[総ルビ]異世界転生スラム街からの成り上がり ～採取や猟をしてご飯食べてスローライフするんだ～(web版)

５．ミントティーと香味野菜

■５．ミントティーと香味（こうみ）野菜（やさい）

　引（ひ）き続（つづ）き木曜日（もくようび）午後（ごご）四（よ）時（じ）。

　家（いえ）に戻（もど）ってきた。

「メルンさん、ただいま」

「ママただいま～」

「あらおかえりなさい」

「おかえりなさいワン」

　ミーニャの母親（ははおや）メルンさんは、近所（きんじょ）の犬耳（いぬみみ）族（ぞく）のパトリシアおばさんと話（はな）していた。

「いろいろ採（と）ってきたよ。まずははいこれ、スペアミント」

「ミントね。ミントなら知（し）ってるわ。スーッとして気分（きぶん）が良（よ）くなるのよね、懐（なつ）かしいわ」

「なるほど」

「お茶（ちゃ）を出（だ）すから、しばらく話（はなし）を続（つづ）けてて」

「そうね」

　さすが謎（なぞ）が多（おお）いエルフのメルンさん。

　たぶんこの人（ひと）、元（もと）は良（よ）いところのお嬢様（じょうさま）なんだと思（おも）う。

　だから知識（ちしき）とかいろいろもってるはずなんだけど、世間知（せけんし）らずでもあって、料理（りょうり）を作（つく）る才能（さいのう）に乏（とぼ）しい。

　俺（おれ）が指示（しじ）すれば料理（りょうり）は出来（でき）る。どんなものを作（つく）るかは知（し）ってるのに、作（つく）り方（かた）は知（し）らない、という感（かん）じがする。

　鍋（なべ）でお湯（ゆ）を沸（わ）かして、ミントのハーブティーを出（だ）す。

「いただくわ」

「いただくワンね」

「美味（おい）しいわ」

「美味（おい）しいワン、本当（ほんとう）にスーッてするワンね」

　犬耳（いぬみみ）族（ぞく）は、頭（あたま）に犬耳（いぬみみ）、お尻（しり）の上（うえ）に犬（いぬ）尻尾（しっぽ）が付（つ）いている以外（いがい）は、ほとんど人（ひと）族（ぞく）と同（おな）じだと思（おも）う。

　肉（にく）が特（とく）に好（す）きとかは、あるかもしれない。

　でも野菜（やさい）がダメとかはないはず。

「これは、素晴（すば）らしいワン」

「ええ、そうね」

　おばさんたちは、しばらくハーブティーを楽（たの）しんで、大変（たいへん）好評（こうひょう）だった。

「ねえあなたたち、そうこれよ、ミントティーだワン」

「なにが？」

「このミント。たくさん採（と）ってこれるかしらワン」

「そこそこの量（りょう）なら、採（と）ってこれるよ。無限（むげん）には無理（むり）だけど」

「私（わたし）が仲介（ちゅうかい）するワン。ドリドン雑貨店（ざっかてん）で売（う）るワン」

「あーなるほどねぇ」

　ドリドン雑貨店（ざっかてん）は、この辺（へん）の唯一（ゆいいつ）といってもいいお店（みせ）で、黒（くろ）パン、イルク豆（まめ）、干（ほ）し肉（にく）、あと塩（しお）を売（う）っている店（みせ）だ。

　要（よう）するに俺（おれ）たちの生命（せいめい）線（せん）でもある主食（しゅしょく）を、メインで扱（あつか）っているお店（みせ）だ。

　それほど大（おお）きくないけど、スラムの家（いえ）よりはよっぽど立派（りっぱ）で、夜（よる）はちゃんと正面（しょうめん）が閉（と）じられる。

　地区（ちく）では税（ぜい）金（きん）がないんだけど、ドリドン雑貨店（ざっかてん）の売（う）り上（あ）げから地区（ちく）の財源（ざいげん）が出（で）ていて、自警（じけい）団（だん）の給料（きゅうりょう）も原資（げんし）はここが元手（もとで）らしい。

