第61話 訓練してみた(勇太視点)

 避難所に着いた翌日。俺は開星さんと一緒に建物前の広場にいた。ボーメウスさんとリーラさんも一緒だ。


 俺たちが広場に出てくると、由依と湊さんも出て来た。佑はネフィルさんと2人で端っこの方に行く。離れた場所で魔法の練習をするらしい。


「夕べ話したようにボーメウスたちに訓練をつけてもらうよ。勇太、いいかい?」

「もちろんっすよ。俺も強くなりたいっすから!」


 広場は学校の校庭くらいの広さがある。周囲は森。ここは森の真ん中を切り開いた場所らしい。

 その真ん中に、ボーメウスさんが腕組みをして仁王立ちしている。その傍でリーラさんが手を後ろで組んでウロウロと歩いていた。


「ボーメウス、今日はよろしくお願いします」


 開星さんが頭を下げるので、俺も慌ててそれに合わせた。


「この前も言ったが鍛錬は一朝一夕では意味を成さん。だから、まずはお前たちの太刀筋を見て、基礎を教える」


 ということで開星さんと模擬戦をやることになった。ボーメウスさんからは一言、「スキルの使用は禁止」とだけ言われ、後は自由にやって良いとのこと。

 模擬戦用の木剣を構え、開星さんと相対する。俺は長剣、開星さんは短剣2本。これまで開星さんとは何度も模擬戦をやっているが、スキルを使わないという縛りを設けるのは初めてだ。


 俺は「長剣術」、開星さんは「短剣術」というスキルがあり、それが全ての基本になっている。そのスキルを使わないとなると――。


「おいおい、ふざけてる……わけじゃないのか」


 模擬戦をしている当事者の俺でも、とんでもなく酷いのが分かる。まるで小さな子が棒を振り回してチャンバラごっこをしている……と言えば分かるだろうか?


 ひたすら木剣を打ち合わせるだけ。手は痺れ、額から汗が滴り落ち、息が上がる。これでも真剣にやっているのだが、遂にボーメウスさんが両目を手で覆って天を仰いだ。


「もういい、分かった」


 はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら、俺と開星さんはボーメウスさんの前に並ぶ。


「お前たち、剣術は素人なんだな?」


 息が整わなくて声を出せない。俺たちはコクコクと頷いた。


「少し休め」


 そう言われ、俺と開星さんは建物で出来た日陰に移動する。由依が飲み物とタオルを持って来てくれた。


「これどうぞ、開星さん。勇太も飲んで」

「ぜぇ、ぜぇ、あ、ありがとう、由依ちゃん」

「はぁ、サンキュー由依」


 水分を補給して人心地つくと、開星さんと顔を見合わせてお互い苦笑いする。


「まさか、スキルが無いとこんなに酷いとは」

「いや、ほんとそうっすよ。俺も驚きました」

「ねぇ、さっきのは遊んでたの?」

「「…………」」


 由依から見たら棒を振り回して遊んでいたように見えたらしい。俺と開星さんはガックリと肩を落とした。


 顔を上げると、広場の真ん中辺りで湊さんがボーメウスと木剣で打ち合っていた。あの人は2年近くも一人で生き抜いてきたらしいから、俺たちより相当経験を積んでいるんだろう。スキル無しでも形になっているように見える。あくまで素人の俺から見て、だけど。


 それをしばらくボーっと見ていると訓練が終わったようで、ボーメウスさんがこちらへやって来た。


「カイセー、ユータ。2人が今やるべきことは基礎中の基礎、『素振り』だ」


 素振りとはただ剣を振るだけに非ず。目の前に敵がいることを想定し、それを打ち破るイメージで振るべし。

 想定する敵が強ければ強いほど素振りの効果が高まると言う。


「今までやりあった中で一番強かった相手を想像しろ。そいつにスキル無しで勝てると確信出来るまで素振りをするんだ」


 相手は人でも良いし、魔物や魔獣でも良いらしい。

 それから、ボーメウスさんがほぼ毎日欠かさないという素振りを見せてくれた。俺と同じ木剣のはずなのに、空を切る音が全く違う。「ゴゥッ!」と空気そのものが断ち切られるような音がする。

 上段からの振り下ろし。下段からの斬り上げ。水平の薙ぎ払い。斜め上段からの袈裟斬り。逆袈裟斬り。一振り一振りが必殺の攻撃。ただ見ているだけなのに身震いしそうになる迫力だ。


