第58話 挟撃

 一湊にのまえみなとを馬車に迎え入れ、首都ブーリデンを目指して街道を北上している最中。僕たちは前後を塞がれた。


 進行方向にはケルリア信教神殿の兵士9人と聖兵八騎らしき女が1人。

 後ろはアベリガード皇国が差し向けた、忍者のような黒装束の男たち15人。


 ペイトランで起きた戦闘のことを考えれば、彼らの目的は「賢人」である僕たちであり、彼らは僕たちを手に入れようと反目し合っている。


 それにしても……今は「偽装」を掛けているから惚ければ誤魔化せるんじゃない? などと楽観的な考えが過るが、こいつらに囲まれたら拙い。そうなってから後悔しても遅いのだ。


「結界」


 馬車全体を覆うドーム状の結界を展開し、手早く仲間と相談する。


「さて、どうしようか?」

「お主の『断絶』とやらで全員真っ二つにすれば良いんじゃないかの?」

「えぇぇ……」


 マールがそんな風に言うが、僕たちには殺す気で来る敵を殺さずに無力化する術がない。


 皇国の忍者は僕たちを国に連れ帰りたいようだったし、神殿は働かせたいようなことを言っていた。まぁどっちも願い下げなのだが。彼らの言いなりになっても碌な未来が見えないからね。そして向こうの要求が通らないならする、と。改めて考えると、いや考えなくても理不尽だ。


 結局殺し合いになるということか。だったら「断絶」を使うのが安全かつ効率的なのだろう。

 もう何人かこの手に掛けて殺しているのだから、それが何人に増えても一緒……とはなかなか考えられない。この世界ではそういう風に割り切った方が楽なのかも知れないが、僕は躊躇ってしまう。


 殺すことに抵抗があるわけではない。人を殺しても罪の意識を感じないのが恐ろしいのである。このまま殺し続ければ、いつか人を殺しても何も感じない怪物になってしまうのではないか。

 そんな僕を見て、愛する娘は僕を怖がったり嫌ったりするのではないか。それが一番恐ろしい。


 だから躊躇ってしまう。

 だが、僕の躊躇いは少し違った意味で伝わったらしい。


「開星さん、私もやりますっ」

「俺だって。開星さんの手ばっかり汚させないっすよ」

「由依ちゃん……勇太……」


 2人は恐らく、僕が人を殺すことに「抵抗」があると考えたのだろう。その重荷を負担してくれようとしている。


「私だってやるのです!」

「パル……」

『まぁ、あたしも手伝ってあげてもいいけど?』

「アドちゃん」

「ぐるにゃあ」

「ネ、ネコまで」


 みんな結構やる気満々なんだな。


「俺もやれますよ」

「湊」


 湊は2年近くたった一人で戦ってきたのだ。僕たちよりよほど修羅場を経験しているだろう。


「お父さん。ひなは、お父さんがどんなお父さんでも好きだよ?」

「ひなちゃん……」

「ただ、ケガはしないで?」

「うん。ありがとう、ひなちゃん」


 あー、このままずっと純粋で純真なひなちゃんでいて欲しい。


 さて。みんなの覚悟も決まっているようだし、殺し合いになるのはもう避けられない。僕も「断絶」を使うことを躊躇わないと決めた。ただ、そうこうしているうちに結構取り囲まれちゃったんだよね……。「結界」と「断絶」は同時に使えないからなぁ。


『カイセー、あたしが足止めしてあげるわ!』

「おお! それは心強い。それじゃ……パルは弓で後ろの敵を、由依ちゃんも最初はそれを手伝って。湊は2人を守ってくれ。僕と勇太は前の敵。ネコはひなちゃんとマールを守って。アドちゃんが足止めしてくれたら結界を解除する。合図するから合わせて」

「「「「はい!」」」なのです!」

「にゃあ!」

『じゃあいくわよ?』


 アドレイシアは幌の天井を突き抜けて消えた……そんなことが出来るんだね? 僕たちには馬車の前方と後方しか見えないが、そこにいる男たちの足元に蔓が伸び、膝の辺りまで巻き付いて拘束するのが分かった。


 ……そう言えば、以前あれで盗賊みたいな男たちを瞬殺してなかったっけ? そうしてくれても良いんだよ?


「解除!」


 合図と共に由依ちゃんとパルが馬車後方に向けて矢を射る。僕は勇太と一緒に御者台をまたぎ越え、馬たちより前に出て近くにいる者を斬り付けた。

 もう後方を確認することは出来ない。とにかく前の敵に集中しよう。


 拘束された男たちは武器を手にしてむやみやたらに振り回しているが、そんな攻撃に当たる勇太ではない。瞬歩を駆使し、10秒ほどの間に5人斬り伏せていた。

 僕は……近付くと危なそうなので、少し離れた場所から狭い範囲で「断絶」を使う。ほら、ひなちゃんから「ケガしないで」って言われたから。安全第一ですよ。


 しかし、聖兵八騎らしき女が見当たらない。胸の部分だけ赤い布地の白い法衣、あれはかなり目立つから、見失うことはないと思うのだが。


 僕と勇太が容赦なく倒していくので、拘束された兵士たちは戦意を喪失し、青い顔になっている。


「やめてくれ!」

「こ、殺さないで!」


 武器を手放し、両手を万歳の形に上げて懇願する兵士。僕と勇太はお互い顔を見合わせ、攻撃するのを止めた。さすがに敵意をなくして命乞いをする相手まで殺すことは出来ない。


