第60話 魔人族の避難所(由依視点)

 私たちはそれから2日掛けて、ヴェリダス共和国の首都ブーリデンの北西にある森に辿り着いた。九条くんが合流してからだと3日掛かったことになる。


 その九条くんだが、ネフィルさんというハーフエルフの女の子がいつもべったりくっついている。

 彼女がハーフエルフで、見た目通りの年齢ではないというのは合流した翌日に分かった。正直めちゃくちゃびっくりした。九条くんも彼女の正確な年齢は知らないと言う。何と言うか、ネフィルさんにとって年齢は地雷のような気がして、私たちも聞けないでいる。


 そんな彼女だが、魔法の腕は本物だ。


 道中、何度か魔物と遭遇したが、遠距離から九条くんが攻撃。討ち漏らしてもネフィルさんが全て魔法で倒す。戦闘が終わると、彼女が九条くんに今の魔法のどこが良くてどこが悪かったか指導する。そんなことを繰り返していた。


 九条くんをここまで護衛してくれたという2人の魔人族、ボーメウスさんとリーラさんは近接戦闘の達人だそうだ。しかし、あの前と後ろから襲われた対人戦以来2人の出番もない。それくらい、ネフィルさんの魔法は隙がないように見えた。


「やっと着きましたね。ひと息つけるかな?」

「そうだね。ひと息つけるといいねぇ」


 今から入る森を見ながら開星さんと言葉を交わす。


「でもこれって……馬車じゃ進めませんよね?」

「道があるらしいよ。ボーメウスが言ってた」

「へぇ~」


 そのボーメウスさんが森へスタスタと入って行く。20分程待つと彼が森から出て来た。それと同時に、それまでなかった森の切れ間が現れ、ちょうど馬車一台が通れる道が見えるようになった。


「ほぉ~。認識阻害とも違う……アドちゃんの魔法みたいなものかな?」

「開星さんにも見えてなかったんですか?」

「うん。今気付いたよ」


 認識阻害系のスキルを持っていると、同系統のスキルや魔法で隠されたものが何となく見えることは教えてもらった。開星さんにも見えなかったのなら、以前見た「森の木々が避けて道が出来る」という精霊の魔法なのかもしれない。


「話をつけてきた。全員で奥に向かうぞ」


 ボーメウスさんの言葉にみんなが頷く。私たちは馬車に乗りこんで森を奥へと向かった。


「この奥には魔人族の避難所があるらしいよ」

「避難所?」

「お父さん、これからひなんじょに行くの?」

「そうだよ。少しの間お世話になる予定」

「ふぅ~ん」


 馬車の荷台で、開星さんと、彼の膝に乗ったひなちゃんと向かい合う。隙間なく敷き詰められたクッションのおかげで、荷台は思いのほか快適だ。


 ひなちゃんと触れ合っている時の開星さんは、いつも穏やかで安らいだ顔をしている。その顔を見れば、彼がどれだけ娘さんのことを愛しているか分かるというもの。こんな気持ちを抱くのは良くないと分かっていても、少しひなちゃんに嫉妬してしまう。


「魔人族は避難が必要なほど危険な目に遭ってるんでしょうか?」

「今はそれほどでもないらしいけど、魔人族の商人なんかがトラブルに遭ったらここに来るそうだよ」


 魔人族領以外では、どうしても普人ふじん族(魔人族や獣人族は、私たちのような種族を普人族と呼ぶそうだ)が圧倒的に多い。偏見を持っている普人族も一定数いるし、そういう普人族の中には最初から騙そうとして魔人族の商人に近付いてくる者もいるらしい。


 トラブルが命の危険に発展しそうな時、逃げ込むためにこのような場所がある。魔人族は同胞を守ろうとする意識が強いから、こういう避難所が大陸のあちこちにあると言う。


「避難所の管理は、魔物や魔獣を使役できる人がやっているそうだよ」

「使役!? そんなことが出来るんですね」


 使役というのは隷属とは違い、お願いして言うことを聞いてもらうくらいのニュアンスらしい。この森には強大な力を持つ魔獣が6体いて、外敵の侵入を防いでいるそうだ。


「お。着いたのかな?」


 開星さんの言う通り、馬車が停まった。目的地に着いたようだ。


「へぇ~」

「お父さん、学校みたい」

「うん、昔の学校みたいだね」


 目の前は広場で、その奥に木造で横に長い3階建ての建物がある。真ん中に玄関があって、そこにボーメウスさんやリーラさんと同じ浅黒い肌をした男性が立っていた。


「やぁやぁ! 俺はバルトラ。ここの管理人だよ」


 見た目の年齢は20代後半くらい。開星さんやボーメウスさんより若い感じ。柔和な笑顔が気さくな印象だ。


「初めまして、カイセイ・キシです。突然お邪魔してすみません」


 開星さんが順番に私たちを紹介してくれるが、如何せん人数が多い。一度では覚えきれないだろう。私だったら絶対覚えられない。


「……えーと、とにかくようこそ! ボーメウスから話は聞いてる。ここなら外敵の心配はほぼないから安心していいよ。今は他の魔人族も滞在してないし、好きなだけいるといい」


