第55話 憤怒

 いつの間にか現れた新手は黒ずくめの服装をしていた。頭には頭巾、鼻から下も黒い布で覆われていて、まるで漫画やアニメに出てくる忍者のようだ。僕が持つ称号の一つは「忍ぶ者」だが、向こうの方がよっぽど忍ぶ者っぽい。


 暗がりに溶け込んで見え辛いが、恐らく8人。目だけを出した物言わぬ黒ずくめ集団って不気味以外の何ものでもないよね。


 最初に襲撃してきた者たちも黒っぽい服装だが、顔は隠していなかった。その襲撃者たちも、ぞろぞろと宿から出てくる。


 最初の襲撃者たち18人vs忍者(仮)たち8人。


「我々は『ケルリア信教神殿』の者だ。この意味は分かるな?」


 白い法衣を着た男が忍者たちに告げる。分かるな、って言われても僕には全く意味が分からないけれど。だが忍者たちにはその意味が分かるようだ。一人が法衣に向かって答えた。


「ここに宿泊している賢人は我が国で召喚された者である可能性が高い。故に我々に優先権がある」

「世迷言を。ヴェリダス共和国内なのだから、神殿が優先に決まっておろうが」


 召喚した国ってことは、あの忍者たちはアベリガード皇国の者か。て言うか、この襲撃って「ケルリア信教神殿」とやらの差し金なのね。


「皇帝の勅命で賢人を連れ帰る。それを阻むなら排除するのみ」

「神殿を敵に回すと言うのだな? 構わん、やってしまえ」


 彼らがお互いの立場を主張している間、僕はテッドさんたちと共に少しずつその場から離れた。そして遂に戦闘が始まる。

 神殿側の男たちは長剣、槍、戦斧。皇国側の忍者たちは短剣と投げナイフ。人数差もあり、神殿側が有利と思いきや、忍者たちの動きが相当速い。その上見事に連携がとれていた。明らかに訓練された者たちの動きである。


 ある者がナイフを投擲し、それを避けると別の者が横に回り込んでいる。予めどちらに避けるか分かっていたかのように、だ。そして短剣を相手の喉に差し込み、一撃で絶命させていた。


 人数差は瞬く間になくなり、神殿側の男たちは法衣を除いて残り3人。忍者たちは全員無傷だ。残った3人は腰が引けて、武器を持つ手が震えていた。


 僕とテッドさんたちは、じわじわと仲間がいる方の宿に近付いた。皇国と神殿は自分たちの戦いに意識を集中し、僕たちのことは蚊帳の外である。その上、スキル「認識阻害」を使っているので誰も気付いていなかった。


「開星さん!」

「しぃー」


 宿の裏に回ると目が合った由依ちゃんが立ち上がって名前を呼ぶ。唇の前で人差し指を立てると、彼女は両手で自分の口を塞いだ。

 みんなの姿を認めて、全員に「偽装」を掛ける。テッドさんたちにもだ。妙齢の女性はテッドさんの奥さんだった。


「タイミングを見計らって街から出よう」


 小声で指示を出し、僕は建物の陰から戦闘の様子を窺った。


「え?」


 神殿側は法衣の男を除いて全員倒されていた。それはある意味予想通りなのだが、法衣の男はたった一人で忍者8人を相手取っていた。


「くっ、何だこいつは!?」


 忍者の一人が堪らずといった感じで声を上げる。僕も全くの同意見。法衣の男はほとんどその場から動いていない。にも関わらず、投げナイフは刺さらず、短剣の刃も通らない。そして男が両手を軽く振ると、忍者が倒れていく。


「どうやって攻撃してるんでしょう?」


 僕のお腹の辺りから小さな声が聞こえ、思わずギョッとした。気付かないうちに由依ちゃんがそこにいた。


「あ、糸が見えたのです」


 パル、お前もか。由依ちゃんの更に下からパルが顔を出して向こうを覗いていた。

 て言うか糸? お、今何かキラッと光った。鋼糸ってやつだろうか? そんなのを武器に使うのは漫画やアニメの世界だけなのでは?


 よく見ると法衣自体はあちこち破れていた。法衣の下に防具を着込んでいるのだろう。

 そんな観察をしている間にまた1人、さらに1人と次々忍者が倒される。残り4人となっていた。


「くそっ、一時撤退!」

「させると思うか?」


 踵を返した忍者に鋼糸が襲い掛かり、2人の脚を膝の下から切断した。残る2人は辛うじて逃げ去る。

 大通りには20を超える男たちが倒れ、むっとする血の臭いが漂っていた。


「あ、あの方は、恐らく『聖兵八騎』のおひとりです」


 テッドさん。あんたまでこっちに来てどうするの? いや、教えてくれて助かるけども。


 テッドさんの言う「聖兵八騎」とは、「ケルリア信教神殿」が誇る8人の最高戦力、らしい。宗教団体が武力を持つって……非常に生臭い。


「う~む」


 今度はマールが体を差し込んでいた。そんな狭い所に無理矢理入って来なくても。


「どうしたの、マール?」

「ケルリアとは……何じゃ?」


 マールはテッドさんに尋ねた。


「えー、唯一神ケルリア様のことですが?」

「ふ~ん……」

「マール?」

「いや、聞いたことのない名じゃと思っての」


 そうね、しかも神とか言ってるしね。ここにマールプンテ神がいるし、敵対(マールは「意見の相違」と言っているが)しているというデュルリテ神っていうのもいるのに、神というのは明らかにおかしい。


 そしてマールがその名を聞いたことがないという神。胡散臭さMAX。でっち上げ確定じゃない?

