第5話 婚約破棄決定


 帰宅すると、珍しく親父がもう帰宅していた。

 制服から着替えてすぐ茶の間に来なさいと言われていくと、深く溜息を吐く親父。

 本家との話し合いは、やはり難航したってことなのか。

 

「まず、昨日の有栖川宮要殿の誕生日パーティーでなされた婚約破棄についてだが、要殿の独断であり有栖川宮家のご当主で要殿の父君である甚平じんべいどのは聞いていないとのことだ」

「ああ、やはり……」

 

 家同士の取り決めである婚約を、一方的に破棄宣言した挙句根拠のない噂を流したんだもんなぁ。

 前世でも婚約破棄で慰謝料貰えるって、某チャンネル動画でやってた。

 ってことは有栖川宮家から慰謝料貰える!?

 ……いや、親父の表情からしてそんなことはなさそう。

 

「それゆえに、有栖川宮家としては婚約を継続したいとの意向だそうだ。わしとしては他の女に現を抜かす要殿にお前を嫁がせたいとは思わん。家を継ぐ長子に嫁がせるわけでもなし。今回の件、言えとして正式に謝罪と賠償だけで済ませることはできないものかと打診を受けている。お前の気持ちを確認してから返答すると答えたが――どうする?」

「婚約破棄で構いませんわ」

 

 なぁに馬鹿なことぶっこいてやがる、ふざけんなよ舐めてんのか有栖川宮家ぇ。

 あの百人近い招待客の中婚約破棄を言い渡された挙句、侮辱までされてんだぞコッチは!

 足元見やがって。

 子がクソなら親もクソだな!

 

「当然だな。父子家庭とだいぶ甘く見られていた」

「はあ……そんな感じの方でしたものね」

「正直本家から言われなければわしは絶対に反対だった。こちらを見下すのを隠しもしない。金があるのは本当だろうが、な」

「本家はなんと?」

 

 親父は元々有栖川宮家全員気にくわないって顔に全部出てたからな~。

 しかし、今回の婚約は九条ノ護くじょうのご本家が関わっている。

 結城坂うちの独断で婚約破棄を決定していいもんでもない。

 

「本家もお今回の婚約破棄の件を重く見ていた。婚約破棄するしない関係なく、有栖川宮家には噂の鎮静化と正式な謝罪、慰謝料を支払わせると言い切った。どうやら要殿と共にいた女生徒は、学校内でずいぶん異性と親しくしているらしいな」

「ええ、まあ、はい。私以外にも彼女に心奪われて、婚約破棄のお話が進んでいる令嬢が何人かいらっしゃるそうです。私、霊術の勉強に夢中でまったく知りませんでしたわ」

「……央族の子女としてお前は本当になんというか……」

「申し訳ございません」

 

 親父が呆れたように眉尻を下げる。

 仕方ないじゃーん、わかってはいるけど女同士の輪の中に入って家同士の情報収集とか向いてないんだよ。

 必要なのも重々理解してるんだけどさ~。

 

「まあ、仕方がない。向き不向きがあるのは人として当然のことだろう。本家もお前が婚約破棄を望むのなら、そうしてくれて構わないと言っていた。ただし、一度婚約破棄になった娘はもう結婚相手探しの世話は焼けない、とも」

「つまり、結婚したいなら相手は自分で探せ、と」

「そうなる」

 

 これはまあ、当然なんじゃないだろうか。

 いくらこっちに非がないとはいえ婚約破棄された事実自体はどうしても不信感を抱かせてしまう。

 向こうに慰謝料を支払ってもらえればこっちに非がない証明にはなるけれど、一回ケチがついていは初婚相手に選ぶ家は少ない。

 まして家みたいな父子家庭で、貧乏。

 クソババアの所業は結城坂家の醜聞として社交界では十分すぎるくらい認知されている。

 既に問題のある家の娘、ってことになっているのだから、本家としてもいい加減世話を焼ききれない。

 自分でなんとかしろって言われるのは、当然だよなぁ。

 

「もちろんお前が結婚を望めば、の話だが」

「そうですねぇ……正直に申し上げて、結婚には興味がないんですよね、私……霊術の勉強や霊符の研究の方が、今は面白くて……」

「はあ……。ではこれまで通り勉学に励むといい。卒業後、結界管理局に就職すればいい。あそこなら女でも問題なく働いて収入を得ることができる上、独り身であることを揶揄されることも少ない。わしが死んだあとも、女一人で十分生きていけるだろう」

「……はい」

 

 一瞬、言葉に詰まってしまった。

 親父の見ている先は、どこまでも俺……いや、娘の未来。

 でも……結界管理局は百の結界を管理する場所。

 一度入ると帰る家のない者は局内から出ることはほとんどない。

 衣食住が、局内ですべて事足りるからだ。

 子育てもしないから、一日中結界維持のために時間と霊力を費やす“乾電池”みたいなもの。

 女として幸せなのかと言われたら、微妙。

 でも、結婚は考えなくていいんだし管理局内で自分の研究を続けていければ――

 

「しかし、お前は霊術や霊符の研究をしたいのだな?」

「はぇ? ……えっと……結界管理局では、研究ができないのですか?」

「結界以外の霊術は結界に影響を与える可能性を考慮して、管理局内での使用は禁止されている」

「そんな!!」

 

 じゃあ管理局で研究できないんじゃん!?

 思わず親父に「霊術の研究が思う存分できる場所はないんですか!?」と詰め寄ってしまう。

 央都研究所なら、と呟くがそこに就職できるのは基本男ばかり。

 研究されているのも対禍妖かよう武器や兵器、討伐軍の軍人向けの戦闘用霊術、霊符。

 対して俺が研究したいのは生活用の霊術と霊符。

 戦闘用のものも、どちらかと言うと護身用。

 

「お前の研究は央都の意向とはズレているからな。もしも押し通したいのであれば、守護十戒内地の本家、または宗家の者に認めてもらい研究場所や援助を頼むしかあるまい。これに関して九条ノ護くじょうのご本家は興味がないと一蹴しておった」

「そ、そんな……!」


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