 ここにどれくらい滞在するかはまだ決まっていない。目先の目的は「雫さんの救出」。湊さんのためにも早く救出に向かいたいところだが、開星さんにも考えがあるのだろう。


 バルトラさんが建物の中を案内してくれる。1階は食堂やお風呂、バルトラさんの居室、客間などがあり、私たちは2階に部屋をあてがわれた。

 私とパルでひと部屋なのはいつも通り。勇太と九条くんでひと部屋が当然なのだが、ネフィルさんが九条くんと同じ部屋が良いと駄々をこねた。


 ネフィルさんと九条きん、付き合ってるのかな?


「バルトラさん、大部屋ってありますか?」


 話がややこしくなりそうなところ、開星さんが尋ねた。


「あ~、一応ありますよ」


 開星さんの提案で、女子は女子、男子は男子で固まろうという話になる。基本的に部屋では寝るだけだからそれで良いだろう、と。一番幼いひなちゃんが了承したので、ネフィルさんも我儘を引っ込めた。


 男子組は開星さん、勇太、九条くん、湊さん、ボーメウスさんの5人。

 女子組が私、パル、ひなちゃん、マール、ネフィルさん、リーラさんの6人。それにアドレイシアとネコちゃんだ。


 ……結構な人数になっていてびっくり。


 大部屋はベッドをギュウギュウに詰めた、小さめの教室みたいな部屋。本当に寝るだけの部屋みたい。まぁ、部屋は他にたくさんあるし、バルトラさんが自由に使って良いと言ってくれたので、何かあったら他の部屋を使おう。


 1階には一度に10人くらい入れるお風呂があって、夕食の前に男女交代で入ることにした。女子組が先だ。


 パルと2人で入るのも最初は恥ずかしかったけど、今ではもう慣れっこ。私はひなちゃんを、パルはマールを、それぞれ服を脱ぐのを手伝う。本当は2人(1人と1柱)とも自分で服を脱げるのだけれど、何となく手伝ってあげたくなってしまう。2人とも天使みたいに可愛いからだ。1人は天使じゃなくて本物の神様だけど。


 ネフィルさんとリーラさんは、ズバッと擬音が背後に浮かぶ勢いで全裸になり、スタスタとお風呂場に入っていく。何だか漢気に溢れているなぁ。


「ひなちゃん、頭洗ってあげようか」

「ひな、自分で出来るよ?」

「いいじゃんいいじゃん! お姉ちゃんに洗わせてよ!」


 こんな可愛い妹がいたら、毎日でも一緒にお風呂に入ったと思う。そして、頭の天辺から爪先まで綺麗に洗ってあげるのだ。

 ……我ながらおかしなことを考えてる。ひなちゃんからは庇護欲をそそるフェロモンとかが出てるのかも知れない。


「じゃあ目を瞑ってー。流すよー」


 髪の毛をもこもこの泡だらけにしたあと、桶でお湯を優しくかける。ひなちゃんが小さな手で顔を擦り、お湯を払うのが堪らなく可愛らしい。隣ではパルが同じようにマールの髪を洗っていて、物凄くだらしない顔になっていた。私もあんな顔になってるのかな?


 自分たちも髪と体を手早く洗い、4人で浴槽に浸かる。ネフィルさんとリーラさんは一足早く浸かっていた。


「「ふぃぃ~~~」」


 私とひなちゃんが同じタイミングで声を漏らした。顔を見合わせて思わず笑ってしまう。


「ゆいお姉ちゃん、お父さんもおんなじ声出すんだよ!」

「へぇ、そうなの?」

「うん。日本人なら仕方ないって言ってた!」

「そっかー。ウフフ」


 私とひなちゃんの会話を、パルが不思議そうに見つめる。


「『ふぃ~』って言うのはユイたちの世界では普通なのです?」

「そうだねぇ。もはや作法みたいなものかな」


 多分違うだろうけど、全くの嘘というわけでもないと思う。


「……タスクも変な声出してた」


 ネフィルさんがボソッと呟く。そう言えば合流した最初の夜、ネフィルさんと九条くんは一緒にお風呂入ってたな。……あの時は兄妹くらいの感覚で見てたけど、よく考えたら男女の関係……?


「あの、ネフィルさんは、九条くんと、つ、付き合ってるんですか?」

「? タスクとあたしは師弟関係。弟子は師匠と一緒にお風呂に入るもの」

「えっ、そうなんですか!?」

「ん」


 ここではそういうものなんだ……凄いな、異世界。


 後日、九条くんに聞いたら「そんなわけあるか!」と言われた。そりゃそうだ。

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