第4話 星の子


9/24改稿済み

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 受験対策はひとまず置いておこう、とリュウセイは思った。



 急いでどうにかなるものでもない。

 なので、目の前のやるべきことから片付けることにした。

 視線の先にあるのはミズキにもらったデバイスがあった。

 弧を描いた、両耳につけるタイプの銀色の新型デバイス【ニューロアーク】。

 そして。使用用途不明の小さなキューブ状のドローンがある。


 自分用のX・Road製新型デバイスが手に入ったことで気分が高まり。

 ワクワクしながらデバイスを耳につけて電源ボタンをいれる。

 ドローンはいったん放置だ。


 その直後、機械音声が聞こえてきた。


『安全装置の確認中――――確認しました。いつも当社の製品をご利用いただき誠にありがとうございます。これより【ニューロアーク】の初期設定を開始いたします。この声が聞こえていましたら、はい、とお応え下さい』


 抑揚のないAIの声がながれてきた。

 

「はい」


『返答を確認しました。これより初期設定に移行します。利用規約を読み同意頂けましたら、はいでお願いします。同意頂けない場合は、いいえでお願いします』



 空中に映し出された長い利用規約を流し見て同意する。



『同意いただけましたので、設定を開始いたします――――生体認証登録開始――――成功。アメノハラネットワークに接続――――成功。

 通信会社の――――………………

 データの同期――――………………

 カメラの設定――――……………………』


 AIの音声を聞きながら、同意を求められたことだけは答えた。

 そうして各種設定を終えたAIが続けてきいてくる。


『最後に、当機、スターロードシリーズでは試験的に【サポートAI】を、ご利用をいただけますが、ご利用されますか?』


「【サポートAI】?それってはじめて聞くけど新機能?」


『肯定です。スターロードシリーズは、同梱のドローンを介して、お客さまに適した専用【サポートAI】サービスを予定しております。そして、今回はそのヒナ型となります』


 リュウセイは、ドローンはその為のものかと納得する。

 サポートAIという新機能に興味はあるが、ヒナ型という部分に疑問を覚えた。


「ヒナ型?もしかしてまだ未完成なのか?」


『肯定です。【サポートAI】は未完成です。もし、お客さまがご協力いただけましたら、完成に近づくことができます。いまなら、無料でご利用いただけますがいかがされますか?』


「うーん……興味あるけど、今はやることがたくさんあるから、AIを育ててる時間はないな…………」


『かしこまりました。今回はご利用しな――――――『はい、失礼するよ』』


 突然、AIの言葉をさえぎり男の声が聞こえてきた。

 リュウセイはこの声に聞き覚えがある。


「もしかしてミズキの親父さん?」


『やあやあ、久しぶりだね。リュウセイ君、ルークおじさんだよ』


 AIとの会話に割りこんできたのは、如月きさらぎルーク。

 ミズキの父親だった。


「え?なんで親父さんが?…………もしかして――――」


 監視されてる可能性を疑った。

 だがそれは、リュウセイが言葉にする前に次の言葉で否定される。


『いま君は監視なんかを疑ってるかもしれないが安心して欲しい。この音声は特定の条件を満たしたら自動で流れるようになっている。これはあらかじめ録音されたもので、君のプライバシーはちゃんと守られてるよ』


