前のエピソード――１９．ジャム量産

■２０．食（く）うべきか食（く）わざるべきか

　土曜日（どようび）。

　前回（ぜんかい）ハーブティーを納品（のうひん）したのが日曜日（にちようび）の夕方（ゆうがた）。（7話（わ）参照（さんしょう））

　水曜日（すいようび）の朝（あさ）に犬（いぬ）麦茶（むぎちゃ）を納品（のうひん）して、三日（みっか）経（た）った。

　最初（さいしょ）のハーブティーは三日（みっか）で売（う）り切（き）れたけど、二（に）回（かい）目（め）は犬（いぬ）麦茶（むぎちゃ）も投入（とうにゅう）したので販売（はんばい）がばらけて、なんとか残（のこ）っていた。

　今日（きょう）は両方（りょうほう）の追加（ついか）生産（せいさん）をしようと思（おも）う。

「ということで、本日（ほんじつ）はスペアミントとイヌムギの収穫（しゅうかく）です」

「はーい」

　ミーニャがいい返事（へんじ）をする。

　ラニアを迎（むか）えに行（い）き、その足（あし）で草原（そうげん）に向（む）かう。

　さてキノコは生（は）えてるかなぁ。

　キノコは昨日（きのう）なくても今日（きょう）は生（は）えている、ことがあるので、要（よう）確認（かくにん）。

　特（とく）に雨（あめ）の翌日（よくじつ）とか。

「本日（ほんじつ）のメインターゲットはスペアミントとイヌムギだから、あといつもの草（くさ）は俺（おれ）が採（と）るから大丈夫（だいじょうぶ）だよ」

「「はーい」」

　ということで作業（さぎょう）に入（はい）る。

　ミントを採（と）って、採（と）って、採（と）って、イヌムギを採（と）って、採（と）って、採（と）って。

　慣（な）れてくると、倍（ばい）くらいの速度（そくど）まではいける。

　三（さん）人（にん）になったので、効率（こうりつ）もいい。

　お、ムラサキキノコだ、鑑定（かんてい）。

【ムラサキメルリアタケ　キノコ　食用（しょくよう）可（か）(美味（びみ）)】

「お、これはムラサキメルリアタケじゃん。ムラサキキノコだ」

　みんなに内緒（ないしょ）で持（も）って帰（かえ）ろう。

　採（と）るものは多（おお）かったけど、午前（ごぜん）中（ちゅう）でなんとか作業（さぎょう）を終（お）えた。

「ハイ終（お）わり、ありがとうございました」

「はい、お疲（つか）れさま」

「お疲（つか）れさまでした」

　労働者（ろうどうしゃ）みたいに挨拶（あいさつ）をして、街（まち）に戻（もど）ってくる。

　お昼（ひる）だ。

　今日（きょう）のお昼（ひる）のメニュー。

　イルク豆（まめ）とカラスノインゲンとサトイモの水煮（みずに）。

　ムラサキキノコとタンポポと干（ほ）し肉（にく）の炒（いた）め物（もの）。

　ホレン草（そう）の塩茹（しおゆ）で。

　犬（いぬ）麦茶（むぎちゃ）。

「あ、エド、どこからキノコ出（だ）したの？」

「え、アイテムボックスから。生（は）えてたから採（と）ってきた。サプライズ」

「やったっ」

「あれは、美味（おい）しかったですね」

　どんどん調理（ちょうり）していく。

「ラファリエール様（さま）に感謝（かんしゃ）して、いただきます」

「「「いただきます」」」

　相変（あいか）わらずラニアは礼儀正（れいぎただ）しい。

「うまあぁ」

「美味（おい）しいにゃ」

「美味（おい）しい、です」

　ミーニャは今日（きょう）もご機嫌（きげん）。

　ラニアは本日（ほんじつ）もうれしそう。

　ギードさんとメルンさんも満足（まんぞく）そう。

　いやあ、本当（ほんとう）に豆（まめ）だけだったんだよな、二（に）週間（しゅうかん）前（まえ）までは。

「ところでさ、これ、ムラサキメルリアタケっていうんだけど」

「うん？」

「ジャムで金貨（きんか）一枚（いちまい）だったろ、このめちゃうまキノコ、市場（しじょう）で売（う）ったらいくらになると思（おも）う？」

「「えっ」」

　二人（ふたり）ともその意味（いみ）を悟（さと）り、目（め）をまん丸（まる）くして驚（おどろ）いている。

「金貨（きんか）？」

「金貨（きんか）、ですか？」

「かもしれない。まだ確（たし）かめていないけど、この味（あじ）だぜ」

「「たしかに」」

　茶色（ちゃいろ）いほうもまあまあ美味（おい）しいが、あっちは毒（どく）キノコと誤解（ごかい）されているから売（う）れないだろう。

　このムラサキキノコは目立（めだ）つうえ、同定（どうてい）が当社（とうしゃ）比（ひ）で簡単（かんたん）だ。

　市場（しじょう）――トライエの朝市（あさいち）とか専門店（せんもんてん）でいくらで売（う）れるか、考（かんが）えるだけで頭（あたま）が痛（いた）い。

「「食（た）べちゃった」」

「まあそうだな。次（つぎ）見（み）つけたら、どうする？　食（た）べれば、美味（おい）しいよ？　それとも売（う）って金貨（きんか）がいいかな？」

「そんなの決（き）められない……」

「難（むずか）しい問題（もんだい）ですね」

　ミーニャもラニアも考（かんが）え込（こ）んでしまった。

　さて「食（く）うべきか食（く）わざるべきか」それが問題（もんだい）だ。

　元（もと）ネタはシェイクスピア「To be or not to be」、日本語（にほんご）で「生（い）きるべきか死（し）ぬべきか」だけど、異世界（いせかい）にも似（に）た格言（かくげん）がある。

