第12話 ゲームは楽しんでる奴が一番強い


 現在、リュウセイとイツワの練習試合が佳境を迎えていた。

 観客サイドで、先ほどまでリュウセイを応援していたエトは、突然沸いたゴブリンの群れに驚く。


『メリィおねえさん、メリィおねえさん!ゴブリンさんのゴブリンが増えたのです!あれはなんなのです!』


「イツワ君、練習であれを使うとはかなりガチになってるわね…………ん?エトちゃん、あれが何か知りたいの?」


「はいなのです!」


「あれはね――――」



【伝承顕現】 ――――それは、【神星領域:ロスト・フォークロア】における必殺スキルである。と、メリィは語る。


 その名の通り、【ロスト・フォークロア】内で語られる伝承の、それに関係のある能力を発現させるものになる。取得条件は伝承の組み合わせや、特殊な条件を満たすことで得ることができ、その効果は千差万別だが強力なものが多い。


 イツワが展開している≪ゴブリン・レイジ≫は、怒れるゴブリンを複数体召喚するものになり、その数の暴力で相手を圧倒するものになる。

 F級のスキルだが、使い方次第で格上にも通用するスキルだ。


【伝承顕現】は強力なスキルだが、代償も大きく、長く使えるものではない。

 そして現在、イツワが展開しているスキルも例外ではなかった――――



 ◆



 リュウセイの銀装アバターは、引き撃ちしながら凄まじい形相で迫りくるゴブリンの数を減らそうとしていた。スキルから生み出されたゴブリンの耐久値は低く、エネルギー弾、二・三発で沈めれるが、減らした端から新しく追加される。

 囲まれないように立ち回っているが、ゴブリンたちは死に物狂いでリュウセイを追い詰めようとしているため、少しでも気を抜けば取り囲まれ、四方から滅多打ちされるだろう。だが、そんな圧倒的不利な状況にもかからわず、リュウセイは楽しそうに笑っていた。


「ははっ!やっぱすげえよ、このゲーム!この臨場感!この緊張感!この自分とアバターが一体になる感じ!すげえ楽しい!!」


 リュウセイはアバターの視界と触覚を共有しているため、まるで自分自身が戦闘をしている感覚が味わえている。そして、自分のイメージ通り動くアバターに興奮しっぱなしだ。だが、そんな高揚した状態でも反撃の糸口を探っていた。


 大抵この手の能力は本体をどうにかすれば消えるはずだが、目の前の存在たちがそれを許さない。突破しようにも手数が足りない。

 ひとつ手はあるが、その方法はリュウセイの祖母のマナが遊びで彼に教えた、映画に出てくるなんちゃって戦闘術だ。のちのち練習してから使おうと思っていたため、試合中に試せるものではない。


 そう考えている間に、弾切れになり銃のスライドが下がりきった。弾倉交換を素早くおこないスライドを戻したが、その隙は見逃されない。


「やっば!?」


 目の前に迫ったゴブリンがショートソードを振る下ろす。構えを解いて、その剣の側面をグリップ下部で叩いて逸らし、そのまま頭部にエネルギー弾を撃ち込み倒す。しかし、後ろから別の個体が接近し、棍棒を振り下ろしてきた。とっさに両腕をクロスにしてガードするが、その衝撃で体勢が大きく崩れる。その隙を逃さず、さらに後方のゴブリン二体が構えてた弓から矢が放たれた。


「そんなんでやられるかッ!全部撃ち落とせ!!」


 リュウセイの声に、銀装アバターが応える。

 目の前にいる個体に、腹に一発撃ち込んでひるませた後に、飛んでくる矢に正確な狙いをつけて撃ち落とす。そして、目の前にいる個体の頭部にエネルギー弾を叩き込んだ。

 一連のプレイを見ていた観客サイドは、リュウセイの活躍に喜んでいるエト以外は呆然としていた。【アシスト機能】を使用していたら出来ない超技。それは、高ランク帯でしか見られない技術であり、初心者がそれをおこなったことに信じられない気持ちだ。試合前のトレーニング風景を見ていたメリィも、実戦でここまで動けるとは思っていなかった。


「すごいわね、リュウセイ君。まるでプロ選手のような動き…………現状の打開策はないみたいだけど、このままいけばリュウセイ君の勝ちね」


 まだ試合が続いている状況なのにリュウセイの勝ちを確信するメリィ。

 イツワの友人ふたりも苦い顔をしている。

 その様子にエトは疑問を覚えた。


『なぜなのです?まだ、マスターはゴブリンさんのゴブリンを、突破できてないのですよ。もしかして、あのスキルは時間経過で不利になるものなのですか?』


 エトの疑問に対する答えは、緑肌アバターの上部にあるHPバーが減りはじめたことで示された。



 ◆



 アバターの上部にはHPとSPのバーが表示されており、イツワのアバターはすでにSPのバーは空になっていて、HPバーも徐々に減り始めていた。

 それに気づいたリュウセイは、イツワを見るが、その表情は笑ってはいるもののどこか苦しそうだ。拮抗状態が続き、HPが減っている状況でも緑肌アバターを動かさないということは、スキル発動中はその場から動けないということだろう。


