第59話 命の洗濯
「ブーリデンの北西の森に住んでいる魔人族がいる。ひとまずそこを目指したらどうだ?」
佑との再会を喜んだのも束の間、連れの大きな男から提案があった。
浅黒い肌のこの男性は魔人族で、ボーメウスという名だそうだ。まず魔人族というのがイメージと全く異なり、ほとんどこの世界の人々と変わらない姿なのに驚いた。ボーメウスと似た雰囲気の女性も魔人族でリーラというらしい。リーラは人見知りなのか、一言も喋らない。
「開星さん。ボーメウスさんたちは信頼出来るし、物凄く頼りになります」
彼らは佑がここまで来る手助けをしてくれた恩人という話だ。ボーメウスは一見厳つい印象だが、目がとても優しく温かみがあった。みんなの意見も聞き、特に湊に遠回りしても良いか尋ねたところ「少しくらいなら」という返事をもらったので、このままブーリデンを通り過ぎ、その北西にあるという森を目指すことに決めた。
佑たちが合流したことで、とにかく大所帯になった。こうなると街に入ったとしても宿を取るのが難しいし、何よりも目立つ。ゆっくり話をすることも出来ない。ボーメウスの話では、その森に住む魔人族の周りには一切人族が立ち入れないようになっているらしい。つまり隠れ家として最適なのだそうだ。
「それで佑……その子は?」
「この人はネフィル師匠、魔法の先生です」
10歳くらいに見える少女が眠たげな目でぺこりと挨拶する。僕も思わず頭を下げた。
「師匠の魔法は凄いんですよ」
「へぇ……」
ネフィルと呼ばれた少女は、佑から「凄い」と言われて心なしかドヤ顔になっている気がする。
「佑を助けてくれてありがとう、ネフィル」
「ん。師匠なら弟子を助けるのは当然」
「そ、そうか。それでもありがとう」
うん。歳が近そうだからひなちゃんも喜ぶかも知れないな。ちょっと癖がありそうな子だけど。
「ゆっくり話したいのはやまやまだけど、ここから離れようか」
結局、皇国の暗部(忍者装束の奴らは暗部だとボーメウスが教えてくれた)、それにケルリア信教神殿の兵士は聖兵八騎を含めて全滅。
命乞いをしていた神殿兵もゴーレムがやってしまったし。そんな現場に長居したくないのでとっとと出発した。
一応死体については、ネフィルが土魔法で掘った穴に埋めた。飛び散った血肉も水魔法で軽く洗い流した。ゴーレムがぶち折った木などがあるので完全に誤魔化せないが、何もしないよりはマシだろう。
馬車には、僕、日向、勇太、由依ちゃん、パル、マール、湊、それにネコ。それに加えて佑とネフィル。アドちゃんもいるのだが、佑たちが合流してから姿を消している。勇太と由依ちゃんは佑と積もる話もあるだろうから、御者台には僕、膝の上にひなちゃん、隣にパルが座っている。
魔人族の2人、ボーメウスとリーラは馬に乗って馬車の後ろから付いてくる。ボーメウスは自分の馬に乗りながら、佑たちが乗っていた馬の手綱も操っている。
戦闘が起きた場所から10分も進むと、さっきまでの凄惨な出来事が遠くなっていくような気がした。立ち並ぶ木々が街道に影を落とし、夏の日差しを遮ってくれている。時折吹く風が心地よく肌を撫で、ささくれだった気分を慰めてくれるようだ。
「ずいぶん人が増えたのです」
「そうだねぇ」
「ね、お父さん。あのきれいな緑色の髪をしたお姉ちゃんと、あとでお話してもいい?」
「ネフィルお姉ちゃんだね。あとで一緒に聞いてみようね」
「うん!」
「パルは大丈夫かい?」
「何がです?」
「戦いとか、人が増えたりとか……ウォーレア獣人国に行くのも後回しになったし」
「う~ん……何も問題ないのです。ウォーレアは逃げないのです!」
「そっか……フフフ、そうだね」
パルは商人だったデイゼンさんと一緒にあちこち旅をしていた。そのせいなのか元々の性格なのか、とても懐っこい性格をしている。それに、さっぱりしていて引きずらない。素直で明るくて頼りになって、この子が仲間になってくれて本当に助かったと思う。
「パルみたいに素敵な子が仲間になってくれて、今更だけど本当に嬉しいよ」
「どどどどうしたですにゃ!? 木の洞から蛇ですにゃ!」
「落ち着け、どうどう」
木の洞から蛇、とは「藪から棒」みたいな言い回しだろう。
手綱を握るパルが動揺するので、馬たちが「どうしたの?」という感じでこちらをチラッと振り向いた。
「……にゃ~……何でもないのです」
「それならいいけど」
それから僕たちは、食事も摂らずに進み続けた。途中で北西に針路を変え、陽が少し傾いてきた頃に野営の準備を始めた。
手分けして、天幕を設営し火を熾す。僕らも佑たちも手慣れたものである。僕は移動式の風呂とトイレを少し離れた場所に設置した。
「開星さん!? 何ですか、それ?」
佑が何かを期待する眼差しで聞いてくる。
「でかい方が風呂、小さいほうがトイレだよ」
「風呂! 見てもいいですか?」
「もちろん。入ってみる?」
「お願いします!」
勇太や由依ちゃんはすっかり移動式風呂に慣れてしまったので、佑の反応がとても新鮮に感じる。こんな風に言ってもらえると作った甲斐があるってもんだ。まぁ作ったのは僕じゃなくて職人だけど。
