樺太では、旧暦の七月に七夕祭りを行う。つまり現在の暦では八月に行うということだ。祭りの開催日まで残り数日のある日、事件は起こった。過負荷カフカの社会貢献活動に巻き込まれたのだ。


「殺人カニが増えて来たから駆除しようと思うのじゃが?」

「散歩がある」

「うむ。暇のようじゃな」


 散歩、それは俺が命を維持する他にやるべきことだった。必ずしなければならないことではないが、それは人生も同じだ。人生は必ず続けなければならないものではない。闇の中でもがいていると時々足を止めたくなる。

 いつの間にか二人で出かけるときは、俺が過負荷カフカのジムニーを運転することになった。


「聞かないのか?」

「何をじゃ?」


 時々行き先の指示をする以外は携帯端末でSNS上に流れる動物の写真を眺めるばかりの過負荷カフカが、顔を上げずに返事をする。


「俺がいつまでホテルにいるのか」

「去る者は追わず来る者は拒まず。ホテルとはそういうものじゃ。それにお客様の個人情報を根掘り葉掘り聞くものでもあるまいよ」

「仕事として一線を引いているようなことを言っているが、お前は俺に対してだいぶ良いようにしてくれているな」


 深く考えずとも倒れて居た俺を金も要求せずに助けたことも、俺が負傷する度にラストエリクサーをくれることも、俺に対して特別対応だ。


「好きだからじゃ。最初に会ったときから」

 

 過負荷カフカは恥ずかし気にはにかんだ。

 心の揺らぎを無くした俺でもお前の笑みには、揺れるものがある。

 今更他者から好意を向けられたくらいで揺らぐ心もないが、過負荷カフカのことは特別に思っている。最初に会ったときから。

 最初に会ったのは何時のことだったのか覚えていないが。千年近く昔だろうか。




 砂浜に着いた。砂浜には人間の腰丈ほどのカニや大型の四駆ほどの大きさのカニが群れていた。その群れたカニを屈強な男女が駆除している。まだまだカニは居る。

 殺人カニは捕獲されてすぐに冷凍作業が行われ、冷凍トラックで運ばれて行く。

 道中聞いたところによるとこの駆除活動は漁協と某水産企業の合同によって行われているらしい。どれだけ金を積んでも人手不足ということで、こうして俺たちが参加したわけだ。ゴミ拾いのような気楽なイベントではないので、日当が凄まじい額出る。ちょっとした企業人カンパニーマンの月収ほど出る。生死の関わる仕事としては些か安いとは思うが。


わらわやお主ならばこの程度の相手に長物はいらぬとはいえ、無駄に怪我をしても面白くない。これを使ってくれ」

「殺人カニを狩るのは初めてなんだが、どう狩れば良いのか?」

 

 八尺ほどの長さの槍を漁協の人間から借り、過負荷カフカに尋ねる。

 

「このようにな。カニがハサミを向けてくるのでな」


 過負荷カフカは槍を持ち、カニ漁の実演をする。

 カニのハサミを避け、カニの間合いの内側に入り込む。


「えいやと振り回し、ハサミを根本から切断するのじゃ。そして足を全部落とす」


 鮮やかな手並みだった。カニの反撃を受けるよりも速く槍を振り、カニは戦闘力を大きくそがれた。


「なるほど。こうだな」


 槍を振るうのは久しぶりだ。だが、この程度のカニに苦戦はしない。


「君、カニ漁師にならないか?」


 水産企業の企業人カンパニーマンが声をかけてきた。企業人カンパニーマンからは暴力の世界に生きてきた匂いがする。


「遠慮する」


 それから大きな問題も起きず、一人の死者しか出ずに無事終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る