第50話 師弟(SIDE:佑)
「ここがサルラントか」
乗合馬車から降りた佑が街を見回しながら呟く。このキャルケイス王国でいくつかの街に立ち寄ったが、どこも中東風のエキゾチックな建物が多かった。ここサルラントも同様である。
「ん。久しぶりに来た」
「師匠、ここに来たことあるんですか?」
「かれこれ…………100年ぶり」
今、何年振りって言うか考えたな? 何歳の設定にしていたか自分でも忘れたのかも知れない。佑がジト目を向けると、ネフィルは直ぐに目を逸らした。
「何だか……ざわついてません?」
「ざわついていると言うより浮ついた感じだな。まるでこれから祭でも行われるかのようだ」
魔人族のボーメウスが自分の印象を伝える。リーラはその後ろでコクコクと頷いていた。同じような印象を抱いたのだろう。
祭……言われてみれば確かにそうだ。行き交う人々の顔は明るい。
「取り敢えず冒険者ギルドへ行ってみましょうか。開星さんたちが立ち寄ったなら、また手紙を残してるかも知れません」
「祭なら行ってみたい」
「そうですね」
息抜きも必要だろうと佑はネフィルに同意する。やがてギルドの建物に着いた。
「ようこそ、冒険者ギルド・サルラント支部へ! こちらの支部は初めてですか?」
明るい緑色をした髪の可愛らしい女性が元気に声を掛けてくれる。自分と髪色が被っているネフィルはそっぽを向いた。
「さっきこの街に着いたんだ。俺はタスク・クジョウ。もしかしたら俺あての手紙がないかと思って」
「タスクさん……ありますよ! もしかしてカイセーさんとお知り合いですか?」
「おお、知り合いです! 開星さんたちはこの街に?」
受付職員――ソフィーは背後の棚から目的の手紙を取り、カウンター越しに手渡す。
「それが、昨日の朝出発したらしくて……あー、もう一回くらいお会いしたかったなぁ。あんなに凄い方とお知り合いってことは、タスクさんも凄い冒険者ですか?」
「凄い? 俺は全然凄くないけど、開星さんたちが何かしたんですか?」
「一昨日、スタンピードが起きたんです。それで、最後にヒュドラが街に迫って来たんですよ」
ヒュドラ……ファンタジー作品通りなら、頭がいくつもある巨大な蛇だろう。
「それを、カイセーさん、ユータさん、ユイさんの3人で倒しちゃったんです! 街を壊滅させるような魔獣をですよ! 一人の犠牲者も出なくて、それで街はお祭り騒ぎなんです。まぁ主役はもういなくなっちゃったんですけどね」
「そうだったんですね。凄いなぁ」
あの3人が街を救った英雄とは。自分との差が歴然とし過ぎて悔しい気持ちは湧かない。むしろ誇らしい気持ちになった。
「師匠、ヒュドラを3人で倒すってどうですか?」
「ん、魔術師?」
「いや、違うと思います」
「魔術師がいないなら凄い。いても私レベルじゃないと手に負えない」
暗に自分なら倒せると宣うネフィル。最近はそんなネフィルが少し可愛いと感じるようになった佑である。何せ妹だと思うようにしているから。
「タスク、手紙を確認してみろ」
「そうでした」
佑はソフィーに礼を言ってカウンターから離れる。邪魔にならない場所に移動して手紙を開封した。
『佑、元気かい?
色々あって、仲間が一人(?)と一体増えた。手紙で伝えるのもアレだから会った時に話すよ。
みんな元気だ。その点は安心して欲しい。
勇太と由依ちゃんは佑のことを心配しているよ。でも、同時に信頼もしている。佑ならきっと無事で、凄い魔術師になってるだろうって話しているんだ。
二人は凄く強くなったよ。頼れる仲間だ。
これから僕たちはパルの馬車でヴェリダス共和国の首都を目指すつもりだ。寄り道せず最短ルートで行こうと思っている。
佑、くれぐれも無理せず、自分の安全を第一に行動してくれ。お互い元気な姿で会えることを楽しみにしているよ。
喜志開星』
日本語で書かれた手紙。じんわりと胸に来るものがあるが、もう涙は出なかった。入れ違いで会えなかったことは残念だけれど、すぐ近くまで来れた嬉しさの方が勝っている。
「何と書いてあった?」
「ヴェリダス共和国の首都を目指すそうです」
「分かった。タスク……もう少しで仲間に会えるな」
「はい!」
ボーメウスの大きな手が佑の肩に置かれた。強くて優しい手だ。
「ネフィルシアじゃねぇか!?」
その時、突然大きな声で師匠の名を呼ばれ、佑はビクッと体を震わせる。呼ばれた本人であるネフィルは驚いた猫のように飛び上がっていた。ボーメウスとリーラが武器に手を掛けて警戒する。
「ああ、突然声を掛けて済まなかった。俺はギルマスのベン・ライドだ。ネフィルシア、相変わらずちっこいな! 3年ぶりくらいか?」