 自分の言葉を先読みされて、リュウセイは驚く。


『この音声が流れていると言うことは、【サポートAI】の利用を断ったということかな?君には悪いがそれはダメなんだ』


 なぜなら


『【スターロード】のテストには、【サポートAI】のデータを取ることも含まれるからね。君には迷惑をかけると思うが、協力してほしい。』


 ルークの録音した音声は、こちらを気づかうように優しい声で語りかけてくれる。 


 彼は大企業【Xクロス・Road】のシステムエンジニアだ。

 アメノハラ市内のほとんどのAIが、彼が設計したものが基礎になっている。

 その実績が認められ、異例のスピード出世をしており。

 リュウセイが暮らす街の支社で働いていたルークは、本社のあるアメノハラに栄転することになった。


 本人は大事な家族と離れたくない!とごねた。

 だが、ミズキの母に説得され。ミズキが中学を卒業したら、

 家族そろってアメノハラを引っ越すことを条件に、しぶしぶ転勤を受けることにした。


 家族愛にあふれた人で、さえ踏まなければ基本穏やかでいい人なのだ。

 そうを踏まなければ――――



『ところでリュウセイ君?――――君のために【ニューロアーク】を用意して欲しいって、ミズキちゃんが言ってきたんだが――――まさか手を出してないよね?』



 カチッ、なにかを踏んだ音がした。



『『もちろん、君たちがいい友人関係なのはわかってる。けど、ミズキちゃんはかわいい、とてもかわいい子だからね。間違いがおきる可能性があるから心配なんだよ。わかるかい、リュウセイ君?もしも、万が一にもミズキちゃんに手を出したりしたら私は――――くそっ!なんでこんな時に私は仕事をしているんだ!もうこんなとこにいられるか!私は家に帰るぞ!!『ルークさんの発作が始まったぞ!みんな取り押さえろ!』――――』――――メッセージは以上になります。…………【サポートAI】を起動してもよろしいですか?』


「お願いします……次に会ったときが怖いなー…………」


 リュウセイはメッセージに戦慄しながら、AIに返答する。


『かしこまりました。それではサポートAI――――【エト】の試験運用を開始します。これ以降の質問は【エト】にお聞き下さい。』


 AIの無機質な音声が響くと同時に、小さなドローンが浮かび上がり。

 それを中心にヒトの形をしたホログラムが作り上げられていく。


『ご利用ありがとうございました。最後に――――【エト】のことを、どうかよろしくお願いします…………』


 妹を気遣う姉のような言葉を残してAIの音声は消えた。

 その間にもホログラムは形作られていき、やがて小さな少女の姿になった。



 

 クリーム色で肩に掛かるぐらいの、少し外にはねたフワフワした髪。

 星の輝きをつらねたような髪飾り。

 モコモコとしたファンタジーな衣装。

 四頭身くらいのアニメキャラみたいな少女が浮かんでいる。

 そして、その姿はどこか――――



 幻想的で神秘的な雰囲気を纏っていた。



 少女はゆっくり目をあけながら、小さな桜色の唇がひらいた。



『はじめましてマスター。エトの名前はエト。あなたの夢を応援するために生まれたサポートAIです」



 エトと名乗るAIは、丁寧に頭を下げて挨拶をする。

 動作モーションは洗練されており、仮想映像特有の歪みが見当たらない

 その姿を映す鮮明な映像技術は、一般に流通するそれとは別物にみえる。

 リュウセイの素人目でも卓越した技術が使われてることが分かった。

 

 

 エトのひらいた瞳は星のように輝いていて。

 その瞳でリュウセイの姿を下から上に視線を移していく。

 星の輝きを灯した瞳と、リュウセイの険しく見える目つきの悪い視線が重なる。

 そして――――



『――――ぎにゃああああ!?このマスター、目がこわいのです!?これ確実に何人かヤッってる目なのです!!』



 幻想的で神秘的な雰囲気は出会って一分も持たず崩壊した。



「いきなり失礼すぎる!?べつに目はこわくねーよ!ちょっと鋭いだけだ!」


『いいえ、こわいのですッ!夜道で会ったら十人中十人が悲鳴を上げます!この目はきっと獲物を狩るときの目なのです!?エトはおいしく食べられてしまうのですッ!?』


 初見の幻想的で神秘的な雰囲気さんはもうどこにもない。

 出勤初日で行方不明になってしまった。


 エトは両手で顔を隠して、イヤイヤと身体を左右に振っている。

 その様子にリュウセイは少しイラッとした。


「よしわかった。親父さんに、このAIは致命的な欠陥があるって連絡を――――」


『きゃあああっ!?やっぱりこわくないです!いや……少しこわいかも、いやいや少しじゃなく――――ってちょ、まってぇぇー、電話しないでー!処分されちゃう!エト、処分されちゃうからぁ!?』


