亜美【六】
「そう言うトモだって、あいつのことかまってんのか? あいつがトモを避けているとしても、同じ学校なんだからばったり会ったりすることもあるだろ?」
話題を変えればいいものを、勇輝はいつだって幼稚で不器用だ。こんな話を掘り下げたところで、ますます険悪になるだけだと気づかないのだろうか。いや、さすがに勇輝だって、それくらいはわかっているはずだ。
「学校は同じでも、会おうと思わなければ案外出くわさないものだよ」
「何だよ。結局トモだって俺と同じじゃんか。いや、近くにいるくせに声もかけないんだから、俺より薄情だろ」
智也の口元が微かに歪んだ。しかし、彼の目に感情の乱れは見られない。おそらくこの程度の切り返しは想定内だったのだろう。
「あーちゃんは、僕らと離れる必要があった。僕は一年生のとき、あーちゃんの学校生活を見てそう感じた。だからそれ以来、わざと距離を置いてる」
「なんだよ、それ。俺たちは嫌われてるってことか?」
先ほどまであちこちに彷徨っていた勇輝の視線が、気がつくと智也の白い顔を真っ直ぐに捉えていた。
三年生の七月だけに、智也は受験勉強に明け暮れていてほとんど外出していないのだろう。翻って勇輝の顔はといえば、子供の頃以上にこんがりと焼けている。水泳部の部長を務めているということは、高校最後の大会に向けて誰よりも練習に熱が入っているのだろう。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。答えを知っているのは、あーちゃんだけだよ。でも、これだけははっきりしてる」
次の言葉を待つ勇輝の目が、ひどくぎらついている。今にも智也の襟首に摑みかからんばかりだ。智也のもったいつけた話しぶりに焦れているのか、それとも再会の約束を破った私を思い出して腹の虫が暴れ始めたのか。
「あーちゃんは今、僕たちを必要としている」
「だろうな。花火を観ようって切り出したのはあいつなんだろう? そして俺たちは誘われるままに集まって、性懲りもなく二年前みたいに待ちぼうけを食ってる。てことは、俺たちの役目はこの突き合わせた馬鹿面をあいつに笑われることか?」
智也は意外にも小さく吹き出すと、声を荒げた勇輝に向かって一歩も引かずに言葉を返した。智也は、小さい頃から誰よりも勇輝の悪態を聞かされている。彼の悪態をねじ伏せるくらい、智也にとっては赤子の手をひねるようなものだろう。
「そうかもしれないね。でも、本当に僕らを笑いたいだけかな? 一度見切りをつけた旧友をこうして呼び出すなんて、かなり勇気がいることだよ」
眉をぎゅっと寄せた勇輝が、たまりかねた様子で口を開いた。すかさず智也が言葉を継いで、勇輝の口を塞ぐ。
「僕たちが会っていない時間は、たったの二年ちょっと。仲が良かった頃の記憶も、あーちゃんに背を向けられたときの驚きも、まだまだ鮮明だよね。だから今回、僕たちを花火に誘ったあーちゃんは、相当気まずかったんじゃないかな」
「──何が言いたいんだよ」
ひどく刺々しく、突っ慳貪な勇輝の声。重苦しい空気に押し潰されて、胸がぺちゃんこになってしまいそうだ。風が止まった浜辺独特の蒸し暑さが、直面している現実をより一層、熱帯夜の悪夢のように感じさせる。その一方で、私と勇輝を淡々と熱帯夜に追い込んでいる智也。彼は終始、勇輝とは正反対のいたって涼しい顔をしている。
ある程度予想はしていたが、私の話をする二人の様相に、こうもはっきりと違いが出るとは思わなかった。ただ、勇輝の苛立ちを煽っているかのような智也の言動には、どことなく底意のようなものを感じる。私が智也に、身勝手なお願いをしてしまったせいだろうか。もしそうだとすると、我ながら私という女はつくづく性悪だと言わざるを得ない。
「あーちゃんが僕たちに声をかけた理由は、二つあると思う。一つは、自分ではどうすることもできない窮地に立たされた心細さから」
勇輝の顔色がみるみる失せていく。自分の巣を狙う蛇を見つけた、大型の猛禽を思わせる目つき。大きく見開かれた
「窮地って、あの噂のことか」
智也は勇輝から目を離さず、静かに頷いた。途端に勇輝は、放心とも落胆とも観念ともつかない、複雑奇怪な色をした吐息を吐いた。
「停学は本当だったんだな。あの馬鹿……」
膝を抱いて座っていた私は、さらに両膝をぎゅっと引き寄せて縮こまった。あの様子だと、智也から事の顛末を聞いているわけではなさそうだ。
噂は思った以上に広がっている。勇輝の耳にまで入っているということは、もはや私を知る人たちの間で知らない者はいないだろう。今さらながら吐き気が込み上げてきて、たまらず力一杯瞼を閉じた。このまま何の跡も残さず、人々の記憶から消えてしまうことができたらどんなに楽だろう。
「僕も本人に訊いたわけじゃないから、真実かどうかはわからない。でも学校で広まっている噂は作り話とは思えないくらい具体的で、しかもしばらくの間、学校を休んでいたのも事実……」
いたたまれなくなって思わず耳を塞いだ。呼吸がひどく浅くなっている。じっと座っているだけなのにたまらなく息苦しくて、汗だくで、まるで大嫌いな持久走の授業の後みたいだ。
私に関する噂は方々で尾ひれが付いているようだが、二か月ほど前、学校から三週間の自宅謹慎を言い渡されたことは間違いない。停学となると、教育委員会への報告義務が生じたり、内申書に禍根を残すことになったりと話が大きくなってしまうので、謹慎程度で済んだのは不幸中の幸いだった。学校としても、こういったことは校名が傷つかないよう穏便に済ませたいだろうし、私の場合は学校での素行に問題がなかったため、更生を期待した恩情処分にとどまったようだ。
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