第9話 スタートガチャ


【神星領域:ロスト・フォークロア】はどんなゲームかと聞かれたとき、いくつか答えられるものがある。


 まず最初に、その圧倒的な存在感が語られるだろう。


 他のゲームとは、頭がひとつも、ふたつも飛び抜けた映像技術。

 拡張現実を駆使した五感に訴えかける没入感。

 それらすべてが合わさったときに生み出される臨場感。

 それはまるで、自分がゲームの世界に迷い込んだかのような感覚に陥るほどだ。


 次に、プレイヤーの分身たる【アバター】があげられる。


 ではヒト種しか選べないが、その外見は、をしてから、身長、年齢、性別、体の特徴などを細かく決めることで自分だけの個性を出すことができる。キャラクタークリエイトに何十時間もかける人もいれば、AIに要望を伝えて手軽に作ってもらう人もいる。

 そして、アバターの操作性についてだが、これも高い技術力の結晶ともいえる出来栄えで、"アーク"を通じて思考による直感的な操作ができる優れものだ。


 そして、最後に忘れてはいけないものがある。このゲーム最大の特徴であり根幹を担うもの、【伝承システム】だ。


 アメノハラ市内には【アカシアの大図書館】から零れたイスバルディアの伝承が結晶となり姿を隠している、という設定だ。

 プレイヤーは物語を内包した【伝承石】を発見して、その物語の力を体に取り込んでいく。取り込んだ【伝承石】は、その物語の内容によって得られる力が変化し、その質によってプレイヤー自身のうつわを昇華させる。

 【伝承石】を取り込んだプレイヤーをゲーム内では、【伝承の語り手】もしくは【語り手】と呼ばれている。


 この【伝承石】の探索方法は複数存在する。

 特定の場所で戦闘であったり、生産であったり、謎解きであったりなどをすることによって変化し、見つけて手に入れることができるもの。

 アメノハラ市内に点在する"歴史の残滓"を探索し、それらを集めることで隠された【伝承石】を発見することなどができる。


 そして、とは多岐にわたり、路上パフォーマスをしていたら見つけたりだとか店で買い物をしたときに発見したりなど。プレイヤーが予想できないような方法で見つかることが多く発生して、それらのパターンを解明するために珍行動を繰り返す集団も存在している。


 その中でも有名なものがある。それは――――


 ゲームを登録した場所によって、最初に手に入る【伝承石】の数が変化する。




 ◆




 ゲームの登録とダウンロードは別に店舗でおこなわなくても、オンラインですることができる。それでも、店舗に直接行き登録するプレイヤーが多いのは、プレイヤーから【スタートガチャ】と呼ばれるものに関係するからだ。


 その【スタートガチャ】とは――――


「――――じゃあ、いちおう説明だけはしておくわね」


 ここは【レコードブック】の三階、トレーニングルーム。

 一見は何もない大きなフロアにしか見えないが、天井や壁には仮想映像を映すための最新機器が取り付けられており、模擬戦の相手や移動する的などを仮想映像で再現して、アバターの動作確認や戦闘の練習ができる場所になっている。


 そして今リュウセイは、必要なデバイスを購入しゲームの登録を済ませて、"アーク"にゲームアプリをダウンロードしている最中だった。

 その空いた時間に、メリィは"ロスト・フォークロア"の基本的な情報を確認する意味をこめて説明をはじめた。


「【ロスト・フォークロア】のプレイヤーにレベルは存在しないわ。その代わりになるのは……エトちゃんなにかしら?」


『はい!はい!G~Aのランク制なのです!』


 エトが元気よく答える。


「そうね、Gランクが最低で、はじめたばかりはみんなこのランクよ。Aランクが最高で、これは全プレイヤーの頂点で一握りしかいない上澄みになるわ。じゃあ、このランクはどうやって上げていくのか……リュウセイ君?」


「たしか……【伝承石】を取り込むことによってプレイヤーのうつわを成長させていくって聞いてます」


 リュウセイが聞きかじった程度の情報を話す。


「ええ、そうよ。プレイヤーにはランクごとに【キャパシティ】の限界があって、その【キャパシティ】を超える【伝承石】を取り込み、条件を満たすことでプレイヤーのランクと【キャパシティ】が上がるわ」


それとね


「これが重要で【キャパシティ】の量だけプレイヤーは【伝承石】を装備できるわ。【伝承石】を積めば積むほど強くなれるから、【キャパシティ】も多いほうが強くなれるわね。Gランクなら【キャパシティ】は5よ」


