第14話 掲示板と断固たる決意なのです!



 日が落ち始めて、さらに薄暗くなり始めた裏路地をリュウセイは走る。


「ヤバい、ヤバい、ヤバい!ミズキ、時間にうるさいから早く帰らないと機嫌が悪くなるッ。あっ、メッセージ返さなきゃ!」


『大丈夫なのです。エトがちゃんと事情を説明したメッセージを送っておきました!』


「ナイスッ!さすが超高性能なサポートAI!ちなみに、なんて?」


『褒められたのです!えへへ♪えーと内容は……『マスターは薄暗い裏路地で、綺麗なおねえさんがいるお店に誘われたのです。店内で色々と楽しんでたので遅くなるのです』って、送りました!ミズキおねえさんの返信は、ドン引いたネコのスタンプなのです』


「なんだ、そのいかがわしい文面は!?ミズキ、引いてんじゃん!?オレ、どんな顔して帰ればいいんだよ!」


『嘘は言ってないのです。ちゃんと事実を簡潔に説明しているのです』


「言ってないけども!簡潔すぎて別の意味に聞こえんだよ!もう少し説明を足しといてくれ!」


『む~……マスターはワガママなのです』


「ワガママかなあ!?」


 そんな騒がしいやり取りをしつつ大通りに出た。

 裏路地とは違い人が多い。当然、注目が集まる。

 リュウセイはその視線に居心地の悪さを感じながらも大通りを進んでいく。

 そんな中、ひとりの女性が声をかけてきた。


「ねえ君、ちょっといいかな~?」


「はい?」


 振り返るとそこには、派手な色の髪――おそらく仮想映像――の女が立っていた。


「その隣の子、AI?すごいね~。そんなかわいくて感情豊かな子、見たことないよ~」


「……はあ、なにか用ですか?」


 いきなり声をかけられて警戒したリュウセイは、少しぶっきらぼうな口調になる。だが女性は気にせずに話を続けた。


「私ね~、【クロスライブ】で動画の配信とかやっているんだけど、知らない?……知らないか~、世間知らずなんだね~。まあいいや。それより困ってるから助けて欲しいの~」


 間延びした口調で一方的に語る女性。

 人によってはかわいいと感じるだろうが、リュウセイにとっては不快に感じた。

 あまりにも演技くさかったからだ。


「ちょっと配信がマンネリしてて~、刺激がほしいな~って思ってたの。それでがあったから、その場所に向かって歩いてたらね~を発見したの!そう君のAI!この子を使ったらもっとリスナー増えそう~、って思ったの。だからね~――――


 上目遣いでどこか計算されたような顔の角度でリュウセイを見上げる。


 ――――その子、頂戴?」


「は?」


 リュウセイは、一瞬なにを言われているのか分からなかった。

 言葉は理解できるがその内容が理解できない。

 百歩譲って買い取りたいならまだ理解できる。

 だが、目の前の人物はタダで貰えることが当たり前だと思っている。


 そもそも、エトを譲って欲しいという提案自体が不快である。

 リュウセイにとってエトはもう家族みたいなものだ。

 どんな条件を出されてもエトと離れる気はない。


 目の前の人物に関わりたくない。そう思ったリュウセイは早々に会話を打ち切ることにした。


「……オレもう帰らないとなんで」


「え?なんで?まだ話が終わって――――」


『おねえさん、そこまでなのです。これ以上続けるなら通報するのですよ』


 いつもニコニコしているエトが真剣な顔で警告する。

 周りには、不穏な空気を嗅ぎつけた巡回用のドローンが、リュウセイたちを見ていた。それを目線だけで確認した女性は態度がコロッと変わる。


「アハハ、冗談、冗談よ~。本気にしちゃった?ゴメンね~、でも気が変わったらDMを頂戴ね~。【アリスレイタch】で検索すれば分かるから~」


 女は貼り付けたような笑顔で軽く手を振りながら、その場から去っていった。


『……なんなんですか、あのおねえさん?』


「オレも分かんねえよ。それよりも急いで帰るぞ。また絡まれたくないし」


 リュウセイたちが離れた後、派手な色の髪をした女が薄暗い路地に入り、誰に聞かせるでもなく呟く。


「これでいいよね――――おっと、口が滑っちゃった~。周りには誰もいないとはいえ気をつけないとね~。キャラは守らないとね。あの子が手に入らなかったのは残念だけど、に戻るだけだしね~」


 口では残念と言っているが特に未練もなさそうに、女は路地裏の奥へと消えていった。



 ◆



 リュウセイは無人のAIタクシーを拾いミズキの家に向かう中、エトに疑問を投げた。ちなみに移動中、エトのドローンはリュウセイの膝の上に置いている。


「そういえばあの変な髪色のヤツ、エトのことを話題の子って言ってたけどなんか知ってるか?」


「うーん?……少し調べてみるのです。――――あっ、これなのです」


 エトが空中に映像をひとつ浮かべリュウセイに見せる。それは掲示板サイトの【ロストフォークロア】のイベントスレだった。投稿時間を見ると、リュウセイが駅構内にいた時間だろうか。それを見てリュウセイは顔をしかめる。


 ▼


 0032名無しの語り手

 :なあ、アメノハラ駅で【神領】のイベントやるって

  だれか聞いてる?


 0033名無しの語り手

 :3月末はイベントが少ないなー

  4月になったらイベント目白押しだから

  嵐の前の静けさかねー


 0034名無しの語り手

 :>>32 聞いてないな。なんかあったのか?

