死地

 俺はホテルを出て、過負荷カフカの家に移った。徒歩五分ほどの場所にある小さな家だ。手狭になったら、改築しよう。金ならいくらでもある。

 生きる意味を感じ、俺は散歩負荷を増やした。筋肉の緊張と脱力に神経を張り巡らせより遠くまで歩くことにした。ただ習慣化した散歩は修練に変化した。


 いつの間にか海岸沿いまで来ていた。太陽は中天にある。

 歩道を歩いていると、突然俺の肩が何者かに掴まれた。

 俺は相手に肘をぶつける。それでも相手は肩から手を離さない。凄まじい握力だ。


「ミケランジェロ釜臥かまぶせです。こんにちは!覚えていますか?」


 その声は間違いなくミケランジェロのものだった。死んでも肩から手を離さないと思い、相手の手首を掴み、引き千切った。

 ミケランジェロはロールシャッハテストのような柄の覆面を被り、その上から『勅令陏身保命』と書かれた札が貼られている。服の袖から見える手は紫色のまま。俺が千切った手も紫色のまま。つまり死体が歩いている。


「覚えている」

「じゃあ僕のことも覚えているかな?ベータです」


 バラクラバを被り、『勅令陏身保命』の札を貼られたベータがミケランジェロの側にいつの間にか現れ、貫手を放つ。

 ベータの手を弾く。


「世も末だな。面殺おもころは死体も駆り出す会社なのか?」

「いや我々は面殺おもころから安倍晴明様の配下に転職したんですよ。ご存知ですか!?」


 ベータ、ミケランジェロと向かい合う。ミケランジェロの手は時間経過で再生していく。キョンシーにはどうやら人外の再生能力があるようだった。

 生前一流の暗殺者だった二人が、再生能力まで持っているのは厄介だ。


「晴明だと?」


 平安時代、過負荷カフカ道満ドーマン法師が死闘の末にぶっころしたはずの晴明がどうして話題に上がる?

 俺と匿名暗殺コンビの間に空から何かが降りてきた。

 

「我は仙人として蘇った」


 見覚えがある。遺伝子に刻まれた記憶が覚えている。二メートルを超える長身を白いスーツの下に畳み込み、頭の上に時代錯誤な烏帽子を被っている。そのスーツは彼自身の血液で汚れていた。


「貴様は……安倍晴明!!」


 安倍晴明は過負荷カフカを持っていた。

 過負荷カフカの後ろ髪を握っている。過負荷カフカは下半身を喪失しているようだが、まだ息がある。千年近く生きる大妖怪はこの程度じゃあ死なない。


「貴様の愛するあやかしは我が手中、返して欲しくば拳を握れ」

「言われずとも」

「よせ……お主はわらわに構わず逃げろ」


 下半身を喪失しても意識があるようで、過負荷カフカが俺に逃げろと言う。

 そんな言葉に『はい』と言えるか。


「それは否だ。俺はコイツを殴り、お前を助ける」

「浮世は箱庭リング、我と貴様が決着をつけるためのな」


 俺は下らん言葉を吐く安倍晴明の顔面を殴った。鋼鉄を殴りつけるが如き触感。俺も現代の伝説とはいえ、格の違いが存在した。


「死して仙人に至った我と全てを思い出せていない貴様にはこれだけの差がある。怖気づくか?」

「ほざけ!」


 世界の片隅で良いから俺たちに居場所をくれ。他者を踏みにじり、他者に踏みにじられるこの世に居場所をくれ。まことのやすらぎはこの世になく。そんなことはないと誰か言ってくれ。



 

 

 


 

 

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蟲毒の箱庭 筆開紙閉 @zx3dxxx

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