青白い光の先

marin

青白い光の先

 暗い液晶が青白く光る。どうせ下らない通知だろと思ったが、予想は外れた。画面上にはあるのは、唯一の友達の名前だ。いつもなら後で返信するかとなるが、今日はそうは思わなかった。暇だったし、早く返信しないと手遅れになる予感があったから。

「トラックって作れる?」

 それは、余りにも唐突な問い掛けで、一ヶ月ぶりのLINEということよりも驚いた。

「俺、ラップやりたいんだよね」

「トラックなんて作ったことないんだけど」

「じゃ丁度いいじゃん」

 そうだなと思ってしまったから、返事は1つしかなくなった。

「分かった。作ってやるよ」



 あいつとは大学からの腐れ縁だ。学籍番号が近くて、ゼミも同じで、趣味も似ていた。だから、気付いたら友と呼べる存在になっていた。そして、今はどっちも単発バイトを繰り返すフリーターである。無職じゃないだけ偉いと思ってほしい。

 違うのは、俺はインターネットに自分で作ったフリーBGMを投稿しているが、あっちはTwitterでネタツイを呟いていることくらいだ。ちなみに、どっちも大して伸びたことはない。悲しきかな。

 つまりお互いに何か変化を望んでいたんだと思う。その手段に選んだのがラップなのは、ちょっとおかしい気もするし、そんな奴はごまんといるだろうが、目を逸らした。まぁ息抜きが出来れば何でもいい。こんなのは所詮お遊びに過ぎないのだから。

 トラック作りはとても面白かった。普段作る曲とは違いアップテンポだし、いつもは使わない音を使えるのがいい。問題は、参考にした曲とほぼ同じになってしまうことだ。これに関しては、自分が好きな柔らかい音を入れることで、なんとかする気だったが、そう簡単にはいかない。曲作りの大変さを味わいながら、修正を繰り返して気付けば一週間が経っていたが、急かされることはなかった。向こうも煮詰まっていたからだ。相変わらず、俺らは似ている。それがいいのか悪いのかは分からないけど。

 それから3日くらいが経ちトラックが出来たので、あいつに送ってみたら、とても喜んでいた。代わりにと送られてきたリリックの雛形も、悪くなかった。内容は下らない日常と自己紹介で、後半はほとんどアニメの話だ。俺には全部分かるが、俺以外はどうなんだろう。別に全部伝わる必要はないか。大体、これを世に公開するかも決まっていない。

「ところで、MIXも出来んの?」

「出来ないけど、そう言われると思って調べてやってる」

「お前マジで最高」

 YouTubeに投稿したいならお前が動画作れよと返したら、そう言われると思ったと返ってきた。全くお互いのことが分かりすぎている。だから、ずっと関係が続いているのだろうが、たまにかなり長い期間で連絡を取らなくなるので、いつか気付いたらお互いを忘れていそうだなとも思う。それを悲しむことはないだろうなとも。ただ寂しくはなるかもしれない。

 リリックは大方出来ていたこともあって、音源は一週間ほどで送られてきた。よく家で録音できたなと聞いたら、歌い手になろうと思って機材だけ買ったと言われた。いやはや若気の至りとは恐ろしい。俺も似たようなこと考えたけど。

 トラック作りとは違い、MIXはかなり苦労した。なにせ人の声なんて調整したことがない。どこに音を置くかも迷ったし、あいつの声をどれくらい大きくすればいいかもよく分からなかった。人生で一番男の声を聴いた二週間だったと思う。控えめに言って、最悪だったし、二度とやりたくないと卒論以来に思ったりもした。ちなみに、俺が苦労している間にあっちは動画をほぼ完成させていて、字幕をつけるだけの状態になっていた。昔取った杵柄らしい。ズルいぜ。

 そんなわけで今に至る。今日は、何度か動画を確認し満足したので、俺達の曲を投稿すると決めた日だ。今日である意味は特にないし、これで世界を変えてやるみたいな気持ちもなかった。ただ誰か聞いてくれたら少し報われるかな。そんなことを期待しても落ち込むだけなのは、分かっているけれど。