  >>33 それでもプレイヤー主催イベントが30以上あるけどな


 0035名無しの語り手

 :32なんだけど、なんかかわいい女の子……多分AI?の

  ホログラムが、【神領】の新規向けPRみたいなことしてた

  公式の通知もないし、誰か知らないかな?


 0036名無しの語り手

 :かわいい女の子!詳しく聞こうじゃないか

  ちなみに俺は知らん 


 0037名無しの語り手

 :かわいい女の子と聞いちゃあ、黙ってられないな

  あと俺も知らない


 0038名無しの語り手

 :36、37www

  あっ、僕も知らないです


 0039名無しの語り手

 :誰も知らないんかいw

  

 0040名無しの語り手

 :イベントかどうかわからなかったけど

  動画サイトにそれっぽいのがあったから貼っておきます

  ↓

 crosslive.com/xxxxxxxxxxxx


 0041名無しの語り手

 :>>40ナイス

  おお、たしかにかわいいなこのホログラム

  通行人にはさすがにぼかしがかかっているが

  みんなこの子を見てるのが分かるな

  

 0042名無しの語り手

 :出来が素人の仕事じゃないな……このクオリティはX《クロス》Road?

  だが、この表情、体の動きの滑らかさ従来のものとは違いすぎる。

  これを投影しているドローンも通常の技術と少し違う。まさか次世代機か?


 0043名無しの語り手

 :見ただけで分かるのか、俺には違いが分からん

  なにもんだよ42……

  でも、それなら公式から告知がありそうだけどな。【神領】の大本だし


 0044名無しの語り手

 :それなー。あとこのモデルは初めて見るな。

  新型のお披露目イベントの可能性もあるか?

  ん~……情報が少なすぎる。分からん!


 0045名無しの語り手

 :こまけーことはいいんだよ!!

  カワイイ←これ以上に重要な情報なんてない!

  俺はこの子の情報を集めるぞ!


 0046名無しの語り手

 :へっ、お前だけに行かせるかよ

  俺も行くぜ


 0047名無しの語り手

 :僕も微力ですが協力しますよ

  SNSで情報提供を呼びかけます


 0048名無しの語り手

 :>>46>>47おまえらッ(´;ω;`)ウッ…

  

 0049名無しの語り手

 :はいはい、茶番はそこまでなー

  スレチだからな。話したいなら別スレ立てな


 0050名無しの語り手

 :おう!悪かったな

  じゃあ早速、立てるか!

  みんなついてこい!!


 ▼


『――――て感じで、エトの情報を求めるスレが立って盛り上がっているのです。マスターと一緒のところも撮られて、それがSNSにアップされて拡散されているのです。さすがに個人を特定できないようにマスターの顔はぼかしてありますが』


 とりあえず、リュウセイはどういった状況に置かれているのか理解した。

 理解して、 頭を抱えた。どうやらエトがとても注目を浴びているらしい。

 これからの行動について考えていると頭が痛くなる。


『いまは個人の所有者がいるんだから、入手ルートがあるはずだ!と情報をさらに集めている最中ですね。所有者に凸しないように注意喚起してるから、このスレの人たちは問題ないと思うのです。問題は――――』


「変な髪色のヤツみたいなのだよな~……どうっすかな。SNSの投稿を削除してもらうか?」


 エトは首を振りの提案を否定した。

 たとえSNSの投稿が削除されたとしても、情報を持っている人が何処かにいる限り拡散は止まらない。それに時間がかかりすぎる、とエトは告げる


「なら、エトには窮屈になるが人前に出ないように隠すしかないか……」


『それはダメなのです。いまエトを隠せば状況が悪化するのです。』


 なぜなら


『エトの存在が謎だからみんな情報に飢えるのです。情報は謎が多いほどたくさんの興味を引きます。人の好奇心をなめてはいけません。秘密はネットがあればすぐ暴かれるのです』


 エトの声が真剣だ。そして、どこか怒りが滲んでいるように感じられる。

 その怒りの理由は、おそらく――――


『すでにマスターの写真が出回ってる可能性があります。いまはおとなしい人たちも、時間が経過すればれてマスターに突撃するかもしれません。迷惑がかかることを考えずに……マスターはこれから楽しい学校生活を送るのです。なのにそんな雑事に煩わせるわけにはいきません』


 ――――リュウセイに迷惑をかけるきっかけを作ってしまった自分自身。

 だが、いくら反省しても時間は待ってくれない。

 このままではいずれリュウセイにさらに迷惑がかかることは明白だ。

 だから、そうなる前に手を打つ必要がある。


『ならば、解決策はひとつです』


 エトは片手をあげ、指をひとつ立て天を指し、ポーズを決めながら宣言する。

 これはサポートAIである自分がマスターを守る。

 その覚悟を天に示すための儀式だ。


『エトの存在を謎にしなければいい、オープンにするのです。そして、注目を浴びている現状を逆利用します』


「逆利用?どうするんだ?」


『SNSのアカウントを開設して、エトが表に出ます。話題がホットなうちにフォロワーを獲得して、情報を広く発信するとともに世論を味方につけ、うかつに手を出させなくするのです』


 エトのその瞳に強い意志が宿る。



『マスターに迷惑はかけさせません!』



 断固たる決意でそう言い放った。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 ●"神領"

  神星領域の略です。

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