 まぁ、人が何を信じるかはその人の自由だから、それについてとやかく言うつもりはないけど。


「ちょっと話をしてくるよ」

「「「はぁ?」」」


 由依ちゃん、パル、マールから「何言ってんの?」という目を向けられた。


「いや、普通に逃げられたらいいんだけど、たぶん難しいでしょ?」


 皇国から差し向けられた追っ手(忍者)を軽くあしらう程の実力。聖兵八騎とやらの一人らしいが、仮にこの場は逃げられたとしても、あれが追って来ると思うと心臓に悪い。ケルリア信教神殿が賢人を欲している理由も知りたい。


「ここで待ってて」


 みんなに掛けた「偽装」を解く。自分に「透明化」を使い通りの向こう側まで移動。そのまま出て行ったら娘たちの居場所が簡単にバレてしまうからね。離れた建物の陰で透明化を解き、いかにも今までそこに身を潜めてた風を装った。


 そして、偽装をしていない本来の姿でボロボロになった法衣の男に向かって歩き出す。彼はすぐさま僕に気付き、元々細い目を更に細めた。


「……この宿にいたという賢人か」

「はじめまして、僕はタロウ・ヤマダ。別の世界から召喚された者です」

「……ケルリア信教神殿、聖兵八騎が一人、バフト・ベーリダスだ。他の3人はどこだ?」


 僕、日向、勇太、由依ちゃん。賢人が4人いることは把握済み、と。まぁ当然か。


「少しお話を伺っても?」


 僕は空の両手を肩の高さまで上げて、敵意がないことを示す。彼我の距離は約8メートル。彼の鋼糸が届く距離だ。


「構わん。答えられるかは分からぬが」


 ここまでで分かったことがある。ケルリア信教神殿の目的は「賢人の抹殺」ではない。もし抹殺が目的なら既に攻撃されているだろう。一応残された3人の居所を知るために生かしているという可能性はあるが、今のところ敵意は感じない。


 敵意なんか感じ取れるのかって? まさか、そんなの分かる訳ない。姿を消して顔の横に浮いているアドちゃんがこっそり教えてくれているだけだ。加護を授けてもらったからなのか、見えなくてもアドちゃんの存在が分かるようになった。そして、彼女が伝えたいと思うことが、耳で聞かなくても感じ取れるのだ。精霊の加護、マジ便利。


「あの、ベーリダス様の目的は何でしょうか?」

「お主たち賢人を神殿本部に連れて行くことだ」

「何のために?」

「決まっておる。賢人は唯一神たるケルリア様が遣わした存在。故にケルリア信教神殿に仕えるのが道理」


 ツッコミどころ満載である。


「えーと、つまり賢人を神殿のために働かせる目的で連れて行くと」

「然り」

「ちなみに拒否権は?」

「ない」


 ないのか。信教の自由とか職業選択の自由とかないんだね。


「それでも断れば?」

「力尽くで連れて行くか……処分する」

「賢人の意思は関係ない、と?」

「然り」


 アドレイシアの声が直接頭に響いた。


『あいつの敵意が膨れ上がったわ!』


 ありがとうアドちゃん。まぁ、近付く前から結界を張ってるけどね。どうせ相手には見えないから。そうじゃないと危なくて近付けないよ。


――キン、キン!


「む?」


 結界に鋼糸が当たって弾く硬質な音がした。問答無用で攻撃してきやがったな。


「腕の一本でも落としてから仲間の居所を吐かせるつもりだったが……不可解な」

「……相手が幼い子供でも容赦しないのか?」

「幼子であろうと賢人は賢人。扱いは同じである」


 こいつは今の攻撃を日向にも向ける、と? 思い通りにするために腕を落とすと言うのか?


『【スキル:平常心】が発動しました』


 何の罪もない子を? 勝手に召喚しておいて、自分たちに都合が良くなければ処分すると?


『【スキル:平常心】が発動しました』


 この世界に来たのはたちの意思じゃない。その上、誰かの思い通りに働けと言うのか?


『【スキル:平常心】が発動しました』


――キンキン、キキン!


「ふむ……目に見えぬ結界のような物か。ならばその強度を上回る攻撃をするのみ」


 バフト・ベーリダスがこちらへ一歩踏み出した。


「自分勝手もたいがいにしとけよ」


『【スキル:平常心】が――』


 結界解除、瞬速、透明化。はベーリダスの視線を一度切って姿を消しながら奴の背後に回った。


「断絶」

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