　格言（かくげん）「（ゴブリンと）戦（たたか）うべきか戦（たたか）わざるべきか」がそれだ。

　素人（しろうと）がゴブリンと遭遇（そうぐう）したとき、頑張（がんば）れば勝（か）てるが油断（ゆだん）は大敵（たいてき）だ。

　勝（か）てる保証（ほしょう）もないが、負（ま）けるとも限（かぎ）らない。

　逃（に）げたらいいか、戦（たたか）うべきか、難（むずか）しい問題（もんだい）だ。

　これからも食（た）べるか、売（う）るかの判断（はんだん）に迷（まよ）うときは、何回（なんかい）もあると思（おも）う。

　ジャムだって、うちがパンを主食（しゅしょく）にしていたら、隠（かく）れて全部（ぜんぶ）食（た）べたかもしれない。

　しかしお金（かね）を選（えら）んだ。

「うにゅう、食（た）べたい」

「でも、お金（かね）も欲（ほ）しい」

「そうだね、意見（いけん）も割（わ）れるかもしれない。大（おお）喧嘩（げんか）になるかも」

「それはやだな」

「そうだね」

　うむ、食（た）べ物（もの）の恨（うら）みは怖（こわ）いからね。

　対立（たいりつ）したら、どうやって決（き）めるか、難（むずか）しい。

　幸（さいわ）いにして、今日（きょう）はすでに食（た）べてしまった後（あと）なので、どうにもならない。

「次（つぎ）のムラサキキノコは、冒険者（ぼうけんしゃ）ギルドに持（も）ち込（こ）んでみるということでどうでしょう？」

　ラニアが提案（ていあん）してくる。

「それがいいかもね」

「そう、だね」

　ミーニャが「本当（ほんとう）は食（た）べたい」という顔（かお）で同意（どうい）する。なんだか、こういう顔（かお）もかわいい。

　いや美少女（びしょうじょ）はどんな顔（かお）しても、かわいいわ。

　ところで俺（おれ）は採取（さいしゅ）、採（と）る、と思（おも）っているけれど表記（ひょうき）はいろいろある。

　人（ひと）によっては採集（さいしゅう）、取（と）るを使（つか）う人（ひと）もいるだろう。

　盗（と）るは論外（ろんがい）だけどね。

　歴史（れきし）とかだと狩猟（しゅりょう）採集（さいしゅう）生活（せいかつ）だから採集（さいしゅう）かなとも思（おも）う。

　でも昆虫（こんちゅう）採集（さいしゅう）のイメージもある。採集（さいしゅう）は蒐集（しゅうしゅう）に近（ちか）い。

　それなら採（と）るのは採取（さいしゅ）かな、となるけど、どうだろうね。

　転生（てんせい）した今（いま）となっては、どうでもいいといえば、どうでもいいけど。

　午後（ごご）はスペアミントとイヌムギの乾燥（かんそう）作業（さぎょう）をしつつ、スプーンを作（つく）る。

「癒（いや）しの光（ひかり）を――ヒール」

　ミーニャはラニアにヒールの指導（しどう）をしているけど、なかなかうまくいかない。

　人間（にんげん）には魔法（まほう）の適性（てきせい）属性（ぞくせい）というものがあり、適性（てきせい）属性（ぞくせい）がない魔法（まほう）は習得（しゅうとく）が著（いちじる）しく難（むずか）しい。

　やっぱりラニアにはヒールは無理（むり）かな。

　ちなみに最近（さいきん）メルンさんを観察（かんさつ）していてわかったけど、普段（ふだん）使（つか）っているのはヒールじゃない。

　祝詞（のりと）は「神（かみ）の癒（いや）しを――サクラメント・ヒール」という違（ちが）う魔法（まほう）のようだ。

　俺（おれ）の少（すく）ない知識（ちしき）を総動員（そうどういん）する限（かぎ）り、いわゆる神聖（しんせい）魔法（まほう）だと思（おも）う。

　ラファリエール様（さま）によるラファリエ教徒（きょうと）への治療（ちりょう）行為（こうい）だろう。おそらく、ヒールよりも高等（こうとう）でいろいろなものを癒（いや）せるうえに、信仰心（しんこうしん）を糧（かて）にしているので、簡単（かんたん）な怪我（けが）程度（ていど）ならMP消費（しょうひ）が少（すく）ない、とかあるんだと思（おも）う。