第7話 異世界転移というヤツなのです!

 


 時は少し、さかのぼる。


 

 エトが“アーク”を操作して、目の前の風景にルートが表示される。

 本体とは別に、デフォルメされたミニサイズのエトが示す方に歩いていた。


『さあさあ。こっちですよマスター』


「ああ、わかった。ところで……視界の端にいる、ちびエトの主張がはげしいんだけど」


 デフォルメのエトは、リュウセイの目先で、わちゃわちゃ動いていた。

 曲がり道にさしかかるたびに、わざわざ一回転して指を差したり、飛び跳ねたりする。無言なのに騒がしい。

 曲がったあとの得意そうなキメ顔がウザかったので、フリック操作で視界の外にぺいっ、とする。


『ああ、ちびエト!?なんてことをするのですか、マスター!せっかくマスターのために、“かわいいエトちゃん”プログラムを組んだのですよ!』


「いらねーよ、そんなもん。ってゆ-か…………」


 リュウセイは、入った路地を見渡す。


「なんか、どんどん薄暗いほうに行ってない?…………大丈夫か?」


『大丈夫なのですよ。アメノハラは治安がいい街ナンバーワンなのです。街のいたる所にはカメラが設置してあって、ドローンの巡回もおこなわれているのです。もし、騒動があればその地域を担当する管理AIが、しかるべき場所に報告してくれるのです』


 なので


『犯罪には厳しい街で知られてるので、この街で騒ぎを起こそうとする人なんていないのです。いたとしても、迅速かつ適切な対応で、退場してもらうことになるのですよ。』


 だから


『安全性が変わらないのなら、人の出入りが多い大通りより、裏路地のほうが移動しやすいのです』


「なるほどなー」


 そう説明するエトの姿に、リュウセイは素直に感心する。

 普段のポンコツな言動のせいで忘れがちだが、こういうところを見ると、こいつは優秀なAIなんだなと実感した。


『もし厄介ごとに出会うとした、たまたまカメラがない場所で、たまたまドローンの巡回が周りにいなくて、たまたまトラブルが起こったときくらいなのです。可能性が低いのですよ』


「そっか。じゃあ心配しなくてもいいか」


『そうなのです。マスターは、エトのナビを信じるのです。あっ、そこの角を右に曲がってくださいなのです』


「おう、あっ……」


『あっ……』


 曲がった先に見えたものは――――


 薄暗い路地に、へたり込む女の子。

 それを取り囲む三人の怪しい男たち。


「た……たすけてください…………」


 助けを求める女の子。


「…………なあ、エト。カメラは?ドローンは?」


『…………たまたま周りにはないのです』


 低い可能性を引いたようだ。




 ◆




 女の子が男たちに囲まれている、たしかに危ない状況に見える。

 だが、それよりも気になるのは――――


「エト……あれはか?」


『“フィルター”をかけて、対象の仮想映像を視界から除去します――――できました。うそ……そんなっ!?』


 仮想映像を取り払われた男たちを見て、二人は絶句する。


 一番手前にいるのは、ニット帽にグレーのパーカーを着た小柄の人物。

 どこにでもいそうな格好だが、特筆すべきとこはその風貌だ。

 少しとがった耳に、大きめの口に三白眼。

 これは、ファンタジーで定番のゴブリンというヤツだろうか。


 そして、真ん中にいるのは、柄物のシャツにハーフパンツ。中背で肥満の男だ。

 上向いた鼻に、いやらしい顔。

 こちらはオークと呼ばれる種族かもしれない。


 最後に、一番後ろにいるのが、無地のTシャツにジーンズ。はちきれんばかりの筋肉をもった大柄の男だ。

 黒いサングラスをかけており、仏頂面で黙り込んでいる

 流れ的に、おそらくオーガだろう。


 現代の服を着たモンスター(かもしれない)がそこにいた。

 目を疑いたくなる光景だが、これは紛れもなく現実である。


「エト……なんでモンスタ-がいるんだ?」


『分からないのですっ!いずれも、“ロスト・フォークロア”に出てくる種族ですが、ここは現実なのです!ハッ……!まさかッ……!?』


 ぐるぐる目で混乱するエトはひとつの結論に到達する。


『きっと、異世界転移というヤツなのです!特定の順番で道を進むと、異世界に迷い込むって小説を読んだことがあるのです!どうしましょう、マスター!エトは、神様からもらったチートで異世界を無双するかもしれません!?』


