第5話 物語をはじめましょう!


9/24改稿済み

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 結果だけを言えばリュウセイはアメノハラの高校に受かった。



 それも一番人気のある“私立・天木あまぎ学園高等学校”だ。

 広い敷地に最先端技術を惜しみなく取り入れた設備のの数々。

 AIや拡張現実を使った学習環境。

 さらには仮想現実や複合現実、ドローンを活用した部活動などがある。

 まさに【仮想都市】アメノハラを象徴するような学校である。


 受験倍率は五倍以上もあり、受かるのが難しい高校だ。

 それでもリュウセイは合格することができた。

 リュウセイの学力は平均的で、とくに飛びぬけているわけではない。

 なぜ受かったのかと言うと、それはひとえに【エト】のおかげである。


 エトによる、勉強や入試の対策は完璧だった。完璧すぎた。

 彼女の作った入試対策の問題が本番でそのまま出たときには驚き。

 「え?これ大丈夫?」とリュウセイは思ったほどだ。

 そのことをエトに報告した時のドヤ顔が非常にウザかった。

 ちなみに、ミズキも一緒の学校を受けて合格している。


 

 そして、時間が過ぎ、旅立ちの日がやってきた。




 ◆




 三月某日


 駅のホーム、すすり泣く声が聞こえる。その人物を前にマナは声をかける。


「ったく、泣くんじゃねーよ。今生こんじょうの別れじゃねえんだからよ」


『ん……っぐす、……お゛ばあ゛ちゃ゛~ん゛』


「いや、お前が泣くんかい」


 泣いてるエトをリュウセイがつっこむ。


『ぐす……なんですか。マスターも泣けばいいじゃないですか!おばあちゃんとしばらく会えないんですよ!』


「いや、エトが先に泣いたせいで、泣くに泣けねーよ」


 取り乱した人間を見たら逆に落ち着く現象だ。

 なんやかんやあってエトはマナになついている。


「りゅー!そろそろ電車のらないと間に合わないヨー!」


「わりぃ!すぐ行く!」


 ミズキの慌てた声にリュウセイは返事をかえす。


「リュウ」


「なに?ばあちゃん急ぐ――――」


「体に気をつけてな」


「っ…………!」


 何気ない一言だった。

 だけど、その言葉で涙が出そうになった。

 リュウセイは、涙をこらえながら精一杯笑顔を浮かべた。

 マナと約束したのだ。笑って、胸を張って行くのだと。


「おう!いってきます!」


『いってきます!おばあちゃん!マスターのことはまかせてください!』


 そうして、リュウセイたちは電車に乗っていった。


 マナは去っていく孫とその友人の背中を見つめる。

 その姿はどんどん小さくなっていき、やがて見えなくなった。


か…………」


 その呟きは誰の耳にも届かなかった。




 ◆




 リュウセイたちは、春休み中にアメノハラでの生活を整えようと電車で向かっていた。

 そんな中、ミズキが疑問の声をあげる。


「そういえばりゅーは、ちゃんとアメノハラに行くのは、はじめてだっけ?」


「ん?どういうこと?何回も行ってるよな?」