『イキったヤツに「キャパシティたったの5か……ゴミめ」とか言われそうなのです』


「お前ってどこでそんな知識いれてくんの?」


 昔やっていたアニメに出てきたものに似たセリフを吐くエトに、リュウセイは疑問をぶつける。

 それを聞いていたメリィは苦笑する。どうやら昔そのセリフを言ったヤツがいたらしい。気を取り直して説明を続ける。


「【伝承石】にもG~Aの等級があってそれぞれにコストがあるの、たとえばG級ならコストは1~4まであって、ランクGの【キャパシティ】5なら、コスト1の【伝承石】が五個詰めるわ。ちなみにA級の【伝承石】はコストが100以上あるらしいけど、私は見たことないわね」


「はぁ~、そこまでいくと、今のおれじゃあ想像ができないです。ところでキャパシティを超えた分の【伝承石】はどうなるんですか?」


「それはねー、使用した【伝承石】ならメニューアイコンから付け替えができるわ。使用してない【伝承石】ならうちみたいな場所で売ることもできるわね。あと、売買で手に入れた【伝承石】はランクアップの条件を満たせないから注意ね」


「あ~、ズルはできないってことですね」


「他にも、最大セット数はどれだけキャパシティに余裕があっても十個までね。」


 そこで、視界にゲームのダウンロードが完了した知らせが来た。


『マスター、きたのです!』


 【アーク】によって視界の端に見える電話やメッセージなどのアイコンの下に神星領域と書かれた新しいアイコンが増える。

 リュウセイは、高揚で高鳴る胸を押さえながら、アイコンにタッチした。


 そのタイミングでエトはメリィに許可をもらい、リュウセイの【アーク】とフロアの機器をリンクさせて、"ロスト・フォークロア"のオープニングをフロア全体に映せるようにした。