「なぜそうなる……とりあえず落ち着け。なんで少し嬉しそうなんだ……」


 突飛な発想にいたるポンコツAIをたしなめつつ、リュウセイは状況を整理するために観察を続ける。ちなみに、エトが読んだ小説の出所は、マナの蔵書だ。


 見た目はだが、たぶん、おそらく、人間だろう。

 男たちはニヤニヤしながら、女の子に話しかけているが、女の子は震えて声が出ないようだ。

 そこで、先頭にいる小柄なゴブリン(仮定)がこちらに気付く。


「ん?なんだぁテメーはよぉ」


 ドスのきいた声で威嚇してきた。

 隣のオーク(仮定)は、なぜかこっちをみて怯えている

 オーガ(仮定)も無言でこちらを見ている。

 三人とも共通して人相が悪い。


 はた目から見たら、"町娘を襲うモンスターの図"で、ゲームならクエストが発生しそうだが、これは現実だ。

 精々、女の子にからむ輩たち、っと言ったところだろう。それでもヤバいが。


 リュウセイの中では、状況は限りなく黒に近い灰色だが、誤解があってはいけない。

 もしかしたら、困っている女の子を助けている可能性もある。

 人相で誤解を受けやすいことを、リュウセイ自身の体験で知っている。だからこそ、慎重な行動をこころがける。


「なにかいろいろと込み入った様子だけど……大丈夫か?」


 リュウセイの言葉に、ゴブリン(仮定)がニヤリとして答える。


「へっへっへ。大丈夫さぁ、いまからこの子と、いいトコに行く予定だからよ」


「ふふふ♪いっぱい遊ぼうね」


「フッ……」(不敵な笑み)


 ブンブンと頭を振る女の子。


 あっ、これアウトだ。とリュウセイは理解した。

 状況を把握したリュウセイは、前方に重心を傾けていく。

 いつでも飛び出せるように。


『マスター!なにをする気ですか!?』


 リュウセイの雰囲気が変わったことに気付いたエトは、慌てて止めようとする。しかし、集中するリュウセイには届かない。


 リュウセイは、自分が注意を引き、女の子を逃がそうと考える。

 三対一の不利な状況だ。多少の怪我はするかもしれない……

 エトに怒られるだろうなと考えながら、一拍おいて覚悟を決める。


 そして、駆け出そうとしたその時――――――


「なぁにやってんだッ!おまえらッ!!」



 大きな怒声が、薄暗い路地に響きわたる。




 ◆




「いやー、ごめんね?君たち。そこのバカどもが迷惑かけたみたいで」


 そう謝っってくれたのは、二〇代半ばの女性だ。

 その女性の姿は、明るい髪色で斜めにカットした前髪、長い髪は後ろの高い位置でまとめている。仕事中だったのか仕事着を着ていた。

 そして、バカと言われた三人組の男は路上で正座をしていた。

 ちなみに、女の子は解放されてもうここにはいない。


「いえ、迷惑がかかったのは女の子だけだから、気にしないでください」


『そうなのです。むしろ、マスターが迷惑をかけそうになってたのです。もう少しで殴りかかってたのです』


「あの状況は仕方ないだろ」


『仕方なくないのです!通報するなり、誰か人を呼ぶなりすればよかったのです!エトは止めたのにっ!マスターは思考がすぐに暴力に直結する、直結厨なのです!!』


「どこでそんな言葉覚えた!?語弊ごへいがあるからやめろ!」


 リュウセイとエトのやり取りを見て、目の前の女性はおどろく。


「そのかわいい子、もしかしてただのホログラムじゃなくてAI?はぁ~~、お姉さんこの街に長くいるけど、そんなに感情がゆたかなAI見たことない。。もしかして自作?……なわけないよね」