 と、そこでゾワっと寒気を感じた。


「結界!」


 勇太と後ろの馬車全体を守れるように板状の結界を張る。次の瞬間、巨大なが結界にぶつかって轟音が響いた。


「へぇ~。これを防ぐのか」


 右の立木の間から白い法衣の女が現れる。その後ろに、人型をした巨大な何かが立ち上がった。


「ゴーレム!?」


 勇太が驚きの声を上げる。ほほぅ。あの馬鹿でかいハニワのような物体はゴーレムというのか。ハニワにしては全く愛嬌がない。手足が短く寸胴で、バケツを引っ繰り返した形の頭部があり、そこにある目が赤く光っている。


「勇太、後ろを加勢してくれ」

「え? は、はい!」


 ゴーレムの拳は結界にぶつかる前に兵士たちを薙いでいた。先程命乞いをしていた兵士。蔓が絡まった膝から下だけが残り、そこから上は跡形もない。そこら中に飛び散った血肉がその成れの果てなのだろう。


 こんな光景、勇太に見せる必要はない。


「一応聞くけど、神殿に仕える気、ない?」

「週休2日、1日の労働は8時間まで、給料は月に金貨1枚。年に2回、連続で6日の休暇。その他福利厚生が充実していれば考えなくもない」

「? 何を言ってるの?」


 普通のことだろう? いや、月に金貨1枚(100万円)は盛り過ぎたけれど。


「まあいいわ。あなたを処分しても、他に4人いるみたいだし。しかも一人は幼子、随分長く仕えてもらえるわぁ」


『【スキル:平常心】が発動しました』


 ふぅ、いかん。ひなちゃんのことになると頭が沸騰しそうになる。


 ニヤニヤしている女の姿がなると同時に恐ろしい速さで横に移動し始めた。向こう側が透けているが目で追えない程ではない。なるほど、彼女も認識阻害系のスキルを持っているらしい。こんな風に見えるのか。それで「偽装」も見破ったのだろう。


 僕は結界を解除し、女に向かって投げナイフを「投擲」した。直ぐに結界を張り直す。女は細い剣――レイピアというのだろうか、それでナイフを弾いた。


「驚いた。あなたも見えるのね?」

「いや、当てずっぽうだよ」

「まったく、賢人っていうのは口が減らないわね」


 そうやって大雑把に一括りにするのは良くないぞ? 口が減らないのは僕の個性なんだから。


――ズガン! ズドン!


 ゴーレムが結界に向かって連続突きを始めた。


「フフフ。いつまでもつかしら。結界が壊れた途端、あなたはただの肉塊になるのよ!」


――ズガガガガガガガガ!


 削岩機のような激しい連続音。ゴーレムが両の拳を激しく結界に打ちつけている。なかなかの迫力だ。しかし、結界には皹一つ入らない。むしろゴーレムの拳の方が削れているような?


「な、なんなのよ、この結界は!? こんな強度見たことないわ!?」


 女が顔を真っ赤にして怒り出した。そんなこと言われても……。


「あー、いい加減耳が痛くなってきた」


 連続で拳を打ちつける音にイライラしてきた。ほら、休みの日に近所で工事しててうるさい時があるでしょ? あんな感じ。


 僕は結界を一度解除し、瞬時に張り直す。角度を付けてゴーレムの拳を受け流すように。


――ガッ、グシャッ!


 …………うわぁ……そんなつもりではなかったのだが。ゴーレムの拳は斜めになった結界で横に流れ、丁度そこに立っていた女に当たった。

 ……予想外の攻撃を避けられず、女は血の染みになった。


 ゴーレムも「え? あれ?」みたいな感じで戸惑うように止まっている。


「断絶」


 もう機能停止したのかも知れないが、すかさず「断絶」を縦に行使した。ゴーレムの巨体は頭の天辺から股まで両断され、地響きを立てながら左右に倒れた。


「ふぅ、強敵だった」


 僕はかいてもいない額の汗を拭うフリをして後ろを振り返る。


「開星さん、九条くんが!!」


 そこに由依ちゃんの声がした。……クジョウくん、って誰だっけ?


「佑!?」


 馬車の後ろから勇太の声も聞こえた。おぅ。九条くん=佑か。苗字をすっかり忘れてたよ。


 そうか。佑が来たのか。無事だったんだな。

 ……良かった。本当に良かった。


 いや、感傷に浸るのは後回しだ。前は片付いた。後ろの皇国忍者を片付けないと。


 馬車の左右には倒れている黒装束が数人。それを確認して後ろに回り込む。そこには、大剣を振り回して忍者をぶっ飛ばしている大男がいた。浅黒い肌、灰色の髪。誰?


「フレイムアロー!」


 その男に気を取られていると、眩しいオレンジ色の光が煌いた。左手の端にいた忍者が炎に貫かれていた。


「開星さん!!」

「佑か!?」


 佑の隣には、大男と同じ浅黒い肌をした背の高い女性が3頭の馬の手綱を握っている。そして佑には、髪色がエメラルドグリーンの、10歳くらいの少女が縋りついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る