ネフィルはどこからともなく愛用の杖を出し、目にも止まらぬ速さでそれをギルマスの股間に打ちつけた。
だが相手も伊達にギルドマスターではない。両手をクロスして急所を防御する。2人が「ぐぬぬ」と睨み合った。史上稀に見るどうでも良い戦いである。
「師匠、落ち着いて」
佑はネフィルを羽交い絞めにした。宙に浮いたネフィルが足をジタバタする。彼女が反射的にギルマスを攻撃したのは、3年ぶりであるとバラされたことと、「ちっこい」と言われたことに腹を立てたからである。極級氷魔法をぶっ放さないだけの分別はあった。
「師匠? ネフィルシア、弟子をとったのか?」
「ん、とても優秀な弟子」
「そうかそうか、お前がなぁ……。そりゃ良かった。ところで何しにここへ?」
ギルマスの問いには佑が答えた。仲間である開星たちに合流しようと追い掛けてきたのだと。
「そうか……一足違いだったな?」
「ええ。でももうすぐ合流出来そうです」
「そうだな。カイセーに会ったら、サルラントに定住するよう言ってくれねぇか?」
「定住、ですか?」
「そうだ。ここはダンジョンも
佑は、開星が褒められたことが自分のことのように嬉しく感じた。
「そうなんです。あの人は本当に良い人なんですよ」
「だよな! まぁ無理強いは出来ねぇが、言うだけ言っといてくれよ!」
「分かりました」
佑は晴れ晴れとした気分でギルドを出た。ネフィルはまだ少しプリプリしている。ボーメウスとリーラは周囲の警戒を怠らない。佑とネフィルにも見習って欲しいものだ。
「宿で休んで明日出発するか」
「そうですね。無理して体壊したら元も子もありませんし」
そう言って向かったのは、奇しくも開星たちが宿泊した宿だった。ボーメウスが空室を確認するため宿に入っていく。その背中を見送っていると、突然リーラが槍を振るった。地面に数本の投げナイフが落ちる。
「敵!」
リーラが一言だけ声を発した。ネフィルがさっと周囲に目を走らせる。
「見付けた。『清冽なる氷よ、我が魔力を糧に敵を貫く矢となれ。アイシクルアロー』」
佑はネフィルと背中合わせになり、反対側を警戒する。そして少し離れた屋根の上に怪しい人影を見付けた。普通の人は屋根の上などに居ないし、黒ずくめの服も着ない。魔力を手の平に集める。
(ダークアロー)
闇の矢が5本、屋根に向けて放たれる。黒装束の体が一瞬ぶれたと思ったら、10メートル先の地面に移動して短剣を抜き放っていた。魔術師は近接で倒す。それがセオリーだ。敵はセオリー通りに行動した。
だが、これは佑の読み通りであった。ボーメウスから口酸っぱく言われたのだ。強い敵は距離を詰めてくる、と。だから最初に放った5本は囮だった。
(ダークバインド)
黒装束が佑目掛けて真っ直ぐ突っ込んで来たので、佑は拘束魔法を放った。これはネフィルから教わったこと。佑の技術では、まだ素早い敵に魔法を当てることが出来ない。だから、先に動きを封じてしまえば良い、と。動かない的なら簡単に当てられる。
足を拘束された黒装束は一瞬驚きで目を見開いた。その直後、4本の闇の矢が両肩と両腿を貫く。
「ぐっ!?」
敵は堪らず地面に頽れる。それを確認し、ドヤっとネフィルの方を振り返ると、8人の敵が倒されていた。既にボーメウスも合流している。自分の戦いに集中していたせいで、周囲の音が全く聞こえていなかった。その肩を、ネフィルがポンポンと優しく叩く。
「タスク、よくやった。偉い」
いつもより真剣なその口調は、確かに佑を褒めていた。
自分はこの人たちには遠く及ばない。まだまだ未熟だ。だけど、そうやって自分を卑下するのは止めよう。だって師匠が褒めてくれているのだから。
「師匠、俺、やりました!」
「ん」
ネフィルがちょいちょいと指先を動かすので、何だろうと思った佑は頭を低くした。するとネフィルが背伸びしながら佑の頭を撫でた。
「よくがんばった。さすが私の弟子」
「えへへ」
いつもふざけてばかりのネフィルから褒められて、佑は胸に温かいものが広がった。
師弟がそんなコミュニケーションを取っている間に、ボーメウスとリーラが襲撃者の身元を突き止めていた。
「皇国の暗部だな」
アベリガード皇国……やはり追って来たか。ということは、勇太や由依を探している部隊もいるかも知れない。早く開星さんに知らせなければ。
佑たちは宿に泊まるのを諦め、早々に街を発つことにしたのだった。
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