 ◆


 それは、ひとつの星を全体からとらえたトコロからはじまった。

 星のいたるところで光がまたたき、消えていく、そのひとつに視点が近づいていく。

 それは、荒れ果てた大地でおきている戦いの光だった。

 超常の存在と、姿かたちはそれぞれ違うがヒトだとわかるものたちが戦っている。

 その姿や持っている武器から、文明は進んでないことが予想された。

 ヒトたちはかぎりなく劣勢だが、その瞳は決して諦めていない。

 超常の存在がもたらす壊滅的な一撃がヒトたちに迫る――――というタイミングで場面は切り替わる。


 次は、広大な海だった。

 海から突き出る巨大な触手、水平線上の先まで見える海面下の大きな影。

 それに立ち向かう大量の砲を備えた木造大型船の艦隊。

 船員の服や装備、船の技術からさきほどの文明よりかなり進んだようだ。

 大砲と魔法を撃ちながら前へ出るが、触手によって次々と船は沈められていく。

 たった一隻の大型船が光を纏いながら、船としては考えられない速度で直進する。

 そこで海面が盛りあがり、山を飲み込むほどのアギトがその船に向かう。

 船員は絶望するどころか咆哮をあげ、さらに速度を増す。

 一番豪華な服を着た人物が船首に上がり、剣に極光を宿してアギトとぶつかる――――前にまた場面が切り替わる。


 今度は空だ。

 青空ではない、日が沈む黄昏時の空。

 分厚い巨大な暗雲の先には、それよりもさらに大きな輪郭がぼやけた夜空色のナニカがうごめいている。

 そのナニカから距離を取りプロペラ機が周りを警戒するように旋回する。

 空を浮かぶヒトもいるようだ。

 また進んだ文明を目にしたことで、リュウセイはこの映像が"とある星"の歴史なのだと理解した。

 日が沈むにつれナニカと空の色は同化して見えにくくなるが、ナニカの輪郭は逆に鮮明になってきている。

 完全に姿を現したそのナニカをリュウセイは見覚えがあった。

 それは、リュウセイのあこがれの原点でいつか超えたいと思う目標なのだから。

 それは――――夜空色の鱗を持ったドラゴンだった。


 ドラゴンが姿を現した時点で、プロペラ機は攻撃に移った。

 機銃の周りに魔法陣が輝き、想像以上の威力で撃ち出されていく。

 空を浮かんでいたヒトも攻撃を開始した

 だがドラゴンの鱗はすべてを弾く。

 そして、ドラゴンからあふれた闇がすべてを覆い――――そこで画面は引いていき、黒い結晶が現れる。

 周囲にもさまざまな色の結晶が浮かび、ひとつづつゆっくり消えていく。


 すべての結晶が消えた時、周りは真っ暗になった。

 いや、奥のほうに光が見える。光がだんだん近づいていき。

【ローブを被った大人の男と7人のこどもが見え、振り向いたと思ったら消えた】

 光の先には見知った街だった。そう、アメノハラだ。

 最後にゲームロゴが出てオープニングが終わった。




 ◆




「いやあ~……すごかったですね。情報量が半端ないです」


「そうよね~。この作り込みようは製作者のこだわりをかんじるわー」


 【アーク】とリンクが切られたフロアで、興奮ざめやらぬまま感想を言い合うふたりだ。


「あの最後のほうに出てきたドラゴンって以前、大会で見たことありますけど、あれってオープニングに出るくらいに大物だったんですね」


「そうそう、あのドラゴンはまだひとりしか所持を確認されてない。発現条件も判明してない超レアな【伝承石】なのよね。うらやましいわ~」


 メリィは頬に手を当て、うらやましそうにつぶやく。


「そのあとの結晶……たぶん【伝承石】?が消えていくのも意味深ねでしたね」


「そうそう、あれは失われていく伝承を表現しているって考えられているわ。ほかにも、あのオープニングには謎が散りばめられてるから考察のし甲斐があるのよね」


「あー、たしかに。暗くなった後に出てきた、7とか完全に謎な存在でしたね」


「そうそ……え?」


『マスター、次はキャラクリエイトなのですよ』


「わかった。ちゃちゃっと終わらせようか」


 リュウセイとメリィの会話にしびれを切らせたエトが割り込んできた。

 離れていくふたりを見ながらメリィは考える。


7?そんなのいたかしら?」


 そのつぶやきはふたりには届かなかった。





 ◆




『じゃーんなのです!』


「エト……これはなんだ?え?これが、オレのアバター…………?」


 目の前には、作った覚えのないアバターがそこにあった。

 見た目はかっこいい、近未来を感じさせるフォルムに重厚感のある外装だ。

 キャラクリエイトに時間をかけるつもりはなかったので、初めからAIによる自動作成を頼むつもりだったのだが、問題は――――


『はいなのです!時代のベースを【近代】に設定にして、細部までこだわったエトの力作なのです。頑張りました!褒めてくれていいのですよ、えっへん!』


 エトはリュウセイの様子に気づかないまま続ける。


『マスターとメリィおねえさんが話している間に作ったのですよ。そのわずかな間にここまでのものを作れるエトは、優秀なスーパーサポートAIなのです!』


「うん、たしかに出来はすごいし、かっこいいな。けどな――――これにいくら使ったんだ?」


 目をそらすエト。

 キャラクリエイトにはいくつかの時代を設定することができる。

 様々な時代の【伝承石】を集めるゲームの性質上、その時代ごとの服装や髪型のパーツなどを用意しよう、と運営は考えたらしい。ついでに見た目にこだわるプレイヤ―の心理を利用して課金要素を追加しよう、と。

 一番人気がない【古代】はほとんど課金要素がないが、【近代】は人気で一番課金要素が多かった。


『大丈夫なのです!本日の予算からは一円たりともオーバーしてないのですよ。メリィさんのお店で安く購入して浮いた分のお金もあったのですから!』

(ボソッ 予算は一円残らず全部使っちゃいましたけど)


「聞こえてんぞ!?このポンコツAI!見た目は強そうだけど、キャラクリに強さとかは影響しないんだぞ!」


『見た目は重要なのです!マスターはいずれ大きな舞台に立つ人なのです!そのときにそこらへんのAIが適当に作ったアバターなんて、かっこ悪くて笑われてしまうのです。そんなのエトは我慢できません!』


