第62話 作戦立案

 僕たちが魔人族の避難所に到着して一週間。この間、午前中は短剣の素振り、昼食と休憩を挟んで午後から東雲雫しののめしずくさんの救出作戦立案に頭を悩ませた。


 まず素振りの方だが、5日目に僕と勇太にほぼ同じタイミングで新しいスキル「模擬訓練」が発現した。想像した相手が実像となって出現するという、とってもゲームライクなスキルである。いや、実像だったら「模擬」じゃないと思うんだけど。もはや実戦だよね?

 ただ、このスキルを使用中に相手から負わされた傷は、痛みこそ感じるものの実際に怪我はしないという親切設計。つまり強敵に何度でも挑戦できるという鬼畜仕様である。


 5日目からは素振りを終えた後、ボーメウス先生に許可を取ってこのスキルだけ使用して訓練を行った。他のスキルは今まで通り使用禁止。素の力だけで強敵に挑むわけだ。

 僕は盗賊の頭、ダスター・ウォーガルを仮想敵にして「模擬訓練」を行い、普通に何度も死にかけた……実際には怪我してないんだけど、痛みは本物。心がバキバキに折られる。勇太はヒュドラを相手にしてるから尚更酷い思いをしたようだ。


 死にそうな目に遭えば驚く程急激に技術が向上する――なんて都合の良い話もなく、僕と勇太は3日間何度も何度も死にかけた(実際には死なない)。

 その結果、ほんの少し、本当に気持ち程度だが、素振りを始めた頃と比べれば、ほんのちょっぴり素の能力が上がったように思う。





 そしてもう一つの救出作戦について。


「雫が監禁されているのは、ブーリデンの中央やや東にあるケルリア信教神殿本部の建物です」


 湊の話で、雫さんがどこにいるかは分かっている。ただ、この神殿本部、神殿とは名ばかりでほとんど要塞のような造りになっているらしい。外部に開かれているのは建物のほんの一部、一般信者がお祈りに訪れる「祈祷の間」だけで、建物の大部分は信教神殿関係者しか立ち入ることが出来ない。


「祈祷の間にも、本部内に繋がる扉や通路はありません」

「本部に侵入するには専用の出入口がある、そしてそこは厳重に警備されているってことか」

「そうです」


 それでも、湊はこの2年間で本部内のどの辺りに雫さんが監禁されているか突き止めていた。神殿関係者に近付き、賄賂を渡して内部の情報を得たと言う。


「何度か侵入を試みましたが……全部失敗しました」

「警備と戦闘には?」

「それは一度だけですね」

「湊から見て強かった?」

「……弱くはなかったですけど、そこまで強いとは思いません。ただ、数が多いです」


 半ばヤケクソで強行突破を試みたこともあるそうだ。その時、出入口にいた警備兵は4人だったが、1分もしないうちに6人が建物の中から駆け付けた。更に建物の外にも警備兵の詰所があり、そこから8~10人が応援に来て退路を断たれそうになり、慌てて撤退したらしい。


 神殿本部周囲の道、外にある詰所の位置。街の衛兵の詰所の位置。

 本部建物の内部と雫さんがいると思われる場所。

 そういったものを紙に書き出して整理した。


「ボーメウス先生、何か良い作戦がありますか?」


 一緒に図面を覗き込んでいたボーメウスに聞いてみる。


「……先生はよしてくれ。言葉遣いも前みたいでいい」

「じゃあそうさせてもらおう。それで何か考えは?」


 言うまでもないけれど、警備が厳重な建物に侵入した経験なんて僕たちにはない。ボーメウスなら或いは、と思って聞いてみたのだが。


「行く手を阻む者は殲滅し、シズクを救出して速やかに離脱する」


 ……脳筋だった。


「ネフィルは何かない?」


 彼女はAランク冒険者だ。Cランクの僕たちより場数を踏んでいるだろう。


「極大魔法で街ごと凍てつかせる」

「雫さんが死んじゃうから。止めてね?」


 何やら香ばしいポーズをキメながら物騒なことを言うネフィル。この世界の実力者ってみんなこんな感じなの?


「でも、どっちみち戦闘は避けられないんじゃ?」

「うん。それはそうなんだけど……例えば、こっそり侵入出来ればその分楽に救出できると思うんだよねぇ」


 勇太の問いに答えた僕だが、かと言って良い作戦があるというわけでもない。せいぜいスキルの「透明化」や「偽装」「擬態」を使うくらいしか思いつかない。


「建物の上からは侵入できんのじゃろうか?」


 と言うマールの言葉をきっかけに色んな案が出始めた。地下からはどうだ、魔物や魔獣をけしかけてみよう、詰所を爆破して目を逸らそう、神殿兵を捕まえて協力者に仕立てよう、などなど。荒唐無稽に思える案から突破口が開ける――ことはなかった。


『あたしが先に中へ入って様子を見てきてあげようか?』


 日向とマールの間を行ったり来たりしていたアドレイシアがそんなことを口にする。


「いいの?」

『別にいいわよ、それくらい』


 精霊は自分の姿を任意で出したり消したり出来る。その上壁なども擦り抜けることが出来るのだ。その気になればかなり強いし。

 あれ? アドちゃん一人で全部解決出来るのでは……?


