第3話

 

 

私も友達たちみたいに、彼氏に愛ある精子をかけてもらいたいなってずっと憧れてた。

だからよくあの入り江に行ってしまうの。また会えるんじゃないかって…………ゴポポポポ……。゜〇。



……ってうそ! 木製ボートの船底が見えてきて、私は全身を奮わせて駆けのぼった。



ざっぱああぁん! キラキラキラキラッ☆



「わっ! びっくりした!」


昼間に浮かぶ三日月のように、私の体は弧を描いて空を飛んだ。

冷たい水のつぶをたくさん、あなたにかけちゃった!

だってとっても嬉しかったの。ボートにあなたがいたから。しかも一人で。


「こんにちは!」


私は海水を飲みこんで、ボートのへりに両手をかけた。


「わたしこないだ助けてもらった人魚のマメです」

「え、マメ? っていうんですか?」

「はいっ」


変かな? でも、クスッて笑ってくれたのうれしい。


「ここで何してるんですか?」

私はきいた。


「あー……特に何も。ぼく、人が多い所苦手で。」

「あ! それで海の上に浮かんでるんですねっ?」

「浮かんでる……、まあ、はい」


あなたの手には、本がある。

こうして海原に出て、一人本を読んでたんだ。

なんて素敵な時間の過ごし方なんだろう。


かっこいい……。


私きづいたら、あなたを見つめながら船のへりをカジカジかじっていた。


「えっと、あ、口はもう大丈夫ですか……?」

「はい! ありがとうございます」

「なら良かったです」とあなたは言って、また目を伏せた。……。

「……」

「……」



タシッ タシッ      タシッ タシッ



「ん? なんだろ」

静かな海の上のボートで、あなたは背筋をのばした。


「あ、私です」

えへへ、と私は笑いかけた。


「私が尾びれで船底をタシタシしてるだけです」

「ああっ。……ハハッ、そうでしたか」

「暑くないですか?」

「いや暑いです。やばいですねこの夏」


下半身は海に浸かっている私にも、暑い空気がのしかかってくるようで息がうまくできない。

全身でこの陽気を受けきっている人間のひとたちは、どれだけ大変なんだろ。


「ですよね。良かったら海に入りませんか?」

「あ……ぼく、あんま泳げない……」

「大丈夫です! 私と手をつないでくださいっ」


しまった下心がもれちゃった。


「溺れたら、助けてくれるってことですか?」

「もちろんですっ」

「……うん、じゃあちょっとだけ」

「ぜひっ」


海水パンツ姿のあなたは、ボートがひっくり返らないように気をつけながら、最後には落ちるように海へ飛びこんできた。ばしゃんっ。


「うわ、深い。やっぱちと怖い……」

「へいき?」


私はすぐにあなたの手をとった。あれ、顔、なんかちがう。


「やば、眼鏡落とした」

「拾ってくる!」


潜り、落ちていくメガネを見つけてそっと両手におさめる。

わー、こういうメガネしてるんだ。うふふ。

私は尾ビレをひるがえし、あなたの元へもどった。


私がついてるから大丈夫だよっていうつもりで、あなたの手を両手で握る。

ひろーいあおーい海の真ん中で、私たちはぴったりくっついて浮かんでいた。


「どうしたの?」

「マメさんの下半身がぬらぬら動いてるなあと思って……」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る