「お、おう……」


 予想外の反論にたじろぐリュウセイ。

 ほほえましいものを見たという顔で、ミリィが間に入る。


「はいはい、そこまでよ。メインイベントが残っているんだから、じゃれあいはまた今度にしましょ。」


「メインイベントですか?」


「ええ、メインイベント――――【スタートガチャ】よ」




 ◆




 【スタートガチャ】――――正式名を【アカシアの大図書館への接続】。


 プレイヤーは初プレイの時に一度だけ【アカシアの大図書館】から、最大三つまでの【G級の伝承石】を受け取ることができる。レア度は固定でそれ以上は出ることはない。

 受け取れる個数は、"場所"によって左右されるとされていて、アメノハラ市外でのオンラインダウンロードでは、一律一個となっていた。

 アメノハラ市内でも、多くなる場所と少なくなる場所が分かれており、【レコードブック】は後者だった。


 スタートダッシュするならば前者の店がいいが、リュウセイはそれよりも縁をつなぐほうを選んだ。


「じゃあ、お願いします」


 その合図とともに、また【アーク】とフロアとリンクさせた。

 室内の景色は一変し、薄暗い通路の先に装飾された大きな扉が現れる。

 ゆっくりと開いていく、その中は荘厳な空間であった。

 宙に浮かぶ大小の様々な色づいた結晶、汚れのない真っ白な床の中央だけに赤いじゅうたんが敷かれ、奥には主のいない玉座が存在していた。

 仮想の映像だとわかっているのに、居住まいを正したくなる。


「この瞬間はいつ見てもドキドキするわね」


 宙に浮かぶ小さな結晶だけが動き出し、リュウセイの周りを回り始める。

 この後の展開はメリィから聞いている、小さな結晶はゆっくりと止まり、結晶が手元に来るからうけとるように、と。

 そう考えている間にも結晶は回り続ける……まだ回り続けて……まだ……長くない?

 あきらかに長すぎるそれは、そばで見守っているエトとメリィを心配にさせる。

 このゲームでバグなどほとんど聞いたことがないメリィは、中断させて良いものか考えはじめた。


 そこで変化が訪れる。


 周りの結晶が消え、リュウセイの前に光りが集まっていく。

 それは段々と形ができあがっていき、ひとつの無色の結晶となってリュウセイの前に出された。


「なんかイレギュラーがあったみたいですけど無事終わりましたね」


「見てるこっちはハラハラしたわよ。それよりも、あんな演出はじめてみたわ。

 もしかして……とんでもないレアだったりするのかしら!」


『レアなのですか!?エトも見たいのです!』


「おお、レアだったらうれしいな!メリィさんどうですか?」


 期待が高まり結晶の前に集まっていく。

 リュウセイは二人に見えるようにメニューバーを操作し、結晶の名称などの画面を見せていく。そこには――――


【G級:コスト2:【星詠みの導き――――


 そこまで見て、メリィは少し落胆した。

 この【伝承石】は数こそ少ないが【レコードブック】でも取り扱っている。

 どちらかといえばレア寄りなので、それをリュウセイに伝えようとふたたび画面に目を戻した。


「え?なに……これ……」


 最後まで見たそれに、目を疑ってしまう。


【G級:コスト2:【星詠みの導き・真伝】】



 真伝。



 はじめて見るその表記に、このゲームのある言葉が思い浮かんだ。


『失われた【真実の伝承】を集め、塔を目指せ』


 【真実の伝承】……もしかしたら自分はとんでもない場面に立ち会ってるのでは?と、メリィは考えた。



 ―――――――――――――――――――――――――――――


ここでは本編に書ききれなかったプチ情報を書いていきます。

特に重要な情報は書いてないので読み飛ばしてもらってもOKです。



●【レコードブック】の従業員


 このお店で働いてる人は店長のメリィしかいません。

 単純作業やお客なんかは対応はすべてAIを搭載した機械がやってくれています。

 この話でメリィがリュウセイの対応しているときは、1階にヒト型のホログラムをだしており、レジ・客の案内を任せていました。

 どうしてもAIで対応できないときはメリィに連絡がいくようになっています。

 店内スペースには商品もないので盗難の心配もありません。もし、商品があるバックヤードに押し入ろうとしたら、契約している警備会社の人がすっ飛んできます。

 これはこの店だけではなく、アメノハラ全体がこんな感じです。

 人材に悩まされないのはうらやましいですね。



●リアルマネートレード

 

 ロストフォークロアはRMTが許可されているゲームになっています。

 ただし、個人間の取引はゲームのシステムで出来ない仕組みになっており、売買が出来るのは、開発元のクロスロード社の認可を受けた店舗だけになります。

 これは、個人取引におけるトラブルやを犯罪を防止するためでもあり、適正な価格での取引を行うためでもあります。

 買取価格や販売価格は、クロスロード社が用意した専用のAIが決めてくれます。

 市場の流通量、希少価値、店舗の在庫状況などを加味して金額を決め、店側はこれを変えることはできません。買い取るか販売するかは店側に委ねられます。


 流通量が多いG~F級の商品は希少価値のあるものを除いて十~百円程度

 在庫が不足し気味なE~D級は希少価値のあるものを除いて千~五千円程度

 C級からは一万円を超えるものが出てくるため、これ目当てのトレジャーハンターがアメノハラにはたくさんいます。

 なお、店舗での買取上限は十万円までとなっており。それを越えるものは専用の施設かそもそも買取不可になっています。

 今回、リュウセイが手に入れたものも希少価値が高すぎて、AIが値段を付けられないので買取不可になっています。

 

 



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