『見るだけよ? それ以上はするつもりないから』


 心を見透かされたようだ。


「うん。中の様子が分かるだけでも凄く助かる。頼んだよ、アドちゃん」

『任せなさい!』


 アドレイシアが薄い胸を自分の拳でドンと叩いた。頼もしい。


「僕と湊なら敵に気付かれず中に入れるかも知れない」

「いや、向こうにも同系統スキル持ちがいます」

「そうか……」


 認識阻害を使ってこっそり侵入とはいかないようだ。


「……詰所の爆破、良いかも知れません」


 それまで黙っていた佑が口を開いた。


「外からの増援を足止めするのと、内の気を逸らすのには使えると思います」

「……詰所にいる神殿兵は、下手すると死んじゃうけど」

「仕方ない、と思います。いずれにせよ戦闘になれば殺し合いですし」


 日本人の中では佑の胆が一番据わっているようだ。いや、湊も同じか。

 僕も、これまでガスボンベ爆弾に幾度となく助けられた。「陽動」というのは単純だけど案外効果があるのだ。


「同じ日本人が、勝手な都合で召喚されていいようにこき使われている……開星さん、もしそれがひなちゃんだったら?」

「全員ブチ殺す」


 由依ちゃんの言葉に条件反射で答えた。


「私も同じです。雫さんは、湊さんにとってのひなちゃんなんだと思います」

「……由依ちゃんの言う通りだ。綺麗事で済まそうと考えてた僕が甘かった。すまない、湊」

「いえ。開星さんたちは関係ないのに一生懸命考えてくれて、その上一緒に助けに行ってくれるんですから……感謝してもしきれません」

「関係ないなんて言うなよ。僕たちだって、召喚されたのがこの国だったら同じ目に遭ってたかも知れないんだから」


 その後も話し合いは何日にも渡って続いた。聖兵八騎についても忘れてはいけない。八騎というくらいだからあと6人はいるのだろう。倒した2人についてはそこまで脅威に感じなかったが、他の奴らの強さは未知数。


 ただ、僕たちの目的はあくまで雫さんの救出であり、ケルリア信教神殿そのものを潰そうとしているわけではない。むしろ戦わずに済むのであれば戦いたくないのである。


 結局、大まかな作戦を立てるに留め、あとは現場を見て臨機応変にという何とも締まりのない結論に至った。ボーメウス曰く、こういうのはガチガチに決めていても結局その通りにはいかないものらしい。確かにその通りだと思う。


 日向とマール、ネコは避難所に残ってもらうことにした。ひなちゃんは最初嫌がったけど何とか説得した。僕たちが留守の間はバルトラに娘たちを守ってもらう。


 こうして、いよいよ明日、僕たちは首都ブーリデンに向かうことになった。





*****





「おい、もうそろそろ『聖女様』も限界じゃないか?」

「あー、そうかもな。上級治療薬ハイポーションの生産数も落ちてるし」

「在庫はかなりあるから1~2年は大丈夫だろう。その間に新しい『聖女様』が見付かればいいけどな」

「『聖女様』じゃなくても、金になる賢人だったら何だっていいんだよ」

「それもそうか」

「「はっはっは!」」

「どうせ『廃棄』するなら、その前に俺たちにくれねぇかな……」

「おい、骨と皮だぞ? お前どんな趣味してんだよ」


 監視役の神殿兵2人は、「聖女様」本人がすぐそこにいるにも関わらずそんな話をしていた。聖女様こと東雲雫に、彼らの話を理解できる程の理性が残っているとは思っていなかったのだ。


 雫は耳に入る言葉を聞き流しながら、単なる「水」に魔力を込め続ける。彼女のスキル「製薬」は、己の魔力を治療薬に変質させるというスキルだった。毎日魔力が枯渇して気を失うまで、彼女はハイポーションを作らされ続けていた。


 この2年近く、毎日。

 窓もなく、松明が掲げられた狭い石の部屋で。

 常に誰かに監視されながら。

 日に1度の食事と僅かな睡眠、排泄、3日に1度の入浴時以外、ずっと。


 雫の心は壊れかけていた。いや、壊れる寸前だった。ただ治療薬を生み出し続ける道具、それが今の彼女だった。道具に心は必要ない。


 それでも雫は、一緒にこの世界に召喚された湊の身を案じていた。

 どうか彼だけでも無事でいて欲しい。

 どうか彼だけでも幸せになって欲しい。


 この理不尽な世界に来る前。とても優しく、穏やかな湊を雫は好きだった。2人が付き合い始めて直ぐの頃、ここに召喚された。


 自分はもうすぐ死ぬだろう。その前に、ひと目だけでいいから、彼に会いたい。会って無事を確かめ、もう一度彼の温もりを感じたい。


 神殿兵たちの心ない言葉を背中で聞きながら、雫の頬を一筋の涙が伝うのだった。

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