第一章 流れ星と新たな星の物語

第6話 長い一日のはじまり



 試合が終わり、人がまばらになってきた。

 それでも、リュウセイの住んでいた場所とくらべて、行き交う人々の多いし、人種も多種多様な人が歩いている。

“アーク”の翻訳機能は性能が良く、会話をラグがなく翻訳できる。そのおかげで言語の壁はなくなりつつある。

 観光客らしき外国人は現地人に負けないぐらい多い。

 リュウセイは、目の前の人口密度に圧倒されながらも、興奮を抑えきれないでいた。


「ここがアメノハラ……すげえ!“アーク”をつけるだけで景色がまったく違う!」


 まず、外観からして異なっていた。

 以前きたときに見た近未来的なビル群は、木々が生え、緑豊かな街並みなっており。

 建物は洋風なレンガ作りの建物、中には木造に見えるものもあった。

 歩道も煉瓦が敷き詰められているように見えるし、車道にいたっては地面がアスファルトではなく、石畳になっていた


 なによりも違ったのは空だ。

 小型の飛行船のようなものが、広告をつけて飛び回り。

 なによりドラゴンが空を飛んでいる。

 まるで異世界のような光景だが、これら全てが仮想映像らしい。


【仮想都市】の名前に恥じないその景色に、 目を輝かせ、キョロキョロしながら楽しそうにはしゃぐリュウセイを微笑ましく見ながら、ミズキは言う。


「感動するのもいいデスが、まずやることがあるデスよ」


 興奮して辺りを見回すリュウセイを落ち着かせるために、肩を叩きながら注意を促す。


『そのとおりなのです!感動的な“エト劇場”の感想を求めるのです!「エトさんすごい!」、「さすが超高性能な最新型のサポートAI!」、そんな感想をプリーズなのです!』


「その言動で台無しだよ……。まぁ、そうだな。正直、感動した。ありがとな、エト」


『マスター…………!』


「エトちゃんのれ言はほっとくデスよ」


『ミズキおねえさんひどいですっ!エトのスピーチでワクワク、ドキドキしなかったのですか!?』


「警備の人がとんでこないか、別の意味でドキドキしたデスよ」


 エトは目を逸らした。

 この超高性能な最新型のサポートAIさんは、後先のことを考えてなかったらしい。


「ともかく、まずは新居に移動するデスよ。りゅーも一緒に来るデスよね?」


 ミズキの家族は、アメノハラ市内の新しい家に一足はやく引っ越している。

 リュウセイは、学校の寮に住むことになっているが、今日は一緒にミズキの新居で祝おう、と言ってくれてるのだ。


 普段のリュウセイなら、そのままミズキの家にお邪魔していた。

 だけど今日は――――そう考えていたとき、一台の車が近づいてきてた


「やあ、久しぶり」


 運転席から出てきた壮年の男性は、爽やかな笑顔をむけてきた。

 グレーの髪をうしろにに撫でつけ、スーツを着こなしている。

 アゴにヒゲが生えているが不潔さは感じない。

 ひとめで、欧米人だとわかるその顔は、彫りが深い。

 目尻にシワがあって実年齢はそこそこいっているだろう。

 その人物は――――

 

「親父さん、お久しぶりです」


「お父さん、迎えにきてくれたデス?連絡はまだしてないデスが……」


 ミズキの父親のルークだ。


「いやあ、また家族でいっしょに暮らせると思ったら、居ても立ってもいられなくてね。ミズキちゃんが電車に乗った時間から予測して、近くをウロウロしてたんだよ」


「不審者ムーブはやめるデスよ……職質されるお父さんをもう見たくないデス」


 過去になにかあったようだ。


「リュウセイ君も、久しぶり。“スターロード”の調子はどうだい?ちょくちょく、使用の感触やデータなんかを送ってもらってたけど、ちゃんと使えてる?不具合とかない?」


「全然大丈夫です。むしろ良すぎるくらいです。“スターロード”を貸してくた親父さんには、感謝しかないですよ」


「そうかぁ……不具合はないか……」


 リュウセイは感謝を伝えたが、ルークの様子がどこかおかしい。

 そこで、以前から感じていた疑問を聞く。


「そういえば、これを使い始めて随分たちますが、“スターロード”の製品化の情報がぜんぜんでてこないんですけど、なにか問題が?」


「ああ……うん、実はね――――」


 ルークは言いづらそうに、“スターロード”に問題があることを教えてくれた。

 曰く、“スターロード”の一番の特徴である、“サポートAI”システムに、致命的なバグがあるらしく、その問題を解決するために、製品化は見送られているとのこと。

 話では、AIたちが、いきなり騒ぎだしたかと思うと、急に停止するらしい。


 リュウセイはそれを聞き、エトを心配したが、AIの部分に疑問を覚えた。

 エトは最初っから騒がしく、おとなしさのカケラもない。

 ほかのAIとなにか違うのか?と、考えたところで、黙っていたエトが声をあげる。


『ちょっと待ってください!それってどういうことですか!?エトにバグなんてないのですよ!!』


「うん、そうだね。なぜか君だけは正常に動いているんだよね。他の子とは性格がちがうようだけど…………本当なら、本社に連れていって調べたい……」


 その言葉に、リュウセイの顔色が変わる。

 それを察して、ルークが言葉をつづけた。


「心配しなくても大丈夫だよ。上からそのまま使ってくれって、言われてるんだ。ウチでテストしたものが全滅したからねぇ……だから、別の方法で成功している君たちに、会社が関与することで、問題がおこることを避けているのさ。」