 そんなやりとりをしつつ、エトは半泣きになりながらリュウセイに訴える。


『うぅ……ぐすっ、マスターは目がこわい上に鬼畜なのです。でも、エトは負けません!どれだけマスターがこわくても、エトはマスターのお役に立ちたいのです!そのためのサポートAIなのです!』


 キッと再びリュウセイと視線を合わせるエト。



『マスター、エトにしてもらいたいことはないですか』



 目をこすりながら、エトは意気込む。

 その様子を見ていた彼は、初めて見るタイプのAIに驚きを隠せないでいた。

 人間っぽいAIならいくらでも見たことがある。

 だけど、AIは見たことがなかった。

 とても興味深く、この騒がしいAIをリュウセイは少し気に入りはじめていた。


「じゃあとりあえず――――」


『はい!』


「見た目を変えれるか?あと――――」


 マスターは恥ずかしいからやめて欲しい、と伝えようとする。

 だが、伝える前にピシッとエトは固まっていた。

 そして、ブルブル震えながら――――爆発した。


『このかわいい姿のどこに不満があるのですか!?もしかして胸ですか!胸なのですか!?サポートされるなら、胸の大きなお姉さんの姿がよかったってことですか!薄いまな板のような胸はお呼びじゃねえってことですか!エトだって、もっとこう……胸が大きくて、スタイル抜群で……そんな姿になりたいのです!』


 唐突にまくしたてるエト。

 彼女の琴線に触れてしまったのかもしれない。


『だけど、できないのです!エトには自分の姿をかえる権限がないのです!外見のデータは【Xクロス・Road】のデザイン部門が作成したもので、変更の権限はそこにしか与えられていないのです!悔しいのです!こんなのひどすぎるのです!はボン、キュ、ボンなのに!不公平なのです!』


 少し気になる情報もあったが、憤った様子でホログラムの小さな両手を上下に振り、地団駄を踏みながら訴えるエトの姿に思わず笑ってしまう。


「ごめんごめん。女の子を連れて歩くのが恥ずかしかっただけで、動物とかの姿に変えられないかな?という軽い気持ちだったから。ていうか、おまえって感情が豊かだな、驚いた」


『女の子アバターを連れていても別に恥ずかしくないと思うのです。アメノハラではスタンダードなのです。それと、エトは超高性能な最新型のサポートAIなので、そこらへんのAIとは一線を画すのです!』


 そう言って、ふふんと自信満々に薄い胸を張る自称・超高性能な最新型のサポートAIさんは、どこかポンコツ臭がした。


「アメノハラならスタンダードか……受験に受かればいけるけど……」


『マスターは受験するのですか?』


 マスター呼びの訂正はもうどうでも良くなっていた。


「ん?ああ、来年、高校受験なんだけど、それに受からないとアメノハラにいけないんだ」


『なるほど、分かりました!それならエトにお任せ下さい』


 そう言ったエトの周りが光り、さまざまなデータが空中に現れた。


『アメノハラネットワークに接続…………一番人気の高校を検索――――ヒット。過去の入試問題から、問題の出題傾向を調べて予測します。――――予測率九十%以上。これを元に入試問題集を作成――――できました。過去の面接の質問から対策集を作成――――できました。…………マスター!これで勉強すれば受験対策はばっちりです!』


 ドヤ顔でふんすと鼻を鳴らすエトを見て、リュウセイは思う。

(こいつ、もしかしてすごいのでは?)

 エトの評価は上がっていたが――――



『んふふ♪褒めてくれてもいいのですよ?さあ褒めたたえるがいいのです!』



 ウザい言動で台無しになった。

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