第2話 星へと至る道
【仮想都市】アメノハラ――――最先端のXR(クロスリアリティ)技術をあらゆる場所に惜しみなくつぎ込んでおり、現実と仮想が融合した都市になっている。
リュウセイは先日に訪れたこの都市に心を奪われて、
祖母に【仮想都市】アメノハラへの進学をお願いしたのだが……
「はぁ?ダメに決まってんだろうが。起きたばっかなのに寝言を言ってんじゃねーよ」
「ばあちゃん!?かわいい孫がこんな真剣に頼み込んでんのにひどくない!?」
朝早くに起きて、祖母に頼み込んだが一蹴されてしまった。
少年の名は、
現在中学三年生で、来年受験をひかえた受験生である。
天然パーマで目つきだけは鋭いが、勉強とスポーツは可も無く不可も無くという、どこにでもいる普通の少年だ。
年相応に調子に乗ったり、ヤンチャな部分もあるが、困っている人は放っておけない性格をしている。そのせいかよく面倒事に巻き込まれることが多い。
少し前まではどれだけ努力をしても勉強もスポーツも、上位にいけないことからふてくされていた。だけど、【とある街】に行ってから体中からやる気が満ちあふれている。
そして、今、目の前にいるのは祖母の明星マナ。リュウセイの両親が亡くなった時に引き取ってくれた人である。
年齢は60越えたぐらいだが、見た目は30代前半にしか見えない。
たまにリュウセイの母親に間違われうれしそうにしている。
口は悪いが、近所の人からは好かれている。だけど、怒るとすごく怖い。
昔は護身術の道場を開いていたが、今は知り合いに教えるぐらいにしている。
ちなみに、リュウセイも小さい頃から護身術を習っていて、この話のあとは稽古になっている。
「だれがかわいい孫だ。大体お前、【仮想都市】がある場所は……」
そこで言葉を止めて、考え込むように顎に手を当てて、嫌なこと思い出すように目を細め、眉間にしわが寄る。
「ばあちゃん、どうしたの? 」
リュウセイが心配になり声をかけると――――
「いんや。なんでもねぇ」
と、首を横に振って誤魔化した。
何かあるのだろうが、深くは聞かないことにする。
今までTVやネットで【仮想都市】の話題が出るたびにマナが険しい顔をしていたことに関係あるのだろうと察したからだ。
リュウセイもマナのそんな様子から【仮想都市】の情報を避けてきて、世界の話題の中心と言っても過言でない【仮想都市】のことをほとんど知らなかった。
祖父は行方不明で、両親の顔を覚えてないリュウセイにとって、マナはたったひとりの家族だ。
だから大切にしたい。それでも、頭からあの日のことが離れない。
あこがれを捨てられない。
だから――――
「ばあちゃんゴメン。ばあちゃんが【仮想都市】をよく思ってないことはわかってる。理由は知らないけど話したくないのもわかってる。」
それでも……と続ける。
「どうしても、行きたいんだ。頼むよ、ばあちゃん」
そう言って誠意を示すために頭を下げる。
「…………。」
無言の時間が流れる。
そして、頭を上げたリュウセイの目に入ったのは、やわらく微笑んでるマナの姿だった。
そして、マナは口をひらき――――
「今日の稽古、いつもの三倍だ」
地獄が始まった。
◆
「おはよーございまーす。師匠ー、りゅーいますデスかー?」
リュウセイの家に併設された道場に声が響く。
道場の扉を開けて顔をのぞかせるのはこの道場に通う、
リュウセイの幼馴染みで友人の
ハニーベージュ色の少しウェーブしたショートボブの髪型に、くりっとした碧眼の小柄な女の子だ。
母親が日本人、父親がアメリカ人のハーフで一時期は海外に住んでいたせいか、話し方が独特。
愛嬌があり元気いっぱいで無邪気そうに見えるが、けっこう腹黒い。
マナが護身術を教えている生徒のひとりで、マナを師匠として尊敬している。
「おう、おはよう。今日は遅かったな」
「申し訳ないデス。ちょっと野暮用があって……、なので、学校サボっ……休んで稽古頑張るデス!」
「いや、ちゃんと学校に行け。勉強しろ。お前、今日は稽古なしでいいぞ。今日はリュウをしごかなきゃいけねえからな。いつものメニュー三倍だ」
「さ……さんばい……」
普段のきつい稽古を思いだし顔を引きつらせながら、その返事にミズキは先日、リュウセイを【仮想都市】に連れ出したことを思い出した。
ミズキは、リュウセイがマナを気遣って【仮想都市】のことを調べたりしてないことは知っている。
ミズキは【仮想都市】に進学することが決まっていて、このままでは地元で受験するつもりのリュウセイと、道が分かれることを悟ってしまった。
小さい頃から一緒に育って、自分の性格の悪さを知っても、変わらずに接してくれる友人とはなれてしまう。それを寂しいと思ってしまったミズキは、【仮想都市】の良さをリュウセイに知って貰い、あわよくば進学先を変えられないかと考えてしまった。
ミズキ自身は成功するとはあまり思っていなかった、リュウセイは頑固なとこがあり、一度決めたことを変えること難しかったからだ。
それでも試さずに諦めるのは嫌だった。だから、今回のことは自分の気持ちに区切りをつける為のものだったのだが……
予想外に成功してしまった。
大成功すぎてリュウセイのテンションがヤバかった。
結果だけ見れば成功なのかもしれない。