「これ投稿出来てる?」

「再生回数5になってるぞ」

「俺ら以外が聴いたってこと?」

「いや……俺がタブ更新したからだと思う」

 一応お互いにツイートもしてから、暫くどれくらい伸びるかを見ることにした。フォロワーはそこそこいるので少しは伸びるはずだ。あわよくば4桁いかないかなとか思いながら、お互いに苦労した作業の話をする。リリックってマジで思いつかないわとか、トラックにいれる音っていつもと全然違くて金かかったとか、動画はすぐに出来るから楽だけど自分の声にムカつくとか。文句は山ほど出てきたが、不思議とやらなきゃよかったみたいな言葉は、出てこない。それどころか、次はどんなラップにするかの話になっていった。

 次はもっと良くなるはずだけど、これ以上の物が作れなかったらどうしよう。そう俺は言ったが、あいつは優劣なんか感じるなよと返してきて、なんともいえない気持ちになる。それは残酷なほどに純粋な言葉だったから。でも、それにめちゃくちゃ食らうほど自分は創作にのめり込んでいなかった。そうだよな。まだ作り始めだしそんなこと気にしなくていい。

「気付いたらめっちゃ再生されてるじゃん」

「本当だ。祝いに飯でも行くか?」

「今日はもう家から出たくないからウーバーで送ってくれ」

 なんで俺がお前の分まで払わなきゃいけないんだよと思ったが、言い出しっぺは俺なので、奢ってやることにする。そういえば、大学卒業してから一度も会ってないな。無意味に変な自撮りを送ってくるから、相変わらず黒髪長髪の見た目がヤバい奴なのは知っているけど。いや、俺も黒髪長髪だからほぼ同じか。こっちはパーマをかけているから、少しマシな気がするが。

 アプリを立ち上げながら、今日は何でもない日だと思っていたが、記念日として記憶に刻まれそうだと思った。もし俺らがもっと曲を作るようになったら、今日の事をラップにするかもしれないとも。まぁ3年後とか5年後まで作ってる自分達は想像できない。何故なら、どっちも飽き性だから。まぁでも案外続くかもしれない。俺らの髪型がずっと変わらないみたいに。


 

 すぐに飽きるだろと思っていたが、初めて投稿した日から半年後も曲を作り続けて、今も投稿し続けている。といっても、制作スピードは遅いのでまだ5曲しかなかったし、どの曲も4桁を少し超えたくらいまでしか再生されなかった。

 しかし、ある日凄いことが起きた。あいつのネタツイが万バズしたのである。それはもう見事なRT数といいね数だった。こんなバズはネットでよく見られる光景ではあったが、それでもバズはバズなので、勿論リプで俺らの曲を貼った。一番出来が良くて尚且つウケそうだったので、俺らが留年しそうになった冬を書いたラップは、それはもう沢山再生されて、一週間後には3万を超えた。

「ここまでくるとちょっと現場とか見えてくるわ」

「流石に早すぎだろ」

「まー確かに。これしか伸びてないしな」

 所詮あの曲は事実でしかない。俺らの本質は別の曲にある。ひたすら深夜アニメに対する萌えを語るやつとか、金欠なのにコラボカフェで散財した話とかだ。結局、俺らはオタクなのである。どうしようもないほどに、オタクで陰キャだった。現場に行きたいとか言いつつも、ネットの海の方がマシだと結論付けていたし。

 だから、ああいう事実ベースの曲は作らないと決めていた。今、作りたい曲とはやはり違うから。なので、次の曲のテーマが変わることもない。次もオタクの他愛もない日常の話をラップにするのだ。白いワンピースに麦わら帽子のヒロインに会いたいだけの夏とか、夏ってループしがちだよねとか。そういうやつだ。というか、俺らにはこれしかなかった。全くもって最悪で最高なことに。

 脇に置いたスマホの暗い液晶が青白く光る。LINEを開けば、いつもと同じ文字列が並んでいた。書けたという一言に、とても喜んでいる自分に気付く。あぁそうか。なんでまだ飽きずにいるのかが、ようやく分かった。画面上にあるおびただしい数の言葉たちが、俺らにとっての光であり、唯一の繋がりだったのである。いつ消えてもおかしくない光に縋るなんて、馬鹿みたいだ。まぁなんかエモいしいいか。

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