智也【三】

 学校であーちゃんの変化を見ていた僕は、まだましだった。高校一年の夏、あーちゃんがいつもの砂浜に来なかったことは、久しぶりの対面を楽しみにしていたであろう勇ちゃんをひどく落胆させた。ただ、入学以来あーちゃんはメッセージアプリに反応しなくなっていたので、勇ちゃんだってこの認めたくない未来を薄々予感していたに違いない。

「トモ、ちょっと訊きたいんだけどさ」

 砂浜で花火の空騒ぎを呆然と眺めていると、立ちすくんだまま黙りこくっていた勇ちゃんがぼそりと呟いた。

「あいつ、元気でやってんの?」

「うん、元気だよ。お互い忙しくてさ、あんまり話はしてないけど、楽しくやってるみたい」

 半分は本当だが、半分は嘘だ。話をしていないのは忙しいからではなく、僕があーちゃんから避けられているから。そしてたまに見かけるあーちゃんは、いつもたくさんの友達の中にいるけど、お世辞にも楽しそうとは言えない。本人の耳に入ったら目を吊り上げて怒るだろうけど、まるで本来の自分を必死に押し込めて、他の誰かを演じようとしているみたいだ。

「そうか、ならいい。楽しい居場所があるならよかったじゃん。俺たちもそろそろ、新しい世界に目を向けないといけないのかもな」

 勇ちゃんの声に、いつもの明るさはなかった。ただ、この受け入れがたい現実には概ね納得しているらしい。僕は盛大に肩透かしを食ったような気がして、思わず食ってかかった。

「いいの? あーちゃんはもう、戻って来ないかもしれないんだよ?」

 勇ちゃんは意地悪だ。僕が珍しくいきり立っているというのに、こういうときに限って大人みたいな顔をする。

「それはあいつの勝手だしな。それに、トモだってあいつの性格、知ってるだろ。俺たちが何を言っても聞かねえよ」

「でも……」

 次の言葉が喉につかえた。できれば言いたくなかったが、どうしても言わずにはいられない。

「勇ちゃんが誘えば、戻って来るかも」

「──何で俺なんだよ。トモがやればいいだろ。俺がそんなことする理由もねえし」

 一段と低い、抑揚のない声。足元から這い上がってくるさざ波の音のほうが、まだ存在感がある。

「あるよ、あーちゃんを誘う理由。あーちゃんは僕より、勇ちゃんに誘われるほうが嬉しいはずだから」

 本音を漏らしてしまった唇を思い切り噛み締めた。僕は一体、何を言っているのだ。

「何だそれ。そんなわけないし、いちいち誘ってやらなきゃ来ないなんて面倒見きれねえよ」

 夜空に広がったしだれ柳が、苦笑いを浮かべて頭を搔く勇ちゃんの横顔をぼんやりと照らし出した。

「安心しろって。あいつはそんなやつじゃない。たぶん今は食べ慣れた味より、新しくて刺激的な味が欲しいだけだ。俺たちだって、たまにそう思うこともあるだろ。可愛くて大人しくて、あいつみたいなぺったんこじゃない女の子と仲良くなりてえなー、とか」

 勇ちゃんはそう言ってちょっとだけ吹き出すと、服が砂で汚れることも気にせず、その場に腰を下ろして大の字に寝転んだ。

 少し視線を下げれば花火に彩られた贅沢な夜景を楽しめるというのに、勇ちゃんは冷たく黙りこくった頭上の星空を静かに眺めている。

「あいつと、何かあったのか?」

 心臓が口から飛び出そうになって、慌てて息を呑み込んだ。勇ちゃんは依然として仰向けのまま、花火の輝きとは比べ物にならないほどささやかな星空を見つめている。

「別に、何も無いよ。むしろ無さすぎて寂しいくらい」

 勇ちゃんの顔を見ていられなくなり、僕も勇ちゃんの隣に寝転がって夜空と対峙した。花火を観に来たというのに、花火の音を聞きながら星を見ることになるとは夢にも思わなかった。

「俺、学校が違うからさ。あいつのこと頼むわ」

 どういう意味なのか訊いてみたかったが、僕の口からはもう何も出てこなかった。何と言って訊けばいいのかわからなかったし、もしかすると訊くのが怖かったのかもしれない。そう、僕はずっと怖かった。僕を視界に入れようとしないあーちゃんと、僕たちのことを一番気にかけてくれている勇ちゃんの、何かの拍子に思わずこぼしてしまう本音を聞いてしまうことが。

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