 開星さんは息をするのも忘れて見惚れていた、と後で教えてくれた。俺も同じようなものだった。


 休憩を終え、俺たちは素振りをやってみる。俺が想定した敵はヒュドラ。出鱈目な攻撃を避けながら、如何にしてあの固い鱗を切り裂くか。スキル無しだと絶望的に思える。でも強くなるためにはやらなきゃならない。


 開星さんは「ダスター・ウォーガル」を敵として想定するようだ。開星さんが戦って死にかけた、あの鬼強かった盗賊の頭である。


 素振りを始めて30分くらいは自分でも分かるくらいヘロヘロな剣筋だった。それをボーメウスさんが直してくれる。構え、重心、どこにいつ力を入れるのか。口調はぶっきらぼうだけど、教え方は的確。俺と開星さんの剣筋は1時間もすると見違えてきた。


「よし、今日はここまでだ」


 ボーメウスさんに肩を叩かれて我に返った。どうやらかなり集中していたらしい。当たり前だが、想像上のヒュドラには掠り傷さえ与えられなかった。

 素振りを止めて初めて気付く。腕だけでなく、全身が鉛のように重い。それに服が汗でびちゃびちゃになっていた。


「2人とも少しはマシになった。明日から、出来るだけ毎日やれ」

「「ありがとうございましたぁ!」」


 俺と開星さんの声が一つになる。90度腰を折ってボーメウスさんに礼を言った。それから湊さんも含めた3人で風呂に直行だ。


「「「ふい“ぃ~~~」」」


 頭と体を洗って浴槽に浸かると、3人同時におっさん臭い声が出た。3人とも苦笑いだ。


「湊、やっぱり君は頭一つ、いや二つ三つ抜きんでてるね」

「いえそんな。必要に迫られただけですよ」


 湊さんは雫さんを助け出すために仲間を募ろうと冒険者になった。そこで何度かパーティを組むも完全に信用出来る仲間が出来なかったそうだ。


「最初は弱くて役立たずだったから……囮にされたり騙されたり、散々でしたよ」

「そうか……大変だったね」


 俺は開星さんと湊さんの会話に口を挟めなかった。湊さんは誰も頼れないこの異世界で、2年近くも一人きりだったのだ。それを思うと軽々しく言葉を口に出来なかった。


 ゆっくりと風呂に浸かった後、魔道具で涼しくされた談話室で寛ぐ。風呂上りにフルーツ牛乳かコーヒー牛乳を飲みたいところだけど果実水で我慢する。そんなことをしていると佑とネフィルさんも戻って来た。


「……回復魔法、いる?」


 ぐでーっとしている俺たちにネフィルさんが尋ねる。傷を癒すヒールは疲労には効かないが、回復魔法の「リカバリー」は疲労を軽くするそうだ。その代わり傷を治したりする効果はない。俺たちは有難くリカバリーを掛けてもらった。


「師匠、俺には『リカバリー』掛けてくれたことない……」

「そんなことない。こっそり掛けてる」


 タスクがジト目でネフィルさんを見つめると、彼女はスーッと顔を逸らした。佑には掛けたことないんだな。


「て言うか俺にもその『リカバリー』教えてくださいよ」

「ん、そのうち教える」


 佑とネフィルさんの2人は不思議な関係だ。基本的にネフィルさんが佑を揶揄って楽しんでいるように見える。


 リカバリーで少し元気が出たので、談話室から外に続くウッドデッキに出た。


「俺って……なんで強くなりたいんだろ?」


 最初は開星さんばかりに負担を掛けるのが申し訳ない気持ちだったと思う。自分にも戦う力があれば、開星さんがあんな酷い怪我を負うこともないんじゃないか、と。

 もちろん今もその気持ちは変わらないけど、強くなりたいという思いはどんどん強くなってる気がする。


 振り返って談話室を見ると、いつの間にか仲間全員が集まっていた。元から知り合いだった由依と佑。この世界で知り合った開星さんとひなちゃん。旅の途中で出会ったアドレイシア、パル、ネコ、マール、湊さん。そしてネフィルさん、ボーメウスさん、リーラさん。今はこの避難所の管理人、バルトラさんもいる。


 俺はこの人たちを失いたくないんだな。

 そしてもちろん、俺自身も死にたくない。

 そのためには強さが必要、ってことだ。


 いつか日本に帰る日が来るのだろうか? それはあまり考えないようにしているのだけど、この世界で出来た仲間たちを思うと、彼らと別れるのが凄く難しく思える。


 このままずっと、みんな一緒に。なんて考えるのは、俺がまだ子供だからだろうか。

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