第6話 シスターへの相談事

 花売り店での仕事を終えたシトラは、アルトと昼食を済ませてから教会に向かった。

 シスターのいる教会があるのは、住宅街から少し離れた場所だ。

 王城がよく見える立地のいい土地に、孤児院と横並びで立っている。

 周囲は低い石塀で囲まれて、広い庭から孤児院の子供たちの笑い声が響く。そんな子供たちは全員小さなスコップで花壇の草取りをして、自分で取った草の大きさを競い合っていた。


「……ここはいつ来ても賑やかだね」


 アルトが子供たちの姿に目を細めて笑い、シトラはきょとんと小首を傾げる。


「あれ、アルトさんもここに来たことがあるんですか?」

「ん、ああ。家からも比較的近いし、たまにシスターに悩みを相談してるんだよ」

「へー……」


 そう話しながら教会の庭に入っていくと、子供たちの一人がシトラに気付いて「あっ!」と声を上げた。


「シトラ姉ちゃんだー! おかえりー!」

「シトラ姉ちゃん、お土産はー?」

「シトラ姉ちゃん、その人誰ー?」


 あっという間に子供たちに囲まれて、シトラは困り笑顔を浮かべながら一つ一つの質問に答えていく。


「みんな、ただいま。お土産はありませんけど、お花ならありますよ。この人はアルトさんです」

「初めまして。みんな、よろしくね」


 アルトが整った顔で微笑むと、子供たちが興奮してざわめく。


「うおー、イケメンだー! シトラ姉ちゃんケッコンするのかー?」

「しませんよ! それより、シスターは今どちらに?」

「教会の掃除してるぞ! 俺たちはその手伝いやってるんだ!」


 一人の少年が自慢げに胸を張り、シトラは拍手で褒め称える。


「おおー、みんな偉いですね。ご褒美に私のお花をあげましょう」

「よっしゃー! じゃあ俺、青いやつがいい!」

「俺も!」

「私は赤いのがいいなー!」


 子供たちが嬉しそうに手を挙げて、シトラはふふっと笑って少年の頭を撫でた。


「はいはい。順番ですよ? ちゃんとあげますから」


 そう言ってシトラはそっと手を握り、その中に意識を向けながら魔力を込める。

 するとパッと手の中から色とりどりの花が咲いて、子供たちが歓声を上げながら一本ずつ取っていく。

 その光景を見ていたアルトは少し目を見開き、羨むように言った。


「シトラさん、キミは花を作る魔法を持っているんだね」

「はい。正確には『あらゆる場所で好きな花を咲かせられる魔法』ですけど、私の魔力量ではこれが精一杯ですね」


 苦笑を浮かべるシトラの言葉に、アルトは眉をピクリと動かす。


「……あらゆる場所で? それは凄いな。私もそんな魔法が欲しかったよ」

「そうですか? ところで、アルトさんの魔法は──」


 シトラが話の流れで問いかけようとすると、教会の扉が突然開いて、その場の全員が揃って肩を跳ねさせた。


「──あら。騒がしいと思ったらシトラだったのね。おかえりなさい」


 教会から出てきたのは、修道服を着たシトラの育て親、シスターのマリーだ。

 シトラはホッと息をついて、穏やかに笑うシスターに微笑みかける。


「ただいま帰りました、シスター。お騒がせしてすみません」

「いいのよ、ここはあなたの家だもの。それであなたは……あら、久しぶりね? 元気にしてたかしら?」


 目を丸くして問いかけるシスターに、アルトは丁寧にお辞儀をして答える。


「ええ、お久しぶりです。昨日は風邪を引いていましたが、今は元気ですよ」

「あら……もしかして、それでシトラと一緒に?」

「はい。シトラさんに昨夜、泊まっていけと言われまして……」


 と、苦笑するアルト。

 それを聞いたシスターが眉を吊り上げて、シトラを見た。


「……シトラ? どういうことかしら?」

「え、えーっと……その、ひ、人助けをしたんですよ! あのままだとアルトさん、いつ倒れてもおかしくない状態でしたから!」


 シトラは冷や汗をかきながら返事するが、シスターの表情は変わらない。

 穏やかな声で、静かにシトラを説教する。


