第57話 ペイトラン到着(SIDE:佑)

 佑たちがペイトランの街に到着したのは早朝だった。


「何か……物々しいですね」

「ん。ざわざわしてる」


 佑は乗って来た馬から降り、手綱を引きながらネフィルに話し掛けた。彼女は馬に乗っている間は脱いでいた大きな帽子を被り直している。

 街中では衛兵らしき者たちが頻繁に行き交い、早起きした住民は不安げな顔をしてそれを遠巻きに見ていた。


 目深に被ったフード越しに、佑はちらりとボーメウスに視線を向けた。彼とリーラはそれぞれが乗って来た馬の手綱を握っている。彼らが乗ってきた3頭の馬はサルラントの街で購入したものだ。


「祭、って雰囲気ではないな」


 ボーメウスが訝しげに辺りを見回す。リーラも周囲に油断のない目を向けて警戒していた。数日前に訪れたキャルケイス王国のサルラントは、ヒュドラが討伐されて街全体がお祭り騒ぎだった。あの街とは雰囲気の違う騒がしさだ。


 いつものように情報収集のため冒険者ギルドへ向かおうと大通りへ移動したが、とある場所に大勢の人間が集まっている。ほとんどが衛兵で、地面から何かを拾い上げていた。


「っ!? あれは……人の、体……!?」


 こみ上げる吐き気をぐっと堪える佑。隣のネフィルは、元々眠そうに半分閉じた瞼をさらに細めてその光景を見ている。

 その辺りにはバラバラに切断された人体が数人分散乱していた。切断されずに殺された死体も十人分以上あるようだ。


 佑はハッとしてそこに駆け出そうとした。まさか、あの中に勇太たちが――?


「お前はここにいろ。俺が様子を探ってくる」


 力強い手で肩を掴まれ佑はその場に留まった。仲間の安否を確認したいが、もしあの死体の中に仲間がいたとして、佑に出来ることはない。佑は頷いてボーメウスを見送る。

 それでも何か情報を得られないかと、衛兵たちの動きを注視した。そして直ぐに、聖職者のような白い法衣を纏った男が3人いることに気付いた。


 そのうちの1人は見るからに聖職者らしくない。盛り上がった筋肉が法衣を内側から押し上げ、今にもはち切れそうだ。背はボーメウスより少し高い。赤黒い髪はボサボサで無精髭も目立つ。聖職者と言うより盗賊か傭兵の方が似合いそうだ。それ以外の2人の法衣を纏った男たちは、赤髪の男の機嫌を伺うようにヘコヘコとしている。


 見ていると、衛兵の1人が赤髪の男に布に包んだ何かを差し出した。赤髪の男は布を乱雑に開き、そこにあったものを見て口端を上げたように見えた。


 衛兵が青い顔をして頭を下げる。その時ちらりと見えたもの――それは生首だった。


 何となくそんな気がしていたので然程驚きはしなかった。とは言え気分が良いわけではない。切断された頭部を見てニヤリとする神経が信じられなかった。


「タスク」


 ボーメウスから声を掛けられ赤髪の男から視線を戻す。


「何か分かりましたか?」

「皇国の暗部と神殿兵の間で戦闘があったようだ。『聖兵八騎』と呼ばれる強者も死んだらしい」


 何故戦闘が起きたのかは不明。だが――。


「皇国の暗部が絡んでるとなると」

「ああ。お前の仲間が関係しているかもな」


 佑は自分の師匠、ネフィルを見る。彼女は最初こそ戦闘の跡を興味深そうに眺めていたが、今は暇そうにその辺をプラプラ歩いていた。リーラは相変わらず鋭い視線を周囲に向けている。


 この人たちは良い人たちだ。自分の身を案じてここまで一緒に来てくれた。しかし、これ以上巻き込むのは違うのではないだろうか? ここで凄惨な戦闘が行われた。恐らく自分の仲間に関係した戦闘だ。ネフィル、ボーメウス、リーラの3人をこんな危険な目に遭わせるのは駄目だろう。