 ほとんどゆれない電車の中でミズキが聞いてくる。

 ちなみに、車内でドローンは飛べないのでリュウセイの手の中にある。


 一回目は大型イベント、二・三回目は入試で2日間行っている。


「そうじゃなくって、【アーク】をつけてアメノハラ駅のホームに行ったことないよネ?」


【アーク】とは【ニューロアーク】の略だ。


「たしかに……行ったことないな。アメノハラに行くときは【アーク】をいつも外してたし…………それがなにか関係あんのか?」


『マスター知らないのですか!?アメノハラ駅は別名・新世界の入り口って言って――――』


「はい。エトちゃんSTOPデス。りゅーが知らないのなら、黙ってた方が面白い」


『なるほど!それでは検索で調べられないようにロックをかけておきますね』


「おい、ポンコツサポートAI。お前の仕事を思い出せ」


 リュウセイの代わりに調べるどころか、妨害工作をはじめるエトに、リュウセイはあきれた。


「まあまあ。これに関してはついてからのお楽しみダカラ」


『そうですよマスター!ネタバレ厳禁なのです!』


「そんな大げさな……」


 苦笑いするリュウセイだが、心の底でワクワクしている自分いた。

 これから自分の知らない新しい世界が始まる。

 新生活に胸を膨らませながら、電車はアメノハラ駅に向けて走っていく。




 ◆




 アメノハラ市内を走る電車はすべて地下を通っている。

 だからリュウセイたちが乗る電車もアメノハラ市の手前でトンネルに入っていく。


 暗いトンネルをしばらく走っていると電車は減速していき、止まった。

 目的地に着いたのだ。

 リュウセイたちが電車を降りると、手に持っていたドローンが浮かび上がる。


『アメノハラ市に入りました。これより全ての機能制限を解除します』


「エト、なに言ってんだ?」


『んふふ♪いまのエトはこれまでのエトとは、ひと味もふた味も違うのです。もっとマスターのお役に立てるのです』


「おー。それは心強い…………のか?よくわからないけど」


『はい!マスター♪』


 エトは嬉しそうな顔を浮かべた。

 話していると通行人にぶつかりそうになり。

 邪魔にならないように端の壁に移動して話をする。


「【アーク】にはアメノハラでしか使えない機能が多いからネ~。市内に入ってやっと本来の性能を発揮できるようになったんじゃナイ?」


『そのとおりなのです!ミズキおねえさん!この全能感、いまならエトはなんでもできる気がするのです!』


「じゃあ、オレの目つきの悪さを直してくれ」


『あ、無理なのです』


 スン、と無表情になって答えるエトにイラッときた。


「少しは悩むそぶりくらいしろ。無理でも即答は傷つくぞ」


『悩む必要もないのです。無理なものは無理なのです。仮想映像で隠すことはできても、根本的な解決にはならないのです』


 それでもというのなら


『ここは逆転の発想をするのです。目つきが悪いことを個性だと思うのです。そうすれば、気にしなくていいですし、むしろ堂々としていればかっこいいと思う人も出てくるはずなのです!きっと、たぶん、おそらく!』