だけど、自分のわがままで、リュウセイの将来を変えてしまったことに罪悪感を覚えた。
ミズキは、大多数の人からいい子だと思われているが、自分の本性は結構ひん曲がっていることを自覚している。それでも、大事な友人を操るようなマネをしたいと思うほど腐ってはいない。
だから、ミズキは自分のしたことを後悔した。
謝らないと……そう思いつつ、床の隅の方を見ると、リュウセイが汗だくで息も絶え絶えで、ボロぞうきんのようになっていた。
「え? ちょ!りゅー大丈夫デスか!?」
慌てて駆け寄り声をかけると、リュウセイは力なく右手を上げて親指を立てた。
「へへ……だいじょうぶさ……オレ、この稽古がおわったら…………【仮想都市】にいくんだ…………」
「なに死亡フラグ立ててるデスか!? それと今日は学校があるから【仮想都市】にはいけないデスよ!」
そう言いながらも、リュウセイが冗談を言えるぐらいなら平気なのかなと思いほっとした。
「じゃあ、稽古は終わりにするから学校行ってこい。」
「はい! 行ってくるデス!」
「え? マジ!? ばあちゃん、ありがとう!」
喜んだのもつかの間
「残りは帰ってからだ」
「あ、うん。そうだよね……」
一瞬にして絶望した。
◆
「その……りゅー、ごめん……」
登校途中にしょんぼりしたミズキに謝られたことにリュウセイは
操作していた年期を感じさせる旧型の情報端末デバイスの液晶画面から目を離した。
「ん? なんか謝られることあったか? 」
「わたしが【仮想都市】……アメノハラに誘ったせいで進路が変わったり、師匠に怒られてたりしたデス……」
「ああ、それのことか。 別に気にしてねーよ。 むしろ誘ってくれたことに感謝だ。感謝! ミズキが気にすることじゃないって。それよりどうやったらアメノハラに進学できるか考えよーぜ!」
そう言ってリュウセイは笑みを浮かべた。
「それにしても、りゅーホントに変わったデス。前は、『進学先考えるのめんどくせー』って言ってたのに」
「そりゃあ、あんなもん見せられたら人生変わるって!ばあちゃんも理解してくれればいいのになー……」
「んー……師匠はやっぱり反対してたデス?」
「いや……話をはぐらかされた……問答無用で稽古させられた」
「あー……」
マナが話を逸らしたということは、話すつもりはないのだろう。
ミズキは、これ以上の詮索はやめた方がいいと感じ、話題を変えることにした。
「ところでさっきからなにを見てるデスか?」
そう聞かれたリュウセイは、年期を感じさせる旧型情報端末デバイスの液晶画面を、ミズキに見せた。
そこには、先日ア、メノハラで見た、eスポーツ大会のゲーム紹介がしてあった。
『いま話題のゲーム《神星領域:ロスト・フォークロア》!』
『現実と仮想が交わるアメノハラ市を舞台に、失われた星の伝承は紡がれる』
『 未知なる世界への冒険を、最新デジタル技術が実現させる新時代の物語!』
と見出しがされている。
記事には、ゲームの世界観や、その舞台であるアメノハラのことが事細かに書かれていて、プレイ動画もあり再生する。
動画を視聴していたリュウセイは「いつかはおれも……」と呟き、そのまなざしはあまりにも真剣だった。
それを見ていたミズキは、リュウセイに協力することに決めた。
「わたしも協力するデスよ!アメノハラの事で、聞きたいことがあればいくらでも教えるデス!」
そう言ってミズキは、耳の後ろにつけたオレンジ色の情報端末デバイスを起動させ、周りにたくさんのアメノハラの情報が載ったデジタル映像を浮かべた。
「はぁ~……こないだ貸して貰ったけど、アメノハラ製の最新デバイスってすっげーな。どういう仕組みで動いてるのかさっぱり分からん。この画面なんでオレにも見えるんだ?」
「なんか近くに居る相手の網膜に、直接投影させるとかなんとかって、お父さんが言ってたデス。これでもすごいけど、アメノハラ外だと、通信技術なんかが違いすぎて、性能を充分に発揮できないデスよね~」
ミズキの言葉を聞きながら、リュウセイは改めて技術の進歩に感動した。
リュウセイの目標には最新型ではないにせよ、それなりにスペックのある情報端末デバイスが必要で、そういったデバイスは総じて高価だ。
一介の中学生には手の届かない価格で、リュウセイの目指すものはまだ星のように遠かった。
だから、ミズキの最新デバイスを羨ましく思っている。
そんなリュウセイの耳に何かを思い出したようなミズキの声が届いた。
「あっ!忘れてたデス!りゅーに渡す物があったデス」
ミズキはカバンから一つの高級そうな黒い箱を取り出し、リュウセイに差し出した。
リュウセイはその箱に刻まれた会社のロゴを見て目を見開いた。
その会社を知らない者などいない。
世界最高峰のXR(クロスリアリティ)技術を保有する、XR(クロスロード)社。
二重になったXRのロゴは最先端の技術を惜しみなく注ぎ込んだ製品の証だった。
震える手で開けたその中身は――――
X《クロス》Road社製ウェアラブルデバイス “ニューロアーク”
【 Star Road type proto 】
星にすこしだけ近づいた気がした。
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