第3話 星(てっぺん)をめざせ!

 X《クロス》Road社製ウェアラブルデバイス 〈ニューロアーク〉


【 Star Road  type proto 】



 星へ至る道。

 それが製品名だ。



「クロスロード社製の最新モデル、スターロードシリーズのプロトタイプ。クロスロード社で、エンジニアとして働いてるお父さんに、試作品を一つ譲ってもらったデス!」


 そして、昨夜、父親に無理を言って頼んだ、ドローンによる自動宅配を受け取るために、朝の稽古が遅れたのだと言った。


「いやいやいや!?待て待て!部外者のオレがこんな物っていいのか?ていうか試作品とはいえ、そんな高価なもん貰えないって!?」


「いいんデスよ。りゅーが使うためにお父さんを脅し……じゃなくて頼んだんデスから。お父さんも、一般の人を使ってテストしたいって言ってたし、だから使って欲しいデス。もらってくれないと困るデス」


「今、お前脅すって言ってなかったか?今度、親父さんに会ったときが怖いんだけど!?」


「言ってないデス。気のせいデス。お父さんも新型のテストが出来て、りゅーも欲しいものが手に入ってみんなハッピーデース」


 いくらテストとはいえ、社外秘の塊である試作品を一般人に渡すことに、リュウセイはわずかに疑問を覚えたが、欲しいものが手に入る喜びですぐに忘れた。

 そして、話題に上がったミズキの父親を思いだす。


 ミズキの父親は、優秀な技術者で有名だが、娘のこととなると親バカ全開になる。そして、娘のためならなんでもする、と リュウセイは前に聞いたことがあった。

 その娘の友人とはいえ、男にプレゼントをするために父親を脅したのだ、リュウセイは、ミズキの父親と次に会ったときに何をされるのか、 考えるだけで恐ろしかった。

 そんな不安を胸に抱きながら、それでもミズキの厚意を無下にすることはしたくなかったので、ありがたく受け取ることにした。


「ありがとうミズキ。大事に使う」


「うん! あ、不具合があればすぐ教えて欲しいデス。お父さんに文句言うから」


「お……おう」



 リュウセイは新型デバイス“ニューロアーク”をすぐに使いたかったが、ミズキに、本人以外は使用禁止にする生体認証登録など、いろんな設定をする必要があると言われ、学校が終わるまで我慢しろと言われた。

