第13話 トップ・プロ

9/25改稿済み

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「つっかれたーー!!でも楽しかった!」


 床に大の字で倒れ込んだのは先ほどまでの激戦を制したリュウセイだ。

 本人はほとんど動いていない。

 けど、限界を超えた思考操作で精神の疲労はピークに達している。


『マスターとてもすごかったのです!マスターはいつからあんな動きができるようになったのですか!?稽古ではマナおばあちゃんにボコボコにされてたのに!もしかして覚醒イベントですか!?チートを手に入れたのですか!?』


 倒れた主に寄り添うエト。

 リュウセイの戦いぶりを見て、両手をブンブンと振りながら興奮していた。

 興奮しすぎて思考が明後日の方向に飛んでいる。

 エトにラノベを見せるのは控えよう、とリュウセイは心の中で誓った。


「そんな都合のいいもんねえよ」


 ただ、動きがよく【視えた】だけだ。それを口の中だけでつぶやいた。


 疲れがマシになったリュウセイは立ち上がって伸びをする。

 その表情はやり切った感が溢れていた。


「いやあホント勝ててよかった……最後のはさすがにギリギリだった。格好つけといて負けてたらメッチャ恥ずかしかったぞ」


 リュウセイは勝利したことに安堵しつつ、勝てたことに喜びを感じていた。

 そんな彼の元に歩み寄る足音がひとつ。


「なあ一条よぉ。そこのAIじゃないが俺も気になるな。さっきのアバターの操作技術、誰かに教わったのかよぉ?」


 そこにいたのは負けたはずなのに笑顔を浮かべるイツワだった。

 負けたことを気にした様子はなく、むしろ嬉しそうにしていた。


「いや、XRゲームもやったことないド初心者だよ。もしかして、オレって才能ある?」


「そうね。他の技術は分からないけど、少なくとも操作技術だけはプロの領域に迫ってるわね」


「え?」


 冗談交じりで言ったことが、まさかの肯定が返ってきてリュウセイは固まった。

 そして、後ろを振り向くとメリーが立っていた


「お疲れ様、リュウセイ君。とてもいい試合だったわ。私もプレイヤー時代の血が滾ってしまったわよ。あー……久しぶりにやろうかしら」


「マジですか、姐さん!?」


「おっ、いいですねー。疲労が取れてきましたし、一戦やります?」


「あら、若いわねー」


「一条、おまっ!?さすがに無謀すぎるぞ!?」


「何言ってんだ?武藤さん」


 慌てた様子で引き留めようとするイツワに、リュウセイは疑問を浮かべる。

 何も理解してないその様子に、イツワは深いため息を吐いた。


「姐さんは、【神星領域:ロスト・フォークロア】の元トップ・プロだ。このゲームをやるならその辺の知識も入れておけ」


 リュウセイは驚きの表情でメリーのほうを見た。


「選手時代は【MRY】ってプレイヤーネームで活躍してたのよ。二年前だけどね」


 メリーはニコニコしながら、どこか恥ずかしそうだった。



 ◆



【神星領域:ロスト・フォークロア】には、ランク別の大会が毎月どこかで開催されている。

 その中でも、上から2番目のランクの大会は人気イベントとなっている。


 この上から2番目ランク以上の大会に参加できる資格があり。

 企業のチームに所属しているプレイヤーをプロと呼ぶ。

 プロプレイヤーは人気によってピンキリだが。

 その収入は低くても二十代会社員の平均年収を軽く超え。

 高ければ海外の人気スポーツ選手と同じ収入になる。


 その他にも、企業からゲームのプレイ環境向上のために機材の提供があり。

 なにか問題が起こったときにはサポートを受けることも出来る。

 さらには、自身の知名度によってはアイドルになったりすることも可能だという。


 もちろん良いことばかりではない。

 プロプレイヤーは企業の看板を背負い。

 スポンサーロゴの入った装備を身につけてイベントに出場。

 企業の広告塔としてCMに出演。

 その重圧は凄まじく、成績や人気が出ないと解雇されることもある。

 非常にシビアな業界になっている。

 だが、それを理解していてもなおプロを目指すプレイヤーは多く存在する。


 単純に金銭目的で目指す者。

 ゲームなら誰にも負けないと自負する者。

 誰かに自分の存在を認めてもらいたい者。

 あこがれを胸に秘め挑戦をする者。


 理由は様々だが、誰もが大舞台で華々しい活躍が出来ることを夢に見ているのだ。


 そんな、プロの中でもさらに一際輝く存在が【トップ・プロ】たちである。

 彼・彼女らは全プレイヤーの頂点であり。

 常に最前線でゲームを開拓していく。

 そのゲームプレイには人を惹きつける魅力が存在していた。

 勇猛なるアバターを操作して難敵を打ち破る。

 その姿は【英雄】に例えられるほどだ。



『――――そのトップ・プロのひとりが、メリーおねえさんだったのです。まあ、エトは最初から分かってたのですけどね!』


 プロって実際どんなもんなんだ?という、リュウセイの質問。

 それに対して空中に映像を浮かべサポートAIらしくエトが説明していた。

