第52話 ペイトランの街
オークを撥ね飛ばして1時間。ペイトランの街が見えてきた。急ぎ足で防壁の中に入り、由依ちゃんに馬たちの世話を任せ、僕とパルは薬屋を目指して走った。勇太はまだ馬車の荷台で眠っている。その傍にはひなちゃん、マール、アドちゃん、ネコが付き添っている。
パルはペイトランに来たことが数回あり、だいたいどこに何があるか分かると言う。本当に頼もしい。彼女の先導で薬屋に向かった。
大通りから1本入った所に古びた一軒家があり、そこが目的の場所だった。
「すみませんですにゃ!」
パルも焦っているようで、語尾が「にゃ」になっている。続けて僕も店の奥に声を掛けた。
「すみません、誰かいますか!?」
薄暗い店内には薬品特有の匂いが漂っている。奥でゴソゴソする気配がして老婆が顔を出した。
「そんな大声出さなくても聞こえてるよ。何か用かい?」
「おばあちゃん、ヒュドラの毒に効く薬はありますですか!?」
老婆はパルと僕を胡散臭そうな目で見ている。こういう世界だと初見の人間を警戒するのは当然かも知れない。お金を払わず薬を奪っていく悪人もいるのだろう。
「お金はあります。薬があるなら売って欲しいんですが」
そう言ってアイテムボックスから金貨を10枚ほど出して見せた……しまった、これはキャルケイス金貨だ。ヴェリダス共和国で使えるお金に両替する前に来てしまった。
「あの、両替して来ましょうか?」
「……いや、大丈夫だ。キャルケイス金貨だろ? この辺では良く使われてる。あんたらは冒険者なのかい?」
「そうです」
「ひょっとして、サルラントに出たヒュドラか?」
「よくご存知で」
世間話はいいから早く薬を!
「ちょっと待ってな」
そう言って老婆は再び店の奥へ引っ込んだ。壁を挟んでガチャガチャと音がする。「たしかこの辺に……」なんて独り言も聞こえた。いや、手伝いましょうか? そんな言葉が喉元まで上がってきた時、陶器の小さな壺を持った老婆が戻ってきた。
「ヒュドラの毒消しなんて滅多に出ないからね。ようやっと見つけたよ」
「……それ、相当古いんじゃ……」
「古くても効き目はバッチリさ」
判断に困ってパルを見ると、彼女も困った顔をしていた。
「なんだい、あんたたち薬は素人かい。この壺には保存魔法が掛かってるから古くても問題ないんだよ」
保存魔法……そんなのがあるのか。まぁアイテムボックスの中も時間停止してるくらいだから、そういう魔法があっても不思議じゃない。
「いくらですか?」
「……キャルケイス金貨15枚」
金貨15枚(1500万円)か。足元を見られている気が物凄くするが勇太の命には代えられない。
「分かりました。どうぞ、金貨15枚です」
僕がその金額で納得するとは思わなかったのか、老婆はカウンターに置かれた金貨と僕、パルの顔を交互に見て不安そうな顔をしている。後で薬が効かなかったとか難癖を付けられるとでも思っているのだろうか。
もちろんこれが偽の薬で、勇太に何かあったら只じゃ置かないが。
「もしこの薬が効かず、仲間が死ぬようなことがあれば……」
「わ、分かってるさ! 薬屋は信用第一、騙すような真似をするもんか!」
老婆が真っ赤になって怒りだしたので、脅すのはそれくらいにしておく。信用第一と言いながら金額は吹っ掛けられている気がするけれど。
それから老婆に薬の飲ませ方を教えてもらい、急いで馬車を停めた場所に戻る。
「薬、ありましたか!?」
「あった! これで治るはずだ!」
僕らの姿を目にした由依ちゃんから問われた。僕も実は本当にこれで治るのか不安ではあるが、それを表に出すとみんなが不安になる。だから出来るだけ明るい声で答えたのだった。
荷台に乗り、アイテムボックスからマグカップとペットボトルの水を取り出す。ティースプーン1杯の毒消しを100ml程度の水に溶かした。薬は直ぐに溶けたが、何と言うか、毒々しい紫色の液体になった。
これ本当に大丈夫だよね? 悪化しない?
