第8話 神星領域:ロスト・フォークロア




【神星領域:ロスト・フォークロア】

 それは、現実のアメノハラを舞台にしたゲームだ。



 かつて神々が存在して、崩壊した。今は名も無き星。

その星は、超常の存在から解放された人類が築き上げた世界であり、独自の文明や生態系を持って発展し、様々な超高度文明を持っていたとされている。

 なぜ崩壊したのかは不明だが、その星で起こったすべての事象が記録として保管されている巨大な建造物、【アカシヤの大図書館】が、アメノハラ出現した。という噂話があるらしい。らしい、というのは誰もそれを見たことがないからだ。


 誰も存在を確認できない。

 誰が言い出したのかも分からない。

 そんなものがアメノハラに現われる理由も分からない。

 通常ならそんな空想を垂れ流した話など誰も信じない。

 それでも、アメノハラの住人は、があるのは確信していた。

 なぜなら――――


 不可思議な現象が始まったからだ。


 住人は、誰もが夢の中で不思議な体験をする。

 鎧を纏った騎士として悪鬼を討つもの。

 怪しげな場所で魔法の研究しているもの。

 異形の怪物となって人を襲うもの。


 これらはただの夢として片付けられるものだが、全員が共通して夢の最後に巨大な建造物が現われ、ある言葉を聞いた。


『失われた【真実の伝承】を集め、塔を目指せ。求めるものは全てそこにある』


 夢から起きた住人たちは、自分たちの変化に気付く。

 騎士の夢を見ていたものは、手に煌びやかな剣を持ち。

 魔法研究の夢を見ていたものは、念じることで魔法を出し。

 異形の怪物の夢を見ていたものは、怪物に変身する力を得た。


 そして、街の変化にも気付く。街の一部は夢で見たような光景に変わって怪物が徘徊していた。

 夢で得た力で怪物を倒すと、綺麗な結晶の塊を落とし、それに触れてみると情報が洪水のように流れてくる。それはひとつの【物語】のようだった。すべてを見終わった時、さらに体から力が湧いた。

 また、別の場所では、ステージで歌っていた歌手の前にも、同様のものがあらわれ力を与える。

 この現象はあらゆる行動をきっかけに発生し、街のいたるところで現れたことで住民は理解した。


 これが夢で語っていた、【伝承】なのだと。


 これを、集めることによってなにが起こるのかは誰にもわからなかった。

 それでも、人々はそれぞれの想いを胸に動き出す。


 英雄に憧れるもの。

 未知への挑戦に惹かれるもの。

 富と名声に執着するもの。

 元の平穏を望むもの


 理由は様々だったが、神々が住む星の領域となったアメノハラで、人々はそれぞれに与えられた力をふるい、失われた伝承を集め、塔を目指す。


 こうして、アメノハラを舞台とした、壮大な奇譚きたん収集劇の幕が上がった。






「――――っていう設定のゲームなの!【神星領域:ロスト・フォークロア】は!!」


 ここは【神星領域:ロスト・フォークロア】専門店【レコードブック】の一階、

 その奥のスペースでひとりの女性が熱弁していた。

 ゲームのPV(プロモーションビデオ)を大きな液晶ディスプレイに映し、興奮気味に解説していたのが、常磐ときわメイリ。通称メリィさんだ。


「おおー、かっこいいです!このPVはじめて見ます。まるで映画みたいだ!」


「でしょ!最近、新規の人向けに新しく作られたの!とくにここのシーン!!ここが一番好きなのよね~。それとね――」


 リュウセイの反応に気を良くしたのか、饒舌になるメリィ。

 どうやらメリィは、極度の【神星領域:ロスト・フォークロア】オタクであり、先ほどから止まらない勢いで話している。

 そこで、リュウセイはなぜプレイヤーじゃなくて店を経営しているのか気になって質問してみた。


「実はね、私がこの店をはじめた理由は、もっと【ロスト・フォークロア】で遊ぶ人を増やしたいと思ったからなの。二年前は私も、いちプレイヤーとして遊んでたんだけど、そのころは今みたいにプレイヤー人口が多くなくてね」


「そうなんですか?今の状況から全然予想できないです」


 アメノハラを歩いていれば【ロスト・フォークロア】に関連するものを見つけられない方が難しい。


「そうなのよ。今でこその人気だけど、当時は、専用デバイスもまだ高価だったから敷居が高かったし、情報が少ないから新規の人が最初でつまづくってのもあったわね」


 だからね


「そんな人たちをサポートしたくて、お金でお店を作ったの。いい製品・情報を安く提供して、遊ぶ人を全力で応援したくてね。まあ、こんな土地にしかお店が建てられなかったから、いまの現状なんだけど……」


