第13話 婚約破棄から一ヶ月


 気がつくと婚約破棄から一ヶ月経過していた。

 しかしこう、なんだな。

 一ヵ月間あのスカポンタンと関わることもなく、実に快・適☆

 なんか気分的にもあのスカポンタンと将来結婚しなくていいんだーーー! っていう解放感も相俟って、もしかしたら今、人生で一番楽しいかもしれん。

 まあ! 卒業後に進路はまったく決まってないんだけれどなぁ!!

 あと一年って思っていたけれど、婚約破棄されたのが水無月(六月)だから残りは九ヵ月。

 まだ焦る時期ではないが、婚約破棄された身だから結婚は難しい。

 だが、今年はうちの学校、白窪結菜のせいで十五組以上の婚約が破棄されたらしい。

 その対応で婚約破棄された令嬢の立場は去年ほど悪いわけではないようだ。

 むしろ、ここ二年で一気に増加した婚約破棄騒動により想像に巻き込まれた家々が結託して白窪家に責任を追及する動きに入っているらしい。

 そりゃ男子生徒の個人感情によるものが発端だったとしても、十五組以上の婚約が一人の女のために破棄に追い込まれていればそりゃあその責任を追及されるのは当然だろうよ。

 我が家はノータッチ、むしろラッキーくらいに思っていたが、本家である九条ノ護くじょうのご家が「他にも婚約破棄した分家があるから」と法的に白窪家を訴える集団起訴の一家に参戦するという。

 この時限爆弾の導火線にはすでに火がついている。

 今日も男を五、六人侍らせてキャッキャウフフしているけれど、笑っていられるのも年内までだよ。

 婚約破棄、した側とされた側……どっちも損害を被っている。

 女性側は結婚後の生活を奪われ、男性側は信用と女性側への賠償で金銭的にも大ダメージを受けている。

 そういう家が十五以上。

 そりゃあ損害賠償請求になる。

 白窪結菜の実家は下の中という、どこかの守護十戒しゅごじゅっかいの家の分家というわけでもない。

 分家の分家の分家くらいの家柄。

 土地も大名の地位もない、結城坂家ウチ以下の家だ。

 それなのにここまで大損害を出した以上、お取り潰しは免れないし白窪結菜の実家は借金地獄になるだろう。

 生半可な家ではこれから複数の家が団結して請求するであろう莫大な賠償金を支払えない。

 家や土地を売っても、俺のクソババアが残していった借金の数倍の金額を支払うのは無理だ。

 うちみたいに本家のような後ろ盾があるわけでもない。

 まあ、後ろ盾がないからこそ家同士の婚約を破棄に追い込むなんてやりたい放題できたんだろうけれど。

 多分今は帝に白窪家を潰したあと困らないように色々手続きしていることだろう。

 着実に追い詰められていることを知ってか知らずか、股ゆる女が男たちに囲まれちやほやされて能天気に笑っているのはなんとなく間抜けだ。

 果たして無事に卒業できるかな、股ゆる女。

 

「おい、舞!」

「……私、もう帰りますのでご用件はお手紙で送ってくださいませ」

 

 六限目も終わって掃除も終えて、ウキウキしながら帰ろうと思ったらスカポンタンが話しかけてきた。

 うっぜええええ! 俺はお前なんかになんの用もねぇよ! 話しかけてくんな!

 と、言いたいところだが俺は淑女なのでやんわり笑顔で突き放すさ。

 あとなんなん、こいつ。

 もう婚約破棄して真っ赤な他人だっつーのに、呼び捨てにしてきやがってキッッッッショ!!

 それだけは釘差しておくか?

 

「おい、待て! 話を聞け! お前のせいで俺は両親に怒られたんだぞ!」

「私、もう有栖川宮様とは婚約破棄して他人となっていますので、気安く名前で呼ばないでくださいませ。有栖川宮様のご両親がなににお怒りなのか私は存じ上げませんので、八つ当たりは迷惑なのでやめてください。このような一方的な迷惑行為が続くようでしたら先生や有栖川宮様のご当主様に報告させていただきますわよ」

「なんだと!? 女のくせに生意気な……! そもそも、お前が婚約破棄を受け入れたせいだぞ!? 俺の両親は婚約維持を申し込んだはずだろう!? なんで断っているんだ!」

「は……あ?」

 

 全人類に聞いてもらって判断してほしいんだけれどこいつなに言ってるんでしょうか?

 俺の脳内一時停止したぞ。

 いや、これ意味わかる人いる?

 誰か通訳してくんない?

 

「な……なにをおっしゃっているんですか? 婚約破棄を申し込んできたのは有栖川宮様ですわよね?」

「そうだ! だが、そこは格下のお前の家が俺の家の意向に従うのが常識だろう!」

「……………………。本当になにをおっしゃっているんですか……?」

 

 おかしいなぁ、同じ言語のはずなのに、なに言ってんのか全然わからない……。

 心の底からこいつなに言ってんだ、と蔑んだ目で見上げながら半笑いで聞き返した結果、顔を真っ赤にしたスカポンタンが手を掲げた。

 え、っと思った瞬間、拳で左のこめかみを殴られ吹っ飛んだ。

 は? は……!? え!? こいつ……殴った? 俺のこと……殴った……!?

 人気ひとけのない廊下とはいえまだ学校内には人がいるし、今の音で教室からちらほら人が顔を出し始めた。

 状況がわからないから様子見だが、マジかコイツ……女に手を挙げやがった……!


「格下の女が調子に乗りやがって……! いいか、婚約は続行だ! お前から我が家に頭を下げて婚約破棄取り消しを願い奉るんだ! わかったな! この尻軽バカ女が!」


 そう言い放ち、プンスカしながら去っていく。

 ……やべぇ、本物だ……本物の馬鹿だ……!

 幸いこめかみだから、血などは出てないみたいだけどシンプルに痛ぇ……。

 ムカつきすぎて拳を握る。

 とりあえず保健室に寄って、手当てだけしてもらうか。

 よろり、と立ち上がり、唇を噛む。

 馬鹿がっ……! 誰がお前なんかと再婚約するか!

 こんなことされて言うこと聞く女がいると思うな、ばーか! ばーーーか!

 尻軽バカ女って、お前が熱を上げてる股ゆる女のことじゃねーか、一緒にすんな!


「痛……っ」


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