　影響力（えいきょうりょく）はデカい。

　そんな独占（どくせん）販売（はんばい）のお店（みせ）に、俺（おれ）たちのハーブなんか置（お）いてくれるのかと思（おも）うけど、半分（はんぶん）は子供（こども）の遊（あそ）びだと思（おも）って、少（すこ）しの期間（きかん）は付（つ）き合（あ）ってくれるかもしれない。

　あそこのおじさんとおばさんも俺（おれ）とは知（し）り合（あ）いだ。

　俺（おれ）の母親（ははおや）トマリアとも非常（ひじょう）に仲良（なかよ）くしていた。

「わかったよ。乾燥（かんそう）ハーブでいいかな？」

「そうね。それがいいかもしれないワン」

「わかりました。じゃあ、明日（あした）さっそく準備（じゅんび）するよ」

「お願（ねが）いワン。午前中（ごぜんちゅう）に話（はな）しておくワン」

「お願（ねが）いします。あ、小（こ）ビンとかないんで、小分（こわ）けの入（い）れ物（もの）は持参（じさん）でってことで」

「そうね。他（ほか）の商品（しょうひん）と一緒（いっしょ）ワン」

「そうそう」

　量（はか）り売（う）りは本来（ほんらい）、錘（おもり）を細工（さいく）したり計算（けいさん）を誤魔化（ごまか）すなどこの世界（せかい）では詐欺（さぎ）の温床（おんしょう）と思（おも）われているため嫌（きら）われている。

　しかし定量（ていりょう）販売（はんばい）で使（つか）うビンは値段（ねだん）がそこそこする。

　ビンに詰（つめ）たものは、ビンのほうが中身（なかみ）より高（たか）いとかいうことになりかねない。

　そのためスラム街（がい）では安（やす）いものだと入（い）れ物（もの）持参（じさん）での量（はか）り売（う）りが横行（おうこう）している。

　量（はか）り売（う）りが可能（かのう）なのはドリドンさんへの信頼（しんらい）によるところが大（おお）きい。

　犬耳（いぬみみ）族（ぞく）のパトリシアおばさんとメルンさんの会話（かいわ）は長（なが）い。

　そしてどうも、パトリシアさんは腰痛（ようつう）持（も）ちらしく、いつも治療（ちりょう）魔法（まほう）を掛（か）けてもらっている、ということだった。

　街（まち）で施術（しじゅつ）してもらうと、値段（ねだん）が三（さん）倍（ばい）はするらしいので、メルンさんには感謝（かんしゃ）しているとか。

　ほら、もう夕方（ゆうがた）になり掛（か）かっている。

　そろそろ夕（ゆう）ご飯（はん）の準備（じゅんび）をしないと。

「では、さようならワン」

　パトリシアおばさんの時間（じかん）泥棒（どろぼう）め。

　さて今晩（こんばん）の料理（りょうり）の内容（ないよう）を確認（かくにん）しよう。

　イルク豆（まめ）とホレン草（そう）とカラスノインゲンのニンニク炒（いた）め。

　ノビルの素焼（すや）き。塩（しお）を一（ひと）振（ふ）り。

　タンポポ草（そう）の生（なま）サラダ。こちらも塩（しお）を一（ひと）振（ふ）り。

　それからスペアミントのハーブティー。

　イルク豆（まめ）の水煮（みずに）だけに比（くら）べたら、ずっといい。

　一度（いちど）茹（ゆ）でたイルク豆（まめ）とカラスノインゲンをホレン草（そう）と共（とも）に炒（いた）めて、ニンニクを入（い）れると、匂（にお）いが一気（いっき）に広（ひろ）がる。