 まあ、最初から知ってた云々うんぬんは疑わしいが。


「姐さんは有名な大会で優勝経験のあるレジェンドだから、当時は知らないヤツなんていなかったんだがなぁ~…………年月の経過を感じるぜぇ」


「いや、すいません。勉強不足でした」


 リュウセイは申し訳なさそうに頭を下げた。

 対して、メリーは気にした素振りもなく朗らかに話す。


「別にいいのよ。あれからたくさんの子たちが活躍してるから、最近はじめた子が知らないのも無理ないわよ」


 それに


「自分で言うのもなんだけど、昔は尖ってたからねー……いまとは雰囲気も格好も違うから昔の知り合いでも分からないと思うわ。イツワ君も最初は気付かなかったし。本人を目の前にしてあこがれのプロは【MRY】です!とか聞いたときは、吹き出すかと思ったわ」


「うっ!オイラの黒歴史ッ」


「へー、そんなに違うんですね。――ん?なにやってんだ、エト?」


 エトのまわりに動画サイトの画面が浮かび上がり、動画を再生しようとしていた。

 タイトルは――――


【ロストフォークロア】大会でも相変わらずなMRY様【MRY切り抜き】


 動画ではスポンサーロゴの入った赤いファンタジー風ドレスを纏う綺麗な女性。

 その隣に赤い甲冑のアバターが映っていた。

 化粧で分かりにくいがメリーの面影がある。

 試合中の動画のようで映像内のメリィが口をひらき――――


『チッ、逃げてんじゃねえッ!テメーら、それでプロ名乗って恥ずかしくねえのか!!』


『オラオラオラッ!!さっさと逝きやがれぇえええ!!!』


『これがァァァッ!!私のファンサービスだァァァァ!!』(殴打)


 ――なんか怖い人が暴れてた。しかも満面の笑みで。


「ちょ、ちょ、ちょッ!?エトちゃん!?何てもの映してるのよ!!消しなさい!良い子だから消しなさい!!」


 メリーが慌てながら動画を止めるように懇願する。

 エトが動画を止め、リュウセイはその映像といまのメリィを三度見で見比べた。


「え?これマジで、メリーさん?え…………え?」


「リュウセイ君、そんな目で私を見ないで!ああ、もうッ!なんでこんなものが残ってるのかしら!!削除依頼で全部潰したと思ったのにッ!!」


『特定の手順を踏んでようやく見られる、シークレットな動画を発掘してきたのです。それを見つけたエトは優秀なのです!ふふん♪』


「そんな手がッ!?エトちゃん、他にもない?全部潰すから」


 この日、メリィのファンが隠していた動画がこの世から駆逐されることが決定した。


「いい、リュウセイ君?あれは企業が私に強要したキャラクター作りなのよ。RP(ロールプレイ)なの」


「え……でも、動画の中じゃあ満面の笑顔で――――」


「RPよ」


「アッ、ハイ」


 有無を言わさない迫力にうなずくしかなかった。

 そういえば、メリィさん裏路地で会ったときガラが悪かったなあ。とリュウセイは思い出していた。


「まあまあ、姐さん。戦闘中に昂ぶって、乱暴な口調になることはよくあることですから。俺も一条もなってますし」


「あ!そういえば、ずっと武藤さんに失礼な口きいてた。――スミマセン!」


「いやいいぞ、さっきのままで。その方が話しやすいしなぁ」


 頭を下げるリュウセイの肩を叩くイツワ。

 言動は荒っぽいが、彼は見た目ほど怖くない人物なのだ。


「まあ、話はだいぶ戻すが、姐さんとの試合はやめとけ」


「「え~~~」」


 「え~じゃないです。姐さんは遠慮してください。俺以上に手加減が下手なんだから。一条が潰れかねないです。初心者ですよ?」


「武藤さん!オレは平気だ!まだいくらでも出来……出来……あれ?なんか忘れて――――」


『マスター。ミズキおねえさんから、メッセージが届いているのです。「まだ帰らないの?」だそうです』


 この店での出来事が楽しすぎてすっかり時間のことを忘れていた。

 焦りが顔に出たリュウセイはすぐに帰らないといけない。

 そうメリーたちに伝えた。


「慌ただしくしてスイマセン!また今度来ますから、今日は帰ります!」


『バイバイなのです!メリィおねえさん、ゴブリンさんたち!』


「……最後までゴブリン呼びかよぉ」


 他の友人ふたりも苦笑する。



「じゃあ、またね。リュウセイ君、エトちゃん。――それでは、新たな【語り手】の旅立ちを祝って、ファンファーレを♪」


メリーが何かを操作する動作をすると、店内に華やかな楽曲が流れる。

その曲に合わせるようにファンタジーな妖精の仮想映像が映し出され。

リュウセイたちを祝福するように踊り舞う。


幻想的な光景にエトははしゃぎ、リュウセイは感謝の気持ちでいっぱいになる。

再びメリーたちのほうに向き直り、手を振る。



「なにからなにまで、本当にありがとうございました!楽しかったです!」



リュウセイは、メリーたちに見送られ世話になった【レコードブック】を後にした。


 ―――――――――――――――――――――――――――――


 ●MRY=メリーって読みます


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