 そう言ってリュウセイは店の立地を思い出す。

 大通りから外れた薄暗い路地裏の奥。

 普通に歩いてるだけでは、見つけるのは至難の業である。


「でも、私のお店は貢献できなかったかもしれないけど、ゲームは初期環境を乗り越えて流行ってくれた。それだけじゃないわ。今もなお、プレイヤーがたくさん増えてるのよ。ほんっと嬉しいわぁーーーー!」


「メリィさんはなんでそこまでこのゲームに思い入れがあるんですか?」


「う~ん?そうね~、はじめてやったXRゲームだとか、仲間たちとの思い出とか、いろいろ理由はあるけど――――」


 一拍おいて恥ずかしそうに笑いながら口を開く。


「一番の理由は私がこのゲームを大好きだからかな」


 そう語る彼女の笑顔はとても輝いていた。


 リュウセイは素直に羨ましいと思う。ここまで情熱を注げるものがあることを。

 一方、その隣にいるもうひとりの方はあまり関心を示していないようだ。


『メイリおねえさん、すこしだけ見ていかない?って言ったからついてきたのに、ずっとしゃべってるのです……エトのプランがパーなのです…………』


 横でしょんぼりとするエト。


「まぁ、そう言うなよ。メリィさんは楽しそうだしさ。エトのプランはまた明日にでも行こうぜ」


『うぅ……仕方ないのです。今日は我慢するのです』


「それに、俺も興味があるし。こんなに熱く語る人を初めて見たからさ」


 そこで我に返ったメリィが恥ずかしそうに咳払いをした。

 それから仕切り直しとばかりに姿勢を正す。


「私ったら、つい熱が入っちゃったみたい。そういえば、まだ君たちの名前も聞いてなかったわね。」


「そうでしたね。オレは、明星あけぼしリュウセイ。四月からこっちの高校に通います。それでこっちのちっこいのが――――」


『はい!エトの名前はエトって言うのです!名前の言えない某Xな大企業につくられた、最新型のスーパーAIなのです!』


「よろしくねリュウセイ君とエトちゃん。あとエトちゃん、名前の言えない某Xな大企業ってほとんど答え言ってるからね」


 メリィはボソッと「見れば見るほどすごいわね、いったいどうやって……」とつぶやきながら、エトを観察している。


「メリィさん?」


「ハッ、またやっちゃった!ごめんなさいね、私ってば集中すると周りが見えなくなっちゃて…………ところで、リュウセイ君は"ロスト・フォークロア"に興味があるのよね?よかったらウチの商品を見ていってよ」


「……そういえば、【ロスト・フォークロア】専門店って言いましたけど、商品が店内に見えないですが……」


 そう言って店内を見渡すが、内装は、外の陰鬱とした路地からは想像できないくらい、キレイで清潔感があり明るい空間だった。

 だけど、肝心の商品が見えない。


「ん~?【アーク】はつけてるから……カメラ関係の設定かな?」


『あっ……!さっき"フィルター"をかけたままにしてたのです。いま解除します!』


 外の騒動の際に、三人組を姿を仮想映像だと誤解したときに【フィルター】をかけたままにして忘れていたのだ。


 その発言のあと、視界の景色は一変する。

 鮮明な3Dオブジェクトで出来た室内装飾や、ゲームで使用する周辺機器、本棚のようなものまで現われた。リュウセイは本日何度目かも分からない驚きを経験する。


 メリィの説明では、この展示されている3Dオブジェクトから商品を選んで、バックヤードにある商品を渡すシステムになっているらしい。


 その並んでいる商品の中には、本日買う予定だったものまである。

 その下に光るアイコンをタップすると、その商品のスペックなどの情報が表示され、そのなかの値段の情報を見て驚く。


「え、マジ!?エトが作った買い物リストのヤツよりも十%も安いぞ!?」


『本当なのです!?この値段で売ってくれるお店があるのです!?すごい優良店なのです!穴場なのです!!』


 あまりの安さに二人ではしゃいでしまった。

 その様子を見ていたメリィは自信満々に答える。


「そうでしょ、凄いでしょ!この価格にするために独自の仕入れルートを確保しているからね。他にも品揃え、品質はどれをとっても自慢できるレベルよ!こんな辺鄙な場所じゃなければもっと繁盛してると思うのだけどね。ふふん♪」