「いや、適当なこと言ってないか?」


「わたしは、リューの目つきっていいと思うヨ?」


『ミズキおねえさん正気ですか!?』


「そんなに驚くくらいひどいのか、俺の目つき!?」


 本気で驚いている様子のエトに、またもやイラッとしながらミズキを見る。

 ミズキは、いつものにこにこした笑顔を浮かべていた。


「りゅ-の眼光にはいつも助けられてるカラ。りゅ-が隣にいるときは言い寄ってくるうっとうしい男たちが逃げてくれるしネ」


「『いい』って、それは『都合がいい』って意味だろ。役に立ってるなら別にいいけど」


『いいのですか……おふた方は本当に仲がいいのです。これで付き合ってないのが信じれないのですよ』


 エトのその言葉に二人は顔を見合わせて、首をかしげる。


「いやあ、りゅーは弟みたいなものだからネェ」


「身長的にオレが兄じゃあ……あっ、ごめん!身長のことはもう言わないから、頭を叩くなって!縮まらないからっ、叩いても身長縮まらないから!?」


 小柄なことを少し気にしているミズキは、小さな手でバシバシ叩く。

 ちからを入れてないから痛みはないが、衝撃で頭がゆれる。


「――ところでっ!そろそろ外に出ないかな!オレ、外の空気を吸いたいな!!」


『あっ、話をそらしたのです』


「まったく……まあいいヨ。今回はこれで許す」


 ミズキはひとしきり叩いて気が済んだのか。叩くのをやめる。

 その様子にリュウセイは安心し、今後は失言に気をつけようと心に誓う。


 話題の変え方は強引だったが、リュウセイもはやく外を見たかったのは本音なので、気を取り直して外に出るためにエスカレーターへ向かう。




 ◆




 エスカレーターの前まで差し掛かって、リュウセイは気付く。

 エトがなにか考えているようだった。


 『ん~……このまま拡張・複合現実のカメラをオンにするのは面白くないですね…………もっと、こう……劇的に演出したほうが…………そうだ!』


 なにかひらめいた顔をしたかと思えば、エスカレーターの前まで移動して。

 ふり返る。


 ふり返ったエトはカーテシーのようなポーズをとっていた。

 いつもの騒がしいさはなりを潜め。

 どこか静謐せいひつな雰囲気をまとっている。



『はじめてご来訪のかたがた、ようこそおいでくださいました。心より歓迎いたします。ただいまから開かれるのは新たな世界へのトビラ。そのご案内をこのエトが務めさせていただきます』



 芝居かかった動作で一礼する。

 イベントと勘違いしたのか、【ニューロアーク】の撮影で撮っている人もいた。

 リュウセイはエトを止めようとしたが、人の目が集まったことでためらってしまう。



『これより先は神々がお住まいになる星の領域。ここでは現実と幻想が混じり合い、外の世界とは異なることわりが支配する場所になっております』



 衆人環視が見守る中でエトはまるで舞台に立つ役者のように高らかに語る。



『ですがご安心下さい。ここはあなたを不安にさせる場所ではありません。ここはあなたを歓迎し、新しい一歩を後押しする場所なのです。そして、ここから始まる物語はあなたが主役、あなただけの物語』



 周りの人はその言葉に聞き入っている。



『それはどんな物語になるのでしょうか?輝かしい栄光を手に入れる物語でしょうか?それとも誰にも知られずひっそりと終わる物語でしょうか?それはまだ誰にもわかりません。ただ一つ言えるのは、ここで紡がれる物語はあなたにしか語れないということ』



 エトは手を大きく広げ、声を張り上げる。



『さぁ物語を始めましょう!心の準備はいいですか?忘れ物はないですか?覚悟が決まりましたら、どうか前へお進みください!』



 そして――――リュウセイに手を差し出す。




『さぁ!いきましょう、新たな世界へ!』




 その瞬間、世界はエトを中心に極彩色に塗り替えられていく。



【ニューロアーク】が見せる仮想世界が現実世界と重なり合う。

 リュウセイの視界が急速に変わっていく。

 建物、人々の服装、それらすべてが変化していく。

 見慣れた現実の光景が変わっていく様を呆然と見ていた。


 出口に向かうエスカレーターは動く石畳に変化して、手すりも石造りに変わる。

 建物の中は現実の面影をのこしつつもファンタジーと融合している。

 それでありながら、拡張現実による2D映像の広告。

 AIによる清掃機械などが現実感をだしていた。


 道ゆく人たちの格好も変化している。

 現代的な服を着ているが、明らかに現代にはそぐわないものが存在した。

 スーツに日本刀を差している会社員。

 部分鎧や魔法使いみたいなローブを着た少年少女。

 ケモノ耳や機械パーツなどつけてコスプレのような恰好をしている人もいる。

 これらすべて仮想映像を現実に重ねたものだ。


 非日常的な光景の衝撃が抜けないままエトにうながされて出口に向かう。

 まるで夢の中を歩くようなふわふわした感覚で改札を抜け。

 【中央広場前出口】を出た。

 そこには――――――――



「すっげえ」



 激しくぶつかりあう【ロスト・フォークロア】の試合がおこなわれていた。

 蒼穹の下、目の前いっぱいに広がる人の群れ。

 歓声と怒号が飛び交う。

 空中に映されたコメントが中央で闘う存在たちを応援していた。

 その熱気や迫力に圧倒されながら、リュウセイはようやく理解が追いついた。

 自分は来たのだと。

 そう――――――



『ようこそ、マスター。【新世界】へ!』



 【新世界】へ来たのだと。


 

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