第54話 襲撃

 最初に気付いたのはダークレオのネコ、次いでパルメラだった。テッドの宿の周りに何人もの人影がある。しばらく様子を窺っていると、宿の主人であるテッドが、娘のポリーナと妻と思しき女性の肩を抱き、不安そうな顔で宿を見上げているのが目に入った。その傍らでは夜闇に目立つ白い法衣を纏った背の高い男が宿に鋭い視線を向けている。


「ユータ、ユイ、起きるのです」


 もしテッドの宿が襲撃を受けたら出発の準備をして馬車で待機せよ。開星はそう指示していた。

 警戒し過ぎかも知れないけど、と開星は自嘲していたが、パルメラはそう思わなかった。元々この世界の住人であるパルメラにとって、警戒を怠ることは自分や仲間の命を軽視することと同義。それが取り越し苦労だったとしても笑い話で済むと知っている。


 勇太と由依はすぐに目を覚ました。由依が日向とマールを起こし、勇太は先に着替えて廊下に出た。勇太以外は全員女子(ネコを除く)だからである。正直、女子の中で男一人というのが居た堪れず、ちゃんと眠れていなかった。開星に付いて行けば良かったと少し後悔していたところだった。


 気持ちを切り替え、剣の柄に手を乗せて廊下の左右を警戒する。耳を澄ませてみても異常な音は聞こえない。


 由依は焦る気持ちを抑えつつ日向の着替えを手伝っていた。開星の危惧していた通り襲撃が起きた。彼は向こうの宿で一人である。開星の身に何か起きないかと心配で仕方ないのだ。


「ゆいお姉ちゃん。お父さんは大丈夫だよ」

「そ、そうだよね」

「うん。お父さん、とーめーになれるから!」


 ふんす! と胸の前で小さな拳を握る日向。由依は幼い日向に自分の気持ちを見透かされて恥ずかしくなる。

 そうだ。開星さんは隠密スキルを持っている。初めて会った時だって、声を出されるまでそこにいるのに気付かなかったではないか。


 マールにはパルメラがワンピースを着せ、サンダルを履かせていた。由依も急いで日向にサンダルを履かせる。


「みんな、準備はいいです?」


 小さな声でパルメラが確認する。由依、日向、マール、アドレイシア、ネコ。廊下には勇太。全員で馬車までひっそりと移動するのだ。そこでいつでも出発出来るように準備を行わねばならない。


 ただし、この宿には大通りに面した入口と反対側に裏口がある。厩と馬車置き場も裏口の方にあるから、裏口から出ればテッドの宿を取り囲む者たちに見咎められることはない、筈だ。


(みんな、コッソリ行くのです)


 パルメラが囁き声で告げると皆が頷いた。皆と言っても勿論ネコは別である。ネコは賢いので、音を立ててはいけないと分かっている。

 他の宿泊客や宿の人間に悟られぬよう、一団は密やかに裏口を目指した。床板や階段の踏板が鳴らないように、なるべく端を歩く。

 猫獣人族のパルメラとダークレオのネコにとっては足音を消すくらい造作もない。勇太と由依はおっかなびっくり、日向はスリルを楽しみながらゆっくり歩く。

 マールはちょっぴり浮いているのでそもそも足音がしない。


 裏口までのちょっとした冒険はあっという間である。誰にも見付からず、そこまで辿り着いた。扉をほんの少しだけ開けたパルメラは、近くに人の気配がないことを確かめる。安全を確信してから、まず日向とマールを馬車の荷台に乗せた。ネコとアドレイシアがそれに続く。パルメラ、勇太、由依が手分けして馬たちを馬車に繋いでいたその時――。


――ドォオン!


 くぐもった音が通りの向こうから聞こえた。





*****





 僕は部屋にあった椅子に「擬態」した。その直後、扉の鍵がカチャリと開けられて数人の男たちがなだれ込んできた。


「おい、誰もいないぞ?」

「どうなってる?」

「部屋は間違いないのか?」

「ああ、間違いない」


 男たちはベッドの下を覗き込んだり、クローゼットを開けたりしている。4人部屋と言ってもそれほど広いわけではない。他に隠れる場所もないので、男たちは首を捻りながら廊下へ出た。


『そっちはどうだ!?』

『誰もいない!』

『宿の主人に騙されたか?』

『俺たちが来る前に逃がしたのかもしれん』


 廊下から男たちのやり取りが聞こえてきた。声を抑える気もないようだ。このまま諦めてどこかへ行ってくれれば、隠密を使って向こうの宿に行けば良い。


 そんな風に思っていたのだが、1人の男がこちらの部屋へ戻ってきた。そしてあろうことか、僕が擬態した椅子に腰を下ろそうと――。


「ふぅ」

「ぐぇっ」

「なっ!?」


 大柄な男が勢いよく座ってきたから思わず呻き声が出た。椅子から変な声がしたせいで、男が反射的に立ち上がる。椅子(僕)をペタペタ触って何かを確認し始めた。

 「擬態」スキルは、相手が見ているものの手触りなども再現する。僕は息を潜めて触られるがまま。このままどこかへ行ってくれ……。


 僕のそんな願いも空しく、男が腰に提げた剣を抜いた。切っ先は座面――僕のお腹に向いている。それは拙い。


 男が座面(お腹)に剣を突き刺そうと手を持ち上げた。


(「擬態」解除、「結界」!)