『当たり前なのです。マスターにそんな技術はないのです。エトはX《クロス》――「エト、ストップ。口止めされてないけど、言いふらすのはよくない」はいなのです!』


「あっ、ヤバそうだから深掘りするのはやめとくね」


 女性は社会人になって磨かれた必須技能・"スルースキル"を発動した。

 漏れた単語から予測される大企業に睨まれるのだけは勘弁して欲しい。

 あそこに目をつけられたら、この街では商売していけないのだ。

 話題を変えるために三人組の男の方に向く。


「ところでお前ら……でナンパたぁ、いい度胸だな?」


 リュウセイと話してるときとは人が変わり、彼らを問い詰める。


「へ?ち……ちがうんです、姐さん!?オイラたちそんなつもりじゃあ……!」


「ボクたちにそんな気は……無いとは言い切れないけどもッ」


「…………お前は黙っとけ」


 彼らはどうやら女性と知り合いらしい。

 彼らが語るには――――


 彼らは女性が経営する店の常連で、今日も利用するために店の前で待ち合わせしていたらしい。

 集合した三人は、ひとつの悩みがあった。この店の存続が危ういことだ。

 薄暗い路地裏という立地が最悪の場所に加え、のせいで客が少ないのだ。


 店に入らず、どうすればいいか話し合っていたところに、をやっている女の子がやってきたのだ。

 女性の店の客になり得ると考えた三人は、店に誘導できないかと、笑顔で近づいたところ、女の子が震えて腰を抜かしてしまったのだ。

 その様子に心配しながらも、三人は女の子を店に連れて行こうと声をかけた。

 そこにリュウセイたちが来て、女性が怒鳴り込んできたというわけだ。


 彼らの言い分を聞き終えた女性はため息をつく。


「言いたいことはたくさんあるけど……とりあえず――――」


 一拍おいて


「私の店は潰れねぇーーーーーよっ!!!」


「「「ひぇ!?ごめんなさい!!」」」


 一番ガタイのいいオーガ(仮定)を含めて、三人組は正座のまま、頭を深く下げた。

 土下座する三人組を放置して、女性はリュウセイたちに向き直る。


「ごめんなさいね。この子たち、誤解されやすいけど本当はいい子なのよ。ただ、今回みたいに後先考えずに行動するから、たまにトラブル起こすの」


「そうなんですか。大変ですね……」


 エトが、マスターも同じようなものでは?という目で見てくる。


「そうなのよ……いつもこんなんだから、私が代わりに謝ってんの…………あっ!君たち、引き止めるようなカタチになっちゃって、ごめんなさい。なにか用事とかあるんじゃない?」


『そうなのです!マスターはやく買い物に行くのです!』


「そうだな。この通りを抜けた先に販売店があるんだったか?」


 その話を聞いて女性の耳がぴくっとなる。


「それってもしかして、大通りの"ロスト・フォークロア"の店のこと?」


「ええ。…………なにか問題でも?」


 リュウセイは女性の様子が変わったことに気付く。

 女性はふぅーーっと息を吐き出して決心した顔で口を開く。


「あのね、さっきはこのバカどもが迷惑かけちゃって、本当に申し訳なかったんだけど……ここで会ったのも何かの縁だと思うのよ。だから、もしよかったら私の店を見ていかない?」


 リュウセイは急ぐから断ろうとしたが、店舗の看板を見て思いとどまる。

 その店舗はゲームの専門店だった。

 そのゲームは、リュウセイもよく知るものだ。

 それこそが、本日求めていたモノなのだから。


「自己紹介がまだだったわね。私は、"全力で遊びを応援します。"をモットーにしている、【神星領域:ロスト・フォークロア】専門店【レコード・ブック】店長、常磐ときわ 命理めいりよ」


 彼女はそう言って、ニコリと笑った。



「メリィって呼んでね♪」 



 ―――――――――――――――――――――――――――――

 ちなみに本作は、異世界転移・転生・召喚の予定はありません!


ここでは本編に書ききれなかったプチ情報を書いていきます。

特に重要な情報は書いてないので読み飛ばしてもらってもOKです。


●ニューロアーク


耳の後ろにつけるタイプのウェアラブルデバイス。

次世代非侵入型BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)。

弧を描いた形状で両耳につける。様々なデザインがある。

ニューロン+アーク=ニューロアーク

アークの意味は複数ありますが、ここでは割愛します。


脳波をデバイスがキャッチして、思考操作を可能にしています。

網膜に映像を映す方法を採用しており、液晶画面を必要としません。

優れた拡張現実機能が、視覚以外にも作用し、嗅覚・聴覚・味覚・触覚に、疑似的な感覚再現を実現しています。

スマホで出来ることは全部可能なので、未来の携帯端末と思って頂ければOKです。

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