第49話 冒険者ランクと討伐報酬
「お父さん!」
宿に戻ると、ひなちゃんが全力で抱き着いてきた。ああ、この温もり。サラサラした髪の毛の感触。お日様の匂い。娘の居る場所が、自分の帰る場所なんだと思える。
「ひなちゃん、ただいま。お留守番ありがとう。マール、アドちゃん、ネコもありがとうね」
「よう戻ったのじゃ」
『ちゃんと倒してきたんでしょうね!?』
「ぐるるぅ」
勇太、由依ちゃん、パルの3人も僕の部屋に入ってまたギュウギュウである。スタンピードが収束したこと、3人が凄く活躍したことを留守番組に話して聞かせた。
「まぁヒュドラは開星さん1人で倒したようなもんだけどな!」
「いやいや、勇太や由依ちゃんがターゲット取ってくれたから、隙を見て倒せたんだ。僕だけの力じゃないよ」
「カイセーさん、凄かったのです! こう、ズバッって!」
「パルも弓矢を頑張ってたし、いち早く敵のことを教えてくれて助かったよ」
「『断絶』が効かない時は焦りましたけど、すぐに1本ずつに切り替えてましたよね? やっぱり開星さんって凄いなって思いました」
「買い被りだよ」
みんなが僕を褒めてくれるけれど、本当に僕だけの力じゃないんだ。むしろ3人の協力がなかったら無事では済まなかっただろう。
「ひなちゃん?」
膝の上に乗ったひなちゃんが少し興奮気味にニコニコしていた。
「お父さん、すごいね! ちゃんと約束守ってくれたし、みんなにほめられて、ひなもうれしいの!」
ああ……僕の天使がいつも以上に天使だ。
「ヒナタとカイセイは本当に仲が良いのじゃな」
「そうだよ! ひな、お父さんのこと大好きだもん!」
「お父さんもひなちゃんが大好きだよ」
「「えへへ」」
娘と顔を見合わせて照れ笑いだ。我ながら親バカなのは分かっている。
「カイセーさん、マールの歓迎会、今からやらないのです?」
「おう、そうだった。お腹も空いたし買い物に行こうか」
「みんなで行く?」
僕はマールを見た。
「儂は留守番しておる。他の皆で行っておいで」
『あたしもマール様と一緒に残るわ!』
「ぐるぅ」
ネコも残るみたいだ。
「あー、俺も残ってていいっすか? ちょっと疲れました」
「勇太頑張ったもんな。少し寝ててもいいよ?」
「そうさせてもらうっす」
「由依ちゃんとパルは? 疲れてたら休んでていいんだよ?」
「私は行きます」
「私も行くのです!」
一緒に買い物に行くのは、ひなちゃん、由依ちゃん、パルの3人になった。よし、屋台巡りしてご馳走を沢山買って来よう。
*****
クラウディア・リーライトは南門から開星たちを追って宿の前まで来ていた。
ヒュドラの出現で死を覚悟した。騎士を拝命した時、この身をサルラント辺境伯家に捧げると誓いを立てたから、命を懸けて街を守るのは当然の使命だ。それが分かっていても身は竦む。膝が震え、剣を握る手に力が入らなかった。それは自分だけでなく、騎士の殆ど全員がそうだった。
ガールド・サルラント騎士団長だけは冷静だった。団長の強さは誰もが知るところだが、それでも彼がいるからと言ってヒュドラに勝てるとは思えなかった。
動く災害。ヒュドラとはそういう魔獣なのだ。
だが、カイセーとその仲間たちは、たった3人でヒュドラを討ち取った。剣が通らないあの鱗を、いとも簡単に切断して見せたのだ。
彼らはただの冒険者だ。この街の人間ですらない。彼らには、命を賭してまでこの街を守る義務はない。それなのに、あの動く災害を前に臆さず、さもそうするのが当然であるかのように3人だけで突っ込んで行った。誰の目にも、それは自殺行為に見えた。そして見事ヒュドラを倒して街を守った。
彼らがこちらへ戻って来る姿を見て、私は震えた。それは恐怖からくる震えではなく、憧れと畏敬の念からだった。
何か言葉を掛けるべきだと思ったが、上手く口にすることが出来なかった。そうしているうちに彼らは街に戻ってしまった。思いがけず、私はカイセーたちを追った。そうして宿の前まで来たのだが、そこからどうして良いか分からなくなった。
彼らの功績を褒め称える? 街を守ってくれたことに感謝を述べる?
逡巡し、宿の前を行ったり来たりを繰り返す。自分は何をしているのだろう。こんなことをしているくらいなら現場に戻って手伝いをしなければ。そう考えて踵を返した所に、背中から声を掛けられた。
「あれ? クラウディアさん?」
*****
「あれ? クラウディアさん?」
宿を出ると、見知った赤髪の女性がいた。
「カカカカイセー殿!?」
物凄く焦っている。どうしたんだろう?