 そんなやり取りをしながら歩いていると、学校が見えてきた。

 そこでミズキがぽつりとつぶやいた。



「師匠、説得できればいいデスね……」



 リュウセイは答えられなかった。

 どうやったら説得できるかなんて全く思いつかなかったからだ。


 答えが見つからないまま放課後を迎える。




 ◆




「ばあちゃん……ただいま……」


「おう。おかえり。……なんだ、しけたツラしてんな。あー……朝の進路ことなんだが――――」


「いやいいよ。進路はもう少し考えてみるよ……」


「…………」


 いつも通り出迎えてくれたマナの顔を、リュウセイはまともに見れなかった。

 学校で一日中、マナを説得する方法を考えていたのだが、何も思いつかなかった。

 それどころか、熱くなりすぎて周りが見えてなかったことに気付いた。もしリュウセイが家を出ればマナは――――


 そこまで考えたところで、その様子を見ていたマナがふかいため息をつき、リュウセイに道場へ来るように伝えた。




 ◆




 マナは、伝えたいことがあるときは稽古を通して伝えることが多い。

 おそらく、今回もそうなのだろうとリュウセイは思った。


 スポーツウェアに着替えて、防具をつけたリュウセイとマナが向かい合う

 マナは竹刀を持ち、リュウセイは素手だった。

 剣道の試合ではない、実戦を想定した稽古だった。

 相手は得物を持ち、こちらは素手の不利な状況に、今回の稽古は相手を無力化することじゃなく、生き残ることを目的としたものだと理解した。


「え?ばあちゃん、これマジのやつじゃん。せめて寸止めにしてよ」


「防具をつけておいて、情けねえこと言ってんじゃねえ。心配しなくても痛くはしねえよ……真面目にやればな」



 竹刀をだらりと持ったマナをリュウセイは距離をとり油断なく見据える。

 一見、隙だらけに見えるが、間合いに入れば即座に切り捨てられるだろう。相手の動きの始点を見極め、回避しなければならない。


 目の前のマナは、「え?本当に人間?バトル漫画から抜け出してない?」と思わせるくらいに強く、そのマナの稽古は手加減されてるとはいえ、かなりしんどい。

 正直逃げ出したいが、それはできない。


 マナはリュウセイが幼い頃から、稽古をつけてくれている。

 そのおかげでここまで成長できたと感謝しているし、尊敬もしていた。

 だから、そんなマナに失望されたくないし、自分のためにも逃げたくない。


 マナの姿をとらえながら、リュウセイはいつでも動けるように構えていたが、ふと頭に今日考えていたことがよぎった。

 普段なら相手を前にして余計な事に思考を割いたりしないが、今日は違った。

 ほんの一瞬だけ考えてしまった。もし自分が家を出たあとのことを……

 それが隙を与えた――――


「気を逸らしすぎだ」


 いつの間にかマナが目の前にいて、竹刀で胴を打ち据える。

 パアァァァンっと、破裂音が道場内に響き渡る。

 防具の上から受けたが、あまりの痛みに顔をうつむかせ悶絶する。

 顔を上げた先には、再び竹刀をだらりと構えたマナが立っていた。


 「ちょっ……待っ……タ……イムッ!……タイムッ!……ばあちゃん、これマジで痛いから!」


 リュウセイの訴えをマナは無視して、目で「立て」と、うながす。


「え?またやるの!?無理無理!もう無理だって!」


「うるせえ。まだ始まったばかりだ。さっさと構えろ、次いくぞ」


 そのあとリュウセイは、マナに何度も、何度も打ち倒された。

 リュウセイは、床に倒れて天井を見上げていた。

 立ち上がる気力はなく、もう体力も、精神も限界に近い状態になっていた。


「はぁ……はぁ、こんのくそババア……ボコスカ殴りやがって…………」


「疲れのおかげで口が軽くなったな、くそガキ。動きに迷いが多すぎなんだよ。…………まあ、理由はわかるがよぉ」


 肩に竹刀をのせしゃがみ込み、マナは続ける。


「……あたしのことは気にしなくていいんだぜ?」


 リュウセイは驚き、思わず起き上がろうとした。しかし、体が重く力が入らない。

 その時はじめて、リュウセイはマナの目に優しさがあることに気づいた。



「あたしは、アメノハラが嫌いだ。だけどな、それをリュウにまで押しつける気はねえ。朝はつい反対しちまったけど、行きたいなら行ってもいいんだぞ」


「…………」


「金の心配か?それも大丈夫だ。おまえの両親が残してくれモンがあるから、大学にいくまでの――――」


「違う……違うんだ……ばあちゃん…………」


 マナの言葉をさえぎり、リュウセイは目の奥からこみ上げるモノを見られないように腕で目元を隠した。

 疲れで余裕を失った心は、己の本音を素直に話していく。


「オレ……浮かれてたんだ……アメノハラには見たことのないものがたくさんあって……あんなにワクワクしたのは生まれて初めてで…………目指したい夢も出来た……」


 だけど


「前だけしか見えてなかった……周りが見えてなかった…………オレが家を出たら、ばあちゃんがひとりになることを考えてなかったッ…………たったひとりの家族なのに……ばあちゃんは……ずっとひとりで育ててくれたのに…………オレは自分のことしか考えてなかったッ」


 リュウセイの瞳から涙があふれた。


「オレはバカだッ!」


 リュウセイの感情は涙と共に決壊した。

 マナは誰かのために泣ける心優しい孫を誇りに思いつつ、その思い違いを正すためにリュウセイに言葉をぶつける。


「お前が真っすぐなバカなのは、あたしがよーく知ってる、だがな…………お前に心配されるほど、あたしは弱くねーよッ!それでお前はどうしたいんだ、あたしを言い訳にして夢を諦めんのかッ!?」


 リュウセイは首を横に振る。


「諦めたくないッ」


「諦められねえよな。アメノハラから帰ってきたお前は、いつも楽しそうだった。最近は、ふてくされてばかりだったお前が、だ。あたしも応援してやりてえと思ったよ」


 だから


「あたしの事は気にせずに好きなことをやれ。それにな子どもはいつか巣立つもんなんだ。それがちょっと早くなるだけだ。」


 でもな


「そんな泣き虫じゃあ、ばあちゃん心配で送り出してやれねーよ。だからさ――――」


 竹刀をかついだままにかっりと笑った。


「笑え。笑って、胸を張って、やりたいことやれ」


「……っ……ぐすっ、う゛んっ」


 リュウセイは涙をぬぐって立ち上がった。

 笑みを浮かべ、その目は力強く輝いていた。


「やっといいツラになったじゃねーか」


 マナは満足そうに笑った。


「ありがとな、ばあちゃん。オレ、絶対夢を叶えるから」


「おー、期待してるぞ。どうせならテッペンめざしてこい!」


「おう!」


 笑いながら二人は拳をぶつけた。

 憂いがなくなり晴れやかな気持ちになって、決意も新たに気合を入れた。


 もうなにも問題がない!


「んで、アメノハラの高校って、人気すぎて受験の倍率がめちゃくちゃ高えらしいが……リュウの成績で大丈夫か?」


「……………………」


 問題ないかな?


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