 強力なスキルだ。それなりにデメリットもあるのだろう。

 このまま逃げ続ければ、勝ちは確実だ。そこまで考えたところでリュウセイは思った。


 そんな勝ち方なんてくそくらえ、だと。


 イツワがせっかくゲームを楽しめる場を用意してくれたのに、逃げ勝ちなんてつまらない勝利をすることは、誰が許してもリュウセイ自身が許せない。

 それに、あこがれたゲームの初試合がそんな結末なんて、必ず後にも引く。

 ならば、目指す勝利条件はただひとつ――――


 この状況を真正面から突破し、イツワのアバターが力尽きる前に討ち取る。


 いまの銀装アバターに現状を打開する突破力はない。

 なら、その突破力を用意するしかない。

 ぶっつけ本番になるが方法はある。

 失敗する可能性が高いが、そんなことは知ったことか、と決意を固めた。

 そうと決まれば迅速に行動を開始する。

 前方のゴブリンを数体怯ませてから、後方に飛ぶ。

 そして、腰の後ろにつけていたもう一丁の拳銃を抜き放つ。

 構えたその姿は――――


『あれは!?マナおばあちゃんが見せてくれた映画に出てくる、二丁拳銃の戦闘スタイルなのです!』


 ガン=カタと呼ばれる架空の戦闘術だった。



 ◆



 イツワはその戦闘スタイルを見たのは初めてではない。

 たくさんのプレイヤ―が参加する【ロスト・フォークロア】では、様々な戦闘スタイルが試されている。その中に、二丁拳銃や二刀流を試すプレイヤーも多くいるが、そのほとんどが挫折している。


 両手に武器を持った時、片方にしか【アシスト機能】が働かず、この時点で初心者は脱落する。次に、【アシスト機能】を使わない実力者たちはその操作難度に諦めるか、配信者などが無理やり使って、配信映えや魅せプレイに徹して実力がともわないものが多い。真に使いこなせるのはトップ層でも上澄みだけだった。


 そんな事情もあり、イツワは両手に銃を構える銀装アバターの操者をにらみつける。

 勝ちが決まって遊び始めたのか、と不快感をあらわにしながら。

 対戦で勝ち確の状態で手を抜くのは明らかなマナー違反だ。それを注意しようとイツワは声を上げた。


「明星ィッ!!テメェ、勝ちが決まったからって遊んでんじゃねぇぞ!なめてんのか!!」


 怒声をぶつけるが、それを受けたリュウセイは動じてなかった。

 それどころか笑みを浮かべ大見得を切る。


「なめてるかどうかは、その身で確かめてみろ!!時間切れなんて待たねえよ。今できるすべてをつぎ込んで――――オレは、アンタに勝つッ!!」


 そう言い放つと、銀装アバターがゴブリンの群れに自ら飛び込んだ。

 その行動にイツワの口角が上がる。


「いい度胸だテメェ!どこまでできるか試してやらぁ!!」


 イツワの意思に呼応したのか、さらにゴブリンたちの勢いが増して銀装アバターに向かっていく。そして、両者がぶつかった。



 狂気の色に染まったゴブリンたちの猛攻が銀装アバターを襲う。

 しかし、冷静に対応した迎撃で撃ち払われていく。これまでだったら、ここで手数が足りず退いていたところだが、いまは逆に一歩踏み出す。

 両手に持つ拳銃が煌めき、縦横無尽に動く腕は目の前の敵を喰らいつくしていく。 武器をエネルギー弾で弾き、足を撃ちぬいた敵を壁にし、それを越えてくる敵を撃墜、飛んでくる矢も迎撃、その合間に片方ずつ弾倉の交換をおこなう。

 その姿は完全にアクション映画の主人公だった。


 だが、その華麗な銃捌きの裏で、リュウセイは脳細胞がショートするぐらいの思考を回転させていた。今日初めて動かすアバター、慣れない二丁拳銃による接近戦、相手の位置を把握し理想の位置を確保するための計算。これらすべてが思考に多大な負荷をかけていた。集中がわずかに途切れたタイミングで、相手の反撃が届くようになり、何度か受けるうちに輝くような銀色の外装がボロボロになっていく。


 それでも、リュウセイは笑う。


 地元でマナと稽古していた時は、体がついてこなかった。

 見えているのに鈍い動きしかしない、自分の身体能力に嫌気がさしていた。

 それがいまではアバターとはいえ、自分の思い通りに動く体がある。

 そのことが嬉しいのだと、楽しいのだと、それが表情に出ていた。


 長いようで短い攻防が終わり、ゴブリンの群れを突破した。

 緑肌アバターの影からまた新たに生み出されていくが、その数は二体しかいなかった。HPにはまだ余裕がありそうだが、なぜ?とリュウセイは思ったが、その答えはイツワの口から語られた。