――ギン!


「っ!? お、おい、ここに男が――うぐっ」


 男が一瞬僕から視線を逸らして廊下に向かって叫ぼうとする。その瞬間に結界を解除し、アイテムボックスから出した短剣の柄を彼の鳩尾に思い切り突き込んだ。男は呻き声を上げて剣を手放し、腹を押さえて蹲る。


(透明化)


「おい、どうした!?」

「誰かいたのか?」


 男たちが再びこちらへ来てしまった。蹲る男という隠しようのない証拠が目の前にあるから誤魔化しようがない。僕は透明化したままベッドの上をそろりと動き、開け放たれた扉へ向かう。


「何があった!?」

「うぅ……椅子が」

「椅子ぅ!?」


 そっちのベッドに飛び移れば扉はすぐそこだ。僕は隣のベッドへ飛んだ。


――ギィ。


 男たちの視線が一斉にこちらへ向く。……そりゃ軋むよね、飛び移れば。もうこうなったら静かにしていられない。僕はベッドから飛び降り、扉をすり抜けて廊下へ出た。


 アイテムボックスからガスボンベ先輩とライターを取り出す。既に簡易爆弾に加工してある先輩だ。着火剤に点火し、廊下に転がした。僕は一目散に階下を目指す。


 ガスボンベ爆弾、直撃したらどうなるんだろう……今まで陽動でしか使ったことがないから、威力自体は確かめていない。それほど強烈な殺傷力はないと思うのだが……。


――ドォオン!


 一階へ着く直前に階上で爆発音が響いた。屋内だからか思ったよりデカい音だ。上からギャーギャー喚く声が聞こえる。僕は宿の入口の横に身を潜めた。騒ぎのせいで、さらに6人が入って来て階段を駆け上がっていく。


 一体何人いるの?


 透明化したまま外を窺うと、見える範囲だけで10人はいる。その他に、テッドさんとポリーナ、テッドさんと同じ歳くらいの女性が一塊になっていて、その傍にやけに目立つ白い服を来た男がいた。


 透明化したまま外に出て、慎重に斜向かいの宿へ向かう。そのまま裏口へ行こうと思ったが止めた。


 こいつらの目的が知りたい。

 それに、このまま馬車で逃げ出しても彼らは追ってくるだろう。それを出来れば阻止したい。


 僕は一旦建物の陰に入り透明化を解いた。そしてこの街の住人に見えるよう偽装を使う。


「何かあったんですかぁ?」


 僕は何気ない風を装って白い服の男に近付いた。よく見れば、聖職者が着る法衣のように見える。胸の部分に赤い布が盾のような形で当てられて、そこに金糸で精緻な刺繍が施されていた。背が高く、顔は縦に長い。濃い金髪を短く刈り込んでいて厳格なイメージ。


「……現在、我が『ケルリア信教神殿』の名に於いて任務遂行中である。無関係の住民は家に閉じこもっておれ」


 まるでゴミを見るような目を向け、低い声で言い放つ法衣の男。


「左様でございますか……失礼いたしました」


 僕はちらりとテッドさんたちを見る。近くで見ると分かるが、どうやら彼らは怯えているようだ。


 ケルリア信教神殿とやらに脅されて協力したのか。

 僕たちが部屋にいないことを咎められているのか。

 はたまた爆発音がしたからか。


 怯えている理由は分からない。テッドさんとポリーナ……2人は善人に見えた。僕たちに向けてくれた善意は本物だと思った。だから2人が僕たちを陥れようとしているとは思えない。……思いたくない。


 甘いかも知れない……いや、僕は甘いのだろう。

 宿から離れると見せかけて、さり気なくテッドさんたちの後ろに近付いた。


「テッドさん、何かお困りですか?」

「え? い、いや、別に……」

「声を出さないで。僕です、カイセイです。脅されていますか?」


 質問すると、テッドさんは法衣の男を見た。男は宿の方に注目している。それを確認すると、テッドさんはコクコクと頷いた。


 脅されている、か。勿論それも本当かどうかは分からない。鵜呑みには出来ない。だけど、娘のポリーナ――由依ちゃんやパルと同い年くらいの子が怯えているのだ。僕にはそれを見過ごすことが出来なかった。


「合図をしたら、斜向かいの宿の裏に。仲間たちが逃げる準備をしています」


 テッドさんは再び頷いた。

 さて、どうしよう? 1人ずつ無力化していくしかないか……。「断絶」なんか使ったら血の海だしな。


 そう思った時だった。


「ぬ? 何者だ?」


 法衣の男が僕と反対側に向かって誰何した。テッドさんたちに気を取られていて気付くのが遅れてしまった。


 僕たちは、黒装束の怪しげな新手に取り囲まれていた。

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