 だから


「データは送ってもらうけど、それ以外は、これまで通り普通にすごしてくれ」


 リュウセイはその言葉を聞き胸をなでおろした。

 そこでミズキが話にはいる。


「話がすんだのなら、新居にいくデスよ~」


 待ちくたびれたミズキはもう車にのっていた。

 ルークも運転席に座り、リュウセイを誘ったが――――


「スミマセン。ちょっと街を見て回りたくて…………あとで伺うので」


「ああ、いいよ。この街は見て回るのも楽しいからね。ゆっくりしておいで。家の位置はデータで送っておくから、遅くなる前に帰ってくるんだよ」


「え~、りゅーこないデスかー」


「わるい。ちょっと街を歩きたいんだ」


「仕方ないデスね~。なにかあったら連絡するデスよ。か・な・ら・ず・するデスよ」


 なぜか念押しされることに疑問におもいながら、リュウセイは返事をする。


「ん?よく分からないけど、了解」


『ミズキおねえさん、またあとでなのですよー!』



 離れていく車に、エトは手をふった。

 そうして、ミズキたちとわかれたリュウセイたちは人が多いほうに歩いていく。

 車の中では、先ほどのミズキとのやり取りをみていたルークは、苦笑した。


「ミズキちゃん、もしかして、まだリュウセイ君は……」


「トラブルによく巻き込まれるデス。そういう星の下に生まれてるみたいに…………。なにもなければいいデスが…………」



 そのセリフは完全にフラグだった。




 ◆




 リュウセイは人ごみの中で、物珍しそうにまわりを見ながら、エトに質問する。


「そういえばエト、駅の中で『これより先は、神々がお住まいになる星の領域~』って、言ってたけど、あれはどういう意味だったんだ?」


『それはですねー。アメノハラ駅周辺が、【神星領域:ロスト・フォークロア】の世界観を再現したエリアになってるからですよ。“アーク”をつけて、はじめてあの駅を降りた人が見る風景が、異世界のような街ですから、“新世界の入り口”って、呼ばれてるのですよ』


「え、そうなのか!?たかが、いちゲームの世界をあんな大規模に再現したのか!?」


『マスターは考え方が古いのですよ。たかが、ゲームと思われていたのは、もう昔の話なのです。いまではXR(クロスリアリティ)ゲームの普及によって、世間の認識は大きく変わっているのです』


 エトは語る――――


 XRゲームの普及率は、先進国で8割を越え、幅広い世代で楽しまれるとともに、それを用いたeスポーツも、盛んにおこなわれるようになる。

 大規模な世界大会で活躍する人気のプロ選手は、年俸何十万ドルも稼ぐことがあるらしく、なりたい職業ランキング第一位なのだという。


 そして数あるゲームの中で、“ロスト・フォークロア”は別格なのだと。

 他のXRゲームの追随をゆるさない圧倒的な、仮想映像だと忘れるほどの迫力に、多くの人が引き込まれ、一番大きな大会は、国内外の放送で高い視聴率を叩きだしていた。

 そこで輝かしい活躍する選手は、全プレイヤーのあこがれであり、スターのような存在だ。


 VR空間を除いて、現実のアメノハラでしかプレイできないのに、これだけをプレイするために国内から、海外から、たくさんの人が集まる。

 なので、観光客を集めるために、駅の周辺をゲームの世界に変えるくらいのことはするらしい。


「はぁ~……ある程度はわかっていたけど、“ロスト・フォークロア”って、予想以上にすごいんだな」


『マスターって、受験に集中するためにゲームの情報を断ってたから、いろいろと知識不足ですね……ところで、けっこう歩いたですが、目的地はあるのです?』


「いや、特に決まってないな。“ロスト・フォークロア”のデバイスが売ってる店とかは気になるけど…………あれってが重要って噂だから、どこに行けばいいのかも分からないし」


 そこでエトは、なにか聞いて欲しそうな顔をして、ソワソワしていた。


「どうした?トイレか?」


『エトはトイレなんて行きません!』


 そうではなくて!


『こんな時こその、サポートAIなのです!実は、こんなこともあろうかと、あらかじめ調べておいたのです!口コミ・価格・立地の総合評価で、もっとも高評価の店をピックアップしたのですよ!』


「興味はあるけど、今から行って商品を選んでたら、ミズキの家に行くのが遅くならないか?」


 太陽はもう真上まで昇って少し傾き始めている。


『それもご心配なくっ!マスターの予算から考えて、買うべきものリストを作ってるのです!それを選べばすぐに買い物なんて終わります!』


「おお、いつになく優秀だな!」


『えっへんなのです!最短ルートも割り出してるのです!』


「そうだな、そこまで言うなら、いくか!なにも問題なそうだしな」


『はいなのです!がない限り、問題ないのです』






 ◆




「た……たすけてください…………」


「…………」


 薄暗い路地の裏。

 へたり込む女の子。

 それを囲む怪しい男たち。

 通りすがりのリュウセイ。

 


 こうしてリュウセイたちの長い一日が始まった。


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