言う子供みたいに拗ねてるミズキ。
そんな様子を見かねたエトがひとつ提案をする。
『じゃあ、【同行者モード】で【探索】に行ってみるのです?』
「「【同行者モード】?」」
◆
【神星領域:ロスト・フォークロア】というゲームは戦闘が派手でそればかりに目が行きがちだが、メインになるのは【探索】になる。
【伝承石】の痕跡を集めて探し出し、道中に落ちている色んなアイテムを収集、クエストの情報を入手したりと、現実のアメノハラを自分の足で歩いて調べていくことがこのゲームの醍醐味と言える。
そのため探索をする際は常にゲームマップを開きながら移動することになる。
【伝承石】の場所やアイテムなどは、ゲームマップを開くとアイコンで表示される。ただし表示される範囲は決まっており、初期範囲はプレイヤーの半径50メートルの円状だ。そして、時間帯やプレイヤーの行動、ランク、取り込んだ【伝承石】の効果によって得られる情報が変化する。昨日は何もなかった場所に、今日は新たな発見をしたなどよくある話だ。
本格的に【探索】するとなると時間はかかるが、近所をぶらぶらするくらいなら、そんなに時間もかからない。
さらにこれには【同行者モード】があり、プレイヤーが同行者を設定することで、ゲームをやっていない人でもプレイヤーと同じ体験ができるという機能が存在する。
エトはその【同行者モード】を使って【探索】に行ってみてはどうかと提案した。
そして、いまリュウセイは街灯で夜道を明るく照らされた住宅街の道を、談笑しながら散策したいた。
「――――よし、アイテム発見!って【空き缶】!?普通にゴミじゃねえか!」
『換金アイテムなのです。ゲーム内ショップで売れるのです。売値はゴミですが』
「ぷぷっ、りゅーさっきからゴミばかりデス。あっ、こっちもあった……【空きビン】?」
『それも換金アイテムなのです。当然、売値はゴミなのです』
「はっはぁ!そっちもゴミじゃねえか――あぶっ!投げんな!」
「3Dオブジェクトだから当たらないのデスよ――残念なことに」
ミズキが投げた【空きビン】がリュウセイのインベントリに吸い込まれる。
この【同行者モード】で見つけたものは、すべてゲームを起動しているプレイヤーのものになる仕組みだ。
「当たらなくてもこわいんだよ……いま残念って言った?」
『マスター、早く探さないとこのままでは負けが確定なのですよ』
リュウセイとミズキは、どちらがいいものを多く見つけられるか勝負をしていた。
リュウセイは歩きながらも手に入れたものを確認していく。
空きビンに空き缶、割れたビンの破片×2、下級体力回復薬×2。回復薬以外ゴミばかりだ。
「うーん……ゴミが多いな。やっぱりレアって中々でないんだな」
『そりゃそうなのです。マスターのランクは低いですし、簡単に見つかるならレアじゃないのです』
「勝負は下級体力回復薬を二個みつけたわたしの勝ちデスね。にしても、りゅーの【星詠みの導き・真伝】って便利デス」
「ああ、探索範囲の拡大って最初は微妙かと思ったけど、使ってみると必須スキルだよな」
いまリュウセイたちが見ているゲームマップには通常の探索範囲、半径五十mの円状範囲を囲むように、プラス五mの赤い探索範囲が表示されている。
この赤い探索範囲が【星詠みの導き・真伝】のスキル【探知?★1】の効果である。
たかがプラス五mの効果なんて大したことはないと思われがちだが。探索システムの性質上、この効果はかなり有効である。なぜかというと、半径五十mの探索範囲とあるが、これは範囲にあるものがすべて把握できるわけではない。
近くにあるものは反応が強く、遠くにあるものは反応が薄いか見えない。
初期範囲なら目の届く範囲しか反応をキャッチできないが、これに【探知?★1】スキルが加わると、反応をキャッチできる範囲がさらにプラス五m追加される。
探索が重要となるゲームでこの効果は馬鹿にできない。
だからこそ、リュウセイも必須スキルだと言ったのだ。
「近くにアイテムの反応はないデスから、そろそろ帰るデス」
「ぐッ!このまま負けるのかッ……いや、諦めないぞ!」
『マスター、そんなガッツを見せる場面ではないのです。諦めるのです』
「んぐぐっ…………ん?これは――――」
負けず嫌いなリュウセイは、勝ち筋を探すためにずっとマップを見つめていた。そして、見つけた。勝ち筋を。探索範囲ギリギリに見える消えそうな薄いアイコンを。
それは【伝承石】のアイコンだった。
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