「このスキルはよぉ。全開にしてる間はその場を動けねぇんだが、この程度なら動きに制限はそこまでされねぇ」


 だから


「最後くらいは、自分が動いてケリをつけねぇとなぁッ!!!」


 決着の時が近づいていく――――



 ◆



 リュウセイ側のアバターは、外装がボロボロでその隙間から光の粒子が漏れていた。

 HPも残りわずかで一撃でもクリーンヒットすれば終わるだろう。

 対するイツワ側は、アバターの外傷は最初に受けたもの以外はなく。万全な状態のゴブリンを二体引き連れていた。

 だが、【伝承顕現】スキルの酷使により、こちらのHPも一撃でも貰えば消し飛ぶだろう。


 両者にもはや言葉はない。

 数瞬の静寂。

 示し合わせたわけでもないのに同時に動き出す。


 銀装アバターの両銃からエネルギー弾が吐き出される。それを、緑肌アバター本体が前に出て小盾で弾き、防ぎきれないものは一体のゴブリンが受け止め、弾け飛んだ。

 防いだわずかな時間で、距離を潰される。

 緑肌アバターは、下から盾を構えかいくぐるように。ゴブリンは、上から飛び掛かるように襲い掛かる。


 上下からの襲撃。


 対応を間違えれば負ける、逃げの手を打っても負ける、必至の状況。

 それでも、リュウセイはためらいもなくアバターを前に進める。

 下からくる緑肌アバターに、牽制でエネルギー弾を撃ち込み、防がせる。

【アシスト機能】の弱点を突くために。


 弱点、それは――――


 両手に武器や盾を持った時に片方にしかアシストがつかないことだ。

 正確には両手に持ったもので、使おうと意識した片方にだけアシストがつく。

 剣で攻撃しようとしたら剣だけにアシストが。

 盾で防御しようとしたら盾だけにアシストが。

 両立はせず、切り替える際にもわずかなラグがある。

 それが、リュウセイが【アシスト機能】を使わない理由のひとつでもある。

つまり、【アシスト機能】使用者のイツワは、攻撃を防いでるときはアシストありの反撃に移れないということだ。


 緑肌アバターをくぎ付けにしている間に、片方の銃を空中に放り投げ、上から襲い掛かるゴブリンに、空いた手で顔面に裏拳を叩き込む。

 空中で数回転したゴブリンが地面に落ち、バウンドして消えていく。


緑肌アバターは、盾でエネルギー弾を防ぎながら、もう片方の鉈を持ってる手をアシストなしで無理矢理振るう。

狙いは足下。アシストありの鋭い一撃ではなかったが、相手のHPを削りきるには十分の威力だ。

 その地面すれすれの攻撃は相手の足に吸い込まれていき――――空振る。


「は?」


 アバターと視界を共有しているイツワの目にはいきなり相手が消えたように見えた。どこに行ったのか?その答えは、盾を掲げていたほうの腕に重みが加わったことで理解する――――上を見上げた。


そこには盾を踏み台にした銀装アバターが、放り投げた銃を回収して左右に構えた銃口を向けていた。

映画のワンシーンみたいなその光景に思わずつぶやく。


「かっけぇな」


その言葉を最後に銃口が煌めき、イツワのアバターは光の粒子へと還った。



 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 この下から本編に書ききれなかったプチ情報を書いていきます。

 特に重要な情報は書いてないので読み飛ばしてもらってもOKです。


●≪ゴブリン・レイジ≫

 

 ゴブリン系の武器カテゴリーの伝承+F級伝承【ゴブリンの群れ】+クエスト

 上記の組み合わせで発現する【伝承顕現】スキル。

 

 等級:F級 SP消費50(発動後3秒につき1づつ消費・SPがなければHP)

 "怒れるゴブリン"を最大十体召喚できる。

 召喚数で召喚主の行動範囲が変わる。

 一体、一体は弱いが数の暴力で押し切るスキル


 下記に載せてるものはフレーバーテキストみたいなものだと思ってください。


 【ゴブリン・レイジ】の舞台になる時代は中世。

 とある村で起きた事件。


 【村人サイド】

 残虐なゴブリンが村を襲う……許さないッ

 命乞いをした隣人は無惨に殺された

 奴らは理性無き獣だ


 【ゴブリンサイド】

 残虐な人間よ……許さないッ

 命乞い?それをした我が子にお前はどうしたッ

 理性など捨てろ 今はただ獣になれ


神星領域:ロスト・フォークロアの世界では、ゴブリンは必ずしも悪の存在ではありません。

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