「すごいです!でも……こんなにいい店なのにお客さんがまったくいないのって…………さっき外で話した"悪い噂"に関係がある?」


『そういえば、エトが調べたときここは低評価の口コミが多かったのです』


「うぐっ……そ、それは~……」



 三階建てになる店内には、リュウセイ・エト・メリィの他にさっきの三人組しかいなかった。

 メリィが目を泳がせ話にくそうにしていたが、ここまで黙っていた三人組が口を開く。


「姐さんに非なんてねぇよ!なにも知らねえ奴らが勝手に言ってるだけだッ!!」


「なんでメリィねえさんが悪く言われなきゃいけないんだよッ!メリィねえさんは僕たちのためにッ…………」


「…………絶対に許さん」


 三人組は語気を荒げながら訴える。


「なにもかも全部、のせいじゃ――――」


「ストップ、そこまで。ここはゲームを扱う遊びの場だよ。そんな暗い話しちゃだめじゃん。ほら、するなら楽しい話をしよう」


 優しい口調で三人を止めるメリィ。

 その言葉にハッとした三人組は謝罪をする。


「すみません、姐さん」


「ごめんなさい」


「…………すまない」


「いいのよ。怒ってくれたのは嬉しかったから」


 ゴブリンっぽい見た目の少年が、リュウセイの前にまで歩いてきた。


明星あけぼしっていったか?騒がしくして悪かった……だけどこれだけは言わしてくれ、メリィ姐さんはなんも悪くねえ。口コミはデタラメばかりだ。この店――――【レコード・ブック】は最高の場所なんだ」


 そう言い残し、元の場所まで戻っていく。

 メリィに嬉しそうな視線を向けられ照れたのか、耳が少し赤い。

 その一連の流れを見ていたリュウセイはひとつの決意をする。


「最高の場所、か…………エト、わるい。明日のプランは無しにしてくれるか?」


 リュウセイは、明日に行こうと決めていた予定の取り消しを提案する。

 エトはすべて分かってるという顔で、微笑んでうなずいた。


『はいなのです。エトはマスターのやりたいことをサポートするのが使命なのです。だから、マスターは気にせず自分のやりたいことをやるのです』


「ありがとな。ポンコツなとこもあるけど、ほんとうにお前は良いやつだな」


 リュウセイの普段は鋭い目つきがやわらかくなる。

 そして、エトの頭を撫で――――ようとして手がエトをすり抜ける。

 かわりに、ホログラムを投影しているドローンをなでる。


『なにをやってるのですか…………エトに実体はないのですよ』


「いやあ……お前と話してると、たまにホログラムだってことを忘れるよ」


 あきれた風にため息をつくエト。

 それがまた人間ぽくて、思わず笑みがこぼれる。


「えっと、リュウセイ君?もしかしてなんだけど、今の話の流れって…………」


「はい。


 その言葉に、メリィはパァッと笑顔になり、そして、すぐになにかを思い出したかのように申し訳なさそうな顔になる。


「ごめんなさい。たしかに登録してもらえたら……と思って、ここに呼んだのだけど、流石にを説明せずに登録させるのはよくないわ。………実はこの店はね。評判以外にも不人気な理由があってね……それは――――」


のことですよね?多少のことは自分でも調べてますから。全部承知の上です」


「明星、いいのかよ……」


 ゴブリンっぽい見た目の少年が顔をうつむかせ、うしろめたそうにリュウセイに向かってつぶやく。



「なあ……もし、さっきオイラが言ったことで同情したんだったらやめてくれよ。そんなことされても嬉しくねえよ」


「いや、同情なんかしてねえよ。というか、 オレはそんな殊勝な考え方できちゃいないからな。 単純に、ここはいい店だし、店長も客も面白いやつらだし」


 なにより


「効率重視ではじめるより、せっかく出来たえんを大事にしてゲームをやった方が楽しそうだからな」


 そう言って笑うリュウセイの言葉を受けて、一瞬呆けた顔をした少年は、次の瞬間笑いだす。今度は、どこか吹っ切れたような顔をしながら。

 他の二人も同じように笑う。その顔は、今日見たなかで一番晴れやかなものだった。


「というわけで、メリィさん登録お願いします」


「ありがとう。――――新しい【語り手】の誕生を当店は心より歓迎いたします」


 メリィは、今までの態度とは打って変わって恭しい姿勢で礼をした。




 ◆




「これが、オレのアバター…………」


『はいなのです!エトの力作なのです、頑張りました。えっへん!』


 そこには――――


 未来を感じさせる銀色の光沢を放つ外装を纏ったヒト型キャラクターがいた。

 両手両足には、機械的な手甲・足甲

 リュウセイのもうひとりの姿。


 やがて【龍星】と呼ばれるアバターが誕生した瞬間だった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――


ここでは本編に書ききれなかったプチ情報を書いて行きます。

特に重要な情報は書いてないので読み飛ばしてもらってもOKです。


●タイトル

 ロスト・フォークロアは失われた伝承という意味です。



●普通のAI

 4話くらいでも書きましたが、本作の普通のAIは人間っぽくしゃべったりしますが、そこには温かみはなく会話を続けていると違和感を覚え、これはAIだな、と大抵の人は気づきます。

 今回、メリィが疑問に思ったのはエトの会話に違和感を覚えなかったからです。

 仕事上たくさんのAIを見たり、情報を集めているメリィだからこそ、その異常性に気づいています。

 ちなみにリュウセイはポンコツだけどすごいAIだなー、ってくらいにしか思っていません。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る