スプーンについた溶液をペロリと舐めてみる……ほんの一滴なのに悪寒が走った。ヤバい。生臭いのと草臭いのと、とにかく今まで体験したことのない不味さ。これを意識が混濁している勇太に飲ませるのか。いや、意識が混濁しているから味や臭いも分からないかも知れない。少なくともこの薬を飲んで死ぬことはない筈だ。
僕があまりにも酷い顔をしていたのだろう。僕の様子を窺っていたみんなも、苦虫を嚙み潰したような顔になっている。
「だ、大丈夫。良薬は口に苦しって言うから」
パルと由依ちゃんの手を借り、勇太の上半身を起こしてヒュドラの毒消しを口に流し込んだ。意識は混濁しているがちゃんと喉仏が上下して、飲み込んでくれたのが分かる。口の端から少し垂れた薬を由依ちゃんがタオルで拭ってあげていた。
「よし、あとは様子を見るしかない。パル、宿を探しに行こうか」
「はいなのです」
娘たちと勇太を由依ちゃんに任せて宿を探すことにした。
「ご心配お掛けしてすみませんでしたっ!」
勇太が深く腰を折って頭を下げている。
「いいっていいって、気にすんな。それより体調が良くなって本当に良かった」
今僕たちは大通り沿いの宿「大楠亭」の一部屋に集まっている。部屋割りは僕、ひなちゃん、勇太、マール(+アドちゃん、ネコ)で一つ、由依ちゃんとパルで一つの計2部屋だ。今は4人泊まれる僕たちの部屋にみんないて、そこで勇太が頭を下げているのだった。
「安心したのです!」
「本当に良かった……」
パルはニコニコしながら勇太の背中をバシバシ叩いている。結構痛そう。
由依ちゃんは慈愛溢れる姉か母のような顔で勇太を見ていた。
『心配させるんじゃないわよ、まったく!』
アドちゃんはこんな言い方だが、薬を飲ませた後にずっと勇太の傍にいて毒が消えていく様子を僕たちに教えてくれたのだ。そのおかげで僕たちも安心出来た。
「あの薬が効いて良かったのう」
「ゆうたお兄ちゃん、元気になってよかったね!」
「マール、ひなちゃん、ありがとう」
勇太が照れながら2人に礼を言う。見るからに怪しげな薬だったが、さすが金貨15枚。物凄い即効性だった。あと物凄い味だったが、それは勇太には内緒にしておこう。
「あの、開星さん。ありがとうございました」
「いや、ほんとに気にしなくていいから。僕か由依ちゃんが毒を受けてた可能性も十分あった。それがたまたま勇太だっただけさ。僕たちが毒に冒されたら同じことをしてくれただろ?」
「もちろんっすよ!」
「うん。だから気にすんな」
その日は宿の1階に併設された料理屋で夕食を摂り、2つの部屋に分かれて早めに休んだ。
翌朝。勇太が完全に元気になったところで、少し試したいことがあってみんなに相談する。
「このヴェリダス共和国は賢人にとって良い国だって聞いたじゃない?」
勇太、由依ちゃん、パルがコクコクと頷く。この話は、ミンダレスの商人ギルドマスター、マレオさんから聞いた話だ。聖女と呼ばれる賢人がいて、賢人を大切にしていると言っていた。それが本当かどうか確認してみたいのである。
「確認?」
「うん。偽装を解いてみようかなって」
これまで、僕が起きている間はずっと偽装スキルを使っていた。僕、日向、勇太、由依ちゃんの髪と瞳の色を茶色に偽装していたのだ。
黒髪・黒目で街を歩き、人々の反応を窺う。それによって、マレオさんの話が本当なのか少しは分かるのではないかと考えた。
アベリガード皇国からは結構離れたし、今のところ追っ手がいる気配もない。もちろん油断はしないが、そろそろ落ち着ける場所を探したい。
勇太と由依ちゃんも賛成してくれたので、偽装を解き、日本人組の4人で街を歩いてみることにした。パルとマール、ネコは宿でお留守番である。アドちゃんはもしもの時に備え、姿を消して付いて来てくれるそうだ。
昨日は勇太のことで焦っており、街の様子を見る余裕がなかった。今改めて見ると、僕たちと同じ人間(この世界では普人族と言う)のほか、パルのような獣人族や魔人族の姿もちらほら見掛けた。
ちなみに魔人族のことはアドちゃんが小声で教えてくれた。外見は浅黒い肌と灰色の髪が特徴。て言うかその程度の違いしかない。知らなければそういう人族だと思っただろう。ただ、人族より魔力が多く力も強い者が多いらしい。
偽装を解いた本来の姿で街を歩くと、すれ違う人が偶に軽く頭を下げてくれたり、お店の人が「賢人様、ようこそペイトランへ!」と声を掛けてくれたりする。
好意的、或いは普人族に対するのと同じ反応と言ったところだろうか。少なくとも敵意は感じられない。
ひなちゃんと手を繋ぎながら歩き、勇太や由依ちゃんにも意見を聞いてみると、僕と概ね同じような感想だ。
これならこの国で良さそうな所を見付けるのも良いかも知れないな。そんな風に考えていた時だった。前から来た、フードを目深に被った男がすれ違い様に小声で告げた。
「この国を信用するな」
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