「そうね。それはいいことだわ。でも、年頃の女性が見知らぬ男性を家に連れ込むなんて……ねえ? 分かるでしょう、シトラ?」

「は、はい! 以後気を付けます!」


 シトラが背筋を伸ばしてシスターの言葉を聞く横で、アルトは子供たちと一緒になって笑っていた。

 それから子供たちを孤児院に戻らせて、シトラとアルトは教会の中に入る。

 シスターが振り返り、「それで?」と問いかけてきた。


「シトラ、お仕事は順調なの?」

「もちろんですよ! たまに寝坊してますけど……なんとかできてます!」

「そう……まあ、それならよかったわ」


 シスターはシトラの状況には予想が付いていたのが、怒ることなく苦笑する。

 そして、チラリとアルトを見た。


「ところで、あなたは何か悩みがありそうね? アルトさん」

「え……?」


 アルトは驚愕した様子で口をポカンと開ける。

 そんなアルトの反応に少し得意げになり、シスターはウインクしながら自分の目元を指差した。


「目を見れば分かるわよ。どれだけシスターやってると思ってるの」

「……ホント、相変わらず鋭いですね」

「まあね。ほら、いいから話してご覧なさい。多少ぼかしても構わないから」


 シスターにそう言われて、アルトは少し思案してゆっくりと頷いた。


「その……実は今、僕にはやらなければならないことがあって……でも、それをする決意ができないんです。なんだか、何が正しいのかも分からなくなってきて……」

「……まあ、そんなことだと思ってたわ」


 アルトの言葉に、なぜかシスターは俯いてしまう。


「……では、あなたも聞いているんですね」

「……ええ」


 シトラには分からない、二人だけの大人の会話だ。

 けれど、そんなアルトの声はまるで、迷子になってしまった子供のように見えた。だから──


「……あの、アルトさん? ちょっとあそこにある女神像を見てくれませんか?」

「シトラさん? 今そんな話は……」


 困惑するアルトを無視して、シトラは続ける。


「かつてこの女神像を作ったのは、エレース王国の偉大なる彫刻家、グレイという方です。その方は、この女神様を作る時、あえて正義を表す白い石ではなく、悪を表す黒色の中間となる、灰色の石を使いました。さらに、彼の人物は女神像にモデルはいないと告げ、名前もないと言い放ったそうです」


 今にも動き出しそうな滑らかな肌をした、灰色の女神像。

 しかし、この女神像には、名前どころか顔すら彫られていない。

 そのため、当時は大きな議論が巻き起こったと言い伝えられている。

 一時は教会を侮辱したとして、処刑台に送られることすら検討されたそうだ。それでも偉大なる彫刻家、グレイは白い石で女神像を作り直すことはなかった。

 それはなぜか。


「彼の人物は、『女神像よりも目を向けるべきものが他にあるからだ』と考えていたのです。それは、家族だったり、日常だったり、自然だったり。人によって様々でしょうが、石の像を崇めるよりも先に、もっと身近なものを見て欲しいと思っていたんです」

「……ああ、僕も聞いたことがある。そうか、そうだったね」


 いつしかアルトが何かを悟ったような顔をして力強く頷き、シトラは微笑みを浮かべる。


「私はシスターと両親から聞きました。ここまで言えば、もう分かるでしょう?」

「ああ、そうだね。彼があえて灰色で女神像を作ったのは、『正しさだけがすべてではない』と伝えるためだ。たしかに世の中は正しいこともあるし、間違っていることもある。……でも、同時に正しくはないけど、間違ってもいないことがあるんだ」


 女神像を見ていたが振り返り、シトラの目をじっと見つめる。


「……決めたよ、シトラさん。僕は──」


 その瞬間。海のある方角から、天まで届くような轟音が響いた。

 教会の扉を蹴破らんばかりに騎士ダルクが慌てた様子で入ってきて、大声を上げた。


「シスター! もう間もなく開戦だ! 後方支援部隊として、今すぐ来ていただきたい!」






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