雪も溶け、草木も緑になっていく時期、つまりは春になった。

 春になると変質者や刺客も生き生きとして来る。

 ホテル暮らしも二ヶ月ほどになってきて、毎日やることがない。

 朝、散歩に出かけようとホテルを出ると、刺客がナイフを持ってぶつかって来た。俺はこれを殺意ありと判断し相手の手を折ってナイフを相手の身体にお返しした。今は刺客の財布を漁っている。現金を抜いたら捨てる。


「五千円か。しけてるな……」


 刺客はだいたい帝国人だが、時々ソ連や満洲からも来ている。珍しいところだと合衆国の大物殺し屋の顔も見かけた(先手を取れたのでれた)

 帝国から合衆国へ渡るには亡命が不可欠なのだが、合衆国から帝国に入国するには亡命が必要ではない。それでも渡航には面倒な手続きが必要なはずだ。俺の首も高くなったものだと思う。


「お主、今暇か?」


 紫色のレインジャケットやレインズボンに身を包んだ過負荷カフカが、コンビニから出てきた。手に持つレジ袋の中身はペットボトルが数本。


「散歩がある」


 樺太に来てからは散歩することを日課としているので、散歩をしたい。特に理由はない。


「暇そうじゃな。来い」


 過負荷カフカが否を俺に言わせなかったので、ホテルの従業員駐車場に置いてあるキネティックイエローのジムニーを運転することになった。ジムニーは過負荷カフカの私物らしい。


わらわとしては、私物はできるだけ紫色に揃えたかったのじゃがジムニーのボディカラーに紫色はなくてな」


 車を少し走らせ、鈴谷岳に着く。あるいはソビエト系の住人たちが言うところのチェーホフ山か。今日は歩きやすい街中ではなく、山を歩くことになりそうだった。


「河童が家畜を襲うらしいので、皆で駆除しようと思うのじゃよ」


 どうやら鈴谷岳近辺で目撃情報があり、地元の猟友会や過負荷カフカに声がかかったらしい。過負荷カフカはホテルのオーナーで、比較的暇(と思われている)ため、害獣や妖怪、UMAが出たときはよく声がかかるらしい。


「河童と話を聞いたから水で濡れても良い格好にしたんだな」

「そうじゃ。しかし山に河童などいるものかのう」


 そんなことを話していると悲鳴が聞こえた。

 屈強な男が何かに血を吸われていた。

 しかしこの血を吸う生き物は。


「チュパカブラじゃないか」


 屈強成人男性の半分ほどの背丈に尖った爪やつぶらな瞳、爬虫類のような肌の生き物だった。色合いは緑なので遠くから見るともしかしたら河童に見えたのかもしれない。

 五体すべてが武器の動物をどうやって狩るか。近寄れば引っ掛かれ、またあるいは血を吸われるだろう。

 五百円玉にしよう。人間の命は五百円玉より重い。


「おおんッ!!首筋に牙を刺さされ血を吸われている!!できるだけ早く助けてくれ!できるだけ早く!」


 屈強な男の痛切な訴えを聞きつつ、俺は五百玉を弾いた。

 チュパカブラの頭部が粉砕された。


「おお!指弾か!なかなかやりおるのう!!」


 過負荷カフカの言う通り、指弾は簡単なことではない。人間サイズの生き物を殺せる威力を出すにはそれなりの鍛錬と弾の重量がいる。

 今回は確実にチュパカブラを殺すことを優先し、五百円玉を弾いた。人命がかかった事態じゃなければもっと安くて軽い十円玉や百円玉を使っていた。


「昔取った杵柄だ。俺の腕が錆びていればチュパカブラではなく人の頭に当たっていたかもしれない。賭けだった」

「せっかく上手くいったのに怖いこと言わないでくれ!!」


 屈強な男性は怖がりだった。


「まあいい。アンタ、ありがとうよ。コンビニの修理費いつか払ってくれよ」

「あのコンビニの関係者か」

「オーナーだ。修理費、いつかでいいから払ってくれ」

「そのうちな」


 このあと帰って散歩をし直して寝た。

 


 眠るとやはりいずれの帝か将軍の御治世の時代を夢に見る。

 いやこれは夢ではない。遺伝子に刻まれた先祖の記憶だ。

 道満ドーマン法師が蟲毒の術で作りし大百足の妖怪が再び現れたと噂が広がっていた。その妖怪は山を七巻き半する長さである。それは龍神を喰らうという。為政者は恐れた。そのため、時の為政者により俺が彼女の討伐を命じられた。

 そして俺たちは出会った。月明かりの妙に眩しい夜だった。


「月が綺麗じゃな」

「ああ」

「返事は『はい』か『いいえ』、はっきりせんか!!」

「相槌にそこまでムキになるなッ!!」


 初めて会ったとき、お互いに見解の相違があり、弓折れ、素手で殴り合うまで戦った。何度も戦ううちにお互いの気持ちに通じ合うところもできた。

 だが、俺は武士で、お前はあやかしであった。人の世にお前のようなものの居場所は無かった。そして俺は訣別の矢を射った。

 この矢、当たらせたもうなと俺は八幡大菩薩に祈った。お上の命と己の私情を天秤にかけ、神の思し召しに委ねた。自らの意志を貫き、お上に背くことができるほど俺は強くなかった。

 矢が当たったか当たらずかは不明だが、俺の先祖が産まれ、俺に至るまでの先祖たちは二度と彼女と再会できなかった。

 陽の下では生きられぬ悪名を背負いやっと俺は彼女に再会できた。

 

 


 



 

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