「ボーメウスさん――」

「お前はまだ仲間と合流していない。俺たちの役目は、お前を無事仲間のもとに連れて行くことだ。余計なことは考えるな」


 自分の心を読まれたようで、佑は目を丸くした。言葉を続けようと佑が口を開く前に、気弱そうな男性が声を掛けてきた。


「あ、あの……」

「何か用だろうか?」


 ボーメウスが警戒しつつ男に問う。


「あ、いえ、そっちの若い方に……もしかして、賢人様ではありませんか?」


 男性はギリギリ佑たちに聞こえるくらいの小声で尋ねた。ボーメウスはサッと衛兵たちの様子を窺うが、こちらを気にしている者はいない。


「実は……あそこの建物は私がやっている宿なんです。あ、申し遅れました。私はテッドと言います」


 テッドと名乗った男性は、昨夜起こったことをかいつまんで教えてくれた。彼は時折衛兵や白い法衣の男たちを気にしている。どうやら聞かせたくないようだ。


「カイセーさんという方が私たち家族を助けてくれたんです。それで、もしかして彼のお仲間ではないかと思いまして」


 テッドが何を目的として話し掛けてきたのか分からない。ただの善意なのか、それとも佑たちを罠に嵌めようとしているのか。


「何故僕が賢人だと思ったんですか?」

「……失礼かと思ったのですが、あなたが向こうを見つめている時、その瞳の色が見えた気がしたのです。私にはカイセーさんと同じ色に見えました」


 赤髪の男を注視するあまり、誰かに見られていることに気付かなかった。佑は内心で舌打ちを漏らす。


「そのカイセーさんとやらはどちらに?」

「昨夜遅く発たれました。北門に向かっておられましたよ」


 それは事前に得た情報と合致する。ここから首都ブーリデンを目指すなら北に向かう筈だ。


「ボーメウスさん」

「うむ。急げば追いつけるかもしれん」


 完全に信用したわけではないが、佑はテッドの言葉を受け入れることにした。直感で、彼は嘘をついていないと感じたからだ。彼は単に開星に恩義を感じ、彼の役に立ちたいと思っているようだった。テッドに礼を言い、佑たちはその場から北門に向かった。


 佑たちは人目を引かないように注意しながらその場から離れた。現場から十分に離れたところで馬に乗る。


「師匠」

「ん」


 佑は馬上からネフィルに手を差し伸べて引き上げた。ネフィルは当たり前のように佑の後ろに座り、その腰に手を回す。


 最初は立場が反対だった。佑は乗馬の経験などなかったので、ネフィルの後ろに座って彼女の腰にしがみついていた。しかし客観的に見て絵面が非常に悪いと思い、ここに来るまで必死に練習したのだ。おかげで少しは馬に乗れるようになったのである。


 馬を手に入れたのはサルラントの街だから、練習期間はまだ数日。運動神経が息をしていない佑にしては奇跡と言っても良い短期間。男の子としての意地であった。


 ネフィルは自分のマジックバッグに帽子を収納した。いつも突然手にしたように見えた杖も、このマジックバッグに入っている。


「準備OK」

「じゃあ行きましょう」


 ボーメウスとリーラに目配せして出発する。街中では常歩なみあしより少し速い程度。北門を出ると速度を上げた。背中にネフィルの柔らかさと温もりを感じる。こちらの季節もまだ夏だが、不思議と不快ではない。


 リーラが先頭、佑とネフィルを挟んで殿がボーメウス。馬に乗って移動する間はずっとこの隊列を組んできた。しかし――。


「ボーメウスさん! 先に行ってもらってもいいですか!?」


 不慣れな佑にペースを合わせているのでそれほど速度が出ていない。だからボーメウスだけでも先に行って様子を見てもらおうと思った。彼には開星たちの特徴を伝えている。偽装していたら無意味だが、それでも佑の名前を出せば反応する筈。機転の利くボーメウスなら上手くやってくれるに違いない。


 この街道の先に、勇太や由依、開星、日向がいる。佑がいることが伝われば待ってくれるだろう。


 そうして1時間ほど進むと、先行していたボーメウスが物凄い勢いで戻ってきた。


「タスク! 少し先で戦闘が起きている!」

「開星さんたちですか!?」

「分からん。だが可能性は高い。皇国の暗部が襲っているように見えた」

「急ぎましょう」

「俺が先に行く」

「お願いします!」


 来た時と同じ、いやそれ以上の勢いでボーメウスが去って行く。焦る気持ちと裏腹に、佑の馬はあまり速度が出せない。


「タスク、落ち着いて」

「……はい」

「だいじょうぶ。タスクの仲間は絶対助ける」


 この人、こんなこと言う人だっただろうか……? いつも眠そうで、真剣なのかふざけてるのか、いや、だいたいふざけてると思うのだが、こんな風に力づけてくれるなんて。


「ありがとうございます師匠! 頼りにしてます!」

「ん!」


 可能な限り馬を飛ばして15分。金属同士が激しくぶつかる音が聞こえてきた。そのまま進むと、忍者のような黒装束の男たちとボーメウスが切り結んでいた。その向こうには1台の馬車が停まっていて、荷台の所から矢を射っている女性が――。


「九条くん!?」

「小鳥遊さん!!」


 髪と目の色は変わっているが、声で分かる。小鳥遊由依。勇太の幼馴染。その彼女が、凛とした姿勢で弓を構えていた。

 しかし感慨に耽っている暇はない。手前ではボーメウスが4人の敵を相手にしているのだ。佑は一番右端の黒装束に掌を向けた。


「フレイムアロー!」

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