「もしかして、別の魔物か魔獣が襲ってきましたか?」
「あ、いや、そうではない。ただ……貴殿たちにどうしても礼を言いたくて」
「そのために、わざわざこんな所まで」
「私は一介の騎士だから何の権限もない。だが貴殿たちがこの街を守ってくれたことは、命ある限り語り継ぐと約束する」
「いや恥ずかしいから止めて下さい」
僕がお断りすると、クラウディアさんはガガーンとショックを受けた顔になった。死ぬまで語り継ぐとか重いし恥ずかしいに決まっている。
「僕たちは事情があって余り目立ちたくないんですよ。だから、ね?」
「そう、なのか……仕方ない。貴殿らの功績は私の胸の内に留めておこう」
「そうしていただけると助かります」
それからクラウディアさんにお勧めの屋台情報を教えてもらった。僕たちが昼間食べた肉串の店も入っていたが、それ以外にいくつも教えてくれた。彼女と別れを告げ、教えられた屋台に向かう。
みんなでワイワイ買い物するのは楽しかった。ちなみに例の肉串は、店の在庫を全部買ってアイテムボックスに収納した。明日も買いに来るからたくさん焼いておいてと頼んだ。サンドイッチ、他の肉串、野菜たっぷりのスープ、果実水、甘い焼き菓子など大量に買って、肉屋に寄ってネコ用の生肉もブロックで購入して宿に戻る。
宿に戻り、別の部屋で眠っていた勇太を起こしてマールの歓迎会を行った。マールは偉ぶった所がなく、見た目は娘と変わらない年齢なので本当に神様なのか疑いたくなる。だが親しみやすいおかげでみんなと完全に打ち解けた。神の威厳については気にしていないようだ。
キリの良い所で歓迎会を終え、それぞれの部屋で休む。マールは僕と一緒に寝ると言うので、狭いベッドでひなちゃんとマールに挟まれて眠った。
翌朝、勇太、由依ちゃん、パルの3人と一緒に冒険者ギルドへ向かった。タリアチュアの素材買取金を受け取るためだ。受付のソフィーさんに声を掛けるとギルドマスターに呼ばれた。ソフィーさんに案内されて2階に上がる。
「昨日も会ったな。ベン・ライドだ」
握手しながら僕たちもそれぞれ自己紹介する。
「早速だが、スタンピードへの対応報酬とは別に、ヒュドラの討伐報酬が出る。お前たちはいつまでサルラントにいる予定だ?」
「あー、明朝には発つつもりでしたが」
「そうか……それは残念だが仕方ない。今日の夕方までに報酬を算出するから、夕方にもう一度来てくれるか?」
「それは構いません」
「うむ。それと前衛3人の冒険者ランクなんだが。ヒュドラを倒してEランクのままでは色々とマズい。俺の権限では2ランクしか上げられんからCランクで我慢してくれ」
「そんなに上げてもらえるんですか」
「本来ならAランクでもいいくらいだ。済まんな」
「いえ、ご配慮感謝します」
これで冒険者ランクがパルと一緒になった。それにしても、ついこの前登録したばかりなのにいいのだろうか。別に高ランクになりたいわけじゃないんだけどなぁ。
冒険者カードを預けてしばらく待つとソフィーさんが新しいカードを持って来てくれた。
「パルも貢献したと思うんだけど、なんか僕たちだけごめんね」
「私は全然気にしてないのですよ!」
ギルドマスターの執務室を出て、また佑に向けた手紙を依頼料を支払って預ける。それが済んだら、明日の出発に向けて買い物だ。
「と言っても足りないものってある?」
「馬の飼い葉と飲み水くらいでしょうか」
「勇太、何か思い付く?」
「いや、特にないっすね」
「パル?」
「……マールに靴を買うのはどうです?」
「それだ」
ちょびっと浮いてるって言ってたけど、傍目からは裸足に見える。幼女を裸足で連れ回すなんて虐待と思われかねない。そう思って靴屋さんに行った。
「今は夏だからサンダルがいいかもね」
「そうですね……開星さん、見て下さいこれ! 可愛いです!」
由依ちゃんが目を付けたのは、いわゆるスポーツサンダルタイプ。子供用の小さいサイズというだけで可愛らしいのだが、全体が白色、ベルト部分に草木や花がカラフルに刺繍され、少し大きめのてんとう虫がワンポイントで付いている。デザイン違いで蝶のやつもあったので、思わずマールとひなちゃん用に2足買った。
僕たちも同じスポーツサンダルタイプで、実用的で丈夫そうなやつをそれぞれ2足ずつ購入。夏はサンダルがいいよね。
一度宿に戻って2人にサンダルを選ばせると、マールが蝶、ひなちゃんがてんとう虫を選んだ。早速履いてくれて、2人とも可愛かった。そして夕方に再度ギルドへ行く。報酬を受け取るだけなので僕一人だ。由依ちゃんとパルは夕食の買い物に行ってくれた。
ギルドで受け取った報酬は、スタンピード対応の報酬が大銀貨4枚(40万円)、思ってた以上に貰えた。そしてヒュドラ討伐の報酬が、なんと金貨100枚(1億円)。サルラント伯爵家からかなりの報奨金が出たらしい。当座のお金はアイテムボックスに十分あるので、これらの報酬は全てギルドの口座へ預けた。もちろん事前に仲間の了承を得ている。
無事報酬も受け取って宿に戻ると、買い物組も丁度戻って来たところだった。今夜もまたみんなで集まって食事して、明日に向けて早めに休んだ。
*****
時刻は深夜。冒険者ギルドに併設されている解体場。体育館ほどもあるそこに、ヒュドラの死骸が運び込まれていた。明日以降、特殊な刃物と工具で鱗を剥がし、解体される予定である。
「ふぅ、ようやく出られた。しかしヒュドラの首を簡単に切られるとは予想外だったな」
ヒュドラの体内から現れたのは背の高い男のようだが、暗闇のうえ全身血塗れで容姿は不明。ただ、闇の中光る紫色の目が特徴的だった。
「まぁいい。マールプンテ様が
あの神の性格なら、無辜の民が危険に晒されれば救いの手を差し伸べる筈。それをしなかったということは、そう出来ないか、危険を察知出来なかったか、この近辺にはいないということだ。封印が解かれた時期から考えるとまだこの近辺にいるだろう。つまり前者2つのどちらかなのだが、いずれにせよ現在はかなり弱体化していると推察出来る。
今なら再度封印するのも前回ほど難しくない。まずはマールプンテ様を見つけ出すことが先決だ。
血塗れの男は一つ首肯すると、闇に溶けるように姿を消した。
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