使い方を簡単に説明しながら魔道具でお湯を張る。
「やっぱ日本人は風呂ですよね!」
「だよねぇ。風呂は命の洗濯だよね」
これは有名アニメのキャラの言葉だが、言い得て妙だと思う。佑も元ネタを知っていたようでニヤニヤしている。2人でニヤニヤしているとあっという間にお湯が溜まった。魔道具のお湯張りはとってもスピーディーなのだ。
「じゃ、佑。ごゆっくり…………え?」
僕がそう言って風呂から出ると、入れ替わりにネフィルが入っていった。一緒に入るのだろうか? ネフィルはたぶん10歳くらい、小学校四年生くらいか。高校一年生のお兄ちゃんと一緒に風呂……まぁおかしくはないな。普通はお兄ちゃんの方が恥ずかしがりそうだけれど。
『ちょ、ちょっと師匠!? 何普通に入って来てんの!? ちょ、黙って脱がない!』
くぐもった佑の声が聞こえてきた。
……彼も恥ずかしがり屋さんだったようだ。仲が良さそうで何より。
さて、僕は料理の手伝いでもしよう。と言っても、マールと出会ったサルラントの街で買った激ウマの肉串を大量にストックしている。屋台の在庫を買い占めたからね。それだけじゃなく、果物や野菜、スープ、パン等もアイテムボックスに入っているから調理は不要。全部出来立てホヤホヤの状態だ。だから、椅子やテーブル、お皿、カトラリーをアイテムボックスから出し、料理を出せば準備完了である。
せっかくだから佑たちが風呂から上がるまで待とう。
「湊も風呂に入るだろう?」
「……いいんですか?」
「もちろん。気が逸るだろうけど、しっかり体を休めることも大事だよ」
「そう、ですね。はい、あとでいただきます」
「うん」
湊は
「ボーメウス、少しいいかな?」
「ああ」
「君とリーラは佑の護衛なんだよね?」
「仲間と合流するまでの、だな」
「佑は僕たちと合流出来た訳だけど……君たちはもう帰るのかい?」
彼は僕から目線を外し、考えを纏めるように焚き火を見つめた。
「……もしお前たちが望むなら、全員を魔人族領で保護してもいい。その場合、護衛を続ける」
「保護、か……。それはみんなで話し合ってから返事しても?」
「無論だ」
その返事を先延ばしにすれば、彼らはしばらく護衛として残ってくれるということになる。だが、思いやり深く誠実な彼らを利用するようで気が進まない。
「その……僕たちに稽古をつけてもらえないかな?」
「稽古? 戦闘訓練か」
「うん。知ってるかもしれないけど、僕たちは戦うこととは無縁の世界から来た。戦闘は素人なんだ」
「そうらしいな」
「でもこの世界は危険だ。自分や仲間の身を守る力が欲しい」
ボーメウスが小枝を折って焚き火に投げ入れる。パチパチと爆ぜる音がした。
「一朝一夕では身に付かん」
「だよなぁ。それでも、ちゃんと戦える人から教わりたいんだよ。基礎だけでもいいし、僕たちを見て駄目な所を指摘するだけでもいい。頼めないかな?」
スキルのおかげでそれなりに体は動く。だけど、剣の扱い方なんてこれまで習ったことはない。これで本当に正しいのか、常々疑問に思っていたのだ。
「……森に着いたら少し見てやろう」
「ありがとう! お願いします」
お礼を言って頭を下げる。顔を上げると彼の優しい目に見つめられていた。照れるぜ。そして向こうの方から佑とネフィルが歩いてくるのが見えた。
「お、2人が風呂から上がったな。夕食にしよう」
濡れた緑髪を高い所で纏めて上機嫌のネフィル。頬が上気してお肌もツヤツヤだ。今まで気づかなかったが、耳が少し長くて尖っている。一方で佑は少し疲れた顔をしていた。のぼせたのかな?
「佑、大丈夫か? 何か問題が?」
「……いえ、大丈夫です。師匠が乱入してきた以外は問題ありません」
「そ、そうか。なんかお疲れさん」
アイテムボックスから肉串やスープ、パンを取り出し、みんなで食べる。娘がネフィルと話したがっていたので彼女に聞いてみると、「ん!」と快く了承の返事をもらった。
……了承でいいんだよね? それで食事しながら、ひなちゃんはネフィルとお喋りしている。時折「魔力が――」とか「操作を――」とか聞こえてくるが、娘がニコニコと楽しんでいるようなので良しとしよう。
夕食の後片付けを終え、僕はひなちゃんと一緒に風呂に入った。洗い場でそれぞれが黙々と体と髪を洗い、2人で浴槽に浸かる。
「「ふぃぃ~~~」」
2人しておっさんのような声が出る。僕は元々おっさんだけど。こういう時、
屋根の近くに換気用に開けた狭い隙間があり、そこから少しだけ夜空が見えた。今夜も、まるで作り物のような星空が覗いている。
「ネフィルお姉ちゃんと仲良くなれた?」
「うん! ひなも弟子になればって言われた!」
「そ、そうなの? それでひなちゃんは何て答えたの?」
「お父さんに聞いてみるって言った!」
「そっかぁ」
そう言えば佑のことも弟子って呼んでたな。弟子を取るのが彼女のマイブームなのかも知れない。
「弟子じゃなくて友達でいいんじゃない?」
「だよね! ひなもそう思う!」
娘はそう言ってニッと笑った。僕は娘の濡れた頭を優しく撫でた。
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