「おお、今日（きょう）はなんだか、いい匂（にお）いがするな。どれどれ」

　日雇（ひやと）いの仕事（しごと）から帰（かえ）っていたギードさんも気（き）になるらしい。

「なにこれ！　なにこれ！　すごい匂（にお）い！」

　ミーニャも大興奮（だいこうふん）。

　こら、そこの子犬（こいぬ）。静（しず）かにしなさい。

　ミーニャは大（おお）きな目（め）がまん丸（まろ）で、かわいい。

　ノビルも焼（や）くと、ネギかニンニク系（けい）の匂（にお）いがしてくる。

　量（りょう）としては、付（つ）け合（あ）わせレベルの少（すく）ないものだけど、ないよりは賑（にぎ）やかになるから、いいと思（おも）う。

「「「いただきます」」」

　ぱく。

「んっ」

「お～いし～い」

「ああ、美味（おい）しいな」

「これも、美味（おい）しいわね」

　みんなニンニク炒（いた）めも気（き）に入（い）ったようだ。

　よかったよかった。

　こうして塩味（しおあじ）以外（いがい）の、ニンニク炒（いた）めが我（わ）が家（や）のメニューに加（くわ）わった。

　なお、ニンニクは日持（ひも）ちするので、まだ採（と）ってきた残（のこ）りがそこそこある。

　前世（ぜんせ）だと、スラム街（がい）のイメージって、都市部（としぶ）なら壁（かべ）にスプレーで落書（らくが）きがあって、プラスチックやビニールのごみが散乱（さんらん）していて汚（きたな）くて、野犬（やけん）が徘徊（はいかい）しているような感（かん）じだ。

　しかしここは家（いえ）が粗末（そまつ）なことを除（のぞ）けば、だいたい綺麗（きれい）だったりする。

　まずプラスチックがないので、ごみがない。

　そして野犬（やけん）もいない。スラム街（がい）では犬（いぬ）や猫（ねこ）がいたら食（た）べられてしまうと、言（い）われたことがある。

　俺（おれ）は犬猫（いぬねこ）を食（た）べたことがないので真相（しんそう）は知（し）らないけど。

　城壁（じょうへき）内（ない）では、犬猫（いぬねこ）のペットも普通（ふつう）に歩（ある）いているので、その辺（へん）は治安（ちあん）と文化（ぶんか）の違（ちが）いなのだろう。

　また、土（つち）むき出（だ）しかと思（おも）いきや、意外（いがい）と隣家（りんか）とは空間（くうかん）が少（すこ）しだけ空（あ）いていて、草（くさ）が生（は）えている。

　ただ有用（ゆうよう）な草（くさ）はほぼ生（は）えていない。

　うちにも特（とく）に意味（いみ）のない庭（にわ）がある。

　そこにニンニクとノビル、ホレン草（そう）を植（う）えようと思（おも）う。

　庭（にわ）にあれば、採（と）りに行（い）かなくても済（す）むし。

「ミーニャ、手伝（てつだ）って」

「はい、にゃんっ」

　たまに猫耳（ねこみみ）族（ぞく）みたいに返事（へんじ）をする。気（き）に入（い）っているらしい。かわいい。

「ニンニクとノビルを植（う）えます」

「植（う）えるの！」

　二人（ふたり）で家（いえ）の裏（うら）に、ニンニクとノビルの余（あま）りを植（う）えた。

　ニンニクは全部（ぜんぶ）植（う）えないで、家（いえ）の中（なか）に残（のこ）しておく。

　万（まん）が一（いち）、庭（にわ）を掘（ほ）り起（お）こされて、全部（ぜんぶ）盗（ぬす）まれたらショックだ。

　ホレン草（そう）は、葉（は）っぱしか採（と）ってこなかったので、植（う）えられない。

　これはちょっとしくじった。

　タンポポ草（そう）も特（とく）にこれは雑草（ざっそう）なので植（う）えるという考（かんが）えがなかった。

　一部（いちぶ）の葉（は）っぱだけ採（と）れば、また新（あたら）しい葉（は）が生（は）えてくるからエコだとも思（おも）っていた。

　だから根（ね）っこごと採取（さいしゅ）していない。

　まあいいか。タンポポ草（そう）はさすがに近所（きんじょ）から全部（ぜんぶ）なくなったりしないだろう。