第4話 新生の星


 受験対策はひとまず置いておこう。と、リュウセイは思った。


 急いでどうにかなるモノでもないから、目の前のやるべきことを片付けることにした。

 視線の先にあるのは、ミズキに貰ったデバイスがあった。

 弧をえがいた、両耳につけるタイプの銀色の新型デバイス【ニューロアーク】と、使用用途不明の小さなキューブ状のドローンがある。


 ワイヤレス充電機の台座にのせて充電していたが、一〇分もせずに充電が完了した。これで連続通信時間が半日以上持つというのだから驚きだ。


 自分用のアメノハラ製新型デバイスが手に入ったことに気分が高まり、

 ワクワクしながらデバイスを耳につけて電源ボタンをいれる。

 ドローンはいったん放置だ。


 その直後、機械音声が聞こえてきた。


『安全装置の確認中――――確認しました。いつもクロスロード社の製品をご利用いただきありがとうございます。これより【ニューロアーク】の初期設定を、開始いたします。この声が聞こえていましたら、はい、と応えて下さい』


 抑揚のない女性の声がながれてきた。おそらく録音した音声を再生しているのだろうと、リュウセイは思った。


「は……了解!」


 ふと思いついたいたずら心で返答をかえてみたら――――


『…………返答を確認しました。これより初期設定に移行します。利用規約を読み、同意いただけましたら、は・いでお願いします。同意いただけない場合は、

い・い・えでお願いします』


 抑揚のない口調から一転、冷めた口調にかわって、返答の部分を強調した。

 もしかして、怒ってます?


「はいっ、お願いしますっ。ごめんなさい!」


 目の前に現れたホロスクリーンの、長い利用規約を流し見て同意する。

 録音した音声ではなく、AIによる受け答えだとリュウセイは理解して謝った。

 最近のAIは感情があるかのように、受け答えが人間っぽい。


『同意いただけましたので、設定を開始いたします――――生体認証登録開始――――成功。アメノハラネットワークに接続――――成功。

 通信会社の――――………………

 データの同期――――………………

 カメラの設定――――……………………』


 AIの音声を聞きながら、同意を求められたことだけは答えた。

 そうして各種設定を終えたAIが続けてきいてくる。


『最後に、当機、【スターロードシリーズ】では試験的に【サポートAI】を、ご利用をいただけますが、利用されますか?』


「【サポートAI】?それってはじめて聞くけど新機能?」


『肯定です。【スターロードシリーズ】は、同梱のドローンを介して、お客さまに適した専用【サポートAI】サービスを予定しております。そして、今回はそのヒナ型となります』


 ドローンはその為のモノかと納得して、個人専用AIのという新機能に興味を持ちつつも、ヒナ型という部分にひっかかりを覚えた。


「ヒナ型?もしかしてまだ未完成なのか?」


『肯定です。【サポートAI】は未完成です。もし、お客さまがご協力いただけましたら、完成に近づくことができます。いまなら、無料でご利用いただけますがいかがされますか?』


「うーん……興味あるけど、今はやることがたくさんあるから、AIを育ててる時間はないな…………」


『かしこまりました。今回はご利用しな――――――『はい、失礼するよ』』


 突然、AIの言葉をさえぎり、男の声が聞こえてきた。

 リュウセイはこの声に聞き覚えがある。


「もしかしてミズキの親父さん?」


『やあやあ、久しぶりだね。リュウセイ君、ルークおじさんだよ』


 AIとの会話に割りこんできたのは、如月きさらぎルーク。

 ミズキの父親だった。


「え?なんで親父さんが?…………もしかして――――」


 監視されてる!?その可能性を疑ったが、リュウセイが言葉にする前に、次の言葉で否定される。


『いま君は、監視なんかを疑ってるかもしれないが、安心して欲しい。この音声は、特定の条件を満たしたら自動で流れるようになっている。これはあらかじめ録音されたモノで、君のプライバシーはちゃんと守られてるよ』


 自分の言葉を先読みされて、リュウセイは驚く。


『この音声が流れていると言うことは、【サポートAI】の利用を断ったということかな?君には悪いがそれはダメなんだ』


 なぜなら


『【スターロード】のテストには、【サポートAI】のデータを取ることも含まれるからね。君には迷惑をかけると思うが、協力してほしい。』


 ルークの録音した音声は、こちらを気づかうように優しい声で語りかけてくれる。 


 如月きさらぎルークは、大企業のX《クロス》Roadにシステムエンジニアとして働いて、アメノハラ市内のほとんどのAIは彼が設計し、開発したものが基礎になっている。

 その実績が認められ、X《クロス》Road社内では異例のスピード出世をしており、リュウセイが暮らす街の支社で働いていたルークは、本社のあるアメノハラに栄転することになった。

 本人は大事な家族と離れたくない!とごねた。だが、ミズキの母に説得され、ミズキが中学を卒業したら、家族そろってアメノハラを引っ越すことを条件に、しぶしぶ転勤を受けることにした。


 家族愛にあふれた人で、さえ踏まなければ基本穏やかでいい人なのだ。

 そうを踏まなければ――――


『ところでリュウセイ君。君のためにデバイスを用意して欲しいって、ミズキちゃんが言ってきたんだが……まさか手を出してないよね?』


 カチッ、なにかを踏んだ音がした。


『『もちろん、君たちがいい友人関係なのはわかってる。けど、ミズキちゃんはかわいい、とてもかわいい私のエンジェルだからね。間違いがおきる可能性がゼロじゃないから心配なんだよ。わかるかい、リュウセイ君?もしも、万が一にもミズキちゃんに手を出したりしたら私は――――くそっ!なんでこんな時に私は仕事をしているんだ!もうこんなとこにいられるか!私は家に帰るぞ!!『ルークさんの発作が始まったぞ!みんな取り押さえろ!』……』――――メッセージは以上になります。…………【サポートAI】を起動してもよろしいですか?』


「お願いします……次に会ったときが怖いなー…………」


 リュウセイはメッセージに戦慄しながら、AIに返答する。


『かしこまりました。それではサポートAI――――【エト】の試験運用を開始します。これ以降の質問は【エト】にお聞き下さい。』


 AIの無機質な音声が響くと同時に、小さなドローンが浮かび上がり、それを中心にヒトの形をしたホログラムが作り上げられていく。


『ご利用ありがとうございました。最後に……【エト】は悪い子ではないので、どうか優しくしてあげて下さい……』


 妹を気遣う姉のような言葉を残してAIの音声は消えた。

 その間にもホログラムは形作られていき、やがて小さな少女の姿になった。




 クリーム色で肩に掛かるぐらいの、少し外にはねたフワフワした髪に、星の輝きをつらねたような髪飾り、モコモコとしたファンタジーな衣装、四頭身くらいのアニメキャラみたいな女の子が浮かんでいた。

 そして、ゆっくり目をあけながら、小さな桜色の唇がひらいた――――




『はじめましてマスター。エトの名前はエト。あなたの夢を応援するために生まれたサポートAIで――――ぎにゃぁぁぁ!?このマスター、目がこわいぃぃ!これ確実に何人かヤッってる目です!!』


「いきなり失礼すぎる!?べつに目はこわくねーよ!ちょっと鋭いだけだ!」


『いいえ、こわいのですッ!夜道で会ったら一〇人中一〇人が悲鳴を上げます!この目は獲物を狩るときの目なのです!きっと、エトはおいしく食べられてしまうのですッ!!』


 夜道であった人に悲鳴をあげられた経験のあるリュウセイ。ちょっと涙目。

 ホログラムが両手で顔を隠して、イヤイヤと身体を左右に振る様子に少しイラッとした。


「よしわかった。親父さんに、このAIは致命的な欠陥があるって連絡を――――」


『きゃあああっ!?やっぱりこわくないです!いや……少しこわいかも、いやいや少しじゃなく――――ってちょ、まってぇぇー、電話しないでー!処分されちゃう!エト、処分されちゃうからぁ!?』


 そんなやりとりをしつつ、エトは半泣きになりながらリュウセイに訴える。


『うぅ……ぐすっ、マスターは目がこわい上に鬼畜なのです。でも、エトは負けません!どれだけマスターがこわくても、エトはマスターのお役に立ちたいのです!そのためのサポートAIなのです!』


 だから


『マスター、エトにしてもらいたいことはないですか』


 目をこすりながら、エトは意気込む。

 その様子を見ていたリュウセイは、初めて見るタイプのAIに驚きを隠せないでいた。

 人間っぽいAIならいくらでも見たことがある。だけど、こんなAIは見たことがなかった。

「オレの役に立ちたいか……」そう思いながら、この騒がしいAIをリュウセイは少し気に入りはじめていた。


「じゃあとりあえず――――」


『はい!』


「見た目かえれるか?あと――――」


 マスターは恥ずかしいからやめて欲しい、と伝えようとしたところで、

 ピシッとエトは固まっていた。そして、ブルブル震えながら――――爆発した。


『このかわいい姿のどこに不満があるのですか!?もしかして胸ですか!胸なのですか!?サポートされるなら、胸の大きなお姉さんの姿がよかったってことですか!薄いまな板のような胸はお呼びじゃねえってことですか!エトだって、もっとこう……胸が大きくて、スタイル抜群で……そんな姿になりたいのです!』


 だけど


『できないのです!エトには自分の姿をかえる権限がないのです!外見のデータはX《クロス》Road社のデザイン部門が作成したもので、変更の権限は開発元にしか与えられていないのです!悔しいのです!こんなのひどすぎるのです!はボン、キュ、ボンなのに!不公平なのです!』


 少し気になる情報もあったが、憤った様子でホログラムの小さな両手を上下に振り、地団駄を踏みながら訴えるエトの姿に、思わず笑ってしまう。


「ごめんごめん。女の子を連れて歩くのが恥ずかしかっただけで、動物とかの姿に変えられないかな?という軽い気持ちだったから。ていうか、おまえ結構、感情が豊かだな、驚いた」


『女の子アバターを連れていても、別に恥ずかしくないと思うのです。アメノハラではスタンダードなのです。それとエトは、超高性能な最新型のサポートAIなので、そこらへんのAIとは一線を画すのです!』


 そう言って、ふふんと自信満々に薄い胸を張る自称・超高性能な最新型のサポートAIさんは、どこかポンコツ臭がした。


「アメノハラならスタンダードか……受験に受かればいけるけど……」


『マスターは受験するのですか?』


 マスター呼びの訂正はもうどうでも良くなっていた。


「ん?ああ、来年、高校受験なんだけど、それに受からないとアメノハラにいけないんだ」


『なるほど、分かりました!それならエトにお任せ下さい』


 そう言ったエトの周りが光り、さまざまなデータが現れた。


『アメノハラネットワークに接続…………一番人気の高校を検索――――ヒット。過去の入試問題から、問題の出題傾向を調べて予測します。――――予測率九十%以上。これを元に入試問題集を作成――――できました。過去の面接の質問から対策集を作成――――できました。…………マスター!これで勉強すれば受験対策はばっちりです!』


 ドヤ顔でふんすと鼻を鳴らすエトを見て、リュウセイは思う。

(こいつ、もしかしてすごいのでは?)

 エトの評価は上がっていたが――――



『んふふ♪褒めてくれてもいいのですよ?さあ褒めたたえるがいいのです!』



 ウザい言動で台無しになった。

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